2009年07月27日

続「世界第二の経済大国」そして、中国、日本・・・

  きのうの記事の続きです。
 ぜひ書いておかなければならないと思う問題が残っています。

 その前に、ひとつ。
 ある会合で自民党の大臣経験者の話を身近に聞く機会を得ました。
 もちろん来月末にひかえた選挙、そして巷間言われる「政権交代」について、話が及びました。
 というより、それに尽きるというべきなのですが・・・。
 
 以下は、私なりの理解に基づく、その時の話の要旨です。


 今度の選挙では政権交代が言われるが、どこが政権を取ろうとも、経済の再建が一番大事な課題となる。
 自民党はマニフェストがまだ出ていないが、民主党のマニフェストを読んで、外交・安保政策ということになると不安を禁じ得ない。
 このところ軌道修正しているとはいえ、外交・安保での大きな変更があるとすれば、国策、国益上好ましくない。
 たとえば国連中心主義も結構だが、空理空論ではなく、日米を基軸としながら、中国とも良い関係を保っていくということが大事だ。
 また、憲法をどうするのかも大事だ。しかし、民主党内はまとまっていない。
 自民党はすでに(憲法改正草案を)出した。
 この点でどんな憲法をつくるのかを言わなければ一人前とは言えない。
 政権交代も結構だが、政権交代をして何をするのかが明確ではない。
 「うっかり一票、がっかり4年」ということになりかねない。


 話はもっと多岐に及びましたが、主たるところはこうしたものでした。

 仮に政権交代ということになったとしても、自民党はしっかりした野党として、いろいろとやれることがある!と力説する姿に、下野を覚悟しつつも、いかにも悔しいという響きがこもっていました。当然と言えば当然でしょう。

 それにしても、「うっかり一票、がっかり4年」はよく言ったものだと、妙に感心しました。

 とともに、強力な風が吹いていると言われる民主党の痛いところを突いているなと、もちろん自民党やこの大臣経験者に共感するという意味ではなく、感じたのも確かです。

 外交・安保ということになると、自民党のいわゆる「タカ派」(私はこんなカテゴリーで物事をとらえていませんし、私自身のことばとしてはこういう用語は使いませんが)でさえ顔負けというスタンスの人々が、民主党には、大勢いることも確かです。

 とりわけ、中国、朝鮮半島への眼差し、アジア政策についていえば、とてもじゃないがこんな人たちに国政を委ねることはできないと思うこともしばしばです。

 ですから、本当に不幸です。

 まさに、選択の余地がなく、どこにも行き場のない状況だと言わざるをえません。

 こうした感慨について、まず、書いたのはわけがあります。

 ことばは下品で不穏当ですが、いまや、ミソもクソもへったくれもない!と言わざるをえない「状況」が目の前に広がるからです。
 
 それはいうまでもなく、北朝鮮の核あるいは朝鮮半島問題をめぐってです。
 
 きのう書いた中国の対日外交関係者の一人の話で、北朝鮮の核問題にかかわるくだりを思い出していただきたいと思います。
 
「北朝鮮の核問題について、核実験には我々も絶対反対だとしつつも、北朝鮮の非核化のためには、制裁ばかりでは決していい方法だとはいえない、忍耐も必要だと、中国の原則的立場を重ねて述べました。」と実に素っ気なく書いておきましたが、実は、このくだりに関しては、ただ黙って聞いていたわけではないのです。

 北朝鮮の核実験には絶対反対だ!北朝鮮の非核化をしなければならない、そのために忍耐も・・・という「原則論」に対して、私は、要旨次のような「問い」を投げかけてみたものです。

 先生は北朝鮮の核は絶対に許せないとおっしゃったが、私は中国が初めて核実験をした当時のことを思い返す。
 中国が核実験を誇る記録映画まで見たものだ。
 はっきりと記憶している。
 もちろん日中国交回復のはるか前のことだ。
 北朝鮮の核が許せないということは分かるが、ではそれですべてなのか。
 オバマ大統領ですら、といえば失礼だが、「核なき世界」を掲げ始めている。
 もちろんそれがことばでいうほどたやすい途だとは考えないが、それでも世界に向けてメッセージを発している。
 では中国はどうなのか。北朝鮮の非核化とおっしゃったが、めざすべきは世界の非核化であり東アジアの非核化ではないのか。
 もちろん、そうなると「核の傘」の下にある日本の私たちのあり方にも矢が戻ってくることは承知している。
 私たちも、「非核三原則」があるだとか「唯一の被爆国だ」などと言っていられる場合ではないということを覚悟しなければならない。
 それを踏まえた上で、では、中国はどうするのか。
 少なくとも、核保有五大国の特権を保障するというNPT体制の矛盾に対して自ら立ち向かわなければならないのではないか、あるいは東アジアの非核化にむけてイニシアティブをとって、世界に語りかけ、具体的な努力をするという姿を見せなければ、共感も得られないのではないか・・・。

 この「問いかけ」に対する答えは、実に淡々としたものでした。
 
 いや、私がそう感じただけかもしれません。 
 先方は「なんと青くさいことを言うやつだ、始末に負えんわい」というぐらいのことだったかもしれません。

 あなたのおっしゃることは、中国だけでできることではない。
 国際社会の協力が必要だ。
 中国の核に対する立場はこれまでも明確にしてきている。
 (中国としては先に核を使用することはしないということを宣明しているということを指すのだろうと、私は理解しました)
 核廃絶という問題はむずかしい。それを言うなら問題は(核弾頭の保有数からも)まず米国であり、ロシアではないか。
 日本では北朝鮮の核問題にかかわって(言うことを聞かせられないと)中国と北朝鮮を並列して非難している。
 中国と北朝鮮(の問題)はまったく性格が異なる。
 「核なき世界」はすばらしい。
 しかしそれを言うならまずアメリカだ。
 日本はそのアメリカに「核の傘」を求めているではないか。
 核廃絶を言うなら、同盟国として、もっと日本がアメリカに働きかけてほしいですね・・・。

 あくまでも私の理解で敷衍するならばこういうことだったと思います。

 そういうことではないでしょう、私が問いかけていることは!ということばは、当然のことながら飲み込みました。

 もちろん、私も、もはやかつて中国が掲げていたような、世界の被抑圧人民とともに!などという言説を中国に求めているわけではありませんし、そんな「夢物語」のようなバカげた感覚は持っていません。

 しかし、中国が、たとえば、途上国の一員としてといった言説をもって国際社会で発言する場面をしばしば目にする昨今です。

 あるときは途上国の一員として、またあるときは米国と並ぶ世界の大国の一つとして、というように都合良く使い分けられるとしたら、いくらそれが国際政治のリアリズムといっても、人々の共感は得られないのではないかと思うのです。

 ましてや、いよいよGDPで日本を抜いて「世界第二の経済大国」になるという現実を目の前にして、果たすべき責任というものもあるのではないかと、私は思うのです。

 「・・・米中関係は世界的範囲で戦略的協力関係が展開されようとしている。その結果、北朝鮮が米中間の矛盾を利用した瀬戸際外交を展開する余地は著しく狭められている。現北朝鮮政権は、これについての分析能力はゼロに近いようだ。さて、このような北朝鮮に対してまともな対応を図ろうとしても無駄である。正常な国家外交を行うようになるまで、辛抱強く待つ姿勢が必要だ。・・・」

 これはある新聞に掲載された、著名な中国人研究者の言説です。
 
 「忍耐が必要だ」と語った、対日外交担当者の一人の言と通底するものを感じながら、

 「現在、5カ国は北朝鮮への制裁をめぐって若干の食い違いがあるが、情勢の基本認識においては空前の一致を見ている。それは北朝鮮の現実離れの国際政治認識と中米関係の相互信頼の増進という国際情勢の大きな変化によるものである。」

 こうした言説をしみじみ考えさせられながら読んだものです。

 そういえば、きょう27日はアメリカワシントンで「米中戦略・経済対話」がはじまったのでした。

 世界のふたつの「超大国」による「戦略・経済対話」で、望むべくは、世界の「途上国」の人々への眼差しが失われないことをと、青臭いと嗤われることは承知で、切に思います。

 まもなくGDPで日本を抜いて、「世界第二の経済大国」になる中国。
 
 そして、中華人民共和国建国から60年。

 まさに、世界注視の中で、試練の時が近づいているというべきではないでしょうか。

 

 




posted by 木村知義 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録
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