2011年03月31日

The situation remains very serious・・・

 The situation remains very serious・・・

 これはIAEAの天野事務局長が記者会見(28日ウイーン)で「福島原発」の現局面について述べたことばです。けさTVで放映されました。しかもvery seriousな状態が続いていると繰り返して強調し、いかに深刻なレベルなのかが伝わってくる会見でした。

 日本政府はこれをなんとか薄めることにやっきになっているという様子ですが、最早、世界はそれを許してくれないという局面を迎えました。

 まさに「世界が震撼するFUKUSHIMA」となった今、東電―経済産業省―日本政府の枠組みをこえて、「世界総がかり」の取り組みを余儀なくされる段階に入りました。

 メディアではここに至ってもなお「幾分落ち着いている・・・」などと言って恥じない原子力専門家もいるので驚くばかりです。

 こうした「もの言い」は昨日東電の清水社長の「入院」によって、代わって会見に臨んだ勝俣会長の「原発の復旧の見通しは、正直、冷温に保つという最終冷却がまだできていない状況だ。最近は少し安定してきたが、冷温冷却できるようにならないと、安定しない。最大限そこに注力することが第一。それ以降、いろいろ課題あるが、こうした点については、今後、どういうステップでいくかを詰めたい。」という言及と、実に平仄の合ったものだと言わざるをえません。

 さてしかし、IAEAの天野氏は「非常に深刻だ」だと言っているのです。

 どちらが本当なのか・・・。
 昨日の会見で「事態の収束が長引いていることについて、政府、東電含めて、オペレーションのまずさによる人災の側面があるが、どう受け止めているのか」と問われて「はい。わたし自身はまずさというのは感じられませんでした。ただ、現場は電気が消えている。通信もできない状況で、いろいろ作業しなければならなかった。いろんな作業が予定より長くかかった。これまでボタン1つで動いたものが、手動でやらないといけない状況があって、意図せざる遅れがあったということかと思います。」などと臆面もなく語る人物の発言と天野氏の言及を比べれば言うまでもないことでしょう。

 まだこんなことを言いながら平然と会見の席に座る人物が東電の最高責任者だというのですから、世界が「焦燥感をつのらせる」というのもわかります。

 もちろん、この「世界総がかり」というのは、本当は、慎重に吟味、検証してみなければならない「キナ臭さ」がつきまとうのですが、いまはそんなことも言っておれず、とにかく最悪の事態をどうすれば避けることができるのかという一点で、できることをすべて「やってもらう」しかありません。

 その「総がかり」についてランダムにいくつかメモしてみると、
1.IAEAがモナコにある傘下の海洋環境研究所の専門家を新たに派遣。来月2日から日本の専門家とともに福島第一原発周辺の海水に含まれる放射性物質の測定や評価に当たる。なお、IAEAは、これまで合わせて15人の専門家を日本に派遣し、福島県や首都圏の大気中の放射線量や食品や土壌に含まれる放射性物質を独自に分析。

2.フランスの原子力企業「アレバ」のロベルジョンCEO・最高経営責任者と専門家が来日。「アレバ」は、これまでにも原発を廃止する作業の一環で汚染された水の処理を行ってきた実績があるとして、5人の専門家を中心に、福島原発の放射性物質で汚染された水の除去作業の技術的な支援に当たる。なお、アレバは福島第一原発で使用しているMOX燃料(混合酸化物燃料)を加工した企業でもある。

3.米エネルギー省原子力研究所(アイダホ州)が原発内で遠隔操作できるロボットと原発内を撮影できるカメラを提供。米エネルギー省のライヨンズ次官補代行(原子力担当)は「現時点の情報では、原発は事故からの復旧作業が遅れているように見える」としてエネルギー省から40人の専門家を派遣するとともに、作業に必要な機材約7トンも日本に送るとしている。

4.アメリカ軍の船舶(バージ船)で原発の冷却に使う真水を福島原発に運搬、提供。

5.アメリカの原子力関連メーカー「B&W」など3社の幹部や技術者合わせて数十人が、スリーマイル島の原発事故の処理に当たった経験を基に、福島第一原発の原子炉の製造に携わった「東芝」が設けている対策本部に詰めて東京電力にアドバイスをしているという。

6.日米両政府は、政府高官、原子力専門家、軍関係者らによる「福島第一原子力発電所事故の対応に関する日米協議」を3月22日に発足させていたという。日本側は内閣官房安全保障・危機管理室が事務局となり、福山哲郎官房副長官と細野豪志首相補佐官が統括役として参加、東京電力関係者も加わる。米国側からは国防総省、エネルギー省、原子力規制委員会(NRC)、米軍関係者らが入っているとされる。この「日米協議」には三つのプロジェクトチームが設置され@原子炉の冷却、流出する放射性物質の拡散防止A核燃料棒や使用済み核燃料の最終処理方法B廃炉に向けた作業、などについて検討しているという。また今1号機から3号機で漏れているとされる高濃度放射線に汚染された水の排出方法についても議論しているとのこと。

7.ただし、昨夜(30日)のNHKニュースによると「事態を深刻視しているアメリカ側の協力を得て、各省庁の担当者に在日アメリカ軍なども加わった4つの作業チームを総理大臣官邸に設置して、事態収拾に向けた具体策の検討を本格化」させているということで、これが上記の22日に発足した「日米協議」と同じものかは判然としないが、この作業チームには原子力安全・保安院や経済産業省などの関係省庁の担当者、在日米軍、アメリカの原子力規制委員会などの担当者が加わり、@漏えいが続いている放射性物質を空中や海中に拡散させないための方策、A作業員の被ばくを避けるため、原発敷地内で遠隔操作の無人機器を使った作業、B核燃料棒の処理方法、C原発周辺の住民の生活支援などについて検討を進めているという。

8.中国の建設機器大手、三一重工(湖南省長沙市)が、高さ62メートルから放水できる生コン圧送機を東京電力に寄付し、28日に福島県に到着。もとは高層ビルの建設現場で生コンを流し込む機械だが、冷却のための放水に転用。ドイツで製造され、ベトナムの建設会社「ソンダー・ベトドク」に納入するために船便で運ぶ途中、たまたま横浜港にあったために、日本側が協力を要請。ソンダー社が使用を快諾したもの。

 報道されているものをざっと拾い上げるとこうしたものになるのですが、最後の中国からの「生コン圧送機」をおくと、要は、日−米−仏という原発大国の連携の構図が「FUKUSHIMA」を軸に形成されたというわけです。しかも民間のメーカー、企業の参加とはいえ、日本企業との密接な関連も含めて、いずれも「軍需産業」に連なる気配をもつものであることは留意しておくべきことだろうと思います。

 今回のような「危急存亡のとき」に背後にこうした国際的な「総がかりの構図」が見え隠れするのも、いかにも原子力産業というべきでしょう。

 ところで、このなかで冒頭に挙げたIAEAにかかわるところでは、福島第一原発からおよそ40キロ離れた福島県飯舘村で、土壌から、IAEAの避難基準の2倍に当たる放射性物質が検出され、日本政府に対し、「住民に避難を勧告するよう促した」と伝えられたのですが、その後、内閣府の原子力安全委員会の代谷誠治委員が「日本の避難の基準は、大気や空中の浮遊物、飲食物の放射線量など、人体への直接的な影響を判断できる数値で決めている。IAEAは、草の表面のちりの放射能を測定しており、日本の基準の方がより正確だ」として退け、各メディアの報道は「(IAEAは)日本政府に状況を注視するよう求めた」といった表現、トーンに変わりました。

 メディアの報道を時系列で注意深く見ていると、どこか釈然としない事にぶつかるというのは、それこそ「今回の事象」が発生してから、ごくごく日常的なことですから驚くに値しませんが、きょうの原子力安全委員会のきっぱりとした言明は際立っているというべきでしょう。

 ところで、今回の「原発事故」(人災というべきものですから、事故と記しますが)については、今後考えうる「シナリオ」(問題の所在)は明確になってきています。

 テレビをはじめメディアに登場する「専門家」たちの話をいやというほど聞いて考えてみると、論理的にはこうでしかありえません。

 つまり、初動で東電−経済産業省−政権の「内輪」だけでなんとかすり抜けようとする「弥縫策」に走ったことが致命的かつ泥沼のような「世界が震撼する福島」を引き起こしたということです。

 「止める」「冷やす」「閉じ込める」という三要素のうち、なにはともあれ「止める」ことだけはできたものの、問題は「冷やす」というところで致命的な問題にぶつかったことを知りながら、ただひたすら水をかけまくる(放水)そして「水を注ぐ」(注水)ということに終始して、本来的に冷却機能を回復させるための時間を浪費してしまい、「メルトダウン」によって原子炉本体(東電や安全・保安院、官邸の発表では圧力容器か格納容器なのか、あるいは、そのどちらもなのか、まったくもって判然としませんが)が損傷して、その過程で、いうところの「水素爆発」を引き起こし、気づいた時には「かけまくった水」と「注いだ水」が「ザザ洩れ」となっていて高濃度の放射性物質の漏れ出た「水」によってにっちもさっちもいかなくなった、しかし電源を回復させて冷却系を稼働させるだけの時間的余裕もなくなって、ひたすら「水」をぶっかけ、注ぐしか手立てがないという泥沼にはまり込んでしまった、つまりはこういうことなのです。

 つまり戦略なき「弥縫策」が招いた当然の帰結というべきです。

 米国をはじめいくつかの「筋」から、当初から、「深刻な状況だ」という警告が発せられていたわけですから、まさに「事象」がどう進むのかということ(つまり「最悪の事態」がどういうものか)を明確にし、すべての情報を余すところなく正しく開示して、国民と世界に虚心坦懐に語り、よびかけて、初動から時を置かず「世界の知恵と力」を結集して立ち向かっていれば、もちろん事態は深刻であることには変わりがないとしても、このような底なしの「泥沼」にはまることはなかったと言えます。

 今となれば、効果のほどはいざしらず、とにかく水を注いで冷やすということをやめることは「恐ろしいまでの破綻」を招きよせることに他ならず、しかし水をかけまくる、注ぎ続けるということを続ける限り本来的な冷却系の回復に取り組むことが極めて困難という「二律背反」の地獄に苦しむということが避けられなくなってしまったというわけです。

 まさに、なんとかいう副大臣だかが言ったように「神のみぞ知る」というところに来てしまっているのですから、地元の福島の人たちのみならず、国民は救われません。

 発災の2日目にして、私のような素人でも身近な人たちとの話で、「これはチェルノブイリのような『石棺』で閉じ込めるしかないだろう。しかしそれを可能にするために、どう冷やすのかだろう。『石棺』による閉じ込めを可能とするためにどうするのかを考えないと大変なことになる・・・」と話し合ったものです。
 発災2日目のことです。

 何も知らない「素人」でもそれぐらいのことはわかったのです。
 いまさら「布で覆う」などという絵空事を云々するのなら、初動でなすべき決断と対処、対策があったはずです。

 ここに至れば、どれほど「キナ臭い」ものであれ、とにかく「世界総がかり」の取り組みに望みをかけるしかありません。

 だからこそ、ここまでの「泥沼状態」を招き寄せた人々ははっきりと責任を全うすべきなのです。

 それにしても、きのうも書きましたが、原子力産業という、産−官−学−政を結ぶ度し難いまでの「闇の構図」をどうするのか、それこそ「FUKUSHIMA」をのりこえたとしても、立ち向かうべき問題の根は深いと言うべきです。

 そして、昨日の東電勝俣会長の会見の質疑について、けさの新聞をはじめ、なぜかほとんどのメディアは触れていないのですが、注目すべき「やりとり」がされています。

 ―事故当時、マスコミを引き連れて、中国へ訪問旅行に行っていたのか。旅費は東電持ちか・・・

 勝俣会長「全額東電負担ではない。詳細はよく分からないが、たぶん、多めには出していると思う。マスコミ幹部というのとは若干違う。OBの研究会、勉強会の方々。誰といったかはプライベートの問題なので・・・」

 ―どの社なのか

 勝俣会長「責任者の方によく確認して対応を考えさせていただきたい。2〜3日中にどういうことになっているか照会したい」

 産−官−学−政と書きましたが、ここに「メディア」を加えなければならないという根深い構図が見えてくることに、めまいがする思いです。

posted by 木村知義 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2011年03月29日

ソウル発「コリア通信」特別号―1を読む

 長く「休んでいた」ブログを再開しなければと思って書き始めたところに、仙台の地で、ご夫妻で「コリア文庫」を主宰されている、翻訳家であり韓国文学研究者でもある青柳優子さんから、ソウル発の「コリア文庫通信」特別号が届きました。
 今回の震災の被災地である宮城県仙台市に住み、地域の人たちと手を携えて韓国文学を読み、朝鮮半島問題、東北アジアの平和について考える営みを重ねていらっしゃる青柳さんが、たまたま震災前日に仙台を発ってソウルでのシンポジウムに討論者として参加している間に地震が起きて、その後韓国に留まりながら仙台の地とそこでの仲間や市民、県民の安否を気遣い、現在の状況を案じていること、さらには韓国の民衆やメディアが今回の日本の震災にどのような「まなざし」でいるのかをビビッドに伝える「通信」でした。
 韓国の反響を含め、今回の震災に対する諸外国の受けとめについては日本のメディアでも伝えられていますが、青柳さんから届いた「通信」を読みすすむうち、従来のメディアによる報道ではまったく伝えられていない大事なことがらがいくつも記されていることに気づきました。
 そこで、青柳さんのご理解を得て、「コリア通信」特別号―1をここに転載させていただくことにしました。
 既存のメディアではすくい上げられていない内容に、私は、胸が熱くなる思いで読みました。
 ぜひお読みいただきたいと思います。
 なお文中に触れられている金 起林は韓国の文学者でありジャーナリストで、当時の東北帝大に留学していたことがある仙台ゆかりの人物でもあります。
 詳しくは青柳優子さんの編訳・著書「朝鮮文学の知性 金 起林」(新幹社2009年)をご参照ください。



コリア文庫通信 (特別号―1)  2011年3月29日
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 東北大震災から18日になりますが、皆様、お元気でしょうか。
 この間一時帰国していた連れ合いからの連絡によりますと、コリア文庫会員皆様の無事が確認され、ホッとしています。
 私は、11日にソウルで開催された、日韓の翻訳事情に関するシンポジウムに討論者として参加するため、10日の飛行機で仙台空港を発ちました。そして、シンポジウムの最中に地震のことが日本大使館を通じて知らされましたが、夜ホテルに戻ってテレビを見てその被害の大きさに愕然としてしまいました。電話も通じないし、連絡の取りようがなく、本当に心配しました。
仙台空港が使えなくなり、また食糧事情などもよくないと聞いていますが、現在、私は状況を見ながら帰国の時期を探っているところです。

 ところで、仙台ではどの位報道されているのかわかりませんが、こちら韓国では日本に対する全国民的な大きな支援と友情の輪が広がっています。連日、テレビを通じて募金が呼びかけられており、サッカーの試合などでは(日本は出場していませんでしたが)選手も応援席のファンたちも「日本がんばれ!」の日本語で書かれた横断幕を掲げて「日本、ファイト」と声をあげ、カメラもそれを大写しで伝えたり、日本と姉妹校になっている高校の生徒たちも募金とともに励ましの手紙を書いたり、伝えきれないほど様々な支援と友情の輪が広がっています。 

 特に印象的だったのは、日本軍「慰安婦」被害者のハルモ二たちが3月16日の定例の水曜抗議デモを地震被害者の冥福を祈る集会にしたという報道でした。日本という国家に対しては抗議しているが、この度のとてつもない被害にあった日本人に対しては冥福とともに早く復興できるよう祈っているというハルモ二の声が伝えられました。恐ろしい状況の中で生き抜いてきたハルモ二たちの崇高なる精神と優しさに触れた瞬間でした。

 また、15日付けのハンギョレ新聞の1面に高銀(コ・ウン)さんの詩「日本への礼義」が大きく掲載されました。白楽晴(ペク・ナクチョン)先生の勧めで日本語に訳したのを朝日新聞に送りました。今週中に掲載される予定です。いい詩だということで、雑誌『世界』にも掲載されることになりました。

 昨日は、ハンギョレ新聞社や市民団体が主催する「追慕と連帯の夜」の集まりがソウル鐘路の普信閣で開催され、多くの市民が参加したそうです。私は残念ながら、参加できませんでした。

 そして、今朝(3月29日)の「ハンギョレ新聞」の第1面には、甲子園に出場した東北高校の記事が連合ニュースの写真とともに載っています。タイトルも「勇気を奮い起こす‵希望の直球′」で、地震にあいながらも出場した東北高校の選手たちとそれを支える仙台市民の姿が感動的に伝えられています。韓国では高校野球はまったく関心外のものなので、日本の「甲子園」についてはほとんど知られていません。そういう点からも日本人の庶民生活を伝えるいい報道だと感心しました。この間感じていることですが、掲載された写真なども、久しぶりに学校の教室で学友に再会して喜ぶ子供たちの姿など、「日本」という国家に重点が置かれることなく、同じ「人間」としての姿に焦点をあてた報道になっています。これは大きな変化であり、素晴らしいことだと思います。60年以上前に金起林が喝破した“民族主義“と“民族文化”の違い, そして将来向かうべき“民族文化”の方向が、今、この目の前で示されているのです。感慨無量です。「ハンギョレ新聞」の報道が特別というのではなく、そうした報道姿勢を自然に受けとめている多くの読者が存在するからこそ、そうした報道が可能なのであり、可能な市民社会が構築されている証でありましょう。

 転じて日本の社会はどうなのでしょうか? 一部で関東大震災のときのような流言蜚語が飛び交ったと、インターネットで伝えられていました。こうした大災害に便乗して出てくる排他的民族主義・国粋主義の醜悪さと情けなさを痛感しました。そうした心無いデマを言いふらす人々は、きっと自分の醜い行為が瞬時にして全世界に知れわたっていることも平気で関係ないとでも思っているのでしょうか?非常に多くの人が非常に長い時間をかけて一つ一つ積み上げてきた国家を超える信頼関係を破壊する破廉恥で恐ろしい行為であることを自覚できるだけの人間性をもってほしいと痛切に思います。

 さて、現在の生活で直接体験していることとしては、まず、以前仙台に取材にいらっしゃったアリランTVのプロデューサー・朴さんご夫妻のご親切です。ホテルを出た3月18日から朴さんのご自宅にずっとお世話になっています。そして、近所に住んでいる高一の姪御さんがやってきていろいろ取材されたりもしました。彼女は高校の新聞部に所属していて、その学校も日本の学校と姉妹校の提携をしているのだそうです。「普段、どのような地震対策をしているのか、避難訓練は定期的にやっているのか、学校でもやっているのか」など、いろいろ聞かれました。話をしていて、新聞部だからということではなく、すぐ隣の国で起きた大災害に隣人として心配し、なんとか励ましたいという気持ちで会いに来てくれたことがわかり、とてもうれしく、しみじみとした思いになりました。
一昨日の日曜日にもお母さんから頼まれたといってお手製の特別なサンドイッチを持ってきてくれました。本当に皆さんのご親切に感謝しながら過ごしています。

 今、私は国立中央図書館に通って今後の仕事の段取りをしています。帰国するまで、こちらから皆さんにできる限り発信していきたいと思います。

 皆さん、どうかお体を大切に!또 봅시다!!  
              (ソウルにて、青柳優子)


posted by 木村知義 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

想定を超える、未曽有の震災なのか 〜長い「休載」を破っていま語るべきこと

 「未曾有の大震災」からまもなく20日になろうとしています。
 北東アジアの動態そしてメディアのあり方を見つめるということを柱にしてこのコラムを綴ってきたのですが、この間ほぼ2か月にわたって筆を止めていました。その理由、意味について今ここで書いている「ゆとり」がないので置きます。
 
 なによりもまず、今回の震災の犠牲者を悼むとともに、被災された方々にこころからのお見舞いを申し上げます。
 
 ただし、阪神大震災の現場で災害報道に携わった経験(当時の住まいは大阪だったので揺れや直接の被害は神戸などの現場には比べるべくもありませんでしたが、発災から震災報道の立ち上げ、現場からの中継放送体制の構築、さらには震災関連番組の企画、取材、制作などにかかわった現場体験という意味です)と、津波についていえば、被害の規模は今回とは比較にならないものだとしても、日本海中部地震が起きた当日から秋田県男鹿半島の海岸の現場で中継に当たった経験などから、こういうお見舞いの「ことば」あるいは震災被害や被災者のみなさんについて語る言説の無力さを痛切に知るだけに、一月半ばから震災までの期間を別として、少なくとも震災の発災からのこの間、何かを述べる、書くということをためらわせるものがありました。
 
 災害報道という限られた体験とはいえ、今回もまた、震災による被害、そこから派生する問題すべてが、本当に他人事とは思えず、痛恨、痛切な思いそして怒りが渦巻き、それらが私自身をも苛む日々となっています。

 しかし、震災への対処、対策にとどまらず、東京電力福島原子力発電所「問題」にかかわる政府、政権のガバナンスの無残なまでの喪失、それらに対するメディアのあり方について、ことばにならないほどの惨憺たる状況とあまりの深刻さに、まさに「蟷螂の斧」の類であっても記しておかなければならないと思って、己を奮い立たせながら、筆を執ることにしました。

 まず、冒頭にあえてカギッカッコつきで「未曾有の災害」と書きました。

 各メディアでも伝えられているように、まさしく「千年に一度」の大地震、大津波だったことは否定するべくもないのでしょうが、私は、発災当初からの政府、とりわけ官邸の対処、対応や各メディアの報道でこの「未曾有の」あるいは「想定をこえる」という「ことば」がいとも安易に使われるのを目の当たりにして、強い「違和感」を、もっと率直にいえば怒りを抱き続けてきました。

 阪神大震災の経験などを持ち出すのは、災害の規模も形態も異なることだから的外れなことだと思われるかもしれませんが、私は、災害とはいつも「未曾有」のことであり「想定外」だから災害になるのであって、そうでなければ災害にはならないという、きわめて逆説的な教訓を、災害現場での体験から痛いほど学んできました。

 とりわけ「想定外」という「ことば」は決して見逃せない、重要な問題を孕んでいると思います。

 このことに対する無知、無自覚は断じて許されないことであり、さらに言えば、わかっていながら知らん顔をして「想定外」と繰り返すのは決して許されないことであり、大きなごまかしに通じる、最早「犯罪」に等しいとすら考えるのです。

 なぜかと言うと政治や行政の責任者、企業の責任者が「想定外」と繰り返す時は、まずもって「だから責任はないのだ」という論理がその背後に準備されていることを、何度かの災害報道の体験から知ることになったからです。

 さらに、これはメディアで仕事をしてきた私たち自身のあり方をも厳しく問いかける問題としてとらえなければならないと考えたものです。災害について伝える立場の「私たち」もまた、深い吟味と検証なしに「想定外」といった表現で語ってはならないという自戒として、いまも胸の内に深く残っています。

 「想定外」の大地震、大津波だった、だから未曾有の大災害になったのであり「責任はない」という論理が、とりわけ為政者を、行政担当者を、そして今回は東電や原子力産業関係者、さらにはメディアに登場する専門家や識者までも含む数限りない人々を「自己正当化の論理」として蝕んでいることが見えています。

 「災害は忘れたころにやってくる」という警句はいうまでもなく寺田寅彦のことばです。災害報道に携わる際、いつもこの警句を思い出しながら、反芻しながら仕事にあたったものです。
 災害を目の当たりにしながら現場に立って反芻するとこの短いことばがいかに深いものであるのか、私たちに問いかけてくるものがどれほど重いものかがわかるのでした。

 そして、「災害はいつも異なる貌でやってくる」ということばも災害報道の現場で先達から教えられたことでした。

 つまり、そうした体験から、私は、災害というものに向き合う際も、想像力というものがいかに大事なことであるのかを痛感することになりました。

 こうしてことばにして書いてしまうといかにも通俗的な手垢にまみれた「想像力」という文字に閉じ込められてしまうのでいたたまれないのですが、本当に重い意味を持って私自身に迫ってくるものでした。

 災害という問題に向き合うには想像力が問われるのです。
 その欠如や、無視こそが災害を引き起こすのだということを体験から痛恨の思いと共に学んできました。

 すでに伝えられていることですが、千年に一度の災害とはいえ、決して人知をこえたものではなく、すでに「貞観地震」(869年宮城県沖)の解析をもとに大津波への備えを呼びかけていた専門家がいたこと、それをこれまた専門家や為政者、企業経営者たちがことごとく無視してきたということ、この事実を私たちは決して忘れてはならないと思います。

 地震などの自然災害が起きることを避けることは不可能にしても、最悪の事態を「想像する」営みを無視したり排除したりせず謙虚であり続けるなら、もっと、もっと犠牲や被害を小さくすることができたのだということに、何度もぶつかりながら、それを繰り返してしまう現在の日本の政治、社会の「構造」に、私たちはもっと怒りと自戒を持たなければならないのではないかと、痛切に思います。

 そして寺田寅彦はまた「人間も何度同じ災害に会っても決して利口にならぬものであることは歴史が証明する。・・・むしろ今のほうがだいぶ退歩している。そうして昔と同等以上の愚を繰り返しているのである。」とも、あるいは災害への備えができていない事を指して、「天災が極めてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の転覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。」とも述べています。

 これを私は災害への想像力の問題だととらえるのです。

 原子力発電の問題もそうです。
 かつて四国、松山に勤務していた時、地域で原発の建設に反対の声を上げた人物に出会ったのでしたが、彼が「原発の問題は常識的には技術の問題だと考えられているかもしれないが、想像力の問題なのだ。専門家や技術者は安全だと強調するが、私には、その原発が、専門家からは『ありえない』とされる事故を起こす『情景』が目に浮かぶのだ。そういう想像力が必要なのであって技術の問題に解消してはならないのだ。」と語ったことがありました。

 その時、私は、ハッとさせられたものです。

 言うまでもなく彼が原発について技術的な面で勉強していないわけはなく、実に詳細にわたる勉強、研究を重ねていることは承知していたのですが、最後に行きつくところは、問題は起きない、あるいはその可能性はほとんどない、といった技術論や数学的な確率論ではなく、想像力の問題だと言い切るその姿に、こうした現代のテクノロジーと向き合う際のあり方というものを学んだ思いがしたものです。

 専門家から言わせれば、素人の「たわごと」として切り捨てられる類の文学的表現かもしれませんが、問題は必ず起こる、事故や災害は必ず起きるものだという想像力を持つことで、はじめて、事故や災害は防げるのだという、厳粛にして逆説的な真理に謙虚になれるかどうか、まさにここがすべての出発点だということです。

 そして、もっとも悪質なのは、こうしたことをそれなりに知りながら、切り捨て、排除して、時には政治やカネの力で暴力的に押さえつけて、知らん顔してもっともらしくあれこれを語って何ら恥じることのない人々の存在です。

 11日の発災の深夜からテレビを見続けた私は、枝野官房長官による官邸の定例会見を最大限ライブで見続けました。また、東京電力の会見、原子力安全・保安院の会見も同様でした。
 残念ながら、私にとって、こうした会見に登場する人々が誠実にものを語っているとはとても思えませんでした。

 そしてその場にいることを許されているメディアの人々の「質問」も、唖然とさせられるものがほとんどで、もしそう言うことが許されるなら、馴れ合いとしか感じられない弛緩したものばかりでした。

 官邸が「会見記録」として公開しているものには「質疑」が完全には収録されていないようなので、いまそれらすべてを再現するのは不可能ですが、私のところにさえ、官房長官の会見などのいい加減さに怒りで電話をしてきた人もいましたので、多分同じ思いで見たり聞いたりした人は多かったのだろうと思います。

 ちなみに発災から一週間ごろだったと思いますが、枝野官房長官が十分な睡眠、休息もとれず一生懸命働いていると慰労する記事が大手を振って新聞に掲載された時は政治記者の退廃もここまできたかと言葉を失ったものです。

 もっとも、これだけの「ヨイショ記事」を書いたのですから、官房長官の懐に飛び込んで、それこそ「未曾有の」スクープをしてくれるのだろうと期待したくもなります。
 率直に言って、何を考えているのだ!と、見てはならない記事を目にした思いがしたものです。

 ことほど左様に、持ちつ持たれつのメディア状況が見えてきてしまうのですが、それにしても政治、政権の空虚さ、驚くまでのガバナンスの欠如はどう言えばいいのか、ことばを失います。

 「未曾有」の災害と「想定外」の原発事故に脳震盪でも起こしたというべきか、すべては自己保身と政権の延命、既得権益を守ることに汲々とするばかりで、あとはメディア向けのパフォーマンスばかりという政権の寒貧たる現状に、本当に、もはや世も末という思いを強くします。

 発災当初から官房長官会見のたびに、何をどうするのか、災害に対する政策や人々の魂に届くビジョンが具体的かつ力強く語られるのを今か今かと待ったのですが、それは一切なく、語られるのは、なんとか参与や補佐官がどうしたこうしたという人事の話となんとか本部とかあれこれの会議を作るという内輪の話ばかりで、いまここで復旧、そして復興に向けて何とどう取り組むのかという、被災者が一番求めている問題については、何も示し得ないという醜態をさらし続けたのでした。

 政権が脳震盪でも起こしたというべきかというのは、このことです。

 これが政権交代という、歴史的な「できごと」の結末かと思うと、私たちは一体何をしてきたのだろうかと、本当に深刻に考え込みます。
 すべては私たちの間違いだったのかと・・・。

 政権であれ何であれ、私たちの水準をこえたものを持つことはできないのだという冷厳な現実に立ち尽くす思いですが、しかしなお、この局面では責められるべきは為政者たちであり、政権担当者たちであるというべきです。
 実に情けないことです。

 さて、まるで繰り言のようにこんなことを書いていても仕方のないことですし、呪詛のごとくことばを連ねるのは本意ではありませんので、ひとまずここで止めるとして、原発問題です。

 災害について、想像力が不可欠だということを前提にして、しかし論理的に考えて、おかしいことにはおかしいと声を上げるべきメディアの記者たちが、会見の席でもなんら本質に切り込む問いを発しない姿に苛立ちを深くせざるをえません。

 その意味でも今回の問題は深刻ですが、今回の震災は、地震、津波による言語に絶する広域、甚大な被害に加え、人災としての原発問題が重苦しくのしかかるものとなっています。

 このままでは福島原発のある地域の人々の暮らし、農業、漁業をはじめとする「たつき」、つまり産業、経済の壊滅的打撃による地域社会の崩壊にとどまらず、さらに広い地域での被曝の恐れと影響の拡大による、長期にわたる災禍として、日本社会を根底的に揺さぶるところに立ち至ったということを、どんなに、重苦しくとも直視しなければならないと思います。

 これは結果論として言うのではなく、本来「原発問題」が起きた段階でわかっていたはずのことであり、そうしたとらえ方をしていたなら、問題をごまかしたり、小出しにしたりしながら「事態」を繕うばかりの「対策」に追われるのではなく、もっと違う展開があり得たはずだという思いを強くします。

 原子力の専門家でもなく、仕事の中で、原発事故やデータのねつ造などにかかわるいくつかの問題を取り上げる機会にぶつかり、わずかばかりの「にわか勉強」をしたり、あるいは青森県の六ヶ所村にある日本原燃の「再処理工場」などの現場を「参観」したりしたという程度の知識でも、地震、津波発生当初から原発問題は深刻だと直感したぐらいですから、専門家がわからなかったはずはないと、確信をもって言えます。

 ここでも、想像力の問題も含め、むしろ素人の感覚の方が正しく、為政者、専門家、メディアはきわめて厳しく問われているというべきです。

 それは一にかかって、真実を余すところなく明らかにして、あらゆる知恵と力を結集して考えうる最悪の事態に備えるという、災害に際しての単純かつもっとも基本にあるべき原則を、自己の保身や利益、権益の維持ばかりに目を向けて捨ててきた、そのツケがいまの事態を招いていると言うべきです。

 問題が明るみに出た初期の会見で、枝野官房長官がやたら「ベント」「ベント」を連発しながら圧力容器なのか格納容器なのか判然としないのですが、ひたすら内部の圧力を下げるということを説明しました。私は、「ベント」が意味するものは放射性物質を含む蒸気を「外」に出すことだということをなぜ記者たちはもっと厳しく問わないのかと不思議に思いました。それしか手段がないのなら、それがどれほどの危険性を伴うものなのかをはっきりさせておかなければならず、加えて、それしか手段がないということは、原子炉で一体どういうことが起きていて、それは将来的にどういう問題に「発展」していくのか、つまりどれほどの深刻な問題を引き起こすことが考えられるのかを明確にして、その上で、もう一度「ベント」問題に立ち戻って、本当にそれが最善の選択なのかを徹底的に問うということが必要なのだと、枝野長官の会見をライブで見ながら思ったものです。

 どう考えてもこの会見で枝野長官は「ごまかしている」と思いました。
 これは専門知識がなくてもちょっと論理的に考えれば素人にもわかることでした。
 多分、そう感じたのは、私だけではなかったと思います。

 また自衛隊のヘリコプターによる空中からの「注水」についても、正確にいえば「散水」というぐらいのものに「注水」などというでたらめな表現を使い、まるでテレビ向けのショーのようにして見せることにいかほどの効果と意味があるのか、会見場の記者たちは疑うこともなかったのでしょうか。それ以上に、空中300フィート(90メートル)からの「放水」による効果とリスクについて考えることもなかったのでしょうか。

 あるいは70年代の過激派制圧用の警視庁の放水銃を備えた警備車両で放水するなどという、これまた政権のパフォーマンス以外のなにものでもないことをしていたずらに時間を浪費するとともに「放水」に当たる警察官を被曝の危険にさらすという愚を疑うこともなかったのでしょうか。

 なぜこうしたもっとも初期の段階の会見に立ち戻って取り上げるのかといえば、この段階ですでに直感的にですが、これは深刻な問題が起きていると考えたからです。つまり、これはただ事ではなく、会見で説明しているような生易しい問題ではないはずだ、これは大変なことになるぞ!と思ったからです。

 今回の原発問題を考える際は、初期の立ち上がりに問題のすべてが集約されていることを見据えておかなければならず、東電の経営陣と経済産業省、原子力安全・保安院などの行政当局、そしてなによりも政権、為政者たちが、具体的な状況や事態の深刻さを恣意的に歪め、覆い隠そうとし、なんとか綻びをつくろってうまくすり抜けようとする「思惑」が働いていることを感じたこととそれが問題をさらに深刻にしていったというべきだからです。

 そして、メディアに登場した多くの専門家、研究者も等しくその責を負うべきだと思います。ことばはきついかもしれませんが、数少ない例外を除いて、メディアに登場するほとんどの専門家は「御用学者」という称号こそふさわしいというべき人々でした。

 こうした人たちが、当初、今回の「事象」はと表現し、あるいは安全、問題ない・・・などと繰り返すのを聴きながら、本当にそう思うのならば率先して原発建屋の現場に立って見せてみるべきだと思ったものでした。

 原発事故に際して、あるいは原発の「安全」を担保するものとして、「止める」「冷やす」「閉じ込める」という三要素があることはすでに広く知られるようになりました。

 当初、緊急炉心停止系装置が働いて、この「止める」という機能が働いたことを高く、まさに高く評価して、しかしこれほどの津波は考えられなかったのだ・・・と語る原子力の専門家を、メディアでどれほど目にしたことでしょうか。本来語るべきは、起きている「問題」の深刻さであるべきにもかかわらずです。

 さすがに今はそんな表現は姿を消しましたが、発災から一週間ほどの間、今回の「事象」は・・・などという空疎なことばで「解説」する専門家に唖然としたものです。誰もが釈然としないこんなごまかしのことばを平然と使う専門家、研究者に、人間としての本質的な疑いを抱いたものです。あまつさえ、「まだ誰一人死んだわけでもないのだから、むやみに恐れることはない・・・」などということを堂々とテレビで言い放った原子力専門家もいました。

 「言い放った」というのは私のもの言いです。そのときスタジオのキャスターは、ふんふんとうなずいていたものです。驚いたことにこの専門家はその翌日もちゃんとそのテレビ番組に出演したのでしたが、私は言うべきことばを失いました。

 いま振り返って、「後証文」でエラそうなことを言っているのではありません。
 私の手元のメモ帳には放送や記事を見たり読んだりしながら書き取った、こうした「問題」が、ここに書ききれないほど記されてあります。
 それこそ、こんな「事象」は、実に深刻です!

 また、諸外国のメディアが伝える原発問題と、官邸が発表し、東電が語り、そして安全・保安院なるものが説明する問題のとらえ方との間には本当に天と地ほどの隔たりがあることも忘れてはならないでしょう。

 活字についてはすでにいくつか伝えられていますのでおくとして、外国のテレビニュースの、笑えない「笑い話」を一つ挙げます。
 今回の震災では諸外国から緊急援助、支援でさまざまな物資が届いているのですが、オーストラリア軍と米軍が連携してオーストラリアから物資を運んでいる様子がABC(オーストラリアのABC)のニュースで伝えられました。

 輸送機が着いた先は横田の米軍基地でしたが、地上で荷物を下ろす米軍兵士たちが全員防護服姿である映像を見ながら、本当に「笑わざる」をえませんでした。米国との同盟をなによりも大事にする日本国の民の一人?としては、少なくとも日本政府の官房長官の発表より米軍の対策の方に真実味を感じたことは確かでした。

 これもまた事の賛否はさておくとして、あれだけ日米安保同盟基軸を言ってきた菅政権が、米軍が当初から無人偵察機グローバルホークを原発施設上空に飛ばして映像を撮って日本政府に提供し、問題の深刻さを告げて的確な対処を促がしていたにもかかわらず、米国一辺倒の政権の人々がなぜそれに従わなかったのか、その情報を明らかにしなかったのか、さらには地震発生直後から米国の専門家の調査ティームが日本に駆けつけ詳細な調査を行って「問題はすぐには片づかない」として事態の深刻さと長期化について予測、指摘していたことを政権はなぜ「隠した」のか、不可思議なことばかりです。

 しかし、産-官-学そして政治が形づくる原子力をめぐる既得権益の「深い闇の構図」を考えれば、むべなるかなと言うべきものでした。
 すべてはこうした構図のなかで動いていることを、いま私たちは真剣に見つめ直さなければならないと考えます。

 今回の問題が起きて、私は、偶然、本棚で陽に焼けて黄ばんでしまっていた雑誌(1981年4月号)に載っている菅直人氏と藤本敏夫氏の対談「日常性の変革からの出発」という記事を見つけました。
 いうまでもなく藤本氏はすでに故人です。菅首相にも著作はいろいろあるのでしょうが、寡聞にして私は一冊も知らず、手にしたこともないのですが、この雑誌を手にして、実に複雑な感慨を抱きながら対談での菅直人氏の発言を読みました。

 「それで、多少政治的な話になりますけども、既存の政党が社会の新しい変化というものを一番感じていないですね。マスコミや学者、また主婦なんかのほうがかなり感じているにもかかわらず、政治社会というのが一番、『第三の波』に対する感度が鈍いですね。・・・」と衆議院議員の菅直人氏は発言しています。

 マスコミ、学者がそのとおりなのか、はなはだ疑わしいのですが、少なくとも「政治社会」が世の変化と求めるものに対して感度を失い、「鈍い」ということだけは、今回の震災に対する政権の「対応」を見ても、まことに正しいと言うべきでしょう。

 書き出せばきりがないほど問題、論点がありますが、福島原発の状況については、結局のところ、原子力安全委員会の班目春樹委員長のきのう(28日)の会見での発言がすべてを言い尽くしていると言うべきです。

 「正直、大変な驚き。憂慮している。(土壌や海水の汚染を引き起こす可能性もあるというが)どのような形で処理できるか知識を持ち合わせていない。原子力安全・保安院で指導していただきたい」

 これが原子力委員会と称する日本の原子力問題に責任を持つべき機構の最高責任者のことばです。 
 これを目にして唖然としない人間はいないでしょう。そして事の重大さ、深刻さをあらためて知ることになりました。

 政権が毎日のように参与だとか補佐官だとかあるいは副長官だとかの人事を乱発して、権力欲や大臣病にとりつかれた人々を「身内」にいくら取り込んでも、会議や対策本部を次から次にと作ってみたとて、果たさなければならない責任や被災者から求められるものとはますます乖離していくことに気づかない為政者たちに、一切の幻想を捨てることから、私たちの「復旧」「復興」への営みを始めなければならないと、残念ながらですが、痛切に思います。

 それにしても、前述の米国のいち早い取り組みにとどまらず、原発問題では、メディアが語ろうとしない、あるいは私たちが知っておかなければならないことが山のようにあります。

 長くなりますのでこの稿をここまでにしますが、最後にひとつだけあげれば、このところメディアでは原発の現場の過酷な条件の中で奮闘する東電社員たちという『物語』がまるで美談仕立てのように語られ、書かれるのですが、これまでもそして現在も、危険な「汚れ仕事」はすべて、下請けのまた下請けのそのまた下請けの・・・といった「下請け作業員」に押し付けられているのだという厳然たる事実について、私たちはしっかりと知っておかなければならないと思います。

 記者たちに堀江邦夫氏の「原発ジプシー」は読んだことがあるかと聞くのも無駄かもしれませんが、幾ばくかでもジャーナリストとしての魂があるなら、「睡眠不足の官房長官」をヨイショしたり東電社員を美談仕立てにしたりするヒマがあれば、原発問題についてもう少しだけ真摯に勉強してみるべきだと思います。

 あるいは、勉強する気持ちもなくその必要も感じないのであれば、せめて東京で記者会見に出てあれこれしゃべっている東電の幹部や経営首脳陣に、原子力安全・保安院のエリートたちそして官邸の主や官房長官、さらに、なんとか参与たちやあれこれの大臣たちに、福島の原発現場に行って、被曝の恐怖のなかに身を置いて考え、語ってみろというぐらいのことは言ってみるべきだろうと思います。


posted by 木村知義 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録