2010年05月05日

金正日総書記訪中、普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(7)


(承前)
 「戦略なき釈明の旅」(「毎日」)というレベルをこえて、ただただ唖然とする、ということばはこういう時のためにあるのかと思う鳩山首相の沖縄訪問でした。
 
 きのう、きょうと、各メディアで伝えられていることですから付け加えるべきことは少ないのですが、けさの新聞6紙のうち「“1周遅れ”気づいた現実」(「産経」)と「海兵隊の抑止力理解が『浅かった』」(「毎日」)という一面の見出しが、スタンスに幾分かの違いこそあれ、事態の本質を象徴的に表していると感じました。

 同時に「首相は在日米軍の役割を明確に説け」(「日経」社説)という論説、主張があらためて前面に出てくるようになったといえます。しかし検証されるべきは「場当たり連発『5月決着』絶望的」(「読売」)という点ではなく、「目算なき理想論 限界」(「東京」)ということをめぐってだろうと思います。

 何度も書いてきていることですが、突き詰めれば、問題は「抑止力」というとき、その前提に想定される「脅威」とは何なのかということでしょう。ここで問題にされる「脅威」とは何を指しているのか、本当に「脅威」を所与の前提とする思考でいいのか、これこそが厳しく問われなければならないのです。

 この間のコラムのテーマ設定を「普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ」としてきている問題意識はここにあるからです。そして金正日総書記の中国訪問がここにかかわって重要なファクターとなっているという認識なのです。

 この連関を、あるいは連環をきちんと認識しなければ起きていることの実体、実相がつかめず、事の本質が見えてこないというべきです。

 ですから、事によっては「次は・・・」という声も出ているといわれる仙石由人国家戦略相の言うような「(普天間問題が)片づかないからと言って政治責任を取らなければならない、そんなせせこましい話ではない」(「朝日」ハノイ発)などというのは言語道断というべきです。
 紙面には載っていませんが、仙石大臣はきのうハノイで「ちょっともつれた糸になっているようですけども。大きいといえば大きい、小さいといえば小さいというか、首相の描く21世紀のアジア、その中における日本のポジションということから考えていけば、この問題はおのずから解決できると思います」などと実にノーテンキなことを言っています。
 「大きいといえば大きい、小さいといえば小さい」とは聞き捨てならないことばだと、私は思うのですが、けさの新聞にはないので、記者たちは大したことだとは思わなかったのでしょう。
 四月の初め隅田川に浮かぶ屋形船で「番記者や官僚に囲まれて喜色満面」で「女性記者にぴったり寄り添ってカラオケで『銀座の恋の物語』をデュエット」(『選択』2010.5)したという仙石大臣。本当にこういう「感覚」の人が「ポスト鳩山」なのでしょうか。お寒いばかりの日本の政治状況です。

 なお、鳩山首相の沖縄訪問の陰に隠れてしまっているのですが、私は、きのうひらかれた普天間基地移設問題を巡る日米の「実務者協議」の重要性にもっと注目すべきだと考えます。
 日本側は外務省の冨田浩司北米局参事官と防衛省の黒江哲郎防衛政策局次長ら、米側からは国務省のドノバン筆頭次官補代理や国防総省のシファー次官補代理らという顔ぶれですが、きのうの5時間にわたる「協議」の内容がどのようなものなのか、メディアはきちんと取材して報じるべきだと思います。

 このメンバーは、4月22日にワシントンで同じ顔ぶれで、日米安保条約改定50年に合わせた「同盟深化に向けた実務者協議」を行っています。日米の「実務者」間ではすでに、「普天間問題」をどう処理するのかについて、ある「決着」をみているのではないか、そんな疑念が頭をもたげます。

 さて、「脅威の実体」が北朝鮮の存在であり中国の軍拡、なかんずく北朝鮮の核であるという認識で日米の防衛当局者の議論が重ねられたことはすでに書きました。であるがゆえにそこをこそ深く検証してみなければならないという問題意識で書き継いできていることも申し述べました。

 したがって、あくまでも最低限の指標を挙げるとしてですが、再々度掲げるならば、
 普天間−ワシントン核サミット−黄ジャンヨプ訪米、来日−金正日総書記訪中問題−天安沈没「事故」−韓国6月地方選挙−中国海軍演習−中井拉致担当相訪韓−金賢姫来日問題−小沢幹事長と検察審査会−上海万博開幕、そしてキャンベル国務次官補来日と日米同盟の今後、さらには東アジア共同体構想・・・
 という「環」の連なりのなかで物事を深く考えてみなければならないという問題意識でいるのです。

 そのなかに位置付けた場合、金正日総書記の訪中が極めて重要な位置を占めることになります。
 「最終幕の緞帳が上がるのかどうか」というもの言いもしました。

 くどいようですが、多くのメディで蔓延し始めている「覗き見主義」で金正日総書記の訪中に注目しているのではありません。でなければ「固唾をのんで注目している」などとは書きません。
 
 もっとも「覗き見主義」にも涙ぐましいところがあって、きのう金正日総書記が大連郊外の経済技術開発区の視察に向かった折、あるテレビ局で、大連駅から開発区を通って金石灘までを結ぶ「快速軌道電車」と思われる電車のなかから、並行して走る一行の車列を撮っている映像が放送されるのを見て、たしかこの電車は20分おきぐらいの間隔だったと記憶していたのですが、よくぞタイミングを合わせたものだと感心するとともに、イヤハヤこりゃ大変だわい・・・と取材カメラマンに同情したものです。

 こんな意表を突くような「スクープ映像」??に出会うこともありますが、論調はといえば押しなべて横並びで、それぞれ別会社、別の記者が取材しているのにどうしてこんなに同じ論調ばかりになるのだろうかと不思議でなりません。

 その最たるものが、韓国の哨戒艦「天安」沈没事故と今回の訪中のタイミングについてのとらえ方です。

 「中国にとっては、北朝鮮の経済破綻を防いで体制を維持することは国益にかなう。韓国海軍の哨戒艦沈没で、北朝鮮関与が明白になり、訪中を受け入れにくくなる前にその実現を急いだ」といったものです。

 この「横並び」はどこから生じているのか、それをぜひ知りたいと思うのは私だけでしょうか。あるいはどこかで、誰かが、こうした「同じような論調」になるようにリードしているのでしょうか・・・。この「横並び」は大いに気になるところです。

 ひとつひとつの「できごと」をまさにひとつ、ひとつではなく「どういう連なりにあるのか」それを的確かつ正確にとらえていく、真のパースペクティブ(遠近法)を欠くと事の実体と本質を見失うことになると、これは繰り返しですが強調しておく必要があると感じます。

 さて、そんななかで、なぜ大連なのかということについても、北朝鮮北東部の都市羅先と大連を港湾というつながりで位置付ける分析がおおむねの論調となっていますが、私は、それは否定できないが「微妙な問題」もはらんでいると書きました。

 北朝鮮は「北東部の羅津港の開発にあたって大連をモデルとするためだったようだ」「専門家によると、北朝鮮は北東の中朝国境近くに港湾開発を計画している。そのために中国の港湾都市・大連との連携を模索しているという。」というのですが、ここでいう「連携」とはどういうものなのか、この「専門家」にぜひ聞いてみたいものだと思います。

 東北三省と大連、そして北朝鮮の羅先、この関係をどう位置づけるのかは日本の北東アジア戦略にとっても重要なファクターとしてあります。これほど単純に言うことが出来る問題ではないことを、まさかこの「専門家」が知らないはずはないと思うのですが。

 あるいは取材者がそれを知らないためにこの「専門家」から体よくあしらわれたということなのでしょうか。

 そんななかで、けさの「朝日」は国際面で「国境の中州開発提案も」「金総書記、中国資本を切望」として、今回の大連視察で「羅先開発の意志を示し、外資を誘う考え」とし、「今年1月、国家開発銀行の設立を決定。外資誘致を担当する朝鮮大豊国際投資グループが100億ドル(約9400億円)規模の誘致計画を立て、主に中国企業を対象に誘致を進めている。」としています。もちろん「中朝首脳が新たな開発協力に合意しても、実際に投資が進むかどうかは不透明」としながらですが、通り一遍の「横並び」記事にうんざりしていたところに、ようやく、なんとか読むべき記事が出てきたという感じです。

 ところで金正日総書記は直接北京へ、ではなく、天津を経由して北京に向かうということです。これを書いている時点(午後2時)では報道されていませんので断定はできませんが、天津から北京までは、北京五輪にあわせて開通した、最高速度350キロで突っ走る高速鉄道に乗ることも考えられます。天津を発車すればジャスト30分で国際空港のような北京南駅に到着します。そこからは釣魚台迎賓館もそれほど遠くはありません。

 一方、金正日総書記の訪中についての各国の反響ですが、韓国のメディアの中には「韓国政府が4日、哨戒艦『天安』の沈没が北朝鮮の仕業である可能性が大きい状況で、李明博大統領の訪中(先月30日−今月1日)直後に金正日総書記を迎え入れた中国政府に対し、懸念と抗議のメッセージを重ねて伝えたことが分かった。」と伝えたのをはじめ、「中国政府が北朝鮮の金正日総書記の訪中3日前に開かれた韓中首脳会談で、李明博大統領に金総書記の日程を知らせなかったことをめぐって、国内で不満の声が出ている・・・」といささか「八つ当たり状態」のものもあります。
 今回の金正日総書記の訪中問題を分析するうえで見落とせない要素だと思います。

 と、ここまで書いてきたところに、「台湾の銀行、債務返済求め北・朝鮮貿易銀行を提訴」というニュースが入ってきました。

 韓国の聯合ニュースが伝えたものですが、詳報を見てみると
 「台湾の兆豊国際商業銀行(MICB)は、2001年に朝鮮貿易銀行が借りた500万ドル(約4億7354万円)相当の元金と利子などの返済を求め、1月14日にニューヨーク州南部連邦地方裁判所に訴訟を提起した。これを受け、裁判所は先月15日に原告のMICBと被告の朝鮮貿易銀行に対し、今月7日までに訴訟状況の要約書と訴訟の進行計画書を提出すること、17日に裁判所に出頭することを命じる文書を発送した。聯合ニュースが4日に入手したMICBの訴状によると、朝鮮貿易銀行は2001年8月25日に総額500万ドルをMICBから借り入れ、2004年9月15日までに、元金と利子を3回に分けニューヨークのMICB口座に返済することを約束した。しかし、朝鮮貿易銀行はこれをまったく返済せず、MICBの督促が相次ぐと、2008年12月に利子10万ドル、翌年1月に利子6万2000ドル、2月に元金10万ドル、4月と5月にそれぞれ元金10万ドルと、合計46万2000ドルを返済した。それ以降は返済をしていないという。これを受け、MICBは残りの元金470万ドル、返済期限日までの利子と延滞利子約178万4300ドルの総額約650万ドルについて、返済を求める訴訟を提起するに至った。 」
 というものです。

「事態」はいよいよ台湾をもまきこんで「同時進行」しているというべきでしょう。
 
 専門家のそしてジャーナリストの真価、存在意義が深く問われます。
(つづく)
 
posted by 木村知義 at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録