2009年08月31日

「55年体制」終焉の先に・・・

 朝刊には「民主308 政権交代」「自民 歴史的惨敗」の見出しが躍りました。

 歴史的な大きな「変化」を、いま、私たちは体験しています。

 古典的「革命」理論によれば、議会を通じての「階級」間の権力の移行はありえないことになっていますが、少なくとも議会を通じた政権の移行は可能であることを、はじめて私たちは目の当たりにしていることになります。

 55年体制というものの崩壊、終焉が言われて久しい気がしますが、根底的な崩壊、終焉まで、奇しくも(ほぼ)55年を要したことになります。 

 それだけに、いま日本の政治に起きている「変化」を歴史の中でどう位置づけるべきなのか、選挙を通じた政権交代という「変化」の意味とこれからを深く吟味していく必要があると思います。

 鳩山由紀夫代表自身が語っているように、いまようやくスタートラインについたばかりということですから、新たな政権が問われることは、広く深いというべきですが、とりわけ、私の問題意識にふれて言うならば、鳩山代表が、選挙戦の中で語ってきた「東アジア共同体構想」については、近代日本の再検証とあわせ、深く分け入って考察する必要があると感じます。

 27日付のニューヨークタイムズに掲載された鳩山氏の論文「日本の新たな道」をはじめ、これまでの発言や論考をじっくり読み込んで、アジアのなかの日本のこれからについて深めていくことが不可欠だと思います。
 
 その作業をすすめる際、やはり、16日のブログに記した竹内好の「文章」のはらむ思想的な課題について忘れることはできません。
 近代日本にとって、アジアとは連帯と支配、侵略という二律背反の葛藤をはらみながらあり続けたという「両義性」をどう総括するのかという重い課題を私たちに突きつけていると言うべきです。

 私たちの心の奥深くに埋め込まれたこの矛盾をどう乗りこえていくのかという課題と向き合うことなしに、「アジアのなかの日本」のこれからを構想することはできません。

 きわめて困難で、重く深い、思想的命題だと思います。

 こうした課題をはじめ、このところ山積みになっている「問題」と格闘しながら、追々、考えるところを記していくつもりですが、8月下旬、中国・東北、中朝国境地域を歩いてきました。

 中国・東北(旧満州)を歩きながら、あらためて近代日本とアジア、中国、さらには朝鮮半島について思索を迫られる毎日となりました。
 
 およそ2600キロを駆け抜けながら、矛盾と葛藤に満ちた「満州」と一層重く向き合う日々が続きました。

 また中朝国境地域を歩きながら、まさに「指呼の間」というべき「向う岸」を見つめ、胸に深く突き刺さるものがありました。

 次から次と思いが募ることばかりですが、いま仙台にあってこれをしたためざるを得ない状況で、いま少しの暇をと思います。

 この間中国・東北への旅に出ていたため、HPの更新に手付かずでしたが、昨日、小島正憲氏の「凝視中国」の2本のレポート、「09年7月暴動情報検証」と「ブレながら上昇する中国経済」を掲載しました。

 いずれも、小島氏の慧眼、鋭い分析と現場主義に徹した考察に頭の下がる思いで、深く触発されながら読みました。

 ぜひご一読ください。
 サイトは
  http://shakaidotai.com/CCP056.html
  http://shakaidotai.com/CCP057.html 
 です。 


 

 
 
  
posted by 木村知義 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録
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