2009年09月19日

動く!朝鮮半島、長白山で考えたこと・・・

 政権交代、民主党政権発足という、国内の「激動」ともいうべき動きを追うことが先になって、先月下旬からの中国・東北地方、中朝国境地帯への旅の報告が手つかずのままとなっていました。

 瀋陽から長春、延吉、龍井、長白山(白頭山)一帯、集安、鴨緑江沿いに丹東、そして大連まで、走行距離2600キロに及ぶ今回の旅は、あらためて近代日本と東アジアの関係を見つめ直し思索を深める旅になりました。

 同時に中国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国境地域をめぐりながら、あらためて朝鮮半島問題、とりわけ北朝鮮をめぐるさまざまな問題について考える旅になりました。

 今回は旅先のネット事情が分からなかったのでパソコンを持参しなかったため、現地、現場からの即時的なレポートをこのブログに載せることができませんでした。

 結果的にはどこでもネット環境は不自由なく整備されていて、情報ツールを持ってこなかったことを反省したのでしたが、その分PCに向かうのではなく、人や街との出会い、語らいそしてウオッチに時間を割くことができて、「旅」に集中できたと思いました。

 さてそこで、旅の中で見聞し、考えたことを書く際、単なる『旅行の記録』ではなく、できるだけ「いま」の動きに即して、そこにかかわる点にふれながら記してみたいと考えます。

 まず、旅に出る前後から朝鮮半島をめぐる動きは慌ただしくなっていました。

 すでに伝えられているように、「六カ国協議再開に向けた努力の一環として」という「留保」つきながら、米朝2国間の直接「対話」(協議)が現実のものになりつつあります。

 この間、米国側からもたらされた情報によるものですが、北朝鮮・朝鮮半島情勢は動くということを確信させる「うごき」になっています。

 とりわけ、米国が朝鮮半島の非核化にむけて「包括的」提案をする意向であることが伝えられ、目の離せない段階にきていることを痛感させられます。

 この動きに対して、依然として日本のメディアでは、「関係国の間では、北朝鮮との関係で『自国だけがバスに乗り遅れないか、関係国同士で疑心暗鬼になる』といった空気も漂い始めている。こうした事情から、米朝対話で米国側が『包括提案』を提示できるかどうかは微妙な情勢だ。」と「六者協議筋」という実体のわからない「スジ」をソースとして、ネガティブな伝えられ方もしています。

 そこで、私自身の頭の整理ということも含めて、この間の動きのポイントを時系列で整理してみます。

 いつも言っていることですが、ジャーナリズムというものは、「後証文」で、結果を見てから「実はそう思っていたのだ・・・」などともっともらしく語るのは恥ずかしいことで、動いている事態の真っただ中で、いまの「うごき」が何を意味するのかを的確に分析し今後どう動くのかを論理的に示す、まさに歴史の検証に耐えうる正確な解析、予測ができなければなりません。

 その意味で、さかのぼって動きを整理するという際にも、そうした点をわきまえて、自制しながら行うということが大事だと考えます。

 ある「情報誌」の9月号で「いまだに不可解なのは8月4日にクリントン元米大統領が訪朝し、金正日総書記と会談したことだ。国連安保理が6月12日に採択した対北朝鮮制裁決議を米国を中心に各国が実施しつつある最中、不法越境した米人記者2人の釈放を要請するために、大統領の経験者、しかも夫人は現在の国務長官である人物が『政府と無関係』に平壌を訪れた。米側が何らかの譲歩をしたと考えて当然だろう。」というくだりに出くわしました。
 
 クリントン訪朝を「不可解」とし「奇妙な動き」とするこの筆者のスタンスは、この間の米国の動きを懐疑的に見ているものであることは確かですが「米側が何らかの譲歩をしたと考えて当然だろう」という指摘は的を射ているというべきです。

 やはり、クリントン元大統領の訪朝の意味(と「限界」)を、その後の「動き」を見る中で確認しておくことは不可欠だと考えます。

8月10日 韓国現代グループ玄貞恩会長訪朝
北朝鮮の金永日(キム・ヨンイル)外務次官が、モンゴル・ウランバートルで同国の外交当局者らと会談した席で、近いうちに米朝関係に重大な進展があるとの立場を示し、米朝対話に向けた作業が最終段階にあることを示唆。

13日 3月30日以来開城工業団地で身柄を拘束されていた現代峨山の社員が四カ月半ぶりに解放され帰国。

16日 玄貞恩会長、金正日総書記と会見。会見後、現代グループと北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会は、ことしの秋夕(旧盆)の金剛山での南北離散家族面会など、5項目からなる交流事業に合意し、これらを盛り込んだ共同報道文を発表。
主な内容は、
・毘盧峰観光を含めた金剛山観光の早期再開
・金剛山観光の便宜と安全保障
・陸路通行と滞在に関する制限の解除
・開城観光の再開と開城工業団地の活性化
・白頭山観光の開始
・旧盆の南北離散家族再会

18日 金大中・韓国元大統領死去
    クリントン元大統領、ホワイトハスでオバマ大統領に「訪朝」報告。オバマ大統領は「ホワイトハウスの緊急対応室(シチュエーションルーム)でビル・クリントン元大統領と約40分にわたって会談し、クリントン氏が今月北朝鮮を訪問したことにより、同国に拘束されていた2人の米国人記者の解放が実現したことに謝意を表した。」「その後大統領は、同氏を大統領執務室に招き、さらに30分ほど会談したという。」会談後「夫人のヒラリー・クリントン国務長官は記者団に対し「夫と同行者の報告は北朝鮮の情勢を理解する手がかりとして極めて有用だった」と述べた。(ロイター)
注:シチュエーションルームはホワイトハウス西ウイング、盗聴などを防ぐ特殊保安装置のある部屋。
 
19日 リチャードソン・米ニューメキシコ州知事、北朝鮮国連代表部の金明吉公使と会談。北朝鮮側は核問題で「新たな対話」の用意があると表明。ただし「6カ国協議の枠組みではなく、明確に直接対話を求めている」とした。

21日 金大中元大統領を弔問する北朝鮮代表団が平壌から特別機で空路ソウル入り。2008年2月の李明博政権発足後、北朝鮮高官が訪韓したのは初めて。弔問団は閣僚級の金己男朝鮮労働党書記を団長とする6人。

23日 金大中元大統領国葬
李明博韓国大統領、北朝鮮弔問団の金己男朝鮮労働党書記、金養建朝鮮労働党統一戦線部長(アジア太平洋平和委員会委員長)らと青瓦台(大統領府)で会談。金書記らは南北協力の進展に関する金正日総書記の口頭メッセージを李大統領に伝えた。

26日 南北赤十字会談、北朝鮮金剛山ではじまる。離散家族再会問題を協議。
最終日の28日、離散家族の再会を9月26日から10月1日に実施することで合意。離散家族の再会は、約2年ぶり。


 
 さて、そこで、今回の旅です。

 金大中元大統領の国葬がソウルで執り行われた日、長白山にいました。

 延吉にいた前日まで抜けるような青空だったのですが、この日は一転朝から雲が低く垂れこめ、ほどなく雨になりました。

 長白山に着いた昼すぎには雨も強まり風も出てきて気温が下がりました。

 長白山には4年前にはじめて登ったのですが、その折は素晴らしい青空で、頂上の天池は引きこまれるような深い青の水をたたえ、北朝鮮側までぐるっと見渡す360度のパノラマに感激したものでした。

 しかし今回は頂上に登ってみると、まさに一寸先も見えない深い霧。氷雨のような冷たい雨に強い風が加わって体温を奪い、震えながら頂上をあとにしました。

 そして少し下りたところにある温泉で身体を温めてようやく人心地ついたのでした。

 長白山には、北朝鮮側から登れないという事情から、韓国からのツアー客が大勢来ています。「死ぬまでに一度は白頭山(中国名・長白山)に登りたい」という韓国人が、まさに押し寄せている状況です。

 温泉にもそんな韓国人の一団が訪れていました。
 霧に包まれた露天風呂で身体を伸ばしていると「DJの葬儀に行かずこんなところに来てしまったので雨になったのだ!」というため息混じりの話声が聞こえてきました。
 
 ここまで来ても金大中元大統領への尊敬と思慕の念を忘れない「普通の人々」がいるのだと感じ入ったものでした。

 李明博大統領への辛口なもの言いとあわせ、韓国での金大中元大統領の包容政策(太陽政策)が韓国社会にもたらした深い影響について考えさせられました。

 また、長白山麓のホテルでは韓国KBSの衛星放送が伝える国葬の中継(録画で何度も放送された)に見入る人もいて、葬儀だけでなく北朝鮮の金己男書記と李明博大統領の会談(会見)のニュースにも注目が集まっていました。

 「金正日総書記からのメッセージはどんなものだろうか」
 「これで南北関係も少しは変わるのではないか」
 「いや、変わらざるを得ない!」
 などという会話が、食堂での夕食の際、交わされるのでした。

 「普通の人びと」の感覚の確かさを思い、あらためてメディアのあり方をふり返らざるをえなくなりました。

 こうした「変化のきざし」を導き出す「糸口」になったのは、やはり、クリントン元大統領の「完全にプライベートな」電撃訪朝だったことは明らかです。

 この訪朝に、日本のあるテレビのモーニングショーで、「日米同盟というのだからクリントンさんには日本の拉致被害者の解放についてもしっかりやってもらいたい・・・」などと、エコノミストとしての肩書で知られる?コメンテーターが言っているのを目にして驚いたものでした。

 なにを寝ぼけたことを言っているのだ!「しっかりやってもらいたい」と言うべき相手は日本の総理大臣であり、政治家でしょう!と怒鳴りつけたくなりましたが、スタジオでなんら恥じることなくこんなバカげたことを言い放ち、しかも、まわりのキャスターと呼ばれる人や他のゲストも「そうですねぇー」と言うに至って、唖然としたのでした。

 救い難いというべきメディア状況ではないでしょうか・・・。

 まさに、長白山麓で出会った韓国の「普通の人びと」の感覚に、朝鮮半島問題を考える際の重要なカギ(のひとつ)があると痛感したものでした。(つづく)



 








posted by 木村知義 at 02:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録
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