2009年05月25日

また、ホームページのお知らせで恐縮ですが・・・

 私が運営しているホームページに新たな企画「社会動態インタビュー」をスタートさせました。

 歴史的に大きな転換点に立つ世界とどう向き合い、時代を切り拓いていくために何をどう見据え、考えるべきなのか、識者にお話をうかがっていく企画です。

 いまはまだささやかな「営み」ですが、こうした企画を重ねながら、問題意識を深め、課題に立ち向かう力を広げていきたいと考えています。

 インタビュー企画の第一回は、外務省アジア局長、中国大使などを歴任された中江要介さんです。

 いま緊張とこう着状態に陥っている日朝関係をどうとらえ、国交正常化問題とどう向き合うべきなのかについてうかがいました。

 日本が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と国交正常化交渉を始めたのは1991年のことでした。
 以来18年になりますが、いまだに関係の正常化は果たされていません。
 とりわけ2002年9月に小泉首相が訪朝し金正日国防委員長とのあいだで、日朝国交正常化の早期実現に向けて努力することを約束した「日朝平壌宣言」に調印しましたが、北朝鮮側が、日本人の拉致問題を認め謝罪したことで、日本国内の激しい反発を生みました。

 加えて、2006年のミサイル発射、核実験に対して日本政府が北朝鮮への「制裁」に踏み切ったことで両国の関係は緊張を一層深める状況になりました。

 そして今年4月の「ロケット発射問題」で日本政府が制裁措置をさらに強化し、一方の北朝鮮側も日本への非難を強めるなど、国交正常化への道はきわめて険しいものになっています。

 こうした状況に、拉致問題も解決への道筋が見えず、核、ミサイル問題とあいまって、日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の関係を打開する手掛かりを見いだせずに過ぎています。

 またアメリカのオバマ政権も、いまのところ、対北朝鮮政策を明確にするところに至らず、米朝関係も停滞、足踏み状態にあります。

 しかし、米国発のいわゆる「金融危機」に端を発する世界的な経済危機が深刻さを増す中、東アジアにおける平和で安定した環境、協力と連携の重要性がますます増しています。

 なによりも、冷戦構造を残す朝鮮半島に平和と協力の環境を実現し、未来に向けて東アジアの平和的な発展をめざすという、歴史的な課題にどう向き合うのかが、いまこそ問われていると考えます。
こうした問題意識に立って、中江さんにお話をうかがうことにしました。ページは以下の通りです。

http://www.shakaidotai.com/CCP.html

 また、同じくホームページの小島正憲氏の「凝視中国」に新しいレポート「09年4月暴動情報」を掲載しました。

 上記インタビューとレポートをぜひお読みください。





posted by 木村知義 at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年05月15日

お詫びです・・・

 さまざまに追われる事情があってブログの更新ができませんでした。

 何人もの方から、どうしているのか?!というお問い合わせと叱咤を頂戴しました。

 ご心配をおかけして申し訳ありません。

 あらためて詳しく書くことにしたいと思いますが、この間、ここ20年程の間に発行された書籍や雑誌をはじめとした刊行物、さまざまな研究会などのニュースレターなどなどを、読み返す機会を持ちました。

 あらためて、ジャーナリズムが抱える課題、マスメディアに内在する問題について考えさせられるものでした。

 同時に、研究者や識者の分析や予測をはじめとする「言説」あるいは言論の力と限界についても考えさせられました。

 これらについては追々このページでも考えていきたいと思っています。
 
 さてそこで、ホームページの更新情報を。

 みなさんから大きな反響をいただいている小島正憲氏の中国ウオッチング、『凝視中国』のページに、きょう、一挙に三つのレポートを掲載しました。

 1.上海モーターショーあれこれ

 2.上海万博最新情報
 
 3.義烏市の近況

 この三本のレポートです。

 豪華三本立て一挙公開!!という趣ですが、小島氏からは週に一回のペースでレポートを頂戴していました。

 はじめに述べたもろもろの事情でウエッブへの掲載が遅れたということがあって一挙掲載ということになってしまいましたが、実に読みごたえのあるレポートに、Web用の編集をしながら唸ってしまいました。

 画像も豊富なレポートですので、視覚的にもよく伝わってきます。

 なお義烏市についてひとことだけ説明しておきますと、日本で通称「百均」(ひゃっきん)という言葉で呼ばれる「百円均一ショップ」で売られている商品の、いわば「ふるさと」が中国の義烏市です。しかし、今回の小島氏のレポートの視角はそこではありません。

 実に興味深いレポートです。

 内容はホームページで、どうぞ!!

 サイトは

 http://www.shakaidotai.com

 です。
posted by 木村知義 at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年05月01日

小島正憲氏の最新中国レポート「多発・過激化あうる労働争議」

 ホームページの「凝視中国」に小島正憲氏から届いた最新リポート「多発・過激化する労働争議」を掲載しました。

 中国各地で雇用や労働条件をめぐって労働争議が起きていることはたびたび伝えられてきました。

 とりわけ昨年からの、アメリカの金融危機に端を発する世界的な不況、経済危機を背景に広東省をはじめとする華南の輸出型産業で倒産や解雇などをめぐる争議が多発していることが報じられています。
 しかし、その実態についてはなかなか見えてこないもどかしさがあります。

 今回の小島氏のレポートは具体的な事例から、多発する労働争議の実態を詳らかに解析しています。

 また、そこにとどまらず、中国に展開する日本企業とその経営者にむけて重要な問題を提起しているといえます。

 今回も示唆に富む小島氏のレポートをお読みください。

 Webサイトは、
 http://www.shakaidotai.com です。



posted by 木村知義 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年04月20日

続「狂騒」の後に・・・

 14日のブログ記事で、先日話を聴く機会があった中国の戦略問題専門家の話として、アメリカの対北朝鮮政策が一定していないという指摘があったことを書きました。
 そこでとりわけ対照的だと感じるのは、このところ米国がキューバやベネゼエラのチャベス政権との関係改善の動きを見せていることです。

 カリブ海のトリニダード・トバゴの首都ポートオブスペインで開かれた、キューバを除く中南米カリブ諸国と米国、カナダの計34カ国が参加する米州首脳会議で、オバマ米大統領は開幕式典の演説で「米国はキューバとの新たな始まりを求めている」と述べて、キューバとの関係改善への意欲を示しました。
 半世紀にもわたる米国とキューバの敵対関係に変化の兆しが見えてきているわけです。

 またこの会議では、これまで激しい反米の姿勢をとり続けてきたベネゼエラのチャベス大統領がオバマ大統領と握手し、関係修復の動きが注目されました。

 このようにオバマ政権になってブッシュ政権にはなかった動きが見えてきたのですが、一方、朝鮮半島政策とりわけ対北朝鮮政策はというとボズワース氏を北朝鮮政策担当の特別代表に任命したことをおけば、かならずしも明確な方向性が示されないまま過ぎています。
 ブッシュ政権末期からの「停滞」を考えるとすでにかなりの時間がズルズルと過ぎているというべきです。

 米国の対北朝鮮政策がどのようなものなのかはっきり見えてこないということは、今回の「ミサイル発射問題」に深くかかわる要因として軽視できない問題だというべきです。

 そこで、中国の「高位の戦略問題専門家」の話について、筆者の責任で、北朝鮮の核、ミサイルにかかわる部分について、もう少し補足しておきたいと思います。
 以下は北朝鮮の核、ミサイルにかかわる話の要旨です。

 「米国の対北朝鮮政策が一定しておらずブレがある。北朝鮮が何を信用し、どう対応すればいいのかわからないことが問題を複雑にしている。
 米国の対北朝鮮政策の決定については国務省よりペンタゴン(国防総省)のほうがより強いとみるべきだ。
 米国はコントロールされた緊張関係を持ちたいと望んでいる。
 最良の道は6者協議をうまくやることだ。
 米国が韓国に核を配置しない、日本にも核を配置しないと明確にすれば中国は北朝鮮を説得できるかもしれない。
 しかし米国はつねに「あいまい政策」をとっている。
 金正日総書記の心理についても考えてみる必要があるだろう。
 
 北朝鮮は中国の改革開放政策に一定の留保を持っている。
 かつては中国の改革開放政策は資本主義の道を歩むものだとしていた。金正日総書記が何度かの訪中を重ね、深センの視察をしてはじめてその考えを改めた。そして北朝鮮も少し開放した。しかし、韓国などの思想が入ってきて崩壊につながることを恐れている。

 胡錦濤主席が訪朝した際かなりの額の経済支援を約束した。しかし戦争への備えが必要な状況が続くと経済政策部門にこれを投入しないだろう。韓国が「太陽政策」を続けていれば北朝鮮も開放政策をすすめやすかっただろうが・・・。

 98年以来ミサイル発射、核実験といろいろあったが、結局米国との直接対話をすることになった。ここまでもってきた金正日の知恵というものを軽視すべきではない。あれだけの国土で2000万人の人を生存させるのはたやすいことではない。

 いま国際社会は北朝鮮にひたすら悪罵を投げつけている。米国は意識的に北朝鮮を悪魔化している。しかし、国際関係というものは同じテーブルで話し合うことが必要だということを忘れてはならない。

 核、ミサイル問題について言うなら、ミサイルと核が拡散するのは、米国が過去たえずミサイルと核で恫喝するという政策をとってきたからだ。
 
 米国はイスラエルに核を与えた。インド、パキスタンの核実験にはじめは反対した。しかし終わったらまず米国が認めた。核は米国が他国を従わせるための道具となってきたのだ。

 北朝鮮の核を放棄させようとするなら、まず北朝鮮の安全を保証しなければならない。

 核兵器の全廃は世界の人民の願いだ。われわれ中国は最初に核を使用しない、核を持たない国を対象に使わないと言い続けてきている。中国の核政策ははっきりしている。米国やほかの国との核の軍拡競争はしない。いくつかの核保有国が同時に廃棄することが必要だ。そのためには多国間の協調がないとむずかしい。

 金日成も金正日も国の安全を第一においてきた。
 米国が北朝鮮に対するテロ支援国家の指定解除をしたが、その上に相互不可侵条約を結べば核、ミサイルの放棄を迫るということは理にかなっている。

 中国が北朝鮮を説得しようとするならまず米国の北朝鮮政策を変えるよう説得しなければならない。しかしケ小平、江沢民、胡錦濤、いずれの中国指導者も米国を説得できなかった。

 ではオバマ大統領を説得できるのかといえばそう簡単なことではないかもしれない。」

 私のメモを元にした要旨ですが、読み返してみると重要な指摘が随所にあることに気づきます。

 なによりも米国の対北朝鮮政策がどういうものになるのか、ここが重要なカギになっていることを見ておかなければならないと思います。
 とりわけ米朝の二国間での話し合いの重要性が見えてきます。

 そしてその場合のオバマ政権の「困難」ということにも目を凝らす必要があります。

 「北朝鮮ロケット発射、米軍需産業にとっては朗報か」

 これは北朝鮮のロケット発射を控えた今月5日、ロイターが配信した記事の見出しです。

 そこでは「北朝鮮によるロケット発射は、オバマ政権が軍事費削減の方針を打ち出す中、米ロッキード・マーチンや米ボーイングなど軍需産業大手にとっては良いニュースかもしれない。」としています。

 ブッシュ前政権の閣僚のうち唯一留任したゲーツ国防長官が今年1月、軍需企業に対して「9・11(同時多発テロ)で開いた国防費の蛇口は閉まりつつある」と通告したことや、オバマ大統領が国防総省に対して「冷戦時代の兵器への支出を抑える国防費の改革」を求めていることなどをとりあげながら、軍需産業を背景にした有力議員から「「北朝鮮の弾道ミサイル能力は米国や米軍、地域の友好国や同盟国にとって脅威だ」という警告が発せられていることが米国の軍需産業にとっては「朗報」となるかもしれないというわけです。

 軍産複合体の存在が、オバマ政権が対北朝鮮政策を打ち出す際の「困難」となりうることを如実に示すものだといえるでしょう。

 一方、16日の韓国聨合通信はワシントン発で注目すべき記事を伝えています。
 
 それによると「北朝鮮が6カ国協議不参加を宣言し国際原子力機関(IAEA)検証チームなどに退去を命じたことと関連し、米国務省が先ごろ北朝鮮と直接対話を行い米政府の立場を伝えていたことがわかった。同省のウッド副報道官が16日の定例会見で明らかにした。北朝鮮の長距離ロケット発射で米朝間の緊張が高まっているにもかかわらず、双方の対話チャンネルが稼動していることになり、冷却期間が予想より短くなるかどうかが注目される。ただ、ウッド副報道官は、米朝接触に用いたチャンネルや対話の内容については具体的な言及を避けた。」というのです。

 まさに中国の戦略問題専門家が指摘するように、米政権内部のペンタゴンと国務省のスタンスの違いを物語るニュースだといえます。
 同時に、従来から見られた、朝鮮半島政策をめぐる米政権内の角逐、対立が依然として根深く存在していることに十分注意を払う必要があるということです。

 さて、そこで注目すべき最新の「ニュース」です。

 米国のシラキュース大学の公共政策系大学院マクスウェルスクールのスチュアート・トーソン教授が15日、ワシントンのコリア経済研究所(KEI)で開かれた講演会で「北朝鮮側から米国の科学者で構成された代表団をこの夏ピョンヤンへ送って欲しいとの要請を受けた」ことを明らかにしたというのです。

 2001年以来北朝鮮の金策工業大学と交流を続けてきたトーソン教授は「今回の代表団の訪問目的は、北朝鮮と米国の科学者間に信頼関係を作り上げ、特にどの分野の科学交流が必要なのかを調べるため」だと説明し、「早ければ7月に代表団が北朝鮮を訪問できるよう準備中」と述べたということです。

 この米代表団は、「1975年にノーベル生理医学賞を受賞したデビッド・ボルティモア博士が引率し、コンピュータと情報通信をはじめとする科学分野で活動する科学者数名と科学団体、大学関係者などで構成する予定」で、今回の訪問が実現すれば2002年に20人、2004年に22人の米国の科学者らが金策工業大を訪問して以来4年ぶりの大型の科学者訪問団となるということです。

 こうした「水面下」での米朝両国の動きから目をはなすことができません。

 さらに今回の北朝鮮外務省の「声明」の中で、6者協議に「二度と絶対に参加しないし、6者会談のいかなる合意にもこれ以上拘束されないであろう」と述べるとともに「われわれの主体的な原子力エネルギー工業構造を完備するため、自前の軽水炉発電所の建設を積極的に検討するであろう」と「軽水炉」に言及している点は、1994年のいわゆる「枠組み合意」とそれがたどった「その後の経緯」についてもう一度復習することを迫っているといえます。

 結局、米朝の二国間交渉と、さらに「枠組み合意」がなぜ破綻したのかという地点に戻らざるをえないということになるのではないでしょうか。

 この「枠組み合意」の崩壊については、前にも元ワシントンポスト記者のドン・オーバードーファー氏の記事にふれて少し書いたことがありますが、メディアの報道に内在する問題も含めて、あらためて考察してみたいと考えます。

 それにしても、やはりここが問題の重要なカギになってきたかという感慨です。




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2009年04月19日

小島正憲氏の「凝視中国」更新

  ホームページ掲載の小島正憲氏の「凝視中国」の最新レポート「09年3月:暴動情報検証」が届きました。

 小島氏のレポートは、事件の現場や庶民の生活の場に赴いて取材し、自身の目で見て肌を通して感じた実態から中国社会の動向を凝視する、氏独自の「分析手法」によるものだといえます。

 読んでいると実に興味深い中国社会の「現在」(いま)が見えてきます。とともに、報道などで伝えられる「暴動情報」などはそのっ背後の奥深くに分け入って検証してみなければ本当の「中国社会の動態」はつかめないということも痛感します。

 ぜひご一読ください。
 
 ホームページは
 http://www.shakaidotai.com
です。



posted by 木村知義 at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年04月17日

「狂騒の後に・・・」、読者から寄せられた反響から

 北朝鮮の「ミサイル発射問題」について書いた14日の記事に感想や反響をいただいています。
 以下は、以前からこのブログを熱心に読んで感想や意見を寄せてくださっていた、茨城県にお住まいの読者からのメールです。
 ブログを介して双方向性の中で問題を深めていくという意味から、今回いただいた長文のコメントを紹介させていただくことにしました。
 なお論旨を損なわないように気をつけながら、個人にかかわる部分など、一部割愛させていただいたところもあります。ご理解ください。


 「北朝鮮ミサイル発射」に関する論考、読ませていただきました。
 まさにわが意を得たりの内容でした。私ら一般の者が接するのは新聞、テレビ、雑誌ぐらいの二次情報、三次情報しかありませんが、今回のような騒ぎは嫌でも耳目をそばだたせてくれます。

 前の不審船の時もそうでしたが、今回も日本の政治、行政、報道、社会全体の反応に至るまで子供じみた未熟さを露呈してしまいました。

 それこそ国家としての安全にかかわるところを全世界に暴露してしまったように思います。

 「誤報」だけのことではなく、一連の流れの中で、日本という国は、周辺でどのような事態を作り出し、どのような情報を流せば自分たちの意図するままに国論がまとめられ動いてくれるかがアメリカによって、いいように操られ、しっかりシミュレーションされたように思います。

 この間、日本での「ばか騒ぎ」をしっかり観察したほかの国々もいろんなことを汲み取ったのではないでしょうか。
 3日もたてば話題が古くなって忘れられてしまう国民性に仕立て上げたのは誰でしょうか。

 問題が、指摘されるとおり、朝鮮戦争がキチンと終結していない、日本も植民地にした後始末ができていないというところにそもそもの出発点があることは全くと言っていいほど論じられませんね。
 
 以前だと、深夜の討論番組などテレビでも時折やっていましたし、少数派ですが、そういうことを指摘される方々の出番もあったのですが、いまはもう、「ミサイル発射」もただの一過性の「話題」にすぎなくなっています。

 まして、米朝関係、日朝関係を根源的に捉えなおそうなどというマスコミの論調など皆無です。
 それこそがお先真っ暗な状況を作り出しているのではないかと思います。

 今回の事態では一部の防衛族議員、防衛庁、自衛隊その他軍事に前のめりになりがちな面々にとってはありがたいことだったでしょうね。田母神さんはじめよくテレビに出る人たちにとって血沸き肉踊る事態だったのではないでしょうか。

 その反面、ロケット工学の専門家がマスコミに出て、科学的な情報を伝えるという場面がほとんどありませんでした。

 片方では根拠も示さず日本に落下する可能性はほとんどないと報じられ、もう一方では迎撃用のミサイルが白昼堂々と移動し、配備され、各自治体に至るまで緊急体制が敷かれ、何と大阪府までが真新しい制服の職員が事態に備えているのがテレビに映し出されていやが上にも大変なことになるという心配を煽る内容の報道が目につきました。そうでないものは、数日前の「朝日」で、軌道をみればミサイルか人工衛星かはすぐわかるとの特集記事を目にしたぐらいしかありませんでした。NHKでは自衛隊OBとかの人物が盛んに出て、よくわからない解説をしていました。

 でも、本当に伝えるべきは、ロケットの専門家が、失敗するとすればどの段階の確率が多いのか、軌道を描いていく飛行体が軌道を外れて異常な方向へ飛んでいく可能性はあるのか、切り離しに失敗する可能性はどの程度なのか。過去にはどんな事例があるのかなどを交えて、きちんと解説がなされるべきではなかったかと思います。

 意図してか、意図せずかは解りませんが、落ちてくる可能性は極めて低いという指摘が、ほんの少しですが、あったほかは圧倒的に大変だ、大変だの報道に終始しました。

 考えてみると今回の事態、発端は米韓合同軍事演習だったような気がします。毎度のことですがほとんどのマスコミでは、注目するほどの取り上げ方はされませんでしたけれど。

 日本の政治家もマスコミもわれわれ一般人の頭の中も、「アメリカは世界中で何をやっても許される」という無言の合意が、知らず知らずに形成されているような気がします。

 荒唐無稽な話ですが、たとえばメキシコと中国がアメリカの国境地帯で上陸演習をやったらどうなるでしょう。サンフランシスコ沖を領空すれすれに中国空軍機が飛んで、強制着陸させられたら日本の政府、マスコミ、言論界はどうするでしょう。
 アメリカと一緒に中国に攻め込むべし一色に塗りあげられてしまうのではないでしょうか。

 同じ事をアメリカが太平洋をまたいで対岸までわざわざ出向いてやっても誰も何も言わない。私たちの頭の中までいつの間にかそれを不思議とも思わないように出来上がってしまっているんですね。

 アメリカは、本気で北朝鮮と関係正常化する気はないのではないか。最近ふと、そんな事を考えるようになりました。
 アメリカにとっては、東北アジアの各国がなんとなくいがみ合っていて不安定であること、それこそがアメリカの世界戦略上必要なことなのでしょう。北朝鮮と平和条約を結び、韓国と北朝鮮の関係が前進し、日本と北朝鮮も正常化する、そして、アメリカの軍事プレゼンスが要らなくなる、それはアメリカの産軍複合体にとっては一番避けたいことでしょうが、そんな時がやってくるのか疑問に思えます。

 テロ支援国家からの解除で前進したかに見える米朝関係がまたもたつき始めたのも、元をただせばその辺に原因があるように思えます。


 以上が、長文のメールで寄せられた、14日のブログ記事へのコメントです。
 このように、ブログの記事を介して論点や議論が深まっていくことを期待したいと考えます。

 その意味でも、熱のこもったコメントをいただいたことに心から感謝したいと思います。
 なお、重ねてですが、一部割愛したところがあります。
 ご理解を。

 今回のコメントにもかかわる問題について、「狂騒の後で・・・」に続く補足、続編を書かなければと考えています。












posted by 木村知義 at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年04月14日

狂騒の後に・・・

 北朝鮮の「ミサイル発射」問題はその後、発射の際の映像と金正日総書記の「動く映像」が公開されて7日夜のニュースから8日朝のテレビの「ワイドショー」をにぎわせました。

 発射前、そして発射の当日(5日・日曜日)の異様なまでの「狂騒」は幾分治まってきましたが、今度は、9日にひらかれた最高人民会議第12期第1回会議で金正日総書記が国防委員会委員長に3選され、加えて国防委員会の委員枠を倍増し、金正日総書記の義弟、張成沢労働党中央委部長が国防委員に選ばれたことが大きなニュースになりました。
 
 同時に、会議に出席した金正日総書記の映像が朝鮮中央テレビで流れたことから、テレビ各局では、朝鮮半島問題から医学までのさまざまな専門家が映像を見ながら「おっ、歩いてる!」とか「足を引きずっていて不自然だ」、「ページをめくった!左手が動く」「いやまだ不自由だ」などとあれこれ喧しくコメントするというありさまで、なんとも騒がしいかぎりでした。

 そして注目の国連の安全保障理事会は、米国が、新たな「決議」をめざすのではなく、報道機関向け「声明」との中間に当たる「議長声明」の素案を提示したことで、結局、ミサイルか人工衛星かの判断を示さず「発射を非難する」とともに過去の「安保理決議1718に違反する」こと、「北朝鮮がさらなる発射を行わないよう要求する」とした内容の「議長声明」で決着することになりました。

 しかし、オバマ大統領の「強硬」なことばとは裏腹な米国の「変わり身」に、梯子をはずされた格好の日本は、振り上げたこぶしの落としどころに苦慮するという局面に立たされました。

 「誤探知」という奇妙な言葉まで生み出して、てんやわんやの大騒ぎをしたことは論外としても、人工衛星は載っていたのか、成功だったのか失敗だったのかなど、メディアでは依然として本質的ではないあれこれが繰り返されています。

 しかし、このあたりでそろそろ「狂騒」に終止符を打って、見据えるべき問題のありかを冷静に考えてみるべきではないでしょうか。

 そこでまず、「発射」の当日に戻るのですが、この日私は、朝から韓国の聨合通信に注目して、刻々伝えられる情報の流れを注視していました。

 日本で「発射か?」という速報が流れる前に聨合通信はいち早くその情報を伝えたので驚きました。

 この日朝から聨合通信が伝えた関連ニュースの流れを時系列で少しばかりメモしてみます。

 これを見ていた発射当日、5日午前中の気持ちを率直に言うと、実に興味深いものが見えるものだなー・・・というものでした。

09:28 政府が北朝鮮滞在人員最小化、南北関係緊張に備え

(注、この時点でも北朝鮮に韓国の「人員」が滞在していることに注目するべきではないでしょうか。聨合通信によれば「統一部は、北朝鮮が予告したロケット発射期間(4日〜8日)初日の同日、平壌に交流協力などの事業で滞在していた韓国人81人が、航空便を利用し中国の北京、瀋陽などに移ったと明らかにした。平壌には当面、長期にわたり常駐してきた平和自動車関係者1人だけが残る。また、この日は京義線陸路を通じ161人が訪朝し、528人が韓国側に戻った。3日夜まで906人だった開城工業団地滞在者数は、4日午後7時現在、540人となった。北朝鮮地域には現在、金剛山地域滞在者41人を含め582人の韓国民が滞在していることになる。」と伝えています。)

10:01 「衛星打ち上げ」予告のなか平壌は平穏、訪朝団体

(注、先月末に訪朝し、韓国統一部の勧告を受け日程を前倒しして4日韓国に戻った韓国の北朝鮮支援団体「ウリ民族相互助け運動」関係者が「平壌市内は普段と特に変わらず、静かだったと」語るとともに、韓国に戻る際に北朝鮮側関係者らが「ここに来てみて分かったと思うが、われわれが招請状を送ったのは身辺安全を保障し不便のないよう万全を期すという意味。統一部に心配や懸念は必要ないと必ず伝えてほしい」と話したという。また同じ期間に訪朝していた「キョレマル(民族語)大辞典」韓国側編纂(へんさん)委員会関係者も「街の雰囲気に特に異常な動向はなく、人工衛星打ち上げに直接言及したり示唆したりするような看板も見当たらなかった。市内の警備が強化されたり、軍服姿の人物が多かったり軍隊が移動するということもなかった」と話したという。北朝鮮側関係者らは「宇宙の平和的利用は国家の自主権に属する事案だが、特に日本が、なぜ問題視するのか分からない」という話をしていたと伝えた。)

10:15 金総書記が平壌大劇場を視察、朝鮮中央通信(写真も配信)

10:35 北ロケット発射場に頻繁な車両往来、発射可能性注視

10:51 北朝鮮ロケットの覆い外される、発射の兆候確認

10:56 統一部長官「国民の安全に異常ないよう対処」(写真も配信)

11:14 外交通商部ロケット対策会議、発射後の政府措置検討

11:28 青瓦台が緊急NSC招集、ロケット発射切迫と判断(写真も配信)

11:38 「政府当局者は5日、北朝鮮が長距離ロケットを発射したと伝えた。」(速報)

11:49「青瓦台(大統領府)は5日、北朝鮮が午前11時30分15秒、長距離ロケットを発射したと発表した。」

12:05 政府当局者「北朝鮮ロケットは人工衛星と確認」

12:29 北朝鮮挑発に断固・毅然として対応、青瓦台 (写真も配信)

13:10 北ロケットに政府声明「安保理決議違反の挑発行為」(写真も配信)

13:29 「北朝鮮ロケット発射政府公式声明全文」配信

13:52 軍が危機管理委員会を稼動、警戒態勢を強化

14:21 政府がPSI参加判断先送り、北朝鮮の反発考慮

14:53 国民も衝撃・懸念・・・、政府には落ち着いた対応求める

15:05 北ロケットは「宇宙発射体」、衛星搭載の可能性高い

15:19 国防部「韓米合同のミサイル戦力増強を検討」

15:33 国連北朝鮮代表部は無反応、韓国は非常勤務体制

15:43 オバマ米大統領が声明「北ロケットは挑発行為」

15:56 青瓦台「衛星」判断留保、韓米協議経て公式発表

16:02 国連安保理あす早朝緊急招集、日本の招集要請受け

16:16 韓米は北ロケット安保理決議違反で一致、駐韓米大使

16:37 朝鮮中央通信「人工衛星の軌道進入に成功」

17:18 柳外交通商部長官、米中日の外相と電話協議

17:57 柳明桓長官「人工衛星打ち上げを試みたもよう」

18:31 南北関係状況の安定管理と国民安全を優先、統一部

18:56 権哲賢駐日大使と河村官房長官、対北朝鮮で協力確認

19:37 李大統領は冷静対処を強調、NSC約5時間に及ぶ

19:44 北朝鮮の発射体が軌道進入に失敗、政府当局者

20:01 国防部長官「北朝鮮の衛星、軌道進入失敗と把握」

「国防部の李相憙(イ・サンヒ)長官は5日、北朝鮮の長距離ロケット発射について、『これまでの判断では、(ロケットの)1〜3段目がすべて海上に墜落した』『いかなる物体も軌道に進入できなかったと判断している』と述べた。緊急招集された国会国防委員会全体会議での発言。衛星が軌道進入に失敗したものと把握されるとしながら、韓米は引き続き分析を行うと述べた。」

20:56 「国防部の李相憙(イ・サンヒ)長官は5日、北朝鮮の長距離ロケット発射について、『いかなる物体も軌道に進入できなかったと判断している』と述べ、地球軌道への進入に失敗したことを強く示唆した。」

 この日夜までに聨合通信が伝えた関連ニュースの流れです。

 日本での「大騒動」あるいはメディアの伝え方と比べてみるときわめて冷静であることがわかります。

 また、あれだけ北朝鮮と「緊張関係」にある李明博政権の対応が実に冷静かつ沈着であることが見えてきます。

 そして、私がなによりも注目したのは、発射の「兆候」のキャッチがなぜこれほど早かったのかという点です。

 発射直前の11時28分に青瓦台(大統領府)はNSC、国家安全保障会議を招集しています。わたしはこの時、ある推測を持ったのですが、後にそれを裏付ける報道がなされることになりました。以下は読売新聞の報道です。

【ソウル=伊藤彰浩】北朝鮮の「人工衛星打ち上げ」名目での長距離弾道ミサイル発射について、韓国の情報機関、国家情報院は6日、北朝鮮が米中露3か国に対し、おおよその発射時刻を事前に伝えていたことを明らかにした。
 聯合ニュースが、国会情報委員会の非公開懇談に出席した議員の話として伝えた。
 北朝鮮が日韓両国に対する軽視姿勢を鮮明にするのが狙いだったとみられる。また、この議員は、韓国に対しては米国が情報を伝えた模様だと述べたという。
 聯合電によると、北朝鮮は、4日から8日の午前11時から午後4時の間に発射すると、国際海事機関(IMO)などに事前通告していたが、米中露への通報内容は、より詳細なものだった。李明博大統領はミサイル発射直前の5日午前、国家安全保障会議(NSC)を招集したが、これは米国から情報提供があったためとみられる。
(2009年4月6日13時26分 )

 つまり、アメリカ、中国、ロシアに対して北朝鮮は「事前通告」をしていて、韓国にはアメリカから「情報提供」がなされていたということです。それもかなりきめ細かく情報が提供されていたことがうかがえます。

 日本にはどうだったのか、日本のメディアが「究明」もしくは「解明」するつもりがあるのかどうかも含めて、わかりません。

 しかし、「発射、その後」を考えて行く時、これは無視できない、重要な問題だと思います。

 知らされていたかどうかという「面子」の問題を云々しているのではなく、米、中、ロと日本の関係がどういうものかを考える材料として重要だと思うのです。

 とりわけ国連の安保理事会での米国の「豹変ぶり」や各常任理事国の「駆け引き」を目の当たりにすると、日本のおかれた位置がどのようなものか、いわずもがなと言うべきでしょう。

 ところで、今回の「ミサイル発射問題」でまたもや、「独自の北朝鮮攻撃論」が湧き上がってきました。
 「北朝鮮の脅威に見合った抑止力を考えるのは与党の政治家の責務だ。日本独自で北朝鮮の基地を攻撃できる能力について議論すべき・・・」というのです。
 
 国際問題通だとかあるいは安全保障問題に通じているなどといううたい文句でメディアにしばしば登場する議員の発言です。

 テレビで「北朝鮮にガツンとやれないのか!」と叫ぶ「キャスター」や「怖いですねぇー」と顔を曇らせてみせる、「キャスター」と「大学特任教授」を肩書きとする女性などはさておくとしても、こうした軽薄な論調がいとも簡単に湧き上がる状況の危うさに言葉を失うばかりでした。

 国防族の重鎮、山崎拓元自民党副総裁が「ミサイルが飛んでくるなら発射基地をたたこうとか、むこうが核武装するならこちらもという意見は人類を破滅に導く議論だ」とクギ刺したという報道や、防衛庁長官、防衛大臣を歴任した久間章生衆議院議員が「北朝鮮がミサイルの実験をやりたがっているのはよくわかっていたことです。でも日本にミサイルを撃ち込むような、緊迫した情勢だったかどうか。それがあたかも日本に向けて発射するかのような雰囲気になってしまった。どんなに考えても今、北朝鮮が日本めがけて撃つはずがありませんから」(「朝日」4月11日朝刊)と語るのを目にして、こうした至極まっ当な言説が常に「その後」にしか出てこない問題はあるにせよ、言論の復元力に少しはホッとするものがありました。

 ただし、「日本中がこんな騒ぎになると思っていましたか」という問いに「騒ぎにしたのは、おたくら(マスコミ)でしょう。・・・」と切り返えされて「新聞もテレビも、国民の関心事だから、取り上げたのですが」と言い訳する記者の底の浅さには情けなくなりました。

 久間氏は「誤探知」をめぐる「混乱」について聞かれ「緊張状態になりすぎていたから」だとしたあと、「なぜそんな緊張状態になったのか」と質問が重ねられたことに対して、「日本と北朝鮮は休戦状態というか、講和条約も国交も結んでおらず、『戦後』を迎えていない。特に向こうにとってみれば、昔のままです。韓国は北朝鮮のゲリラ部隊が入り込むなど、こういう状況に慣れているところがある。いまいましいとは思っているでしょうが、冷静でした」と述べています。

 ようやく問題が本質的なところにきました。

 ここで、ある書物からの引用です。

「北朝鮮は、テポドンによる人工衛星打ち上げに失敗した8年後、今度はテポドン2を発射したが、わずか42秒後に日本海に着弾した。そして3ヵ月後、1回きりの核実験は、中途半端なものに終わった。経済的に衰弱しきった国の失敗したロケットに搭載される、実験の不十分な核兵器を、『省』に昇格した日本の防衛省は本当に恐れているのだろうか。それが発射された数分後に、北朝鮮は地球上から消し去られてしまうだろうに。日本での北朝鮮のイメージは、白か黒かのどちらかだ。朝鮮総連のような団体は、北朝鮮をこの世で最もすばらしい国と褒め称えるが、その他の人々にとっては悪の枢軸のひとつでしかない。もちろん、どちらも本当の姿ではない。米政府は体制転換を主張するが、それよりも体制の変化を支持するほうが、誰にとってもよい結果を生むだろう。北朝鮮は改革の途上にある。」
「日本、そして世界にとって一番の利益は、北朝鮮に対して批判的に関与することによって、現在この国の経済改革を遅らせている外的障害を取り除くことだ。日本は、意見の相違を際立たせようとするのではなく、合意を探ろうという観点から、北朝鮮との対話をはじめるべきだろう。」

引用が長くなりますが、もう少しお読みください。

「問題は、ステレオタイプな物の見方にある。北朝鮮は狂気の指導者が支配するスターリン主義の遺物でもなければ、世界の安全に対する致命的な脅威でもない。現体制の『生き残り』と『安全保障』を最大の関心事とする、理性的な一団が統治する国である。また、同時に、法的にはいまも米国と戦争状態にある。北朝鮮から見れば、自分たちの行動は生き残りをかけた戦いの論理的結果である。そのことが見えない者、見たくない者にとっては、北朝鮮は因果関係に基づく正常な政治的判断能力を失った、危険で不可解な存在になってしまうのだ。北朝鮮とその指導体制がそれほど悪くないという幻想を抱くべきではないが、その政治体制を作り上げたのは、この国自身と友好国だけでなく、敵国でもある。」

「地域的な軍拡競争と共産主義の崩壊により、北朝鮮は一般市民の経済を犠牲にして、減少する国家収入の中からいっそう大きな割合を軍備に費やしてきた。その後、手本を示されたことと経済的な理由から、確実な抑止力を備えるために核保有の道へと駆り立てられたのである。米国によって経済的に追い詰められた北朝鮮は、軍事境界線の南側からの脅威に対抗して“先軍政治”を敷き、市民生活は窮乏した。しかし、たとえ北朝鮮が核兵器を、経済を危機に追い込んだ通常兵器の安価な代替物だと結論づけた場合でも、これは度が過ぎた行為であり、世界の安全にとって脅威であることは確かだ。」

 さらに、北朝鮮のミサイル発射、拉致問題、核実験を挙げて、「つまり北朝鮮が日本国民の意見を変えるためのうってつけの触媒になっているのだ。北朝鮮が常軌を逸した行動を取っている間に、日本はとがめ立てされることなく、種子島の発射台からロケットを打ち上げることができる。また、すでに世界第5位の軍事費を浪費していながら、さらに強力な軍事力を備える必要について語ることができるのである。」

 これらはEU・欧州議会議員グリン・フォード氏の著書『北朝鮮−ゆるやかな変革−』の冒頭のパートのほんの一部です。

 1950年英国生まれで、東京大学客員教授として半年間日本に滞在した経験もあるグリン・フォード氏は、日本に関する欧州代表団副代表を務めて以来、アジアとEUの関係発展に努力を傾けている人物です。

 わずか300ページに満たない本書ですが、いま私たちが手にしうる最良の「北朝鮮分析」のうちの一冊といっても過言ではないと感じます。

 なによりも、事実にもとづいて冷徹に分析する、すぐれた視座のすえ方に触発されるところが大なのですが、ここは書物の紹介が目的ではありませんので、ここまでに控えます。

 さて、記事が長くなりますので、できるだけ手短にまとめますが、今回の「ロケット発射」を契機に、いまこそ東アジアの平和にむけて何とどう向き合うべきなのかを本質的に深める必要があると思います。

 その際の最も重要な指標は、まず、グリン・フォード氏の指摘にもあるように、われわれは北朝鮮とのあいだでまだ「戦争状態」に終止符を打つことができていないこと、そればかりか、北朝鮮は軍事境界線をはさんで南の在韓米軍、韓国軍と対峙する緊張状態にあるだけでなく、日本には日米安保にもとづいて米軍が駐留しかつ自衛隊が対峙するという状態が続いていること、この緊張状態を解消していく努力なしに問題を解決に向かわせることは叶わないということです。

 日本の私たちは日ごろあまり意識していませんが、北朝鮮との間ではまだ戦争処理さえ終わっていません。

 米国と北朝鮮の間では朝鮮戦争の「休戦状態」のままでもう半世紀以上が過ぎています。

 さらに、東アジアの非核化という課題と真摯に向き合う必要があります。

 先日テレビである出演者が、意図してか意図せずにかはわかりませんが、「朝鮮半島の非核化」をめざすべきだと、したり顔で述べていましたが、それこそ問題の本質をそらす言説です。

 日本は非核三原則を掲げているがゆえに核を持たない国だ、だから北朝鮮は核を捨てるべきだ、朝鮮半島を非核化すべきだというのは、もし悪意を含んでいないとすれば、まったく的外れな議論です。
 
 日米安保にもとづいて、日本は米国の核の傘の下にあることは自明であり、だからこそ東アジア地域の、つまり中国、韓国、日本、日本に駐留する米国、そしてロシアなどすべての国が核を廃絶するという決断をしなければなんの説得力もない議論になってしまいます。

 かつて中国からも、北朝鮮からもこの東アジア非核地帯化構想について突きつけられた日本は、どうしてもこれに乗れないと態度をかたくなにしてきました。

 それはまさしく、日本もまた、核を「放棄」しないことを意味するのだということを、いまこそ真剣に考えてみなければならないと思います。

 本質的に考えるための最低限の指標といえばさらにもうひとつ、日本の国民の中に存在する、抜きがたい差別意識や偏見を捨て去り、事実を事実としてあるがままに見据え、考えることです、北朝鮮に向き合うカギは!

 先週中国の戦略問題の専門家(江沢民前主席にも直接戦略問題、安全保障問題について進言する立場にあり、米国のペンタゴンにも招かれて戦略問題の議論を重ねてきた高位の専門家です)の話を聴く機会がありました。

 米国の強圧的な政策こそが北朝鮮に核開発を促したのだということ、米国が軍事的圧力をかけ緊張状態を作り出してきたのは、北朝鮮に、国家予算の6割から7割をこえる部分を軍事費に回さざるをえなくして、軍事費の重圧で崩壊させるという考え方に立ってきたからだと指摘しました。

 さらに、北朝鮮がそれでも持ちこたえるということになると、クリントン政権時代には、北朝鮮を開放に向かわせ北朝鮮の政策を変えさせようとしたが、ブッシュ政権ではまた「悪の枢軸」という政策に振れ、米国の対北朝鮮政策が定まらず、北朝鮮の不信を募らせるばかりという経過をたどっていると指摘しました。

 中国としては、北朝鮮の核やミサイルの開発には反対だという留保をつけながら、何が問題の根源に横たわるのかを鋭く指摘し、北東アジア地域が冷戦構造から抜け出すために何をなすべきかについて熱をこめて語るのでした。

 聴き手の責任において文字にするのですが、「私が金正日ならこう言って欲しいと思うだろう。胡錦濤主席が『中国の核は北朝鮮の核でもあるのだ、だから核開発の必要はない!』と。しかしケ小平氏から胡錦濤主席まで、だれもそれを言うことはできない・・・」と語ったことばが重く残りました。

 日本にとっての米国の「核の傘」に北朝鮮にとっての中国の「核の傘」を対決させることでは問題の解決に進めないことは確かです。

 だからこそ、では北朝鮮に核とミサイルの放棄を迫るなら、何をしなければならないかは明確に見えてくる話だと思います。

 ここまで書いているとき国連の安保理での「議長声明」採択を受けて北朝鮮が外務省声明を発し、6者協議に「再び絶対に参加しない」と表明、核開発の再開を示唆したというニュースが入ってきました。

 しばらくはまた緊張をはらんだ状況を余儀なくされるのでしょう。

 だからこそ、いまこそ冷静に、かつ本質にふれる思考が必要です。

 狂騒はもうたくさんです。

 そんな空疎な「狂騒」にはそろそろ終止符を打って、今そこにある危機を、問題の根本的な解決にむかう力に変えていかなければなりません。

 その意味では久間氏の言にあるとおり、マスコミ、メディアの責任は重大です。

 本質へ、そして冷静な思考を!です。

















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2009年04月12日

ホームページ、新記事のお知らせ

 ホームページの、小島正憲氏の「凝視中国」に新しい記事「ホーチミンと毛沢東、西郷隆盛と毛沢東」を掲載しました。

 いま中国では[毛沢東再評価]の動きが取りざたされています。
 もちろん大きな動きになっているとはいえませんが、北京のハイテクの街、中関村に毛沢東思想について議論するグループの「サロン」があったり、ネット上で「毛沢東主義」を掲げる「共産党」について取りざたされるといったことも起きています。

 そんな折、小島氏から「ホーチミンと毛沢東」「西郷隆盛と毛沢東」という論考が届きました。

 小島氏独自の「毛沢東論」の興味深い一断面が読み取れます。
 ぜひご一読を。

 ホームページのサイトは
 http://www.shakaidotai.com です。
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2009年04月03日

いまそこにある「危機」、考えるべきことは?!

 きのう、アメリカのCNNが米軍高官の話として「北朝鮮が舞水端里のミサイル基地で発射準備をすすめている長距離弾道ミサイル『テポドン2』に燃料の注入をはじめた」と報じたと、各メディアが伝えました。

 一方、朝鮮人民軍総参謀部は「重大発表」として「平和的衛星を『迎撃』しようとする者たちに断固たる攻撃を加える」と表明しました。
 この「重大発表」では、
 「宇宙空間を平和的目的に利用することは、誰も干渉することのできない主権国家の合法的権利」だとして「われわれは事前に国際宇宙条約などに加入し、3月21日には打ち上げ予定期間、空中危険区域などを含めた問題に関連する電報通知文を、当該区域を管轄または利用する米国、日本、ロシア、中国、スイス、南朝鮮などの関連民用航空当局に送った」
 「現在、当該国らは、われわれが国際的な規定と慣例に沿うよう講じる実務的措置を受け入れ、必要な対策を立てている」
 一方、「唯一日本だけが、われわれの衛星打ち上げ空中危険区域の事前通知にまで言いがかりをつけ、平和的な試験通信衛星『光明星2号』の打ち上げに対し『敵対行為』との烙印を押し大騒ぎしている」と批判して、
 「敵対勢力がわれわれの平和的衛星に対する些細な『迎撃』の動きでも見せるなら、容赦なく正当な報復打撃を加える」としています。

 二月はじめに韓国国防省筋、あるいは米国軍事情報筋のリークにはじまった北朝鮮の「ミサイル発射問題」はいよいよ明日からの「発射予告期間」を迎えることになりました。

 平安北道の軍需工場から「円筒状の物体」を載せた列車が移動しているところを偵察衛星にとらえられて以来の「ミサイル発射問題」でした。
 
 まさに見てくれといわんばかりのロケットの運搬がおこなわれ、米国の偵察衛星がそれを追跡して、逐一リークされて韓国や米国の「政府筋」「軍事筋」の情報としてメディアによって伝えられてきました。

 そして一ヶ月間、まるで関係各国の「うごき」を見きわめるかのように3月12日に「人工衛星ロケットの打ち上げをめぐり、国際民間航空機関(ICAO)と国際海事機関(IMO)に必要な資料を通報した」と朝鮮中央通信が発表しました。

 この一ヶ月、各メディアは「ミサイルか衛星か?」あるいは「人工衛星名目の弾道ミサイル発射の脅威」ということをひたすら繰り返すばかりでした。

 その間、日本海や太平洋には日米のイージス艦や潜水艦が展開し、東北と首都圏に地上配備型迎撃ミサイルPAC3が配備されました。
 
 3月27日には浜田防衛大臣による「破壊措置命令」が発令されて、「北ミサイル『破壊命令』へ=MDシステム初の実戦展開」といった見出しまで躍りました。

 「実戦展開」という文字がなんの抵抗もなく使われてまるで戦時体制という趣です。

 「北朝鮮のミサイル問題」あるいは「MDシステム」にかかわる本質的な問題が吹き飛んでメディアの「空気」は「北朝鮮のミサイルの脅威」一色で塗りつぶされてしまっています。

 けさのテレビのモーニングショーではキャスターが、防衛庁長官を務めたことのある政治家に「北朝鮮にガツンとやれないのか?!」と迫り、スタジオに座る朝鮮半島問題の専門家を自認する記者は「空襲警報が鳴るのか、防空壕に入ればいいのか、われわれはどうすればいいのかまったくわからない・・・」と口走るありさまでした。

 こういう「前のめり」の論調でいいのかという疑問をさしはさむ余地さえない状況に、このことのほうが「脅威」と感じるのはわたしだけでしょうか。

 まず冷静に整理しておかなければならない「衛星かミサイルか」という問題については、米国のデニス・ブレア国家情報局長官が3月10日、米上院での公聴会で「北朝鮮は人工衛星を打ち上げると言っているが、私は、北朝鮮はそのとおりのことをやろうとしている(ミサイル試射ではない)と考えている」と表明していました。

 米国の情報部門の責任者がそう言ったからその通りだと言いたいのではありません。事態を的確に把握、認識するためにはこの程度の冷静さ、沈着さが必要だということです。

 米国や日本が衛星を打ち上げるのはかまわないが、北朝鮮がそれを試みるのは衛星の打ち上げを装った弾道ミサイルの発射だからダメだというのは通らないと言うべきです。

 なぜかといえば、衛星打ち上げロケットとミサイルは技術的には同じものなので衛星だといっても許せない!という論理はそのまま日本にも米国にも返ってくるものだからです。

 日本のロケットは平和利用で他国のものはそうではないというのは無理があります。

 日本の私たちだけがそう思っているだけで、他の国々から見るといつなんどき軍事的なロケット技術に転化するかわからないという不信を抱かれていても不思議ではないことを知っておくべきでしょう。

 脅威について語るときはそうした相互の視点を欠くと問題の本質的なありかを見失うことになります。

 世界46カ国に広がっている弾道ミサイル保有国のすべてについて、等しくその「脅威」について検証すること抜きに問題の本質に迫れないと知るべきです。

 脅威というとき私たちは一顧だにせず、忘れてしまっているのですが、3月9日から米軍と韓国軍による合同演習がおこなわれたことも思い出すべきでしょう。

 この間北朝鮮は非常な緊張のなかで准戦時体制に入ることを強いられました。

 こうした脅威と異常なまでの緊張が日常化する中で北朝鮮の「先軍政治」がおこなわれているのです。

 このことへの認識を前提にするときはじめて北朝鮮のミサイルの「脅威」についても的確な思考が可能になるというべきです。

 つまり相互にとって脅威をどう解消していくのかという問題の立て方でなければ単に「脅威」に「脅威」でもって対抗するという構造に陥るだけで、そこから抜け出る道は見えてきません。

 さてそうなると、MD=ミサイル防衛システムは相手に対する脅威ではなく、脅威からわが身をまもるためのものだという「論理」が提出されるでしょう。
 
 さてそうでしょうか?・・・
 
 このMDシステムは飛来する弾道ミサイルを撃ち落すものとして米国が開発して同盟国に売り込んできたものです。

 ただし、いまのところ、購入したのは日本だけだということに留意する必要があります。

 その仕組みはといえば、飛んでくる弾道ミサイルを洋上のイージス艦から発射するスタンダードミサイル(SM3)で迎撃し、撃ち漏らした場合は地上に配備したパトリオットミサイル(PAC3)で対処するという二段階の迎撃システムです。

 2003年8月の防衛予算の概算要求に初めて盛り込まれた際、当時の防衛庁は初期配備に5000億円、整備費を含めると7000億円としていたのですが、3ヵ月後の予算決定時には8000億円から一兆円と跳ね上がりました。

 この間に円高がすすみドル建てで支払うミサイル購入費は下がっていたはずなのですが、そこを質された防衛庁は「ミサイルの数を減らすなど、根本的に見直した結果だ」とまるでわけのわからない説明をして、メディアもこの点を衝くことなく2004年から導入が決まっていったというものです。

 今回も政府内から「撃ち落せる、落とせない」という議論が洩れ出たように、当時から「本当に弾道ミサイルを撃ち落せるのか」という疑問が出されながら明確な回答が示されないまま導入へとなだれこんだのでした。

 米国内の軍事専門家からも「ほとんど効果がなく、実用性がない」と指摘されながらブッシュ政権が導入にひた走った代物です。

 とりわけ国防総省で政策評価をしてきたチャック・スピニー氏が「北朝鮮の脅威は弾道ミサイルでは防げない」としたことは記憶に留めておくべきでしょう。

 それでもブッシュ政権がMDの導入にひた走った背景に軍産複合体制の存在が指摘されますが、ここで深く踏み込む紙幅がありませんのでここまでにします。

 ともかく日本への配備に一兆二千億円から五兆九千億円という莫大な経費がかかるという指摘があることを知っておく必要があります。

 さらに、こうした問題以上に重要なことは、MDつまり「ミサイル防衛システム」は実は防衛とは名ばかりで、ブッシュ政権が打ち出した「先制核攻撃戦略」と表裏一体のものだという点です。

 つまり、核兵器をともなう先制攻撃を仕掛け、それに対する相手からの反撃で撃ち出されるミサイルに対抗するものとして構想、開発されたシステムだということです。

 「衛星かミサイルか」といった議論をこえて、いま日本の「防衛政策」がどういうところに来ているのかを冷静に見据えることなく「いまそこにある危機」について語ることができないということです。

 「北朝鮮に対してガツンとやらなければ」とか「空襲警報が鳴るのか、防空壕に入ればいいのか」などというそれこそノーテンキな議論をしている場合ではないのです。

 さて、では北朝鮮がミサイル開発することを、ただユビをくわえて見ていればいいのかといえば、そんなことでいいはずはありません。

 そこで、冷静に考えてみましょう。

 世界に弾道ミサイルを保有する国が46もあることは述べました。
 ではそんなことはほとんど意識されないのに北朝鮮のミサイルはなぜ脅威と感じるのでしょうか。

 もっと言えば米国の核搭載弾道ミサイルは脅威だとは感じないのに北朝鮮のロケットはなぜ脅威なのでしょうか。

 馬鹿なことを聞くなという声が返ってきそうですね。

 米国とは同盟関係だからで、北朝鮮とは拉致もあれば核もある!相容れない対立、緊張関係だから・・・。

 まったくもってその通りですね・・・

 つまりは、弾道ミサイルが脅威かどうかではなく、関係の問題だということです。

 MDなどというもので防ぐことのできない、対抗できない、関係の問題だということをいまこそ深く考えてみる必要があります。

 どのような関係を結ぶことでミサイルが脅威でなくなるのか、あるいはミサイルの開発などを無用のものにできるのか・・・。

 まさしくこれは軍事の問題ではなく政治の問題だということに気づくべきです。

 こんなあたりまえのことを語らず十年一日のごとく「北朝鮮の脅威」云々を語るメディアのどこに本質的な訴求力があるのでしょうか。
 「いまそこにある危機」を語る資格があるのでしょうか。

 それ以上に、わたしたちの視角と問題のとらえ方がよほどしっかりしていないと事の本質、問題のありかを見失うということです。

 さて、しかし!MDの導入の背中を押したのはほかでもなく1998年8月のテポドン発射であり、2000年9月の小泉訪朝によって北朝鮮による拉致問題が明るみに出たことによる「北朝鮮の脅威論」であったということを思い出してみなければならないと思います。

 実に皮肉なことだというべきです。

 そしてまたあすからの「予告期間」を迎えることになりました。

 4月9日から金正日第三期時代を謳い上げるといわれる最高人民会議第十二期第一回会議、4月15日には「建国の父」故金日成主席の誕生日が控えているとしても、この皮肉かつ奇妙な北朝鮮と日・米の「矛と盾」の「依存関係」を生み出している構造を一体どう考えるのか?!

 それは「人工衛星の打ち上げは主権国家として認められるべき権利だ」という論理をこえて、いま考えなければならない本質的な問題ではないのか?!このことこそを真剣に考えるべきではないでしょうか。
 もちろん日本のMDシステム導入は日本に内在する問題として考えるべきだということはふまえつつ、しかし、北朝鮮の「強硬派」こそが日本の「強硬派」の友であるという、この奇妙な「依存関係」をどう考えるべきなのでしょうか。
 
 それにしても、脅威を相互の問題として深く認識することから、ではどのようにすればその構造から脱却できるのかと問題を立てて、真剣に向き合う必要があります。

 相手の脅威について語るときは、相手にとっての脅威についても知ることができて、同様に語ることができなければならないでしょう。

 そして、その想像力の欠如へと導くような貧困なメディアであってはならないはずです。

 いまそこにある「危機」を見据えるために・・・。
 


 




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2009年03月29日

絶句して高知?!・・・

  思いもかけないところで、麻生総理大臣を間近に見る機会を得ました。

  昨年から高知に出かけなければならない用件を抱えるようになり、金曜日朝いちばんの便で高知へ。
 きのう(土曜日)午前中の会議で予定をすべて終えましたので、帰京するまでの時間を利用して街を歩きました。

 高知城の桜を見ながら市内を一望した後繁華街に向かいました。

 商店街を歩いていると、ほど近い公園に人が集まっているのが目に入りましたので何気なく行ってみました。
 
 中央のステージには「学生国会inこうち」と大書されたパネルが掲げられていました。

 高知大学、高知工科大学、高知女子大学の3大学の有志によるイベントと銘打っているのですが、学生たちはさてどんなことを目指しているのだろうかと興味が湧いてしばらく立ち止まって耳を傾けてみることにしました。

 ちょうど壇上に座る学生たちのなかの「学生総理」という若者がマニフェストを発表するところでした。

 マニフェストというので一層興味をかきたてられました。

 すると・・・「生徒議会を」というのでどういうことかと耳を傾けてみると、高校生で「議会」を作って意見を出して、提案するという、ただそれだけのことで聴衆もなんのことやらわからずちょっと間が持てないという風情だったのですが、まあとにかく・・・という感じで終わったのでした。

 率直に言うと、何がどうなったのか、皆目分からないのでしらけ気味ではあるのですが、まあそこはご愛嬌といった感じでうながされて拍手という会場でした。

 そこまでならばいまはやりの「バラエティー」風のお遊びということで終わり・・・、なのですが、会場の周りの様子がただごとではない気配がありました。

 壇上に高知市長、県知事そして自民党の衆議院議員も招かれていましたのでそれなりの警備がなされていても不思議ではないのですが、どうもそんな程度ではない物々しさなのです。
 
 そこかしこに黒っぽい背広姿に耳にはイヤフォンを挿した男たちの姿が見受けられたのです。
 まさか、何かあるのですか・・・とご本人たちに聞くわけにもいかず、かといってマニフェストなるものの発表もそれ以上聞いているほどの意味もないので会場を離れました。

 わたしは地方都市に出かけたときはかならず商店街の様子を見たりデパートの人出やものの売れ具合などを見たりして、その地域の経済や暮らしの状況を知る手がかりのひとつにしていますので、商店街に戻りぶらぶらと歩きました。

 で、これまた出かけたときの習慣になっている、書店にどんな本が並べられ、どんな本が売れているのかを見ることに時間を費やして、そろそろ空港に向かうかとなったところで、先ほどの警備の様子がどうも釈然とせず、知らず知らずのうちに足はもう一度公園に向かっていました。

 すると公園の要所々々にはSPと思しき男性の人数が増えているのです。と、同時に、「麻生総理が・・・」という司会者のことばが聞こえてきました。

 ただし、紹介されはしたのですが誰も壇上には現れず、会場から失笑が漏れたのですが、総理を迎える拍手の予行演習をというよびかけで照れ隠しのような拍手の練習となりました。

 そうしているうちに学生と思しき司会者が「日本国内閣総理大臣麻生太郎様!」と様付けで紹介して総理が姿を現したのでした。

 警備上の理由からか、プログラムであらかじめ知らされていなかったこともあるのでしょう、会場は総理の登場に大いに沸きました。

 その後、麻生総理に先ほどここで決議したマニフェストを発表します!という流れになりました。

 「高校生の生徒議会を作って提案する」と「学生総理」が述べて、麻生総理の感想を求めるとさすがの麻生首相も「エッ・・・何・・・」と絶句。もう一度説明を求めるも何のことやら分からず(これをマニフェストといわれても何のことやらわからないのも無理はないのですが)「アア、いいんじゃないの」という一言で決着?!

 その後、学生から意見と質問となりました。

 一体どんな質問が出るのかと思いながら聴いていると、
 「高知の印象は?」
 「九州には新幹線ができたが四国にはない。本州と四国を新幹線でつないでもらえないか?」・・・、
 
 と、聴いているこちらの居ずまいが悪くなるような、なんとも言いがたい「質問」や「意見」が続き、いたたまれずその場を離れることにしたものでした。

 「新幹線論議」では麻生首相が「九州と結ぶ」とカン違いして「エッ!ということは豊後水道にトンネルを掘るのか・・・」と聞き返すと、今度は学生たちがきょとんとして「豊後水道がどこにあるのかわからないの?豊後水道は・・・」と麻生首相が学生たちに説きはじめるという具合で、いずれにしても双方トンチンカンなやりとりになって、聴いているこちらのほうがどうも落ち着かないものでした。

 これをもって高知の大学生はとか、いまどきの学生は・・・などとあげつらうべきではないことをわきまえながらですが、それにしても、いまの大学生あるいは若者世代の問題意識のありようについて、私にとっては少しばかりの「ショック」がありました。

 さて、そんなわけで今日は、これをメディアは一体どう伝えるのだろうかというところに私の関心は移りました。

 「麻生首相が高知県内の若者と交流 
      高知市で「学生国会」に参加」という見出しで、

 県内学生有志による政治イベント「学生国会inこうち」が二十八日、高知市の中央公園で開かれ、麻生太郎首相がゲスト参加。学生と肩ひじ張らないやり取りを繰り広げた。

 これは地元紙である高知新聞の記事です。

 そしてもうひとつは時事通信です。

 「絶対孤独」に耐える力?=麻生首相、高知市で学生と意見交換

 「どす黒いまでの孤独に耐え切れるだけの体力、精神力がいる」。麻生太郎首相は28日午後、高知市内で学生主催の意見交換会「学生国会inこうち」に出席し、首相の職務を全うするための必要条件について語った。
 「学生総理」を務めた男子学生が「今回すごいプレッシャーがあり、いろいろ批判を受けてつらかった。心が折れそうになった時はどう乗り越えるのか」と質問。首相は「首相になる条件という話はよく出る。知事も社長もみんな共通点は1つだけある。これはね『絶対孤独』」と説明し、「この程度のことで折れてちゃ駄目。頑張れ学生」とエールを送った。

 なるほど!「この程度のことで折れてちゃ駄目」か・・・。
 
 このエールは確かにそうかもしれないと妙に納得しながら、それにしてもと、きのうの公園でのイベントを聴きながらいささか言葉を失ったことを思い出しながら、もう一度絶句したものでした。

 本当に「頑張れ学生」です。

 しかしシャレにならないのがいささか深刻です。

 あらためて、いまどきの学生たち、若者たちの問題意識ということについて考えさせられた高知行でした。





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ホームページ、小島正憲氏の「凝視中国」に新レポートアップ!

 ホームページの小島正憲氏の「凝視中国」(中国ウオッチング)に新着のレポート「『2月危機』は去り景気浮揚へ」を掲載しました。

 独自の視点と取材で、主に経済動向から中国の「現在」(いま)を読み解く小島氏のレポート、今回は中国各地、各段階で打ち出されている景気浮揚策についてです。
 
 先の全人代(全国人民代表大会)で打ち出された内需拡大、景気浮揚策がいま世界から注目を集めています。

 小島氏は「私は全人代における思い切った政策転換と超大型景気浮揚政策の早期実施の決定によって、中国経済は5月ころから浮揚すると予測する。そしてその中国経済が全世界を金融恐慌の底から引っ張りあげると考える。しかし同時にその中国の超大型景気浮揚策はやがて中国をバブル経済に突入させるのではないかと危惧する。」と述べています。

 中国各地で打ち出されている「景気浮揚策」をこれだけ詳細にチェックしながら経済動向を分析しているレポートは他に類を見ません。

 ぜひ、ご一読を!
 
 ホームページは
 http://www.shakaidotai.com です。 

 






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2009年03月25日

続々・続、李明博政権一年の韓国を歩いて 〜群山への小旅行記〜

 今回の韓国行で群山に足を伸ばしたことは最初に書きました。

 これまでに書いた大先達のジャーナリストにお会いする予定までに少し時間があったので地方に足を伸ばしてみることにしたものです。

 しかしなぜ群山かというと、過去の日本とかかわりの深い場所であることを以前書物で読んだことがあったことと、韓国の地方(田舎)でまだ足を踏み入れていないところ(なんらかの形で「通過した」というところも含めると)がそれほど残っていなくて、群山はまだ一度も行ったことがない町だったこと、さらに今回はまだ乗っていないローカル鉄道の路線に乗る旅にしようと考えたことにありました。
 
 実に単純な動機なのですが、韓国に出かけるときはいつも、ソウルで人に会うなどなんらかの用件を抱えていることを除けばまったく計画もなく、韓国に着いてから思いつくまま、足の向くままという旅になっていますので、今回も空港から鉄道の始発駅である龍山駅(ソウル駅は現在は高速鉄道中心のターミナルになっています)に行ってみて適当な時刻に列車があれば乗ってみるか・・・というぐらいの実にいい加減なものでした。

 そんないい加減な小旅行記をなぜここに書くのかと思われるかもしれませんが、「閑話休題」ということでお読みいただければと思います。

 さて、いまソウルの鉄道ターミナルはKIX(韓国高速鉄道)を中心に京釜線(ソウル−釜山)関連列車の始発駅としてのソウル駅、春川あるいは東海岸への路線が中心の清涼里駅、ソウル郊外にあって北部の軍事境界線に近い新炭里方面へ向かう議政府駅、それに光州、木浦方面に向かう湖南線(KIXを含む)、全羅線、長項線などの始発駅龍山駅と、それぞれ方面別に機能がわかれています。

 今回の「小旅行」では、ローカル線である長項線で忠清南道の西部を南に下って終点である長項まで行くと河を渡る「渡し舟」(フェリー)があってそれで群山に渡るとまた鉄道につながるということを以前本で読んでいたので、ちょっと行ってみるか・・・ということにしたのでした。

 駅に着いてちょうどいい時間にムグンファ(急行列車)があったのでチャンハン(長項)へということで切符を買ったのですが、ホームに下りてみると行き先が「イクサン」(益山)と違っていました。
 
 終点はチャンハンのはずですから列車の行き先も当然「チャンハン」と表示されていなければならないのにと不安になりながら車掌さんに、チャンハン!と切符を見せると「ハイ、乗って、乗って」とせかされて、よくわからないまま乗り込んでしまったのでした。
 
 終点はたしかにチャンハンの筈だけれど列車はどうもその先まで行くようなので、ハハン・・・これはフェリーを乗り継いでその先までが一本の路線という設定になってるんだろう・・・などと、まるでかつての青函連絡船のようなものを思い浮かべて、都合よく自分を納得させて席に着きました。

 韓国であれ中国であれ、わたしの旅ではこんなことはごくごくフツーのことなので別にどうということはないのですが、それでも、切符を買うとき別になんの問題もなく売ってくれたのだから問題はないはずだよな・・・と思いながらも、この「なぞ」が解けないまま旅が続きました。

 スピードもたいして出ないムグンファでのゆったりした鉄道の旅ですので時間をもてあまし、車中を歩いてみるとなんと軽食や飲料を売るスナック車にはインターネット接続のPCやPCゲームコーナー、それに小さなカラオケルームまで備わっていて、ネット社会韓国の断面を垣間見る思いがしました。

 眠気を誘うゆっくりしたスピードと何の変哲もない田園風景の中、龍山を出て3時間半、いよいよ終点チャンハン(長項)に着くと思いきや、やはり様子が違いそのまま先の群山に行くようなのです。

 ええい!こうなりゃこのまま・・・と成り行き任せに乗ったままでいると、なんだか走っている線路が新しいだけではなく、海から山側に離れて行くではありませんか。

 と、思っているとまもなく鉄橋で川を渡ってクンサン(群山)到着。

 結果的には一駅乗り過ごしたのですが、駅を出る改札には駅員もおらず、仕方なく一駅分は「無賃乗車」でゴメンナサイということに。

 それにしても錦江が海に注ぐ河口の町長項から渡し舟で川を(もう海といってもいいはず)渡って群山に着くはずが、そのまま鉄道で来てしまい、そのうえ着いた群山駅は新しくきれいな駅舎であるのはいいのですが、まわりになにもない田舎の駅!

 群山の町はどこにあるのだろうと思いつつ駅前に停まっているバスを見るのですが、地理がまったくわからないので、何処行きに乗ればいいのか皆目見当がつかず、それではとバスの路線図を見ようとしているところに「どこに行くのですか」と親切に声をかけてくれた男性が現れました。

 私の韓国旅行はいつもこうした親切な人に出会い助けられて旅ができるという幸運に恵まれるのです。

 しかし、何処といわれて「街へ・・・」と言うわけにもいかず「渡し舟の着くところへ」と言うと怪訝な顔。

 結局「港に行きたいのですか?」と聞かれて「そうそう!港です!」ということで、その男性がバスの運転手さんにあれこれたずねてくれてバスに乗ることができたのでした。

 で、20分たらずで群山の市街地に入り、ともかく港に近いと思われるあたりでバスを降りました。

 ここまでくれば初志貫徹?で、港への道路標示を見つけて「渡し舟」の船着場を目指しました。

 港の埠頭に出てみると漁船と小型の貨物船は見えるのですが、どこにも「渡し舟」は見当たりません。

 さびしい埠頭に一人だけ車を引いて(船の人々に?)飲料などを売るアジュンマ(おばさん)の姿があったので聞いてみると「渡し舟」はなくなったとのこと。

 鉄道の新線が引かれて長項と群山がつながったらしいということがわかりました。(「らしい」というのは、このおばさん、何も買わない私などにかまっている余裕はないという感じで、聞けたのは「渡し舟はなくなった」ということだけだったからです)

 う〜む、長項から渡ることができなかったとしても群山には渡し舟の船着場があるのではないかと思ってここまで来たのだがどうも無駄足だったか・・・と思いつつ埠頭を見やると、なんだか戦車や古い戦闘機などが展示してある一角が目に入りました。

 韓国を旅しているとときどきこういうものに出くわすことがあるのですが、私はほとんど興味がないので足を向けません。

 まあしかし、ともかくそのあたりまで歩いてみるかと行ってみると案内小屋があってアジョシ(おじさん)が一人、こちらを見つけて小屋から出てくるのです。

 そして見学時間などの説明をするので「カムサハムニダ」と言って別れようとすると、左前方の上陸用舟艇を指して「日本人でしょ。日本人ならぜひ見る必要がある!」と先導して歩き始めたのです。

     歴史資料・写真展示館

 私は武器やなにかの展示には興味はないので・・・と言いたかったのですが、そうも言えずに仕方なくついていきました。

 まあそのあたりまで行ってできるだけ早くこのアジョシと別れなければと思いつつ上陸用舟艇に着くと、がらんとした船腹のなかは写真の展示場になっていました。

 戦争の記録写真ならばまあ見ておくかといったぐらいの気持ちで入ったのですが、写真と説明文を見てそのアジョシが「日本人なら見る必要がある」と言った意味がわかりました。

 とともに私自身の不明を恥じたものでした。

 1899年の開港とされる群山は、それ以前から天然の良港とされ農水産物が取引される交易の拠点だったといいます。

 そして開港以来港湾都市として発展を遂げたとされるのですが、その背景には後背地に広がる湖南地方(全羅道一帯)の「米」があったというのです。

 その米を日本に運び出す港として群山港が開かれたというわけです。

 1930年代の群山は仁川港や釜山港をしのぐ朝鮮米の輸出基地となり「日本による収奪を最も象徴する都市となった」(鄭 銀淑「韓国の『昭和』を歩く」)ということです。

 開港後各国の租界もつくられ、とりわけ日本の植民地支配によって「大和町」「旭町」など、日本人の大地主や豪商などの家々、商店などが軒を連ねる街が出現したのでした。

 写真の展示を見てまわるうち、こうした朝鮮米のなかでもとりわけ優良な品質の米のほとんどは日本にむけて「出荷」されたことや最も多い時には朝鮮でとれる米の半分以上は日本によって「奪われた」という歴史に行き当たることになりました。

     展示から・日本への米の積出港、群山


 案内所にいたアジョシが「日本から来たのなら見ておく必要がある」と言った意味がわかるとともに、重く胃の辺りにしこりとなりました。

 かつての日本帝国主義による朝鮮の植民地支配についてはさまざまに語られていますが、こうした食料の収奪基地として、当時の朝鮮の人々の「食」の大半を奪ったという意味においてどれほどの辛酸をもたらしたのか、私たちは想像力を失ってはならないと痛切に思いました。

 「食」を奪うというのは生存の最も基本的な条件を掠め取っていくことにほかなりません。

 もちろん買い取ってきたのだという主張があることは承知しています。

 しかしほんの少しでも歴史の事実に分け入ると、その「買い取る」行為がどれほどの強権と暴力的な農地の奪取、不等価交換でもって行われたのかを知ることになります。

 また、いまでもなお群山に残る、かつての日本人の大地主や豪商の邸宅(跡)などを目にすると、ここがいかに日本にとって富と権益を生む地であったのかがうかがわれます。

 ソウルではたとえばかつての「朝鮮総督府」の取り壊しに見られるように、「旧日帝時代の残滓」を示すものは消していくという方策が採られましたが、群山ではかつての日本家屋のいくつかを修復して保存していくという取り組みが行われています。

   旧日本家屋の補修工事      旧日本家屋の補修工事


 もちろん韓国を象徴する首都ソウルと人口30万ほどの地方都市という違いは無視できませんが、時代の移り変わりの中で、かつての歴史を客観化することで「民族にとっての屈辱の歴史」を記憶にとどめる取り組みにも幾分かの変化が生まれているのではないかと感じました。

 群山には韓国に残る唯一の日本式寺院、東国寺(当時は金光寺)があります。

 日本支配時代、韓国各地に神社が作られたことはよく知られていますが、ここには日本から建材を運んで寺まで作られたというわけです。

 またこれほどの重要な権益の地であった群山に鉄道の支線の駅しか作られなかった背後には、全州を押さえた「三菱」と群山の「大倉」と、それぞれ巨大な農場を持つ二つの財閥の争いがあったことを知ると、なんでもない地方都市の風景がまた違って見えてくるのでした。

 同時に、歴史を前にして謙虚にたたずむ重要性をあらためて知ることになりました。

※ 画像をクリックしていただくと拡大して見ていただけます。













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2009年03月22日

続々李明博政権一年の韓国を歩いて 〜韓国のオールドジャーナリストとの対話〜

 韓国のオールドジャーナリストとの対話(承前)

 ローソクデモ、キャンドル集会に集まった主婦たち、女性たちは、日本で一般に伝えられているように、米国産の牛肉の安全性の問題だけで立ち上がったのではない。
 就任5ヶ月未満で李明博大統領に、李政権に明確に「アウトを宣告!」したのだ。

 だから李大統領が危機感を抱いたのだ。

 私は毎日、日本のテレビニュースを見ているが、ソウルにいる日本の特派員たちは何を見ているのだろうと思うことがある。

 たとえば北のミサイル発射問題もそうだ。北のミサイルはアメリカにとってどう脅威なのか、日本にとって本当に脅威なのか。これは政治的にどういう意味を持つのか、どう読むべきなのか、一体何が問題なのか・・・。北が何を考えているのかについては、ほとんど語られていないし報道されてもいない。

 南北関係がこじれ、厳しい対立状況になってきた背景にはアメリカの存在があることを忘れることはできない。

 また、日韓の間にも、かつて独裁政権下であったような地下の深いところでの関係がまたよみがえってきている。

 韓国国内の問題が深刻になるにしたがって、外に敵をつくるしかなくなってくる。北もまた同様だ。西海(黄海)の「北方限界線」(NNL)での衝突のようなことが起きればどういう事態になるかわからない。

 朝鮮半島というのは地政学的にも本当にむずかしいところだと思う。
 
 アメリカと中国という二つの大国の狭間にあって、自らのアイデンティティーはしっかり持っていたいと考える。長い間中国の精神文化の影響の下にありながら、自分自身の文化、文字を作り出した。北のようにアメリカとも「喧嘩」するということもやる。

 しかし、ローソクデモ、キャンドル集会の広がり、盛り上がりのなかで、それに対抗する旧来の保守陣営の集会では星条旗を振る者が出てきた。日本との関係で言えば、日の丸を振る人間が出てきかねないということだ。

 一方、韓国社会の中の反体制の動きに対しては民主化政権の時代をもふくめて、検察、警察、そして国家情報院(元中央情報局=KCIA)が活動をやめたことはない。
 そしていままた国家情報院が表面に出てきた。
 
 政府と民衆が非常に厳しい対決になるという予感を抱かざるをえない状況だ。
 
 だからこそ李大統領は危機感を募らせ、メディアの掌握に焦っているのだ。

 韓国の新聞の発行部数で7割を占める、朝鮮日報、東亜日報、中央日報の三紙は押えた。 
 聨合通信(YTN)やKBSは大統領側近で掌握・・・。
 そしてMBCには去年、米国産の牛肉問題について報じた「PD手帳」(MBCで放送されている調査報道番組)に対して放送通信審議委員会から「謝罪命令」という懲戒処分が下されるという事態になった。
 そうした圧力に抗してMBCの人々ががんばっている。
 新聞では京郷新聞やハンギョレ新聞ががんばっているが、今後どうなっていくかはわからない。

 李政権の今後の4年間は、南北関係、アメリカのオバマ政権のアジア政策、そして経済・・・と変数が多く、読みきれないところがある。

 アメリカもサブプライムローン問題に端を発する経済危機でこんな状況になるとは予想できなかったかもしれないが、「カネと軍事」の問題がある以上、それを維持するためには、オバマ政権といえどもブッシュ政権時代とそれほど変わることはできないだろう。

 その意味ではアメリカとは恐ろしい国だといわざるをえない。

 韓国のエリートたちの9割以上はアメリカ留学組だ。アメリカ流の経営学を学んできたといった人たちばかりだ。
 
 一方、金大中、盧武鉉政権から李明博政権への転換を後押ししたのはかつての反共教育を受けてつくられた意識を持つ、私たちと同じ世代の人々だった。つまり旧来の既得権を取り戻したい、あるいは保証してもらいたいと考える人々だ。
 
 その意味では韓国社会は依然として「世代間戦争」「地域間戦争」が終わっていない。

 底辺には教育の問題があるといわざるをえないが、まさに「南々葛藤」(韓国社会内の亀裂、対立)の激化ということになる。

 こうした状況に対して、知識人たちはどうなのかといえば、韓国ではそうした知識人やジャーナリストが共に手をつなぎ、意見を交わし、研究、議論する活動がほとんどない。
 
 半世紀にもわたる反共教育や過去の独裁政権下という歴史のなかで相互に信頼し連帯する難しさに苦しんできたということかもしれない。

 また、いま在野に政治的なリーダーを見出すことが、なかなか難しいといわざるをえない。

 かつて大きな役割を果たした「参与連帯」なども、よくはやっているが、昔のようではない。

 そんな中で、私が信頼する人はと問われれば、「創作と批評」を主宰している白樂晴氏ということになる。
 いまの韓国社会で信頼できる知識人だと思っている。

 それにしても、いまの李明博政権と韓国社会を見ると、ふたたび民主化のたたかいが起きても不思議ではない状況だ。

 にもかかわらず、韓国の新聞読者の7割を持つ三紙の権力に対する批判精神は、いまはまったくない。ジャーナリストの批判精神は死んでしまったといわざるをえない。

 そうした状況だけに、メディアは、ジャーナリストの責任は重いというべきだが、私自身こうした状況にどう立ち向かえばいいのか本当に言葉に詰まる・・・。


 韓国のオールドジャーナリストとの対話で語られた、李明博政権一年の韓国の現在(いま)ということになります。

 もちろん、語られたことはもっともっとあるのですが、その骨子をまとめてみるとこうした内容になります。

 しかし、ここに語られたことからだけでも、普段日本のメディアで伝えられることでは見えてこない、韓国社会の現在の「もうひとつの貌(かお)」というものが浮かび上がってくる思いがします。

 話の最後のほうでふれられた白楽晴氏について少しばかりの注釈をしておくなら、白氏は1938年生まれ、米国のブラウン大学とハーバード大学で学び、ハーバード大学博士。
 
 「いま分断体制の解体期を生きている」として、朝鮮半島の「分断構造の克服と平和統一」を追求する立場からその具体的方法として「市民参加型統一」論を構想、世に問い続けてきた韓国を代表する知識人です。
 
 また、南北首脳会談5周年を記念して設けられた「6・15共同宣言実践のための南・北・海外共同行事準備委員会」の南側準備委員会の常任代表を、従来の統一運動のどの組織にも属してこなかったことから、推されて務めることになり、2005年に民間の統一運動の先頭に立つことになった人でもあります。
 
 さらにいうなら、白氏の父は朝鮮戦争のなかで北側当局によって連行され生死がわからないままとなっていたのですが、2000年の金大中大統領の北朝鮮訪問時に、死亡時期や状況はわからないながらすでに死亡していたことが判明したという、いわば「拉致被害者家族」としての境遇もかかえています。

 1966年『創作と批評』を創刊、朴正煕独裁政権に対する文化的抵抗拠点として刊行を続けましたが、1980年の光州事件後全斗煥政権により廃刊を余儀なくされ、その後87年に復刊を果たし現在に至っています。
 
 白氏の著作は『朝鮮半島の平和と統一〜分断体制の解体期にあたって〜』として昨年5月、わが友人である青柳純一氏の翻訳で岩波書店から刊行されています。
 非常に読み応えのある、内容の深い一冊だと思います。







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ホームページに新情報をアップしました

 ホームページの小島正憲氏の中国レポート「小島正憲の凝視中国」に新情報、「6月危機の打開策」を掲載しました。
 
 中国経済の「危機」や社会の「混乱」を予測する論評や言説が盛んに見受けられますが実際はどうなのでしょうか、いまこそ中国の実際に基づいた分析が不可欠です。
 
 中国の現場に立って目を凝らし、具体的な事実にもとづく分析、考察を重ねる小島氏のレポートが光ります。
 
 最新情報「6月危機の打開策」のページは


 http://www.shakaidotai.com/CCP023.html  です。
 
 ぜひお読みください
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2009年03月20日

続・李明博政権一年の韓国を歩いて 〜韓国のオールドジャーナリストとの対話から〜


 韓国のオールドジャーナリストとの対話から(承前)

 大先達ともいえるオールドジャーナリストとの対話は、李明博大統領の一年をどう見るのかということからはじまりました。

 開口一番、「不良大統領としか言えませんね」という辛らつな言葉がとびだしました。
 
 (この「不良」というのは日本語のニュアンスとはちょっと異なるように思いますが、含蓄のある表現だと感じました)

 以下は、韓国の政治や社会の変化を見つめ続けてきたジャーナリストが語った韓国の現在
(いま)です。

 ゼネコンで企業家として生きてきて、カネこそパワーという思考が身についてしまっている、力があれば何でもできると。
 
 しかもカネについて言えば、不正選挙で議員をやめざるをえなくなったという経歴もある。
 (注、1998年、選挙資金の「不明朗な処理」による選挙法違反で700万ウォンの罰金が科される前に議員を辞職)
 金持ちのための政治になっていて、ただ政権にしがみつくのみという絶望的な状況が起きている。

 そして、そのパワーを使って、いま一番狙っているのはマスコミ、メディアを握ることだ。
 
 本来、韓国社会に広がる格差をなくすことが緊急の問題であるはずなのに、そうした問題を報じるマスコミを叩いている。

 政権が代わったことでマスコミの経営幹部が政権支持の人々に代わった。同時にマスコミ出身者が与党、政府にも大勢入った。
 要はメディアを握れば安全だという発想なのだ。

 ローソクデモ(昨年5月、米国産牛肉輸入再開に抗議してはじまった市民の抗議デモ。全国で100万人が参加する大規模な抗議集会、デモに発展。牛肉輸入再開問題にとどまらず李明博政権に対する厳しい批判のうねりとなる)や龍山のデモ(今年一月に龍山地区の住民を強制退去させる際に6人が死亡した事件に対して市民による抗議と真相究明を求めるデモが続いた)に対する「報復」は凄まじいものだ。

 批判をマスメディアと検察で押さえ込んでいる今の社会に危機感を感じている。

 今また全国言論労組がストに入った。今、韓国では、権力からの言論、メディアに対する介入やメディアと政権の「癒着」に対する反対が高まっている。

 (注、日本ではほとんど伝えられていないが、2月26日に韓国国会の「文化体育観光放送通信委員会」にハンナラ党が野党の反対している「メディア関連法案」《言論関連法案》を単独で強行上程したため国会では民主党の議員らが委員会室を占拠するなどの混乱が起きた。「言論関連法案」は、現在、財閥系の大企業が放送事業を支配できないようにしたり、新聞社が放送局を占有できないようにしている「規制」をなくすことやインターネットへの監視と規制を強めることをめざすもので、放送労働者をはじめ新聞、メディア関係労働者の反対が高まっている。昨年十二月にもMBC放送の労働者をはじめ新聞、通信、放送の労働組合で組織する全国言論労組がゼネストに入って放送番組などにも影響が出ていた。その後「与野党合意」で「言論関連法案」の処理を一時的に先送りすることになり、今年一月にストライキが「暫定的に中断」されていたが、26日のハンナラ党による法案の上程強行に対してストを再開したもの。韓国でメディアをめぐってこうした問題が起きていることを日本のメディアはほとんど伝えていない。)

 考えてみると、李明博政権というのは、盧武鉉大統領の未熟な政治が残した遺産だといえるのではないだろうか。

 盧武鉉政権を支えた「386世代」は独裁政権時代に学生運動で闘ったが、闘争一辺倒に明け暮れ政治というものを本当にはわかっていなかった。
 そうした未熟さの反動で李明博政権が生まれることになってしまった。

 また、10年間の民主化の時代に慣れて、自由や民主をごく自然にあるものとして受け取る世代が出てきている。

 李明博大統領は清渓川(チョンゲチョン:ソウル市庁からほど近いところを流れる川だったが60〜70年代の開発により埋め立てられ、高架道が建設された。その川を復元し22の橋も復元されてソウル市民の散策の場となった。)だけを売り物に「経済は任せろ!」と出てきたが、清渓川復元で立ち退かされた人々がいまどうしているのかはわからない。
 
 私が言論問題で闘った朴正煕は軍事独裁政権ではあったが、彼なりに経済を復興させた。
 軍人出身ではあったが盧泰愚大統領はとにもかくにも金泳三に政権を譲って、民主化を認めた。
 金泳三にももちろん批判はあるが、それでも「軍閥」を排除して地方自治を育てた。
 そして金大中大統領は南北関係を打開した。

 しかし盧武鉉大統領はあまりにも未熟だった。李明博に政権を渡してしまったという意味で責任は重いといわざるをえない。
 
 李明博大統領についていえば、人は生きてきた道からはずれることはできない。閣僚や側近に抜擢した人々のほとんどは不正や不法の中を生きてきた人たちばかりだということが露呈してしまった。
 
 一方、李大統領を選んだ韓国社会に目を向けると、10年間の民主政権に慣れてしまって、生活もそれ以前とは比べものにならないくらい豊かになり、若い世代、特に学生たちの社会に対する関心、問題意識が薄れ「よい企業に就職する」ということが最大の関心事になっている。
 江南などの高級カフェの8割は学生で埋まっている状況だ。
  
 だからかつてのように学生たちが政治や社会のあり方について異議を申し立てる運動をしなくなった。
 
 その代わりにいま前面に出てきたのが女性でありとりわけ主婦たちだ。
 昨年のローソクデモでも主婦が立ち上がった。子供を連れ、家族ぐるみで街頭に出て、夜を明かした。

 政治家でもなく労働者でもなく、学生でもなく、主婦たちが立ち上がってあの全国の盛り上がりが生まれたのだった。

 私も行ってみて感動した。多くは30代、40代の主婦たちだった。

 そしてそのローソクデモ、キャンドルナイトがインターネットで全世界に中継されて世界が見ることになった。
 
 私よりもアメリカにいる友人のほうが集会のことをよく知っていたぐらいだ。

 あのローソクデモは、実は、かつての運動のような指導者、リーダーがいなかったのだが、インターネットを通じてあんなに広がり、うねりとなって盛り上がっていったのだ。

 女性たちが立ち上がった、それも主婦たちが、というのは韓国社会において刮目すべきことだと思う。

 今はまだ「寒い」けれども春になれば「4・19」が、「5・18」がある。加えて南北問題だ。

 李明博政権にとっては大変な状況になる。だから、いま、メディアを掌握しなければと焦っているのだ。(つづく)







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2009年03月16日

李明博政権一年の韓国を歩いて

 書くべきこと、伝えるべきことが積もっていたのですが、ブログの記事がしばらく途絶えてしまいました。まず、お詫びを。
 さて、二月末、李明博政権一年という時期にあわせて、韓国に出かけました。
 韓国はほぼ一年ぶりでした。
 
 経済大統領を掲げてスタートした李明博氏でしたが、経済の冷え込みは考えていた以上でした。
 
 ソウルの明洞などの繁華街はまずまずの賑わいを見せていましたが、地方都市の活気のなさは驚くばかりでした。
 
 人口30万ほどの群山(ここはかつての日本ときわめて「縁の深い」町でもありますーこの問題については後にふれたいと思っています。)に足を延ばした際歩いた繁華街は、商店という商店はどこも客の姿が見えず、このままではいつまで店が持つだろうかと心配になるくらいでした。
 
 またあちこちにシャッターに閉ざされた店やショウウインドウの向こうに店の名残と思われる残骸が散らばったビルも散見されて、シャッター通りということばは日本だけのものではないと思わせられました。

 これまで韓国には30回以上出掛けていますが、どんな小さな地方都市でも夕方からは繁華街に大勢の人が繰り出して屋台や店が賑わい、その熱気がなんとも言えない韓国の街の魅力を醸し出していたものです。

 群山だけを見て地方都市のすべてがこうだとは言い切れませんが、垣間見た街の様子に、人々の暮らしが大変なこと、消費の冷え込みが深刻なことを痛感しました。

 さて、韓国に着いた日の夜、ちょうどテレビで李明博政権から一年を特集した番組を放送していました。
 キャスターが、政権発足後下がるばかりだった支持率が底を打ってこのところ上向いて最低の時期の二倍になったと持ち上げているのですが、よく聞いていると、二倍になったという支持率が34パーセントたらずだというのですから、なんとも言葉を失いました。

 現代建設の社長時代を模して「国家のCEO」になると豪語していた李大統領の顔色を失わせる深刻な状況だと感じました。

 いまや「747政策」などと言われてピンと来る人がどれくらいいるのでしょうか。
 
 この「747政策」は、2007年に5パーセントだった成長率を7パーセントに上げ、一人当たりの国民所得2万ドルを10年かけて4万ドルに倍増させて、世界第7位の経済大国にするというものでした。
 
 しかし現実はといえば逆に成長率は2.5パーセントに低下、今年は間違いなくマイナス成長と予想される状況です。
 
 李大統領就任当時の昨年2月、ラジオの朝の報道番組を担当していた私は、李政権誕生をテーマに取り上げた際、経済大統領を掲げてはいるがその経済がうまくいくとは考えられない、むしろ経済政策で苦しむことになるだろうという辛口の見通しを語る韓国の専門家の話を聞いたことを思い出します。

 ふり返ってみると、政権発足から3ヶ月にもならない5月には米国産牛肉の輸入再開に抗議する「ろうそく集会」が始まり、2ヶ月余りにわたる李政権への抗議のうねりに、6月には李大統領が国民に「謝罪」するという羽目に追い込まれたのでした。

 また、北朝鮮が核を放棄すれば一人当たりの国民所得を3千ドルに引き上げることを示した「非核・開放3000」政策への反発など、その後、南北関係の緊張も深まる一途という状況で、それまでの南北関係を考えると「いまは昔」という状況です。

 ちょうどこんな折の韓国行きでした。韓国では私の尊敬するジャーナリストの大先達に、ほぼ一年ぶりにお目にかかり、時間をかけて話を聴く機会を得ました。

 この方は韓国を代表する新聞社で外信記者として活躍し、沖縄、グアムをはじめベトナム戦争の取材に駆ける日々を重ね、その後、軍事独裁政権による言論弾圧に敢然と立ち向かって闘った反骨のジャーナリストでした。

 続けて、この大先達との対話から韓国の現在について報告することにします。(つづく)




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2009年03月15日

さらに、ホームページのお知らせを・・・

 ホームページの充実をと考えていましたが各方面の方々のご協力をいただけるようになってきました。
 今度は中国での豊富な業務展開のご経験をお持ちの、小島正憲氏から寄せていただく中国レポートを「小島正憲の凝視中国」(中国ウオッチング)というページを設けて掲載させていただくことになりました。

 昨年、中小企業家同友会上海倶楽部の講演会でお目にかかり、その説得力あるお話に大いに教えられました。

 実は、昨年お目にかかる以前に、中国東北・長春で開かれた北東アジア投資貿易博覧会・国際フォーラムのあと吉林省琿春市を訪問して市長をはじめ市の経済部門の幹部と会見するとともに、中国、ロシア、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国境地帯や税関、技術開発区などを見て回る機会を得たおり、そこに小島衣料が工場を展開することになっていると聞いていました。

 その小島衣料の経営に長くあたられたのが小島正憲氏であることを、昨年の会合で知った次第でした。

 小島衣料が上海をはじめとして中国に展開する合弁企業の従業員は1万人を超すと聞いています。

 また中国のみならず、東南アジアから米国におよぶ精力的な業務展開、市場調査、工場展開のための現地調査など、豊富な経験に裏打ちされた経済観、ビジネス観をお持ちです。

 そして、随時送ってくださる中国レポートに触発されながら、氏の情報収集力と分析力、なによりも現場に足を運び、現場で中国を見つめる行動力にあらためて敬服したものでした。

 中国の現場から発信される貴重な情報に接して、ぜひWebに掲載して広く伝えることができればと考え、お願いしたところご快諾いただきました。

 いまさまざまなメディアで中国情報が飛び交いますが、小島氏のレポートからは、既成のメディアでは伝えられない、まさに動く中国の生々しい姿が伝わってきます。

 企業人として多忙な業務を抱えながら、実にエネルギッシュに中国各地に赴き、現場で取材し、レポートを寄せてくださる氏の中国報告は、読者の皆さんにとって貴重な情報になると確信します。

 あらためて、レポートの掲載をご快諾いただいた小島氏に深く感謝の念を表しますとともに、ブログの読者のみなさんにもぜひお読みいただきたいと思います。

 なお小島正憲氏は1947年生まれ、現在は香港美朋有限公司董事長、ならびに中小企業家同友会上海倶楽部代表をつとめていらっしゃいます。

 なお、「小島正憲の凝視中国」掲載のホームページは以下のとおりです。
http://www.shakaidotai.com





posted by 木村知義 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年03月12日

お詫びを・・・

 ブログの記事がしばらく途絶えてしまいました。
 どうなっているのか!とお問い合わせを頂戴してしまいました。
 申し訳ありません。
 
 書くべきこと、伝えたいことが積もっているのですが、どうしてもまとめなければならないものを抱えていたため、ブログの記事が間遠になってしまいました。
 
 二月末には、李明博政権一年の韓国に出かけていました。

 今週末には記事をアップしますので、お待ちください。
 
 なお、このブログと並行して運営しているWebサイトもご覧いただければと思います。
 今年は、HPも内容を充実させていこうと考えています。
 3月はじめに新しい内容をアップしたHPも一度ご覧ください。
 サイトは以下の通りです。


 http://www.shakaidotai.com
posted by 木村知義 at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2009年02月21日

米・北朝鮮問題担当特使人事に何を読み取るのか

 きのう昼のニュースで、韓国を訪問中のヒラリー・クリントン米国務長官が、韓国の柳明桓外交通商相との会談後の記者会見で、6カ国協議など北朝鮮問題を担当する特使にスティーブン・ボスワース元駐韓大使を起用すると発表したことが伝えられました。

 ボスワース氏の起用については、すでに、クリントン長官が米国を出発する直前に観測として流れていました。
複数の米国高官筋をソースとして伝えられたもので、早ければ15日のクリントン長官のアジア歴訪出発前に発表されるかもしれないという情報までありましたので、その後の「動き」を注視していました。

 結局、ソウルで発表ということになりました。
 
 日本では、アジア歴訪中のクリントン長官の、北朝鮮への懸念や強硬ともとれる発言に力点を置いて伝えられていますが、ソウルという場を選んで、しかも米韓外相会談の後というタイミングでボスワース氏の起用を発表したのは、北朝鮮への重要なメッセージを含んでいるというべきでしょう。

 そのメッセージの意味を読み解くためにはまず、アジア歴訪を前に、クリントン長官が13日、ニューヨークのアジア・ソサエティーで講演した内容を押さえておく必要があります。

 国務長官就任後はじめて、対アジア政策について包括的に外交方針を語ったこの講演で、北朝鮮が完全かつ検証可能な形で核兵器計画を廃棄する用意が本当にあるなら、「米朝関係を正常化し、朝鮮半島の休戦協定の平和協定への転換や、エネルギー支援、経済支援にも前向きに応じる」と表明しました。また、北朝鮮問題については、6者協議を通じて取り組むことを明言し、北朝鮮による弾道ミサイル発射の動きなどについては、「挑発的な行動や韓国に対する無用の言動」を慎むように「クギを刺した」形になりました。

 こういう下敷きの上に、北朝鮮問題担当特使にボスワース氏を起用するという発表です。
 
 現在、タフツ大学のフレッチャー法律・外交大学院大学の学長を務めるボスワース氏は、1994年10月の米朝「枠組み合意」当時、米国代表の一員として北朝鮮との交渉に臨み、1995年から97年まで「枠組み合意」によってすすめられた北朝鮮での軽水炉建設のための国際コンソーシアムである朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の初代事務局長を務めました。

 1月31日の記事でもふれましたが、ボスワース氏はすでに2月3日から7日まで、モートン・アブラモウィッツ元国務次官補やジョナサン・ポーラック米海軍大学教授、ジェラルド・カーティスコロンビア大学教授など7人の米国外交安保専門家代表団の一員として平壌を訪れ、北朝鮮側の外交担当者と意見交換を行ってきています。
 
 つまり、オバマ政権発足後、事実上の「米朝接触」がボスワース氏らによって、すでにおこなわれたということになります。

 また、ボスワース氏は米日財団理事長を務めたこともあり、2005年に旭日重光章を受けるといった、日本との関係も深い人物です。
 
 さらに、ボスワース氏とビル・リチャードソンニューメキシコ州知事の二人が「候補」に挙がっていたなかで、ボスワースを選択した意味も読み取っておく必要があると思われます。
 
 つまり、北朝鮮と人的な面でも「特別な関係」を築いてきたリチャードソン氏ではなく、ボスワース氏の外交官としてのオーソドックスな経験を重視するとともに、「枠組み合意」にもとづくKEDOの初代事務局長という経歴から、北朝鮮の核問題へのオバマ政権のスタンスを示唆するメッセージを送ることにもなったといえるでしょう。

 ところで、ボスワース氏に決定というニュースを聞いて取り出したひとつのスクラップ記事がありました。

 「ニューズウイーク」2008年5月14日号に掲載された、モートン・アブラモウィッツ氏(元米国務次官補)とボスワース氏連名の「Reaching Out to Pyongyang」(日本版タイトル「北朝鮮との正しい交渉術」)という論文です。

 米国の担当特使として、この論文に示されたスタンスそのままに北朝鮮との交渉がすすむとはいえないかもしれませんが、きわめて重要な考え方が示されていますので、その内容をふり返って読み込んでおくことは無駄ではないと思います。

 「北朝鮮に核兵器能力やシリアとの関係について洗いざらい白状させるか。それとも北朝鮮が国際社会からのけ者にされたまま崩壊するのを待つか。ワシントンでは左派と右派が足並みをそろえ、ブッシュ政権に対して激しい論争を仕掛けている。」という書き出しではじまるこの論文で、続けて「しかし平壌を最近訪れた私たちは、この論争が米朝関係の根本的な問題を見えなくしていると感じている。北朝鮮は、アメリカに対する短期的政策と長期的政策の両方をもっている。彼らは核兵器計画を少しずつ放棄するつもりでいる。ただし、敵意のない新しい米朝関係および経済支援の拡大と引き換えだ。」と述べています。

 これに対して、ブッシュ政権下の米国は、大局的アプローチを取っていないとして、
 「核兵器問題と、弱体化しているが危険なこの国をどう扱うかという長期的な問題の両方を踏まえた新しい戦略は、もはや次の政権に期待するしかないようだ。」と述べています。

 昨年5月の時点でこのように言い切っているわけです。
 
 「米政府の指導者は理解していないが、彼らにとって核兵器は目的ではなく、目的達成の手段である。北朝鮮が何よりも求めているのは『政治的な補償』だ。アメリカが脅しをやめ、すべての経済制裁を解除し、北朝鮮を友好国とみなす米朝関係を求めている。それが実現すれば、北朝鮮はようやくグローバル経済の仲間入りができるだろう。これは北朝鮮が生き延びるカギでもある。」

 「つまり、アメリカが『敵対政策』を永続的に放棄して『相互の信頼』が構築されるまで、北朝鮮は核兵器を放棄しない。そこでとりわけ必要となるのは、外交関係を築き、朝鮮戦争を正式に終結させる和平協定を結ぶことだ。」

 こうして読んでみると現状認識と方向性は実に明瞭です。

 核兵器は目的ではなく、目的達成の手段だという認識にもとづく、大局的な見地からの政策を主張するボスワース氏がこれからどのような手腕を発揮するのか、また北朝鮮側がどのような対応を見せるのか、すでに見えてきたオバマ政権の「脆弱性」を考えるとそれほど平坦な道ではないかもしれませんが、しかし、少なくとも「変化」への期待を抱かせる人事であることは確かです。

 クリントン長官のアジア歴訪の経路を逆に、先回りして中国、韓国、日本で当局者と活発に「意見交換」を重ね、クリントン長官と連携して動いたヒル国務次官補(次期イラク大使)さらにいくつもの非公式な「民間」のチャンネルを通じておこなわれている米朝の「接触」・・・。

 北朝鮮側が今回の人事にこめられたメッセージをどう受けとめ、どうアクションを起こすのか、すでに米朝交渉は水面下で激しく火花を散らしているというべきです。




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2009年02月19日

アト証文ではなく・・・

 
 「ほんとにしょうがねぇなー」
 「だけどありゃ、まわりのもんの責任だぜ・・・」
 「でもなぁ、ずっと前から酒乱だったってぇーじゃねぇーか」

 「ってことは、だいたいが大臣にしちゃーいけねぇーってことじゃねぇーか・・・」
 「ほんとな、そういうこった。こまったもんだぜ・・・」
 
 きのう、都内の下町に出かける用があり、夕方になって街を歩いていると温泉の銭湯という看板に、つい入ってしまいました。
 入浴料は450円、手ぶらセットという、タオルと小さな石鹸などがついて600円というお手軽な温泉行です。

 江戸の風情が残るその銭湯には、建て前の進み具合を話す棟梁ふうのおやじ、湯船の縁に座って何度も何度も指折り数えてじっと瞑目する商店の大将ふうの人、頭から顔まで石鹸をつけたタオルでごしごし洗う中年の男性、外国から旅行で来たのか青い目の青年(銭湯からそれほど遠くないところには、外国からのバックパッカーに人気の日本風安宿があります)、なかには「倶梨伽羅紋紋」の男性もいるという、なかなか多彩な顔ぶれが揃っていました。
 
 その銭湯で湯船に浸かっていると聞えてきたのが上の会話です
 庶民の会話は屈託がなく、端的かつ本質を突いています。
 
 日曜日の深夜、というより月曜日未明に書いた、中川財務大臣の「記者会見問題」はすったもんだの末、大臣辞任と言うことになりました。

 もちろん、街の声も、メディアも「困ったもんだ」の大合唱で、一度は「がんばる」と言った中川氏も、こうした「非難の嵐」に抗しきれずに辞めざるをえなくなったというわけです。

 さて、しかし、ではこれでメディアは責任を果たしたのかと言えば、とてもとても!というのが私の考えです。
 
 私が「メディアが問われている」と書いたのは、こういう「非難の大合唱」の一翼を担えばそれでよしとするものではないと言う意味においてです。
 「叩く」ことが安全となると、いきなり、ずっと前からあたかも批判してきたかのような顔をして「非難の大合唱」に加わるというメディアの振る舞いに、なんとも哀れで、いたたまれなくなるのです。

 そんなふうにしてアリバイ作りをしてそ知らぬ顔のメディアに情けなくなるということを言っていたのです。
 
 今回も、問題の会見前の昼食で中川大臣がワインのグラスを傾けた場に同席した記者がいたこと(新聞社側は記者は飲んでいない、中川大臣がワインを飲んだところも見ていないとしている)、さらに前夜の「懇談」にも数人の記者が同席していたことがわかってきました。

 彼ら、もしくは彼女らはそこで一体何を見て、何を語り合っていたのでしょうか。
 
 財務省と金融庁から22人の役人が同行して、6000万円もかけた「大名旅行」に同行して、一体何を伝えてきたのか、足許をしっかりと検証してみるべきではないでしょうか。

 問題の会見の後平気の平左で「市内観光」(視察というらしいのですが)をしていた中川大臣を見ながら何も感じなかったのでしょうか。

 アト証文で語るのは簡単です。
 そうではなく、知らせるべきことは知らせ、批判すべきことは批判するという、メディアにとってごくごく初歩的、かつ基本的な営みを欠かすことがなければ、こんな情けない事態にはならなかったはずです。

 いまごろになって、「実は昔から酒癖が悪かった・・・・」などと、わけ知り顔で語っても、自らがいかに、伝えるべきことを伝えず、果たすべき役割を果たさずにやってきたのかを暴露するだけではないでしょうか。
 そんなことはつゆほども知らなかった・・・ととぼける方が、まだ罪は「軽い」というぐらいのものではないでしょうか。

 八っあん、熊さんの床屋談義ではありませんが、銭湯での大将たちの会話の方がよほど本質を鋭く突いています。
 
 取材して報道することを、カバー、COVERというのは実に皮肉です。

 包み隠すということと同じカバーです。

 記者たちは、メディアは、いかに本来的な役割を果たしていなかったのかを恥じるべきではないでしょうか。

 それをいまごろになって、いや実はね・・というように語り、あまつさえ、中川氏を揶揄するかのように言い募って、溜飲を下げるなどという実に見苦しく、さもしいことはしてはならないと思います。
 
 それがメディアに働く人間の矜持と言うものではないでしょうか。

 「水に落ちた犬を叩く」のは誰でもできます。
 
 語るべきことは、泥酔していかに醜態をさらしたのかのあれこれにとどまるのではなく、なぜそんなことが起きるのか、なぜこんなことがずっと許されてきたのか、その根源にわけいって、ものごとの背後に一体何が問題として横たわっているのか、それを鋭く抉り出すことこそが必要であり、それがこうしたばかげたことを根絶やしにしていく道ではないでしょうか。
 政治のあり方を厳しく糾し、正していく道ではないでしょうか。
 
 伝えるべきことは何なのかを考える必要があります。
 メディアが問われていると書いたのは、そういう次元のはなしです。

 下町の銭湯に集う人々の、普通の感覚に耳を傾け、目をこらす必要があります。

 
 「アト証文」ははずかしいことだという普通の感覚を、メディアに働くすべての人が、いま一度、思い起こすべきではないでしょうか。

 偉そうに、したり顔などして「アト証文」はもううんざりです。

 社会の木鐸という言葉の語源をいま一度学び直すべきです。
posted by 木村知義 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録