2010年05月31日

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(13)

 (承前)
 日中韓三国首脳会談に臨む鳩山首相が、政府専用機から幸夫人と手をつなぎながらタラップを降りる姿をニュースで見ながら、「韓流ファン」と伝えられる幸夫人を同行したのは夫妻での外遊はこれが最後という思いからなのだろうかといらぬことを考えたりしました。

 週明けの各紙朝刊は鳩山政権への支持(率)の一層の下落を伝えるとともに、社民党の連立離脱の記事をはじめ紙面のどこかに「退陣」の二文字の活字が見受けられる「危機的状況」になりました。

 とはいうものの、普天間問題と「天安」沈没事件にかかわって「昨今の朝鮮半島情勢」と「脅威と抑止力」論については深く検証されることはなく、各紙とも中国が必ずしも日韓と同じ立場に立たなかったことを取り上げて「日本は中国説得強めよ」あるいは「『北』に高をくくらせるな」といった社説を掲げています。

 朝鮮半島の平和と安定というとき、何をもって平和であり安定だと考えるのか、メディアが、そして私たちが深く問われると思います。

 ところで、鳩山首相はソウルの空軍基地からヘリコプターで大田の国立墓地「顕忠院」に立ち寄って「天安」沈没犠牲者の墓に詣でて済州島に向かいました。

 また首脳会議冒頭に「天安」沈没犠牲者への黙とうを提案するなど際立った「存在感」を示しました。

 ただし「予想以上の支援だが何か理由があるのか」と韓国政府関係者は、「鳩山首相の韓国への強い支持を歓迎しつつ、戸惑いも見せる。」(「朝日」5月31日)ということだったというのですから、鳩山首相の「善意」もそのまま素直に伝わったとはいえないようです。

 首脳会議は、「天安」沈没事件について「3カ国首脳は域内の平和と安定を維持するために協議を続け、適切に対処していく」とした共同報道文を発表し閉幕、中国の温家宝首相はその足で日本を訪問しています。

「域内の平和と安定を維持する」という文言の重みと含意を的確にとらえることが必要だと、いまさらながら痛感します。

 さて、朝鮮半島に緊張緩和の兆しが見えていた、はずの今年年明けから3月までの「動き」をトレースしながら、3月26日の「天安」沈没、そして「北朝鮮の仕業」に至る推移を吟味し、そこから何が見えてくるのかを考えてきました。

 すでにお分かりのように、これらの作業はすべて「公開情報」にもとづいて、それらを読み込み、個別の情報の背後に流れる「つながり」(連関)を解析していくことで背後に隠された事態の「構造」をとらえてみようという試みでした。

 したがって、誰も知らない「極秘情報」を、私が、知ってます!といった性格のものではなく、誰もが見ているもの、誰の眼にも見えている事柄の向こうに何を見るのかという営みにほかなりません。

 そうした立場と方法でメディを読み解き、それを通して世界を、この場合は朝鮮半島をはじめとする北東アジア情勢を、そして東アジアとのかかわりで米国を読み解き、見据えていこうというものです。
 きのうまでの2回のポイントを再度まとめておくと、昨年末のボズワース北朝鮮政策担当特別代表の訪朝後「南北関係」と「六か国協議再開―米朝協議」にむけて「動き」がはじまり、まさに「最終幕の緞帳が上がる」一歩手前まで来ていたということと、そうした「動き」によって朝鮮半島で緊張緩和と冷戦構造の超克にむけの胎動がはじまることへの「逆の巻き戻し」が複雑に絡み合いせめぎ合って軋んでいた、まさにそのぎりぎりのところですべてを「ご破算」にするかのように「天安」沈没という事件が起きたということです。

 その際注意が必要なのは、一方の水面下で動いていた「南北首脳会談」の模索に対して今年2月に訪韓し玄仁澤統一相と会談したキャンベル米国務次官補が「米韓は南北首脳会談と6者協議の開催のいずれもを北朝鮮に促すことで意見が一致した」としながら一方で「すべての面で米韓が必ず調整せねばならないというのが核心だ」と述べて「韓国政府が首脳会談のみを先行させないよう暗に牽制した」ことです。

 この時、韓国統一省は「キャンベル氏が、南北関係発展のための韓国の努力を全面的に支持すると語った」と発表して米国の支持を強調したのでしたが「韓国政府関係者によると、玄統一相らが南北首脳会談に向けた動きについてもキャンベル氏に説明したが首脳会談について直接の支持は表明していない模様」(「朝日」2月4日)ということでした。

 そして、このあと力点は北朝鮮の6カ国協議への復帰を視野に入れた「米朝協議」に移り、六カ国協議の議長国、中国を間に挟みながら米朝両国が激しい駆け引きを繰り広げ、「米国と北朝鮮は3月26日、天安艦事件発生直前、朝米両者会談および(予備)6カ国協議の連続開催に合意し、これにより米国は金桂寛北朝鮮外務省次官の訪米のためのビザ発給準備に入ったが、天安艦事件が起こり取り消された」(韓国・中央日報5月20日)という事態を迎えることになるわけです。

 米国は3月末または4月初め、北朝鮮の金桂寛外務次官にビザを発給することにして準備に入ったということでしたが、その数日後の26日、天安艦事件が起こってプロセスが全面中断に至ったということで、「事件初期には天安艦沈没原因が明らかにされなかっただけに米国は朝米両者会談オプションを完全に捨てないで状況を注視した・・・しかし事件発生2週後、北朝鮮の犯行であると明らかになると、米国は韓国の“天安艦事件・6カ国協議”基調に同意して朝米両者会談方針を下げた」というのでした。
 
 この背後では、アメリカのキャンベル国務次官補のたびたびの韓国、アジア訪問、そして米国の情報機関を束ねる米国家情報局 (DNI) のシルビア・コープランド北朝鮮担当官の極秘訪韓などがあった、というわけでした。

 で、この間、「昨今の朝鮮半島情勢」から、「東アジアの安全保障環境」に不確実性が残っているので、海兵隊を含む「在日米軍の抑止力」を低下させてはならない・・・というロジックで沖縄の普天飛行場の移設問題が従来の「日米合意」に戻る形で「迷走」に「決着」をつけた(実はなにも決着していないことは言うまでもありませんが)というわけです。

 加えて、韓国で「懸案」となっていた、朝鮮半島有事の際の韓国軍の作戦統制(指揮)権についても、2012年4月とした米軍からの移管が、韓国側からの要請という形をとって、いわば「白紙」に戻った、というわけです。

 すべては、「天安」沈没事件が大きなテコとなって「事態」を動かしたというわけです。

 もちろん、こうした考察がそのまま「天安」沈没の原因を定めることにはならないのは確かです。

 しかし、一体「天安」沈没事件とはなんであったのかを考える重要な、しかも無視してはならない要因であることは間違いないと言えます。

 沈没の原因はなんであれ、この事件をフルに活用してまさに北東アジアの安全保障体制を米―韓―日の連携の中でそのもっとも「望ましい状態」に持っていこうとした力が働いたと考えることはそれほど的ハズレではないだろうと言えるでしょう。

 そして、そのもっとも「望ましい状態」とは、この地域に緊張緩和と信頼醸成、そして平和的共存の条件がもたらされないことを意味することは、結果から明らかだと言えます。

 では、誰がそれを望んだ、あるいは今も望んでいるのかが、沈没の真の「原因」を究明するカギとなる、これが今回の「事態」の、私のとらえ方だというわけです。

 物事は常に「理」と「利」が複雑に絡まりあって動いていきます。その「理」と「利」を的確に読み分けていくことが、その実体と本質を明らかにしていくうえで重要な「分水嶺」になると考えます。

 それでは、今回の問題あるいは事態に対する、関係する各国の「利」は何で「理」はどういうものであるのか、これがメディアであれ、私たちであれ、それぞれに問われてくるのだと考えます。

 このことをおろそかにすると、そこにあるのは、ただすべてを「所与の前提」とする横並び、もしくは全体の流れに身を寄せていさえすればなにも問題はないという、荒野のみということになるのでしょう。

 さて、そこで、今回の「調査報告」の発表に対する「疑問」についてです。

 私は、軍事技術や武器について何かを知っているわけではありません。したがって、素人の素朴な疑問に立って考えるということにならざるをえません。

 その際手がかりになるのは、日本で読み、目にするメディアにおいてではなく、韓国国内で今回の「調査報告」がどう受けとめられているのかということになります。

 韓国の知人たちの協力で、韓国国内で今回の「調査報告」に様々な疑問と疑念が広がっていることを知ることができました。

 しかも、それらは私のような「素人」ではなく軍事分野の専門家や研究者、大学教授といった人々からの疑念です。なかには青瓦台(大統領府)で外交安保政策秘書官を務めた経歴の人や外交・安保専門誌の編集長などもいます。

 日本のマスメディアの紙面や空間で、それらが一切顧みられていないことが不思議なくらいです。

 ランダムにならざるをえませんが、いくつか、メモ風に記してみます。

1.20日の「軍民共同調査団」の報告は、4月2日に韓国国会で国防長官がおこなった「北の潜水艦2隻の所在がつかめなくなっているので追跡調査をしたが、(北の)潜水艦基地は遠く離れているので天安沈没との関連性が薄いと考えている。北の潜水艦はアメリカの最新鋭の潜水艦のような長い潜航航続距離をもっていないので天安沈没海域まで潜航してきたとは考えがたい」という趣旨の答弁を正面から覆すものとなっている。北の130トン級の小型潜水艦は(国防長官が言った)航続距離と潜航能力の限界を「克服」して、しかも装着可能な限界をこえる1.7トンの重魚雷を装着して、なおかつ誰にも知られず海中を南下して「天安」を真っ二つに折って、その後悠々と姿を消したことになる。軍事・安保専門家たちは、このような小型の潜水艦が、国防長官が認めた「限界」をこえて作戦に成功したとは納得しがたいとしている。それらの専門家は特に、この規模の小型潜水艦に今回いわれるような重魚雷の装着が可能かどうか、ないと言われてきた「水柱」があるなど、「調査報告」の信ぴょう性に大きな疑問が残るとしている。

2.発表の形式と内容は、それなりに充実していて、質疑応答も誠実に行われた。しかし、決定的な証拠という面では全体的に不十分で説得力に劣ると言わざるをえない。魚雷の推進体に書かれた番号とハングルが決定的な証拠ということになるが、北朝鮮は一般的に(武器の)数字をふるときは「1番」「2番」より「1号」「2号」と表記する。7年前に回収した北の訓練用魚雷でも「4号」と書かれてあった。したがって、今回の魚雷のように「1番」というような表記の他の例が示されれば説得力もあっただろう。また北が「1番」というような文字を書き入れて自分たちの仕業であるあることを証明する「物的証拠」をなぜ残したのか理解できない。さらに、バブルジェットの効果で水柱が100メートル上がり、白いフラッシュの柱として観測されたとしているが、全く説得力がない。水柱を見たのが哨兵ただ一人だけだというのも理解できないし、それほどの水柱が巻き上がるほどの強力な爆発であった場合、死亡者の遺体が「完全無傷」ということはありえない。このような問題に対する補足的な説明がない場合は、国際社会から決定的な証拠としては認められないだろう。

3.130トン級の小型潜水艇がどのように1.7トンの重魚雷を搭載してきたのかが最も納得できない。潜水艦にはそのサイズに応じて、積載して運航できる重量制限というものがある。潜水艦は水中では動力をバッテリーに依るため、サイズは小さくともメカニズムは非常に多岐にわたる。したがってそれらの重量を勘案して最適な攻撃手段を確保することがとてもむずかしい。今回のような小さなものに重魚雷の装着を可能にするのは非現実的だと言わざるをえない。

4.また、「サケ級潜水艇」というのは今回初めて登場したが、ファン・ドンウォン情報本部長が「サメ級」と類似していると答えていた。「サメ級」は330トンから重魚雷が装着可能なのでそのように答えたのだろうが、「サケ級」と近いのは80トン程度のユーゴ級だ。これは物理学の問題なので明白だが、説明が強引だという印象を受けた。

5.水柱がなかったとしていたのだが、途中からは、左舷の横に水がはね跳んだという記述が新たに出てきて、水柱があったということになったが、生存者のメディアとの接触が遮断された状態で、生存者の新たな証言を根拠にしてというのだが、果たして信ぴょう性があるのだろうかという問題もある。

6.先月(4月)25日の2回目の調査結果の発表のときは、水柱がないという問題について、「水平爆発をすると水柱もなかったということになる」と説明したが、今回は水柱があったとして「発破か所」をガスタービン室中央から左舷3メートル、水深6メートル〜9メートルとしたが、バブルの効果(影響)が強力だったことを説明するために、この間隔(距離)としたようだ。しかし、この間隔で爆発した場合船体に火薬と魚雷の残骸が飛び散らなかったということはありえない。痕跡程度ではなく、多量に検出されなければならない。議会の特別委員会で「真相調査」をおこない、この問題を積極的に提起していく必要がある。北朝鮮の魚雷によるということは国家安全保障上重大な事態であるのだから、徹底的に追究し明らかにすべきだ。

7.魚雷の残骸という物的証拠が示されたと思う。魚雷に当たったという可能性が大きくなったことは明らかだが、物的証拠を裏付ける軍事情報がない。潜水艦の侵入と脱出経路について調査団が語ったのは仮定と推測で「半分の説明」にしかなっていない。水柱がないと言っていて、後になってあったと変わったが、キョン・シビョンの「顔に海水がはね跳んだ」という記述を根拠として提示するのは困ったことだ。「天安」が真っ二つに折れるくらいの水柱だったら水が弾け飛ぶ程度ではすまず「水流の洗礼」とでもいうべきものだ。100メートルの「白色閃光」の柱を水柱と判断したが、それが果たして水柱だったのかどうか疑わしい。

8.130トンの潜水艇は初めて聞くものだ。発表前、この問題は最もデリケートな問題になっただろう。小型潜水艦とするのか、新たな潜水艦が発見されたとするのかについて、最後まで苦心しただろう。誤って発表してしまうと「小説」(フィクション)になってしまう。にもかかわらず、サケ(サーモン)級という新しい用語が出た。北の新型潜水艇についてはわからない。また、潜水艦基地を常時監視して識別することはできなかったのだろうか。最初は330トンのサメ級や80トンのユーゴ級という言葉が出ていたのに、サメ級は大きすぎて岸まで来たと説明するのは無理だろう、ユーゴ級はあまりにも小型なので事故海域までの潜航航行能力があるのかという問題が出てくるので、中程度のサケ級があるのだという説明になったようだ。

9.合同調査団の決定的証拠を重視する理由は、シューティング・エビデンス、つまり爆発の痕跡がなかったからだ。残骸とススと燃えた跡がなく、燃料タンクとケーブル被覆がきれいで、弾薬庫にも問題がないという事実から、まさにシューティング・エビデンスが脆弱である。シューティング・エビデンスがないのだから、それゆえ爆発ではないとしなければならないのに「それゆえ、水中非接触爆発」とし、信頼を失ったし、論理的に無理な言葉が出てきてしまった。また、たとえ非接触で(魚雷の)爆発があったとしても、船体を二つに折るほどの膨大な爆発があったのなら、遺体がきれいで、イカナゴの死骸もないという(のは不思議だという)質問への答えも出てこなかった。そのような疑問を解消できないとなって魚雷を登場させたのだ。一週間前までは数ミリの破片が出てきただけだった。調査団が提出した規模の魚雷の残骸が出てきたという話はなかった。

10.合同調査団の発表に伴う「後続(善後)措置」がとられなければならない。この発表に同意はできないが、しかし、国家機関が発表したのだから、それに応じて(こうした事態を防げなかった)国防長官を解任し、警戒指揮官を軍事裁判に付する必要がある。また政策ラインにいる人々は安全保障に責任を負わなければならない。北が魚雷を撃つような危険な状況で事故の数日後、大統領が現場を訪問することを止めない側近たちは責任を負わなければならない。

11.このクラスの潜水艇に重魚雷が装着されることがあるのかが最も大きな問題だ。韓国軍が保有する同クラスの潜水艦にも装着できず、330トン級のサメ級にも取り付けは容易ではない。さらに、密かに浸透したことを証明するには潜水艇が小さくなければならず、「天安」艦が真っ二つに折れるくらい強力な爆発を証明するには重魚雷でなくてはならない。この二つを組み合わせると、潜水艇は小さく魚雷は大きいという、矛盾が生じるのだ。次に、潜水艇を支援する母船も一緒に行動していたというのだが、母船は水上艦だ。その侵入を探知できなかったというのは理解をこえている。母船について把握している情報を公開すべきだ。座礁による事故だと主張する人々は、スクリューが全部曲がった(変形した)ことについて、座礁からの脱出のために前進、後退を繰り返し砂底に押しつぶされたからだと説明する。しかし、魚雷の攻撃を受けた場合はなぜ曲がったのかを説明できない。キール(船の竜骨)が切れて電源が切断されているので、(スクリューは)その後30秒以上回ってはいなかっただろう。水の抵抗を勘案すればそれよりも早く停止してしまっただろう。その停止状態で、海底に沈んでスクリューがすべて曲がってしまったというのは理解しがたい。最後に、7年前に捕獲したという北の訓練用魚雷はなぜ持って出(て示さ)なかったのだろうか。

12.魚雷推進部の腐食状態に比べて「1番」の文字は鮮やかな青色をしており、錆び跡がないのはなぜか。また、刻印されたものではなく、マジックインキで手書きされたもので国連の安保理に付託可能だと言えるのか。これで北の所業だという強力な証拠として提示するには説得力に欠けると考えないのか。直接打撃を受けたガスタービン室の状態が決定的な証拠であるにもかかわらず、引き上げ後の移動中として公開しなかったのはなぜか。航跡記録、連絡先履歴、TOD(裂傷検知装置)、KNTDS(海軍戦術情報システム)などの基礎情報はなぜ公開することが出来ないのか。

 これだけにとどまらず、犠牲者の家族から発せられた「素朴」な疑問やさまざまな「不可解な出来事」、そして「消えた報道」など、挙げれば、まだまだきりがないくらいありますが、これぐらいにしておきます。

 5月23日のブログで「調査報告」の詳細を掲載して「どのような判断、立場に立つにしても、今後、検証を深める際にはこの報告の詳細が「原点」となるわけですから、精読は欠かせないと考えます。」と書きました。

 こうした韓国内で提出されている疑問や疑念と照合しながら「調査報告」を吟味するためにも必要だと考えたのでした。

 日本のメディアの報じたものからひとつだけ取り上げてふれておくと、5月23日の「朝日」朝刊にソウルの牧野愛博記者が「国際軍民合同調査団」の共同団長を務めた尹徳龍・韓国科学技術院名誉教授にインタビューして「伝統漁法を使った漁船を調査に投入し、『決定的証拠』を手に入れた経過」を聞いた記事が掲載されました。

 その中で、尹団長は、最終報告を発表する20日が迫る中「魚雷の可能性が高い」というだけにとどまる結論も想定していたが、転機は発表の5日前の15日に訪れたとして、「通称サンクリ機船漁と呼ばれる伝統漁法の漁船に協力を依頼、特別に強化した網を装着させて現場に投入した。一発逆転に賭けた。」と語る様子が伝えられています。

 3月26日の沈没発生以来の捜索にもかかわらず決定的証拠が出ずに焦る中、「一発逆転」に賭けたところ、発表の5日前に証拠が上がったという、なんとも「絵にかいたような」幸運に恵まれた調査だったことがわかります。

 牧野記者はこの話をどう聴いたのか、どういう問題意識でインタビューしたのか、ぜひ聞いてみたい気がします。

 さて、こうした疑問や疑念が、ほかならぬ韓国内で出されていることは、記憶にとどめておいて意味のないことではないと考えます。

 さあ、これだけの「疑問」を前に、メディアは、そして最大限の言葉を連ねて韓国への支持を表明した鳩山首相は、さらに私たちは、「北朝鮮の仕業」であることを所与の前提として考え、論を組み立てることでいいのでしょうか。

 前提を疑え!というのはジャーナリズムの初歩の初歩だと思うのですが、どうでしょうか。

 前に述べた「理」と「利」のからむ問題を解くカギは、この原点からはじめることで手にすることができるのだと確信します。

 それにしても、朝鮮半島そして北東アジアの冷戦構造の超克、緊張緩和と信頼醸成にむけてあと少しで、貴重な「一歩」を踏み出せたかもしれない、そんな可能性を前にして、それをつぶした人々は、歴史の中できっと厳しく裁かれることになるでしょう。

 それを信じて、北東アジアの緊張緩和そして平和と発展のために、少しばかりの営みを重ねることにします。



posted by 木村知義 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録
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