(承前)
20日におこなわれた哨戒艦「天安」沈没問題についての「調査報告書」の発表、そして24日の韓国李明博大統領の「国民向け談話」の発表をはさんで、きのう、きょうの済州島での日中韓三か国首脳会談まで、実に慌ただしく過ぎました。
アメリカのクリントン国務長官の来日(21日)、北京での米中「戦略・経済対話」(24〜25日)と訪韓(26日)、そして中国の温家宝首相の訪韓(28日に李明博大統領と会談、30日三か国首脳会談終了後日本へ)に先立ってまず六か国協議の中国首席代表、武大偉朝鮮半島問題特別代表がソウルを訪れて魏聖洛朝鮮半島平和交渉本部長と会談(25日、24日にソウル入りして帰国は日中韓首脳会議終了後)、さらに日本では普天間問題のニュースに隠れてしまってほとんど注目されませんでしたが、外務省の斎木アジア大洋州局長と米国務省のキャンベル国務次官補が25日夜にソウル入りし26日に魏聖洛朝鮮半島平和交渉本部長と「会合」(日米韓の局長級協議)など、米・日・韓・中の動きは本当に片時も目の離せないめまぐるしいものでした。
私が一番知りたい日米韓の「局長級協議」についてはほとんど報じられていないか、皆無なので、何が話し合われたのかわかりませんが、それ以外の「会合」についてはすでに「おおむねのところ」がニュースで伝えられていますので、それらをもとに何を読み取るのかが深く問われるところだと感じます。
そこで、ここまでに書いてきたことをもとに少しばかりの「整理」をしておかなくてはと思います。
まず、昨年12月、米国のボズワース北朝鮮政策担当特別代表の訪朝(12月8日〜10日)による実質的な「米朝協議」から年が明けて、2月、3月にかけて「南北関係」、「米朝関係」にある「動き」が出始めていたということを押さえておかなければなりません。
昨年末の中国の習近平副主席の来日時の「6カ国協議の再開や朝鮮半島の非核化について新しいチャンスを迎えているのではないか。朝鮮半島問題は緊張緩和の兆しが出てきている。」という重要なコメントについてはすでに書いた通りです。
その2月、3月の「動き」をどう解析するのか、限られた情報しかないなかでなかなか難しいのですが、まず一つ目の問題、「南北関係」についてです。
1月28日に李明博大統領が訪問先のスイスで英国BBCのインタビューに「北朝鮮の金正日総書記と年内に会わない理由はない」と述べて、今年中にも南北首脳会談開催が可能との見方を示した(「共同」1月29日)ことから、南北首脳会談についてさまざまな観測がとりざたされるようになっていました。
朝鮮日報が「昨年11月に開城で行った南北首脳会談開催に関する『秘密接触』で、韓国側が会談合意文の冒頭に北朝鮮の『非核化』を明記するよう求めたが北朝鮮側が難色を示し、開催の合意に失敗した」(2月1日)と報じ、韓国の専門家の間では、「今年3、4月ごろにも再開されるとみられる6カ国協議の前後」、あるいは韓国の地方選挙(6月2日)後で1回目の南北首脳会談10周年に当たる「6月15日説」あるいは朝鮮戦争勃発60周年の「6月25日説」などと、南北首脳会談の開催時期についての予測まで飛びかったりしていたというわけです。(「産経」2010.2.1)
李明博大統領の、あるいは李明博政権のスタンスから本当に南北首脳会談にむけて動いていたのかどうか、判断の難しいところです。
ある意味ではディスインフォメーションとしてリークされたものだったかもしれないということも否定できません。
しかし一方では、昨年11月の「秘密接触」の北側の代表が朝鮮労働党統一戦線部の元東淵副部長だと具体名を挙げて報道されたにもかかわらず北側がこれに反論したり言及したりせず「静か」な対応だったことを考えると必ずしも否定できない、もしくは、その可能性は大いにあると考えることもできました。
また、経済大統領を標榜して政権につきながら新自由主義的政策で格差の広がりをはじめとした社会の矛盾、不満の鬱積で、李明博政権への支持がかならずしも高くないことに加え、6月には、次期大統領の有力候補となるかもしれないソウル市長をはじめ各地の首長選挙を含む統一地方選挙をたたかわなければならないこと、さらには与党ハンナラ党内には朴正熙元大統領の長女朴 槿惠女史を支持する勢力との軋轢などをかかえ、政権維持という面で盤石ではなかったことなどから3回目の南北首脳会談という賭けに出ることは十分に考えられることでした。
さらに2月8日には、共同がソウル発で「8日付の韓国紙、朝鮮日報は、李明博大統領と北朝鮮の金正日総書記が互いのメッセージを仲介者を通じて伝達し合い、意思疎通を図っていると伝えた。複数の韓国政府当局者の話として伝えた。同紙によると、仲介者は南北双方が信頼できる人物で、中国や日本などから両首脳の言葉を相手方に連絡している。伝達に必要な時間は24時間以下という。」とまさに「南北首脳会談」へという「流れ」をさらにそれらしく予感させる情報を伝えました。
そんな状況を背景にしながら、2月9日、4日間の訪朝日程を終え帰国する中国共産党の王家瑞・中央対外連絡部長と同じ航空便で、6カ国協議の北朝鮮首席代表、金桂寛外務次官と次席代表の李根外務省米州局長が北京入りします。
この金桂寛外務次官らの北京入りを伝える共同電で、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が王家瑞中国共産党中連部長と会った席で、
「朝鮮半島非核化を実現しようとする北朝鮮の意志を重ねて示し、6カ国協議再開を望む関連当事国の真剣な姿勢が非常に重要だと述べた。」
という文言とともに「北京の外交筋の間では、金次官の訪中を機に中朝が6カ国協議再開と関連した協議を行うとの見方が出ている。また一部では、金次官が北京から米国を訪問する可能性も提起されている。」というくだりがあることに、エッと思ったのでした。
「金次官が北京から米国を訪問する可能性も」というのです。
これが一体何を意味するものなのか、前後のニュースや動きを洗い直しながら考えることになりました。
ここからは一つ目の「南北関係」に加えて、もうひとつの問題、6カ国協議への「復帰」問題、つまり米朝協議が焦点になってきます。
ところが、結局のところ、金次官は13日、北京国際空港で記者団に対して「後でまたお会いしましょう」というナゾのような言葉を残して帰国してしまうのでした。
しかし!です、この前日、12日に韓国の聯合通信が「北朝鮮の6カ国協議首席代表、金桂寛外務次官が3月に訪米する見通しで、米朝対話が行われる可能性もある」と報じていたのです。
このあと、米国務省のクローリー次官補が2月22日の会見で、ボズワース北朝鮮政策担当特別代表とソン・キム6カ国協議担当大使ら米代表団が23日から、北京、ソウル、東京を歴訪すると発表します。
「最近の中朝間の要人往来を踏まえ、6カ国協議再開に向けて中韓日の各当局者と対応を協議する。」とされました。
同時に6カ国協議韓国首席代表の魏聖洛外交通商部朝鮮半島平和交渉本部長が、「韓中協議を希望していたところ、ちょうど中国側から招請する連絡があった」として23日から2日間中国を訪問します。
そして、中国から韓国に入ったボズワース北朝鮮政策担当特別代表は25 日、ソウルで 魏聖洛朝鮮半島平和交渉本部長らと意見交換した結果、「米韓両国は制裁解除を求める北朝鮮に対して譲歩しない方針で一致した。」ということになりました。
「韓国政府当局者などによれば、北朝鮮は中国との協議で米朝協議を進めたい考えを示したが、6者協議への復帰には制裁解除が必要との主張を変えなかった。中国は北朝鮮の要求には応じず、今週北京で行われた中韓協議でも、韓国側の歩み寄りを求めなかったという。」(「朝日」2月25日)というのです。
しかし、海をこえた米本国では、26日、クリントン国務長官が 6カ国協議の再開について、「進展に向けた複数の兆しがあることに勇気づけられている」と述べるのです。
加えて、「国務省高官は記者団に対し、昨年11月末に実施された通貨ウォンのデノミネーション(通貨の呼称単位の変更)などの一連の改革で、北朝鮮経済が『大惨事に見舞われている』と指摘。『北朝鮮は国際的な支援が必要になる見通しで、(協議再開の)好機になる。状況は、北朝鮮が協議復帰を決断する方向に向かっている。』と述べた。また、クローリー次官補は 26 日の会見で、協議再開は『今後数週間か数カ月以内の可能性がある』との見方を示し、関係国間で『北朝鮮が(協議再開に)イエスと言うように促す道筋をどう作るか協議している』と説明した。」(「朝日」2月27日)と伝えられました。
実に頭の中が混乱するようなジグザグな経緯をたどるのでしたが、28日の朝日新聞はソウル発で注目すべきニュースを伝えました。
【ソウル = 牧野愛博】訪米中の韓国政府高官は27日、北朝鮮の核問題をめぐる6者協議について「最近の情勢をみると、早期に協議が再開される可能性がある。時期で言えば、3月から 4月ごろと言えるのではないか。」と韓国記者団に語った。聯合ニュースなど韓国メディアが伝えた。同高官はまた、北朝鮮が望む米朝協議について「確実に6者協議につながることが必要だ。米国は、北がいつ6者に応じるかという保証を望んでいる。」と説明し、「中国もある程度、了解している」と語った。米朝協議の場所については、北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が訪米する機会になるのか、それとは別に北京で行うのか「まだ決まっていない」と述べた。北朝鮮はこれまで6者協議について、朝鮮戦争を正式に終結させるための平和協定をめぐる協議を優先させるべきだとも主張してきた。この協議の開始時期について、韓国政府は「非核化の進展後」としており、同高官も「(最後に6者協議が開かれた)2008年12月の状態よりも更に進んだ措置が必要だ」との見解を示した。6者協議の再開をめぐっては、クリントン米国務長官も26日に「進展に向けた複数の兆しがあることに勇気づけられている」と述べている。
前後の脈絡もなく突然出てくる「米朝協議の場所については、北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が訪米する機会になるのか」というくだりには、またもやエッと思わされました。
前回、韓国の哨戒艦「天安」の沈没をめぐって、発生当初をふりかえると、韓国の一部のメディアには「北朝鮮の関与」という論調で走る傾向がなかったわけではないが、青瓦台と政府、韓国軍当局そして在韓米軍司令部もそれにブレーキをかけて慎重になる、もしくは北朝鮮の関与を否定するという態度をとっていたのが、どこから「反転」していくことになるのかという問題意識で・・・と書きました。
そして、そのためには、記憶を3月中旬から4月に戻す必要があると書いたのでした。
その4月の「反転」のポイントについて考えるために、そこに至る経過について、さかのぼって復習してみたのです。
さて、このあたりでまとめなければなりません。
ここから見えてくることは何か、どのような「仮説」が成立するのか、です。
私は、少なくとも実現性がどうだったかはわかりませんが、韓国の李明博大統領のサイドが「南北首脳会談」を模索したことは確かだったのだろうと考えます。
そして、あるいは・・・というところまで行ったのかもしれません。
しかし「○○をするならば、××をしてやる」「△△しなければ□□をしてやらない」という、例の李大統領の「グランドバーゲン」方式の思考では北の受け入れるところにはならないことは自明です。
そこへ、南北の動きを察知した米国が、何を考えているのだと一喝したかどうかはわかりませんが、いまここで「南北首脳会談」などを考えている場合ではないだろう!問題は核問題であり北の「やりたい放題」を封じることではないか!!として、議長国としての沽券もかかる中国と「協働」して北朝鮮の六カ国協議への「復帰」への道筋を優先させるべく「動いた」としても不思議ではないと考えるのです。
ということは必然的に「米朝協議」がテーブルに上るということです。
中国が、北へは援助、支援の大幅なてこ入れで、米国に対してはまさに「ステークホルダー」として朝鮮半島問題を制御する論理で、両者をテーブルに着かせる方策、《米朝両者会談→予備6カ国協議→6カ国協議本会談》の「3段階案」を北朝鮮、米国双方に示して事態が動き始めたというのが、まさに「天安」沈没事件が起きる「前夜」の風景だったということではないかと考えるのです。
そして、前回書いた、4月2日のキャンベル国務次官補の訪韓となります。
この訪韓については、日本のメディアはほとんど注目しませんでしたし、伝えたところも「ベタ記事」扱いだったことはすでに書きました。
しかしこのあと、4月28日になって、共同がソウル発で聯合通信を引いて、
「韓国政府筋は28日、韓国海軍哨戒艦沈没への北朝鮮関与説が強まる中、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議再開に向けた米朝協議実施は当面、難しいとの立場を米国が韓国に伝えてきたと明らかにした。今月初めに訪韓したキャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)が米政府の検討結果として韓国側に説明。米国はこうした立場を中国にも伝え、中国も理解を示した。同筋は、6カ国協議再開まで少なくとも『数カ月はかかる』との見方を示したという。6カ国協議再開問題をめぐっては、韓国の柳明桓外交通商相が20日に、原因究明が協議再開より優先されるとし、北朝鮮関与が判明した場合、協議再開は当分難しいとの考えを示している。」
と伝えました。
こうして、重要な「転回点」(のひとつ)がここでいう「今月初め」、つまり4月2日のキャンベル国務次官補の韓国訪問にあったことが見えてきたというわけです。
また、朝鮮日報は4月19日、
「西海(黄海)で哨戒艦「天安」が沈没したことと関連して、今月初めに米国家情報局 (DNI) のシルビア・コープランド北朝鮮担当官が極秘で来韓していたことが18 日に分かった。」と報じて、
「コープランド担当官はソウルで韓国の情報機関幹部らと会い、天安沈没を前後した時期の北朝鮮の動きについて情報を交換し、対策を話し合ったという。この席でコープランド担当官は、天安沈没が北朝鮮による仕業である可能性に特に重点を置き、関連する情報を集中的に分析したという。」
「(コープランド担当官は)天安の事故以降、韓国の情報機関と緊密な協力を行うため派遣された。この機会に、北朝鮮に関する韓国と米国の情報共有の仕組みについても改めてチェックしたようだ。コープランド担当官は来韓を前後して、日本や周辺国も訪問している。」
と注目すべき情報を報じました。
もうひとつ重要な「動き」を拾っておくと、
「韓国政府は、朝鮮半島有事の際の韓国軍の作戦統制(指揮)権について、2012年4月とした米軍からの移管時期を延期するよう、米国側に求めていく方針を固めた。複数の韓国政府関係筋が明らかにした。米軍のトランスフォーメーション(変革)に影響が出るため、公式な要請時期は慎重に検討して決める。12年4月の移管時期は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前政権時の07年2月に決まったが、李明博(イ・ミョンバク)政権を支持する保守層から『韓米同盟の弱体化を招く』として不満が出ていた。経済不振や金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康問題から北朝鮮情勢が不安定になる中、3月末に韓国哨戒艦が沈没し、安全保障に対する国民の不安が噴出。移管時期の延期はやむを得ないとの判断に至ったという。」(「朝日4月23日」)
そして、普天間移設問題の「迷走」です。
なによりも、「天安」沈没問題によって「昨今の朝鮮半島情勢」が「脅威の存在と抑止力の必要性」を示していると教えられ、日米安保の「危機」をのりこえることができた??というわけです。
さて、こうした「舞台」と「構図」のなかにそれぞれの「役者」を配置して、では誰が利益を得て、誰がそれを快く思わないのか、それが問題だ!ということになります。
私は、このブログでも書いたように、3月にソウルに出かけて大先達のジャーナリストに会う機会を得た際、
「政権が一部を除いてメディアを完全に掌握し、国民に本当に必要な事を伝えなくなり、政権のあらゆるところに旧勢力が蘇ってきてしまった。情報機関も、金大中政権、盧武鉉政権で民主化、改編、改革されたというが実のところは何も変わっていなかった。政権を自由に批判することもできなくなる、息の詰まるような時代が戻ってきつつある・・・」と苦渋に満ちた低い声で語ったことを、いまさらながら思い起こすのでした。
このブログの読者のみなさんがお気づきになったかどうかはわかりませんが、24日午前、李大統領が戦争記念館から国民に向けて「談話」を発表したのとまさに時を同じくしてというべきか、その前日、韓国の情報機関、国家情報院とソウル地検・中東地検公安1部が、ソウル地下鉄1〜4号線の危機対応マニュアルなどの内部情報を抜き取って北朝鮮に報告した容疑(国家保安法違反)で、北朝鮮・国家安全保衛部所属の女性工作員(36)と、元ソウルメトロ課長級幹部(52)を拘束したことを明らかにしたというニュースが報じられました。
久しぶりに聞く「国家保安法違反」でした。そして、こんな身近なところ?!に北朝鮮の国家安全保衛部所属の「スパイ」がいたというわけです。
久しく忘れていたことですが、以前、韓国に出かけて地下鉄に乗っても、バスに乗っても「間諜、怪しい人物を見つけたら申告するように」という告知が掲げられていたことを思い出しました。
この「女スパイ事件」がどのようなものなのかわかりませんが、なにか暗い時代の再来を予感させるものがあります。
さてそこで、もう一つ、今回の沈没が北朝鮮の魚雷による攻撃で引き起こされたという、軍民共同調査の結果の発表について、いま韓国でどのような「疑問」が提出されているのかという問題の整理も必要になってきます。
(つづく)