2010年09月23日

「韓国併合」100年の秋に思う                柳 あい

 今年8月、東京とソウルで「韓国併合」100年を記憶する集まりが開かれた。私は東京の集会には参加しないで「ナヌムの家」(いわゆる「慰安婦」ハルモニ8人が支援者とともに生活する場)を訪れた後、ソウル郊外で開かれた「平和通信使」のワークキャンプと、成均館大学で開かれた学術討論会と市民大会に参加した。

 前者は50人ぐらいの集まりで、後者は討論会200人ほど、市民大会は1500人ほどだった。特に印象的だったのは、市民大会に日本から300人ほどが参加したことと、その席上で長い間日韓市民交流に尽力してきた故福留範昭氏を追悼して感謝牌を家族に贈与する式がもたれたことだった。

 なお、その翌々日にはハンギョレ新聞の広告を見て「進歩大統合」をめざす市民会議(準)の発起人大会にまぎれこみ(?)、傍聴した。そこで感じたことを中心に、ワークキャンプや市民大会などでの意見交換とあわせ、韓国社会の現状について考えさせられたことを、簡単に整理してみたいと思う。

 まず、前に報告した「6月地方選挙」との関連でいえば、その歴史的意義をあらためて確認した。

 例えばソウル東南部に隣接する城南市の場合、生協運動を続けてきた人が野党5党および市民団体の統一候補として市長に当選したが、その経緯は選出方式も含めて象徴的だった。ここでは、従来の名望家型の保守派市長が豪華な新市庁舎の建設にからんで批判を浴びても、これに代わりうる有力な政治家が野党にいないだけでなく、単独での勝利は望めなかった。そのため、野党と市民団体間で協議を重ね、公募や党内選挙、世論調査などを実施して紆余曲折の末に野党系の統一候補を選出し、6月の本選挙でも与党候補に圧勝して市長に就任したという。

 この経緯が典型的だが、現在の李明博政権に対する批判は根強くとも、最大野党の民主党単独では勝てず、むしろ市民団体が主導して政策の異なる諸野党の連合が実現できれば勝利する。この図式は6月の統一地方選挙では各地で見られたが、城南市長を送り出した市民団体の幹部は「今後の市政運営をチェックしながらサポートする。2年後の総選挙と大統領選挙はその中間評価だ」と語っていた。

 また、「本音を言えば、今回敗北していたら、野党だけでなく市民団体も壊滅的な打撃を受けていたに違いない」という言葉にも実感がこもっていた。なぜなら、韓国の場合、市民団体の多くが行政からの財政的支援(政権や政党との親密度で格差)によって支えられているからで、今後4年間に市民運動がどれだけ地域社会に定着するかが、韓国社会の性格(福祉国家への道筋)を規定するといっても過言ではない。

 その意味で、ソウル近郊で野党が勝利した地域の市政運営は新しい実験の場といえよう。

 ところで、その道筋で気になる点が3つある。これは、次の大統領選挙(2012年)とも関連するが、端的な言葉を列挙すれば、南北関係(平和共存か否か)、歴史認識、そして世代間の文化ギャップである。

 ここでは、表裏の関係にある第1点と第2点について、今回感じたことの一端を報告したい。

 実は、6月統一地方選挙で李明博政権は「天安」艦事件を契機に対北強硬策を貫徹し、それが逆に最大の敗因だったと指摘されている。当時、韓国の友人から送られてきたメールには、「戦争か、平和かの選択」という危機感がみなぎっていた。ところが、選挙結果により「戦争の危機が遠のいた」せいか、「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、この問題に関する限り、社会の雰囲気は一変していた。

 この問題はまるで解決済みのように扱われ、「進歩大統合」を唱える市民会議でも声高に論じられることはなかった。その代わりに「福祉」が最優先の課題に掲げられていたが、分断国家・韓国の場合、何といっても平和共存政策、あるいは南北関係の安定こそが最優先の課題ではないだろうか。

 さらに問題なのは、これと表裏の関係にある歴史認識である。
 意外なことに、この点は進歩派・保守派(この分類自体、余り意味がないが……)を問わず、最近急速に薄れている。

 今年は「韓国併合」100年を記念する年だったが、現政権の姿勢もあってあまり話題にはならなかった。もちろん民族問題研究所を中心にして、いわゆる「慰安婦」ハルモニをはじめとする植民地支配の犠牲者たちへの謝罪と戦後補償を日本政府に求める動きは続いているが、残念ながら、社会的な関心事にはなっていない。

 ソウルの日本大使館前での水曜集会は930回を超えて18年間に及んでおり、ナヌムの家を支援する人々のネットワークが地元で形成されてはいるが、マスコミなどの取材は韓国内でも決して多くない。

 こうした現状に対し、選挙後のソウル市議会で野党が主導する決議案がほぼ満場一致(反対者は1人で、採決議案を間違えたと弁明)で可決されるなど、野党が多数派の地方議会では変化の兆しも見える。その延長線上で、今後ハルモニたちが公聴会などの形をとって公の場で証言できる機会があれば、社会的な関心は急速に高まるだろう。その時、日本側でもこれに応える準備が必要となるが、今年「韓国併合」100年を機に形成された日韓市民のネットワークは、その課題を担うことが期待されている。



2010年06月11日

韓国ニュースを読み解く(1)

韓国統一地方選挙の歴史的意義
柳 あい


 去る6月2日に行われた韓国の統一地方選挙、その「歴史的」といえる画期的な変化にもかかわらず、同日突発した鳩山首相の辞任劇の陰に隠れ、日本の主要メディアではほとんど報じられていない(『毎日新聞』6月4日付の記事が比較的詳しい)。インターネット上でもあまり論じられていない選挙結果の意義を以下に整理し、紹介してみたい。

 まず韓国の統一地方選挙は、日本の都道府県に当たる広域地方団体の首長と議員、教育長と教育議員(地方議会内に教育委員会を構成)、市町村に当たる基礎地方団体の首長と議員、少なくともこの6人を同時に選出する。日本との最も大きな違いは、都道府県の教育長と教育議員を有権者が選挙で選ぶ点にある。それほど韓国の教育責任者には政治的立場が重視され、この間の教育委員会は圧倒的多数を保守勢力が掌握して「保守化」を推進してきた。

 さて、今回が第5回となる本格的な統一地方選挙は1995年に制度化されたが、本格的には1998年・2002年・2006年5〜6月に実施され、いずれも保守勢力が圧勝してきた。その背景には保守基盤の厚さもあるが、時期がワールドカップの開催前後で若者の関心が低く、50%前後の低い投票率によって保守勢力が地方団体の首長・議員・教育委員会を掌握してきた。だが、今回初めて民主・革新勢力がこれら地方団体の主導権を「全国的に」掌握した、この点が今回の統一地方選挙の歴史的意義の第一である。

 ついで第二に、政府は3月下旬に起きた「天安」沈没事件の調査結果を選挙公示日に公式発表するなど、南北間の緊張をあおったにもかかわらず、大方の予想に反して大敗した選挙結果は「歴史的な分水嶺を越えた」と評価できる。次の第三点とも関連するが、国民は「再度の戦争への道」を選挙を通じて明確に拒否したのである。

 実は、今年の初めまで民主・革新勢力は四分五裂していた。昨年金大中とノ・ムヒョンという二人の指導者を失い、民主党政権時からの内部対立の後遺症に加え、革新派の民主労働党も分裂を重ねていた。それを野党統一候補という形にまとめ上げたのが市民運動、それもネットワーク式の市民団体連合であり、中でも李明博政権の対北緊張政策に反対して「平和共存」政策を継承する朝鮮半島平和フォーラムなどの政治力だった。つまり、民主・革新政党の分裂を克服した野党統一候補の多くが当選した選挙結果は、韓国市民運動の政治力によって実現したといえる。これが、第三の歴史的意義である。

 その成果を具体的に見ていくと、最も驚くべき人物は、釜山広域市郊外に広がる慶尚南道知事に当選した金斗官(キム・ドゥグァン、51歳)である。農民出身の彼は苦学しながら学生運動に参加、獄中生活後に故郷で農民会を組織して最初の民選郡長となり、ノ・ムヒョン政権発足時には行政自治相を務めた。保守勢力の中心地である慶尚南道ゆえに、無所属の野党統一候補として当選したが、彼の政治信条は「草の根民主主義」である。

 同じく、南北接境地の江原道知事に当選した李光宰(イ・グァンジェ、45歳)と忠清南道知事に当選した安熙正(アン・ヒジョン、45歳)はノ・ムヒョンの側近中の側近で、いわば「助さん・格さん」にあたる。この三つの地域で保守政党以外の候補者が当選したのは初めてであり、三人とも軍事政権を打倒した1980年代に学生運動に参加して投獄された世代を代表する政治家である。

 そして、彼らの先輩世代で民主化運動、学生運動の先駆者の一人が、ソウル市長選挙で惜敗した韓明淑(ハン・ミョンスク、66歳)である。ノ・ムヒョン政権下で韓国初の女性首相となった彼女は、選挙前の世論調査での10〜20%差が実際には0.6%差に迫るほどの善戦で、次回2012年大統領選挙に向けて民主勢力を代表する有力候補に浮上したといえよう。なお、ソウル市25区のうち、21区で民主派が勝利したことも画期的であり、こうした「草の根民主主義」の広がりは次回の大統領選挙でも力を発揮するだろう。

 さらに、ソウル市教育長には民主化を推進した全国教授協議会の郭ノヒョン教授が当選するなど、多くの広域地方団体で教員組合の積極的な支持者が教育長に選出された。これまた画期的な成果であり、韓国社会の民主化を長期的に持続させる基盤となり、「平和共存から共生へ」と南北関係を進展させていくに違いない。そして、今この時期に、「戦争よりも平和共存」という方向性を選挙で明確に選択したことこそ、「市民参加型」統一運動(白楽晴『朝鮮半島の平和と統一』、岩波書店、2008年)の到達点を端的に示している。

 次は日本の選挙である。東アジアの「平和共存」の流れに積極的に加わるよう、新政権に様々な形で働きかけていくべきである。沖縄の米軍基地を減らすためにも、「韓国併合100年」にそうした市民運動が求められている。

 柳 あい 韓国・朝鮮半島問題研究者。
 1990年代に韓国の大学で教えながら学生たちと交わり、韓国社会の民主化過程をつぶさに見、肌で感じてきた。帰国後は日本と韓国との市民交流や市民を結んだ研究会活動と取り組む。翻訳家としても数多くの仕事を重ねている。