私のささやかなブログコラムですが、本当にありがたいことに多くの方が読んでくださって感想や意見を寄せてくださいます。
もちろん、私のものの見方、考え方に同意できないという方からも書き込みや意見を頂戴します。
言論、言説において広く世に問うという「いとなみ」を試みる限り、お前の考えには到底賛成できないという意見があることは覚悟の上です。
とりわけ朝鮮半島問題、あるいは北朝鮮とどう向き合うのかといった問題設定で言説を重ねる際、賛否がより鮮明に、そして先鋭に表れることは当然のことかもしれないと思います。
そのうえで、だがしかし!と言わざるをえません。
先日、6月14日のブログコラム記事に対して、「反日メディア」などのサイトを記してコメントは「白紙」という「意見」が届きました。
書き込みをしてくださった方ご自身の意見が記されていないのが残念ですが、私の書いたことをもって「反日」だと非難していることは伝わってきます。
しかし、この方に、「反日」なのはどちらだろうかと、問い返したいと考えます。
私が朝鮮半島問題、あるいは北朝鮮にどう向き合うのかという問題意識で書いていること、さらに同時に運営しているホームページの内容をじっくり読み込んでいただきたいと思います。
じっくり読み込めば、「反日」などという通り一遍の非難で片付くことかどうか、自明だと思います。
私は、誰よりも「国を思う」一人であり、日本の行くべき道について、真剣に考えていることがわかると思います。
日本の行くべき道に誤りがないように、いま何を考えなければならないのかを、そして、未来を生きる若い世代の人々のためにも、「あの時日本は行く道を誤った・・・」などと悔やむことのないように、いま真剣に時代と状況に向き合おうと、力不足ではあっても、ひたすら考え続けているのです。
「反日」などというレッテル貼りで満足できるのであれば、それほど気楽なことはないと思います。
とりわけ、アジアと日本の近代と真正面から向きあいながら、連帯と侵略という両義性の絡まり合う複雑さの中で、では歴史から学ぶべきことは何なのかという問いに、いまを生きる我々一人ひとりが自身のことばによる「解」を迫られている、現在(いま)だと考えます。
「反日」などというレッテルを貼ってすべて解消というほどのお気楽なことでは言論、言説の責任は果たせないと肝に銘じるべきです。
さて、一方では、こころ励まされる「意見」「感想」を寄せてくださる方々も大勢います。
そして、ここで「こころ励まされる」というのは、ある意味では、もっともっと勉強と思索を深めていけ!という叱咤であると私は受けとめています。
その意味では、うれしい事でありながら、身の引き締まる思いがするのでした。
宮城県で、このブログとともに私が運営するホームページを読んでくださっている方から届いた「便り」です。
「このタイミングで中江要介さんのインタビューを世に問うたセンスに感服しつつ、飛翔体!ミサイル!と騒ぎまくった挙げ句、迫りくる本質的な危機には鈍感で会社の中のあれこれに一喜一憂している人々の『情景』を目の前にして、これまた舌打ちしかできない自分の非力さを痛感している今日この頃です。
やっぱりアメリカだと思います。北朝鮮が『逆噴射』して得をするのはアメリカです。
アメリカに残された最後の巨大産業である『軍産複合体』を発動させて、金融危機の損失を取りかえすとともに、アメリカ国債の信用も維持しようという狙いでしょう。
ババ(アメリカ国債)を掴まされている日本と中国も乗ってくるだろうという計算も当然織り込み済みのはずです。
バイデンが副大統領になった時『オバマはこれから半年のうちに重大な決断を迫られることになるだろう』と発言していたのはこういうことだったのかと思います。
安保理の『決議文』に中国がどう反応してくるかが大きなタ−ニングポイントで、中国の首脳の中に中江さんご指摘の『将来のビジョン』を持った指導者がいることを期待するのみです。
民主党の小沢前代表への強制捜査などを見ているとアメリカが民主党政権になると面倒だと見ているのは明白なので、選挙前に動くはずです。
韓国でも元大統領が[自殺』しましたしね。
むかしうちのじいさんや近所のおやじたちが『日本の戦後復興は朝鮮戦争のおこぼれちょうだいで始まった』と自嘲気味にはなしていたのを思い出します。
今の巷に[自嘲」できるほどのリテラシーが感じられないことにもため息です。
とにかく『社会』あるいは『公共』を常に意識して仕事に向かうしかないと思っています。」
このメールは北朝鮮のいわゆる「ミサイル発射」で、日本とメディアが「騒然」となっていたときに届いたものです。
やはりメディアの世界で真摯に仕事に向き合っている、この方のメールを読みながら、このように自己に引きつけて、自身の世界を見る目と響き合うものとしてホームページやブログを読み込んで下っていることに、感謝すると同時に背筋が伸びる思いがしたものです。
また、ブログに対して、ご自身の思いと論を実に丹念に書き込んでくださった西 泰志さんは私よりふた世代以上も若い編集者です。
(コメント欄をひらいて、みなさんもお読みになったかもしれませんね)
人に尊敬、あるいは畏敬の念を抱くことに年代、歳の上下は関係ない事を西さんとの「出会い」で痛感したものです。
優れた仕事を重ねる氏の編集者としての姿勢に深く感動を覚えながら、こうした若き世代がいることに、未来への希望を失わずにいられる幸せというものを感じたものです。
と同時に、もっともっとしっかりしなければと、叱咤される思いで書きこまれたコメントを熟読したのでした。
その西さんから、先日のブログについて、以下のコメントが届きました。
「記事に刺激を受けつつ、この『年表』には、(加えることでどのようなことが見えてくるかはまだクリアではないのですが)以下の2つの出来事も加えられるのでは、あるいは加えてその意味を考えるべきなのかもしれない、と思いました。
1979年のイラン革命と米国大使館占拠事件
1979年の朴正熙暗殺
1980年の光州事件 」
まったくそうです!
1979年のイラン革命と米国大使館占拠事件こそがその後のアフガニスタン、パキスタン、もっと言えば、米国とアラブ世界のその後を大きく規定することになる転回点としてあったというべきです。
そして、朝鮮半島のその後を動かす契機として、1979年の朴正熙暗殺、そして1980年の光州事件をしっかりと見据えておくことは欠かせないと思います。
貴重な、そして本質的な指摘をいただいたと思います。
また、その後、この日のコラムを読み返してみて、ことばを補っておかなければならないと感じた所があるので、以下のようにしたことをお断りしておきたいと思います。
「北朝鮮と中国の間には朝中友好協力相互援助条約があり、ソ連との間にも同様の軍事同盟条約である朝ソ友好協力相互援助条約がありましたが、2000年にロシアとの間で軍事援助条項のない「友好親善協力条約」に変わり、中国との間の「相互援助条約」も、私の知る中国の北朝鮮政策関係者の話では軍事同盟としては「名存実亡」という状態だと言われます。」
「軍事同盟としては『名存実亡』という状態・・・」としました。
ブログのコラム記事そしてホームページに対する、みなさんからいただく意見、感想に触発されながら、分析と思索を深めて、少しでも社会に意味のある言説、言論活動をめざせればとこころに念じています。
ここに引用しない多くの「お便り」も含め、感想や意見を寄せていただいているみなさんに、あらためて、こころからのお礼を申し上げるとともに、深みのあるブログにしていくために一層の努力を重ねたいと考えます。
2009年06月19日
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