国連の安全保障理事会に提起された「天安」問題では安保理常任理事国、中国の対応に世界が注目しています。
中国は、一貫して、朝鮮半島の平和と安定の維持を最優先にするという姿勢を崩していません。
先ごろ来日した温家宝首相が「中国は一方をかばうことはなく、公正な立場を堅持していく」と述べたことについてはすでにこのブログでも触れました。
メディアはミスリードすることがあってはならないという問題提起もしました。
その意味は、中国の首脳が語る「ことば」の意味を的確に理解、認識できているのかということを問うたことでもありました。
菅直人首相は昨夜(13日夜)首相公邸で、中国の温家宝首相と就任後初めて電話で会談したということです。
先の日中首脳会談で合意した「首脳間ホットラインの正式スタート」という位置づけだということですが、25分間の電話会談では日中の戦略的互恵関係を深化させる方針で一致するとともに、東シナ海ガス田共同開発問題で早期に条約締結交渉に入ることを確認したということです。
そして、「天安」沈没事件に関しては、菅首相が「国連安全保障理事会の議論が始まるので、日中が連携して(北朝鮮に対し)国際社会の意思を示すよう連絡を取り合っていきたい」と要請したのに対して、温首相は「日中の緊密な連携が重要だ」と述べたと、各メディアで伝えられています。
この「日中の緊密な連携が重要だ」という温首相のことばが「天安」問題について言ったことなのか、文脈からはにわかに判断できません。
外務省もしくは官邸サイドが自らに都合よく解釈したと感じられないでもありません。
いずれにしても、今回の「天安」問題への中国のスタンスはきわめて慎重なものです。
韓国そして日本の要請、意向に沿わないということで中国の姿勢を非難する論調もなきにしもあらずなのですが、ここは地に足のついたしっかりした認識が必要になると痛感します。
「中国の対朝鮮政策はその外交政策の一環であるが、地理的な関係と国際政治の敏感性のために、最も慎重なやり方と非公式ルールを経由する。中国の当面の最優先課題は経済の発展で、対外関係や外交政策なども、その方針に従わなければならない。従って中国周辺の政治環境の安定を守って、周辺諸国と友好関係を維持することは、中国政府の外交政策の基本原則である。」
これは、ある中国の朝鮮問題専門家の、中国における朝鮮政策の形成システムについての研究論文の書き出しです。
続けて、この論文では、1995年11月、当時の江沢民国家主席が韓国訪問の際に述べた「中国の朝鮮半島問題についての基本原則は、朝鮮半島の平和と安定を維持することにある。」ということが中国政府の対朝鮮政策の枠組みになったとしています。
そして外交部と共産党中央対外連絡部などの各機関、部署で対朝鮮政策がどのように決められていくのかについて詳細に述べられています。
また、そのいずれの「場」でも、「朝鮮半島の平和と安定の維持」が変わることのない原則でありすべての枠組みとなっていることが示されています。
このことに対する過不足ない理解と的確な認識がないと、中国の態度や要人のコメントに対する「読み間違い」がしばしば起きてくるのだと思います。
メディアをはじめ、私たちが、中国がどちらに「ついている」のかというようなことばかりに意識がいってしまうことで、的確な「読み解き」が不可能となってしまうことが、しばしば起きていることを痛感するものです。
以前、このブログでもすこし触れたことがありますが、私の知る、中国の朝鮮半島問題の専門家は、公の場ではなく個人として朝鮮について語るときは、北朝鮮に対してきわめて厳しい、辛口のコメントになったりすることもありますので、正直なところ驚くこともしばしばです。
ですから、わかりやすい言い方をすると、「北朝鮮にはうんざりだ・・・」といったニュアンスのにじみ出る話に遭遇することで、その人の本音が垣間見えるという印象を持つことになります。
しかし、ひとたび公の立場になると、一致して、朝鮮半島の平和と安定を維持することが第一だということになります。
私たちの認識が問われるのはここです。
この中国の専門家たちの態度は、「適当に使い分けているんだな」といった次元の受けとめをしていると大変な間違いを引き起こしてしまいます。そういうことではなく、原則、枠組みは争いようもなくはっきりしているということをこそしっかり認識するべきで、そのことを見落としていると大変な判断ミスを犯すことになります。
「うんざり」することは確かにある、しかし外交として臨む際にはそうしたことは置いて、あくまでも原則に則って考え、語りそして対処していくというわけです。
このことの意味、あるいは重みを日本の我々は知っておかなければならないと、痛切に、思います。
(私の知りうる中国の専門家、研究者たちの言説をもとに考えると、1961年に結ばれた中朝友好協力相互援助条約の「軍事援助条約」としての側面は、実質的には「名存実亡」という状況にあると考えられるということは、すでに、以前のブログで触れました。ちなみに、その際、旧ソ連と北朝鮮の間で結ばれていた条約もほぼ同内容だったが、96年に失効後、2000年にロシアとの間で軍事援助条項のない「友好善隣協力条約」に調印していることにもふれました。朝中、朝ロ関係の内実も時代とともに大きく変化している事を認識しておかなくてはなりません。)
加えて、米中関係というベクトルについても深い理解が必要です。
いまは止まったままになっている六か国協議ですが、そもそもこの会合がどのようにして実現に至ったのかを、今こそ復習しておくべきだと考えます。
第1回の六か国協議から戻ったばかりの、米国のNSC(国家安全保障会議)で枢要をなす人物が、当時訪米した日本の政治家に語った「面談メモ」があります。
非公開を前提にまとめられたものですから、人物などについて明らかにすることは控えますが、すでに7年という年月を経ていることを考えて、許される範囲で、内容の一部について触れることにします。
そこでは、どのようにして六カ国協議の開催に至ったのかを米国の立場から語ることからはじめています。
「中国に対しては、ブッシュ大統領がテキサスのクロフォードで江沢民国家主席に、また2003年2月に、パウエル国務長官から胡錦濤国家主席に、米朝ではなく、地域の関係国全体が参加する多国間のプロセスにおいて、北朝鮮の核開発プログラムの検証かつ不可逆的な放棄をめざすという米国の方針を繰り返し説明するとともに、中国の積極的な関与を求めた。」
「中国は、朝鮮半島の非核化という目的は共有しつつも、当初は米朝での対話を求めるとともに、中国が北朝鮮に対して有する影響力を過大評価しないでもらいたいという態度をとっていたが、2003年2月以降、この政策態度に明確なシフトが見られ、(六カ国協議に先立つ)2003年4月の北京での「3者会合」をホストするようになった。」
「4月の3者会合は、米国としては、あくまでもinitial stepに過ぎず、日本と韓国の参加に向けた予備的会合という位置づけで臨んだ。従って、この3者会合では手の内は見せなかった。中国はこの会合では、ホストとしてふるまった。北朝鮮側は、中国が米国と北朝鮮のmediator(調停者)としてふるまってくれると期待していたようだが、中国は中立の第三者としての調停者ではなく、利害関係者、プラス、ホストとしてふるまった。」
そして六カ国協議について、会議場の「片隅」でおこなわれた北朝鮮との非公式協議も含めて、何が論点となったのかを詳述したあと、参加各国についての米国としての「評価」を述べる中で、
「中国はホストとして、レフェリー役を行う立場にあったが、北朝鮮の孤立化が明確になる中で、北に圧力をかけると同時に、北朝鮮を六カ国会合から逃がさないように、巧妙に退路を断つという役割を演じた。実際に、北朝鮮が、六か国会合の外にはずれることは困難であると認識するようになったのは、中国の功績が大きい。」
「この六か国会合が、これまで安全保障問題について、十分な多国間の枠組みが存在しなかった北東アジアの安全保障の枠組みの嚆矢となりうるとの期待感をも示した。」
六カ国協議から戻ったばかりのこの人物の息遣いが聞こえてくるようなメモですが、中国と米国の関係がどのようなものなのか、行間から実によく伝わってきます。
なかなか複雑で、一筋縄ではいかない、手ごわいものです、米中関係は。
その後の六カ国協議の展開、あるいはたどった道、そして「暗礁」に乗り上げて止まってしまっている現在の状況を考える際に、この「談話」から垣間見える中国と米国の関係について、冷静かつ的確な認識を持っておかないと、いま起きている様々な問題、もちろん「天安」問題をも含む様々な問題の、読み解きが的外れになる恐れがあるということを示しているというべきです。
対立もし「協力」、連携もするという米中の国際政治に臨む際のリアリズムとしたたかさについて、しっかり認識しておかないと、物事の本質を見誤るということ、さらにはそこでの、中国の原則というものへの態度について、過不足ない認識が不可欠になるということです。
こうしたところでの深い思考を欠くと、とんでもないミスリードをすることになるのです。
さて、「国連安全保障理事会の議論が始まるので、日中が連携して(北朝鮮に対し)国際社会の意思を示すよう連絡を取り合っていきたい」と要請したという菅首相。
本当に、つまり官邸の発表どおりに、その「要請」を受けて温首相が「日中の緊密な連携が重要だ」と返したことばだとするなら、その含意が奈辺にあるのか、菅首相のそして官邸の、今起きている事態と局面への理解と認識は本当に大丈夫なのだろうかと、いささか考えさせられると言わざるをえません。
中国の存在がカギを握ると、それは間違いのないことではあっても、それほど軽く言えるものではない!ということを肝に銘じておく必要があります。
さて、これだけのことをふまえて、国連の安全保障理事会の行方に注目してみましょう。
2010年06月14日
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