2009年09月19日

動く!朝鮮半島、中国東北・中朝国境の旅から・・・

 さて、もう少しこの間の「動き」を整理しながら考えてみます。

 2人の女性記者の解放をめざしたクリントン元大統領の訪朝、開城工業団地で北朝鮮側に身柄を拘束されている男性社員の解放、帰国をめざす現代グループの玄貞恩会長の訪朝、そのいずれもが奇しくも「身柄を拘束されている者」の解放をめざすという、誰もが反対できない「人道目的」で訪朝し、金正日総書記との会見、会談に至るという経過をたどったことはすでに知られるとおりです。

 これに続く金大中元大統領の死去をもうひとつの契機に加えて、朝鮮半島は大きく動きはじめます。

 とりわけ、北朝鮮弔問団の韓国派遣、青瓦台での李明博大統領との会談という流れの中で、それまで緊張とこう着状態にあった南北関係が、いってみれば、きしみを立てながらではあれ、大きく転換をはじめました。

 自由を奪われた拘束の身の上、あるいは人の逝去という「不幸」を奇貨としてというと不謹慎に響きますが、そうとしか言えないぐらいのタイミングで、まさに恩讐を超えて「禍を転じて福となす」というべき展開がはかられたのでした。

 そして迎えた9月です。

 9月3日から10日まで、アメリカの北朝鮮問題を担当するボズワース特別代表が中国、韓国、日本を歴訪しました。

 5月に中国、韓国、日本、ロシアの4カ国を歴訪したのに続く、6カ国協議の構成国歴訪でした。

 この時期に合わせるかのように、北朝鮮の国連代表部は3日、「使用済み燃料棒の再処理が最終段階にあり、抽出されたプルトニウムが兵器化されている。ウラン濃縮実験が成功裏に行われて仕上げの段階に入った。」とする書簡を国連安全保障理事会議長あてに送りました。

 「ウラン濃縮」のくだりばかりが大きく報道されたのですが、それ以上に注意を払うべき重要な部分は「われわれは、わが共和国の自主権と平和的発展権を乱暴に踏みにじるのに利用された6者会談の構図に反対したのであって、朝鮮半島の非核化と世界の非核化そのものを否定したことはない。朝鮮半島の非核化は徹頭徹尾、米国の対朝鮮核政策と密接に連関している。」と主張しているところです。

 9日になると読売新聞がソウル発で、韓国政府当局者が「米国が、北朝鮮との2国間協議開催の可否を数週間以内に決める、との見通しを示した。」と報じました。
 
 さらに、日本、中国、韓国の関係3か国を歴訪したボズワース米政府特別代表が、「6か国協議開催を促す目的ならば、米朝協議を先行開催できるとの考えを示し、3か国の了承を取り付けたという。」と伝えたのでした。

 3か国、つまり中国、韓国そして日本の了承を取り付けた?!というのです。

 そして、ボズワース特別代表の帰国を待っていたかのように、11日にはクローリー米国務次官補が「北朝鮮を6者協議の場に復帰させる方策の一環として、2国間協議に応じる用意がある」と述べたと米・CNNが伝えました。

 加えて、協議が実現する期日について「クリントン米国務長官が9月下旬、国連総会の場で他の6者協議参加国の外相らと会談した後になる」と踏み込んで伝えています。

 一方、6カ国協議の議長国にして北朝鮮にとっての最大の援助国でもある中国です。

 まず、中国の戴秉国国務委員(外交担当)と楊潔チ外相が4日、中国を訪問している北朝鮮の金永日外務次官を団長とする朝鮮外務省代表団とそれぞれ会見。

 16日には中国の胡錦濤国家主席の特使として戴秉国国務委員が北朝鮮を訪問し姜錫柱第1外務次官と会談。 
 「中朝関係や共に関心を持つ地域・国際問題について深く意見交換した」(中国外務省)

 「戴氏には対外援助を担当する傅自応商務次官が同行しており、新たな無償援助などについて話し合っているとみられる。北朝鮮の経済困窮をにらみ、援助を手札にして核問題を巡る6カ国協議への復帰を促し、核問題での軟化を誘う狙いがうかがえる。」(日経9/18)

 (米自由アジア放送[RFA]が、ワシントン外交筋の話として「15日、北朝鮮の崔泰福(チェ・テボク)最高人民会議議長が中国を訪問した」と伝えたということですが、今のところ確認されていません。)

 戴秉国国務委員は、18日には、金正日総書記と会見、胡主席の親書を金総書記に手渡す。

 金総書記はこの席で「北朝鮮は非核化の目標を堅持し続け、朝鮮半島の平和と安定守護に努力するとしながら、『この問題を2国間または多国間の対話で解決することを希望する』と述べたという。」(韓国・聯合ニュース9/18)

 少しばかり煩雑とさえいえる「情報整理」になってしまいました。

 しかし、すでに読者のみなさんもお気づきだと思いますが、こうしてクリントン訪朝以来の動きを注意深くトレースしてみると、米国、中国、韓国のいずれもが北朝鮮問題にかかわって「動いている」ことに思い当ります。

 しかし、対照的に、(ロシアをおくとして)6カ国協議参加国で、わが日本だけがなんの「動き」もありません。
 
 悲しいまでの当事者能力の失墜です。

 (まさか選挙で慌ただしくしていたからなどという言い訳は通用しないでしょう。)
 
 これが独自の制裁と圧力の「実体」だとするなら、なんとその代償の大きいことかというべきです。

 すべてにわたって蚊帳の外に置かれ自縄自縛というべきか、身動きのとれないわが日本の姿が浮かび上がってきます。

 ですから、前回書いたような「日米同盟があるのだから、クリントンさんは日本の拉致被害者のためにもっとしっかりやってくれてもいいじゃない・・・」などと、テレビで臆面もなく発言するコメンテーターが跋扈するのです。

 本人が自覚していなくとも、当事者能力を失っている「境遇」をみごとに語って余りあるというべきです。

 こんな人びとに拉致問題を語る資格があるのでしょうか。

 拉致被害者を本当に救おうと考えるのなら、なすべきことは現在の「処方」とは正反対でなければならないことを、現実は教えているというべきです。

 勇を振るって国交正常化交渉に踏み込んで、主張すべきことを主張し、聴くべきことを聴くということにしか打開の道はないというべきです。

 実は、このことは、ことばには出さなくとも、すでに多くの人が覚っていることなのです。

 選挙も終わったことですし、もう「時効」だと考えますので書きますが、拉致問題に積極的に取り組んできた自民党の有力議員(すでに元議員になった人もいますが)から、オフレコを条件に話を聞いた折、いまの力と制裁一本槍では拉致被害者を救うことにはつながらない!いまやっていることはそれを阻害することばかりだと明言したのでした。

 「しかし、こんなことは一歩この部屋を出たらとても言えません!」と襟の青いバッジを見やりながら言ったものでした。

 歴史的な政権交代という画期に立ったいま、まさにいまこそ私たち一人ひとり、あるいはメディアに携わるすべての人びとが、日本の北朝鮮政策のあり方を真摯にとらえ直してみなければならないと思います。

 勇気を振るって、発言し議論を巻き起こさなければならないと思います。

 こうして見てきたように、米・中・韓の動きを冷静に直視する勇気とそれらを的確に解析する力が、いまこそ必要とされています。

 価値観や思想を同じくする「仲良し」との間にではなく、それをまったく異にする「間柄」だからこそ外交の果たすべき役割があるのです。外交力の問われるフィールドがあるのです。

 好き嫌いや、親しみをもてるか否か、信用できるかどうかなど「好みの問題」で考えるのなら、それこそ「サルでもできる」業というべきでしょう。

 事は、国の成り立ちや体制、思想や価値観のまったく異なる国との間の問題なのです。

 しかも近代には否定しがたい負の歴史を負っている、われわれなのです。

 ここは真剣に、真摯に歴史と向き合い、現在のアジアで、アジアの中の日本として、針路をどう定めるべきなのか、はっきりとさせていかなければならないと考えます。

 ズルズルと状況、情勢に引きずられながら、いつも「米国頼みの不満タラタラ」、中国、韓国へは不信と嘲りの塊りというような情けないあり方を、きっぱりと断ち切らなければならないと思います。(つづく)
















posted by 木村知義 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録
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