前回のコラムからちょうど一か月になります。
北東アジア、とりわけ朝鮮半島、中国をめぐる重要な動きがありながら、このコラムの筆を執るいとまがなく過ぎていました。
その間このブログを休んで何をしていたのか、ということになります。
この間、朝鮮半島問題をテーマにしたジャーナリストの研究会や日中関係にかかわる研究会などに出向いていましたが、7月10日に京都の立命館大学コリア研究センター主催の国際シンポジウム「新国際協調主義時代における東アジアと朝鮮半島」は非常に密度の濃い内容であるとともに、時宜にかなった有意義な討論の場になったと感じました。
このシンポでは、前日東京の外国人特派員協会でも講演した米国のジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)コリアスタディーズ所長のJ.J.Suh氏が「天安艦沈没で揺らぐ東北アジア〜朝鮮半島はどこへ行くのか?」というテーマで報告しました。この中で、Suh教授は「天安艦沈没」を北朝鮮の魚雷によるものだとする李明博政権の「発表」に対して、矛盾点を詳細に指摘しながら疑義を提示しました。
この報告を聴きながら、いささかの我田引水をお許しいただくなら、この間私がこのコラムに書いてきたことは決して間違っていなかったという確信を抱くことになりました。
さて、きのうから日本海(東海)で米韓両国軍によるかつてない規模の合同軍事演習がはじまっています。正確には米韓両国軍に日本の幹部自衛官も加わったと言うべきで、その意味では米韓日3か国はじめての合同軍事演習と言うべきでしょう。
この「演習」にはアメリカの原子力空母「ジョージ・ワシントン」に加え韓国の駆逐艦や潜水艦など艦艇20隻、沖縄の嘉手納基地に配備されている最新鋭戦闘機「F22」をはじめ航空機200機、兵士8000人が参加、「両国の軍事演習としては最大規模」になることはすでにメディアで伝えられています。
そしてこれにとどまらず、米韓両国が毎年実施している合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」も、あわせて8万人余りが参加して、来月16日から11日間にわたって行われると伝えられています。
少なくとも、今後数か月間、この地域は「臨戦態勢」あるいは「戦時態勢」下に入ることになったと考えるべきです。
これらに対して、北朝鮮の最高権力機関である国防委員会は24日朝、声明を発表し、一連の演習を「史上最大規模の核戦争演習騒動であり、意図的に情勢を戦争の瀬戸際に追いやっている」と非難するとともに、「必要な任意の時期に、核抑止力に基づく報復の聖戦を始めることになるであろう」と警告を発しています。まさに「一触即発」の状況下にあると言うべきです。
日本に暮らしている私たちにはすぐ身近なところで起きている事でありながら、この状況を的確にとらえることが難しいと言うべきですが、日本の自衛官が「オブザーバー」として参加するということにとどまらず、日本の横須賀港に配備されているj原子力空母ジョージワシントンや沖縄の嘉手納基地に配備されている最新鋭戦闘機「F22ラプター」などが参加しているということは、日本もまた今回の合同軍事演習に深く組み込まれている、つまり当事者として存在しているということを自覚しておく必要があると考えます。
いまどき戦争などそんな簡単に起きるものではないという「気分」が支配的ですが、わたしはこの間の推移に歴史の暗い「符合」を感じて、予断の許されない状況にあるのではないかという思いを強くするのでした。
それは、国連の安保理での協議をはじめ、「天安」沈没問題で韓国、米国の思惑通りに事態はすすまず、その焦りが両国に募っている事、メディが伝えるのとは裏腹に、今回の「天安問題」への世界からの米韓両国(およびそこに深くかかわっている日本)への視線が冷静かつ沈着な、「冷めた」ものであればあるほど、この問題の「決着」をどうつけるのかをめぐって、いわば「追い詰められた状態」に陥るという構造になっていることに懸念、あるいは危惧を抱かずにはおれないのです。
同時に、これは「北朝鮮による犯行説」を無自覚に垂れ流してきたメディアにとっても、どう「オトシマエ」をつけるのかを迫るものとなってくることは言うまでもありません。
「極秘情報」などにふれるポジションでなくとも、ごくごく「普通の感覚」さえ失わなければ、今回の李明白政権による「天安問題」についての「発表」や米韓両国の「立ち居振る舞い」に疑問や何らかの問題意識を抱くことは何も難しいことではない、ということはこの間の「公開情報」だけをもとにして考えてきたこのコラムをお読みいただいただけでも明らかだと思います。
長くなりますから、いまここで詳細に引用することは控えますが、今回の問題に対する北朝鮮の声明や報道をつぶさに読み込んでみると、今回は絶対的な自信を持って韓米両国を追い詰めていくという「空気」が行間に感じられ、これまで伝えられてきた、従来のいわゆる「テロ事件」やなにやかやとは決定的に違うことに気づきます。
いま注意を払っておかなければならない最も重要なファクターは韓国の李明白政権の「焦り」であり、米国の「揺れ」だというべきでしょう。
その決定的な原因(の重要なひとつ)は中国の存在にあることは言うまでもありません。今回の「軍事演習」にしても中国の「存在」を無視して思い通りに進めることが出来なかったことは言うまでもありません。
それゆえ、「一触即発」とはいえ、そんな簡単には間違いは起きないだろう、とは思いたいのですが、私には歴史の「暗い記憶」が蘇らざるをえないということも、正直なところなのです。
その「記憶」あるいは暗い「符合」とは、米国のクリントン国務長官とゲーツ国防長官が韓国の柳明桓外交通商部長官、金泰栄国防部長官とともに板門店を訪れ、クリントン、ゲーツ両長官が軍事境界線(DMZ)最前線を「視察」した「光景」をめぐるものです。
以下の写真から何を読み取り、何を感じるのか、杞憂であればいいのだがという思いを禁じえません。
いうまでもなくはじめの3枚は今月21日午前のクリントン、ゲーツ両長官の板門店訪問と最前線の視察風景の写真です。米国大統領の訪問に随行したケースを除き、米国の外交・安保を統括する国務・国防長官がそろってDMZを訪れるのは今回が初めてのことでした。
そして以下は、1950年6月18日、米国のトルーマン大統領の特使、J.Fダレスが韓国の申性模国防部長官、林炳稷外務部長官とともに「38度線」最前線を視察した際の写真です。
もうお分かりのように、この一週間後に朝鮮戦争が勃発しています。
この視察の翌日ダレス特使は韓国国会で以下のような演説をしています。
「・・・諸君の民族的自尊心と、自衛はあくまでも自らの努力に依存するという原則に反しない限り―アメリカは諸君に対する物心両面の支援を惜しまないだろう。諸君は孤独ではない。人間の自由という偉大な理想のため、自らに課せられた任務に忠実でありつづける限り、諸君は決して孤立無援ではないだろう。・・・」
このあとダレスは東京に向かいマッカーサーと会談したことが記録に残っています。
今回のクリントン、ゲーツ両長官のDMZ「視察」について言うならば、米国側、韓国側どちらの「判断」なのかはわかりませんが、板門店の「軍事停戦委員会会議場」までは同行した韓国の柳明桓外交通商部長官、金泰栄国防部長官はDMZ最前線哨所での「視察」に同行することを避けたことが写真からもわかります。
写真の比較から、辛うじてというべきか、60年前と比べると少しばかりの「自制」が働いたということなのでしょうか。
しかし、だから大丈夫だと言う保証はどこにもありません。
日本海(東海)での軍事演習にはじまって数か月続くであろう「合同軍事演習」下の朝鮮半島は一切の予断を許さない状況だと考えるべきでしょう。
なんと愚かなことをするものだ、というのはこの間の北東アジアをめぐる「出来事」を見つめながらの、ため息の出るような私の「つぶやき」です。
そしてその「愚かさ」がきわめて危険なものであり、この北東アジアという地域に暮らす私たちの平和と安全を深く脅かす事態を引き起こしていることに、言葉にしがたい深い憂慮を抱かずにはおれません。
普天間−ワシントン核サミット−黄ジャンヨプ訪米、来日−金正日総書記訪中問題−天安沈没「事故」−韓国6月地方選挙−中国海軍演習−中井拉致担当相訪韓−金賢姫来日問題−小沢幹事長と検察審査会−上海万博開幕、そしてキャンベル国務次官補来日と日米同盟の今後、さらには東アジア共同体構想・・・。
これらが「一筋の糸」でつながっているというのが私の問題意識だと書いたのは4月29日のことでした。
「金賢姫来日」もまた、なんと愚かなことをしたものだ、という感慨を禁じえません。
2010年07月26日
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