2010年10月31日

事の本質を見誤ってはならない 〜日中首脳会談見送りに何を見るのか〜

 「訪朝報告」を書き継いでいかなければと思いながら、時間を作れずにいたところに「ハノイでの日中首脳会談が突然中止に」というニュースが飛び込んできました。
 この日(29日)は夕方から、都内で宮本雄二前中国大使の講演を聴いていたのですが、そのさなかにハノイでは、メディアがいうところの「中国のドタキャン」が起きていたというわけです。

 そしてきのう(現地時間30日午前)、東アジアサミットの会議開始前に、会場内に設けられた各国首脳控室で菅、温家宝両首相の10分間の「非公式会合」が行われるという流れになりました。

 菅首相および日本側の発表では、
(1)29日の2国間会談が行われなかったことはとても残念だ
(2)互いの民間交流が順調に再開されていることを評価し、今後も民間交流を強化することが重要だ
(3)引き続き戦略的互恵関係の推進で努力する
(4)今後ゆっくり話す機会をつくる
 の4点で一致した、とされています。

 けさの朝刊では、この「懇談」によってとにもかくにも日本の「面子が保たれた」と書いたものもありました。

 しかし各紙とけさのテレビ各局の番組を見ていてまたもやミスリードを生みかねない危うさを痛感したものです。

 これまでも書いてきているように、尖閣問題の背景については、歴史問題、歴史認識の問題としての深い考察を抜きにしたあれこれの言説では事態の本質は見えてこないのですが、「訪朝記」をさておいて、急ぎ書いておかなければと感じたことを記します。

 メディアがいうところの「ドタキャン」の翌日の昨日(30日)の各紙には「中国、首脳会談を拒否」の見出しが躍り、今回の事態についての福山官房副長官の「説明」が載りました。「要旨」として伝えられたその「説明」が重要なので、伝えられた全文を引くと、

 本日午前中の日中外相会談の雰囲気は非常によかったとの報告を受けていた。その結果、午後6時半から日中首脳会談が(行われると)通知されていた。ところが、日中韓首脳会談の直前に中国側の事務方から(日中首脳)会談はできない旨の連絡があり、日本政府としては非常に驚いた。中国側の真意を測りかねている。冷静な対応が必要で、中国との戦略的互恵関係を推進する日本政府の立場は変わっていない。(会談拒否の理由は)中国側に聞いていただかないと分からない。ガス田の理由でキャンセルということだが、ガス田問題で交渉再開を合意したといったことを報道に流したことは一切ない。そういった根拠のない報道で、首脳会談を中国側がキャンセルをしたのなら非常に遺憾だ。今のところ(日中首脳会談の)予定はない。総理は報告を聞いて、「冷静に対応をしよう」ということだった。(会談拒否が)日中関係に影響がないとは言えないが、冷静に対応することが肝要だ。(尖閣ビデオ公開が影響したかどうかは)全くそのことは考えていない。(ガス田の問題が)誤解だということは伝えてある。しかし向こうは、そのことを報道したことで会談できない、というやりとりで平行線だった。

 というものでした。

 しかし、ここで重要なのは一方の中国側、胡正躍外務次官補の発言、説明との比較、対照です。

 周知の通り、中国側は一貫して、中日間の四つの政治文書を基礎に、中日関係の維持と推進に力を尽くしてきた。しかしながら、東アジア指導者による一連の会議の前に、日本の外交当局責任者は他国と結託し、釣魚島(尖閣諸島)問題を再びあおった。日本側はさらに、同会議の期間中、メディアを通じて中国の主権と領土保全を侵犯する言論を繰り返した。楊潔チ外相は中日外相会談で、中国側の釣魚島問題における原則と立場を説明し、釣魚島と付属の島が中国固有の領土であることを強調した。その後、日本側はさらに、外相会談の内容について真実と異なることを流布し、両国の東シナ海問題の原則と共通認識を実行に移すという中国側の立場を歪曲した。日本側のあらゆる行為は衆目が認めるように、両国指導者のハノイでの会談に必要な雰囲気を壊すもので、これによる結果は日本側がすべて責任を負わなければならない。

 このように双方の主張、説明をつきあわせてみると事態の背景を解析する重要な示唆が見えてきますが、その前に記憶しておかなければならないのは29日午前行われた日中外相会談の後、カメラの前で「大変いい雰囲気の中で淡々としかしお互いの言うべきことは言う、前向きな議論ができたのではないかと思う。おそらくこのハノイで日中首脳会談が行われるだろう」と語った当の前原外相が、その後首脳会談が見送りになるのではないかという局面になると、この首脳会談の帰趨について、しれっとして「中国側に会談する意思があるかどうかだ。こちらは冷静に対応していく」と記者団に述べたことです。

 重ねてですが、ここで重要なことは、中国外務省の胡正躍次官補が「日本側が会談を実施する雰囲気を壊した」と指摘したことをどう解析するのかです。

 しかし、知ってか知らずかはわからないのですが、政治家はもちろんメディアも、必ずしも的確な解析を提示していません。
 「知ってか知らずかはわからないが」というのは、政治家やメディアのなかには本当に無知というか考えも及ばずに語っているものもあるのでしょうが、中には確信犯というべきか、わかっていて意図的に知らんふりを決め込んで事態を捻じ曲げているケースも否定できないからです。
 しかしここでより根深い問題は、そういう悪意にもとづいたものよりも「無知」と浅薄な解釈、解析にもとづく言説だというべきです。(悪意にもとづくものはわかりやすいので対処法も明らかですから・・・)

 もちろん、福山官房副長官が言うようにガス田問題にかかわる「根拠のない報道」が要因のひとつであることは否定できないでしょう。

 中国側がきわめてセンシティブな問題と位置づけている東シナ海ガス田開発問題をめぐって「前原誠司、楊潔チ両外相が交渉再開で合意した」とAFPが伝えたことをいうわけですが、日本の外務省が急きょ「合意した事実はない」と抗議し、AFPも修正記事を配信しています。

 しかし、だから中国側の「誤解」だ、あるいはそこから「横暴な中国」という言説に跳んでいくことでいいのか、ここが重要なところです。

 さらにいえば、
 「中国国内で反日、あるいは温家宝首相への批判が強まっているという国内事情があるので、それを日本側のせいにしてかわそうとしている・・・」
 「前原が悪いという、前原のせいにしてしまう構図を作ろうとしている・・・」
 という言説に落とし込んですべてを説明するということで本当にいいのかということです。

 けさから昼にかけてのテレビ番組の中では識者然とした大学の特別招聘教授という人物が「要は中国の内部問題なのだからあたふたする必要はない」とコメントしたり、「温家宝が菅さんから逃げ回っているのだ。2人が笑って握手している写真を中国国内で出せない。だから中国側が勘弁してくださいという状況だ・・・」と解説する記者がいたり、「(前原外相のように)ここまではっきり言う政治家が(ようやく)日本に現れたということだ。これまではニーハオ、シェイシェイだけだった。だから前原外相のせいにしてしまうのが一番いいということ(で中国がやっていること)だ。そういう中国の国内事情があることをちゃんと知らなければならない」と言う民主党の政治家が登場したり、あまつさえ「中国は異質な国だということが世界に知れると中国にとってマイナスになるのだから、(それがあきらかになるように)(ノーベル平和賞の)劉暁波の釈放を国会決議してやって、アメリカと価値観を共有して中国に対抗していけばいいのだ・・・」などとわけ知り顔で語る政治家まで登場して、唖然としました。

 さて、こんな言説ばかりに付き合っているとうんざりしてきますからこのあたりにしておきますが、見落としてはならないのは、中国の胡正躍外務次官補の発言にある「東アジア指導者による一連の会議の前に、日本の外交当局責任者は他国と結託し、釣魚島(尖閣諸島)問題を再びあおった」という問題です。

 すでに知られているように、ハノイに乗り込む前、前原外相はハワイに赴いてアメリカのクリントン国務長官と会談しました。

 大好きな鉄道模型をプレゼントされて有頂天になったとは思いたくありませんが、会談後の共同会見でクリントン国務長官から、
 「はっきりあらためて言いたい。尖閣諸島は日米安保条約第5条の(適用)範囲に入る。日本国民を守る義務を重視している。」
 という発言を引き出して、「勇気づけられた」と得意満面の笑みを浮かべて語りました。

 さて、ここで注意が必要なのはクリントン国務長官がなぜ「はっきりあらためて言いたい」と言ったのかということです。

 まだ記憶に新しいところですが、日米外相会談は9月23日にもニューヨークで持たれています。 その折、前原外相は、「クリントン国務長官が、尖閣諸島が米側の日本防衛の義務を定めた日米安保条約第5条の適用対象になるとの見解を表明した」と記者団に発表し、日本では大きく報じられました。しかし、前原大臣の「発表」が日本で大きく報じられたのとは裏腹に、その後、クリントン国務長官が前原氏の言うようなことを言ったのかどうかあいまいであることが指摘されることになりました。

 とりわけ国務省のクローリー報道官が同じ日に、クリントン長官と前原外相の会談について、記者団に対して、米国側は「日中両国の相違点を双方ができるだけ早急に解決するよう前向きに取り組む」よう働き掛けたと語るとともに「われわれは尖閣諸島の主権に関してはいかなる立場も取らない」と述べたことは、前原氏の説明とのニュアンスの違いを際立たせることになりました。
 さらに経済ニュースメディアのブルムバーグやロイターなど、海外メディアのなかにはこの「安保適用」には全く言及のないものもありました。

 厳密に言うと米国国務省と日本の外務省の会談記録を突き合わせない限り、実際のところがどうだったのか、真実はわからないということなのです。

 日本のメディア、新聞と通信社の記事を突き合わせてみると、あくまでも「前原氏によると」というクレジットがつくようなのです。さらに海外メディアの報道なども総合すると、前原氏が、安保条約が適用されるべきだと主張したことにクリントン氏が「(あなたの言うことは)理解する」と返したといった程度のニュアンスだと考えるのが妥当だと言うべきなのです。

 これは重大なことです。前原氏は外務大臣であり外務省の報道官ではありません。なぜ、この会談については報道官になりかわって彼があたかもクリントン氏からそういう話があったというように記者にブリーフしたのか、という疑念が生じるものでした。

 こういう文脈で見ていくと、なぜ、この短い間にあいついで日米外相会談が持たれたのか、それもクリントン氏がハノイに行く直前にハノイならぬハワイでクリントン氏をつかまえて会談しなければならなかったのかが見えてきます。

 そしてクリントン氏が「あらためてはっきり言いたい」と「あらためて」という言葉を使って語った背景がくっきりと浮かび上がってくると言うべきです。

 まさに「事実は小説より奇なり」で、いまや勢いを失った国際スパイミステリーより現実の方が余程ミステリアスでエキサイティングだと言えます。

 しかしこんなことで「面白がっている」わけにはいきません。事態は実に深刻です。

 プレゼントは蒸気機関車の模型だけにとどめておくべきなのでした。間違ってもクリントン氏は「リップサービス」でこんなことを言うべきではなかったのです。
 いや!そうではなくうがって考えれば、情けないことに、いいように乗せられたのは前原氏であり日本だったということすらありうるというべきです。

 なぜかというと、米国務省のクローリー国務次官補は29日のワシントンでの会見で「尖閣諸島は日米安保条約の枠内にある」とするクリントン国務長官のハワイでの発言に中国側が不快感と警戒感を示していることについて「同諸島の最終的な主権について米国はどちらを支持する立場もとらないが、条約上は(米国の防衛義務を定めた)第5条の枠内にあると考えている」と説明したうえで「(尖閣問題は)中国と日本の問題であり、お互いを尊重する対話を通じて解決されるべきだと信じている」と述べたのです。

 密かにほくそ笑むのは米国であり中国だということになるのかもしれません。

 「前原を使って中国にくさびを打ち込んだぜ・・・」としてやったりの米国と、また米国に乗せられて度し難い日本だ・・・と、ちょっと苦々しく笑う中国・・・。

 まさに国際政治の虚々実々のゲームが繰り広げられていることが伝わってくると言うべきですが、幼いと言うべきか蒸気機関車の模型をもらって有頂天になってしまっている前原外相を手玉に取るぐらいは、米国にとって、赤子の手をひねるよりたやすいことだといわんばかりのものだ、と言わざるをえません。

 さらに重要なことは、ニューヨークでの日米外相会談でクリントン国務長官から「安保適用」発言を引き出した後、メディアではあまり重視されなかったのですが、今月15日に前原氏は会見で、月末にハノイで行われる東南アジア諸国連合(ASEAN)会合に合わせ調整している日中首脳会談について、「尖閣諸島は日本固有の領土との立場を堅持し、(日中首脳会談を)拙速に行うべきではない」との考えを強調するとともに、会談の調整のため訪中した斎木昭隆アジア大洋州局長に「焦らなくていい」と指示したと、自ら明らかにしたのでした。

 こうした動きを見据えるかのようにして、中国のトウ暁玲ASEAN大使は22日、日本のメディアと会見して、ASEAN諸国の一部との間で領有権問題を抱える南シナ海を巡り「2国間の範囲での解決を求めるべきだ。米国はこの問題を持ち出すことはできない。どの国が何を言っても、この問題で中国の立場は変わらない」と語って、米国の介入とともに米国をひきずりこもうとする「策動」には決然たる態度でのぞむことを明確にしていたのです。

 これだけの「警報」が発せられていたにもかかわらず前原外相が、不用意にというか図に乗ってハノイでの日中外相会談に臨み尖閣問題を持ち出して、あまつさえなにも省みることなく「おそらくこのハノイで日中首脳会談が行われるだろう」などと、あたかも自分がすべてを仕切っているかのごとく得意然と語るに及んで、日中首脳会談は吹き飛んでしまったということなのです。

 さて、「中国一人と勝負するのではなく、リスクを分散して軍事的にはアメリカと連携してフィリピン、ベトナム、インドネシア、インドなどとも連携して中国と勝負することを考えるべきだ・・・」という、けさのテレビ番組に出演していた民主党の政治家や「アメリカと連携してTTPに参加していけば中国に対する強力なメッセージになる」、「日本が東南アジア諸国と連携することを中国は恐れているのだから、そこを衝くべきだ・・・」といった識者の「見立て」が果たして成り立つものかどうか、すでに答えは出ているのではないでしょうか。

 「中国との戦略的互恵関係なんてありえない。あしき隣人でも隣人は隣人だが、日本と政治体制から何から違っている。・・・中国に進出している企業、中国からの輸出に依存する企業はリスクを含めて自己責任でやってもらわないと困る。・・・中国は法治主義の通らない国だ。そういう国と経済的パートナーシップを組む企業は、よほどのお人よしだ。・・・より同じ方向を向いたパートナーとなりうる国、例えばモンゴルやベトナムとの関係をより強固にする必要がある・・・」と語った民主党の幹部がいたことをどう考えるべきでしょうか。・・・と、このコラムに書いたのは10月9日のことでした。

 「仕分け」などというメディア相手のパフォーマンスにうつつを抜かす程度で満足していればいいものを、この政治家がまたもや飛び出してきて「仕分け」の片手間に、今回の首脳会談中止について、「ひとえに中国側に問題がある。あちら側にやる意思がないので、こちら側から『ぜひやってくれ』というものではない」というコメントを発しています。

 菅首相はなにかというと戦略的互恵関係を深めてとか発展させてと言うのですが、さて、戦略的互恵関係とは何を意味するのか。日中関係の歴史にまでさかのぼって明確に認識できていればおのずと今回のように尖閣問題を「問題化」させることもなかったでしょうし、日中関係を根底的かつ危機的に揺さぶる事態を招くこともなかっただろうと思います。

 また、上に引いたようなレベルの低いコメントを発する政治家を党の枢要な役につけることもなかったでしょう。

 ただし、今回の事態は実に「不幸」なことですが、皮肉なことに、物事はなにも負の側面だけではないでしょう。

 ここで中国と真正面から向き合うということはどういうことなのかをしっかり「学習」して、まさに思想と哲学そして深い経綸をもって日中関係を考え、それに基づいた政策を立て、政治決断をしていくことにつなげていくことができれば、まさに災いを転じての謂に沿った将来につなげることができると考えます。

 ただし!それが前原氏や菅総理大臣らにできるとはとても考えられませんが・・・。

 それにしても政権交代とはなんだったのか、日本の病は度し難いところに来たと言わざるをえません。

 そして、ここでもやはりメディアに携わる者は心してかからなければならないと考えます。
 このままでは日本の行く末を誤らせかねないミスリードにつぐミスリードになりかねないと言うべきです。
 


posted by 木村知義 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/41549350
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック