2010年05月04日

金正日総書記訪中! 普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(6)

(承前)
  きのうは夕刊がないため、終日、とりわけ夕方から深夜までテレビニュースに注目して過ごすことになりました。
 
 これまでの、金正日総書記訪中時のルートとされてきた瀋陽経由、列車で北京へということではなく、丹東で一度車に乗り換えて大連への高速道路を走るということになりました。

 この高速道路は昨年夏、私も丹東から大連まで車で走り抜けたことがあるので、車列が行く様を思い浮かべながら、朝から昼にかけてのニュースを見続けました。

 ところで、なぜ大連なのか、もうすでにいくつかのメディアで指摘されているように、今年1月4日に特別市にすることが発表されるとともに金正日総書記が訪問して、ふたたびというべきか、注目を集めるようになった北東部の都市、羅先市の開発計画や投資問題との関連が考えられるのでしょうが、それは当然の「想定範囲」として、そこにとどまるのか、もう少し時間をかけて慎重に分析してみなければならないのではないかと感じます。

 羅先市(かつては羅津:ラジン、先鋒:ソンボン)の「開発」問題は、国連開発計画・UNDP主導の豆満江(図們江)流域開発構想に位置付ける形で1991年にいわゆる「経済特区」に指定されながら、実質的には海外からの投資や開発が進まなかったという経緯をたどっています。

 それが昨年、中国サイドで、長春、吉林、図們を一体として開発、振興をめざす「長春・吉林・図們開放先導地域」(長吉図開放先導地域)構想が国家プロジェクトとして正式に批准されたことに連動する形で羅先市の特別市指定に至ったと理解するのが自然だと言えます。

 すると、港湾都市、羅先の開発という問題は大連と通底するものがありながら、一方では、中国の東北三省の「出口」として大連とどう「すみ分ける」のかという微妙な問題もはらんでいると言えるでしょう。

 そうした視野で、さらに深い分析が必要になるのではないかと、これは初歩的な「感慨」ですが、感じます。

 もちろん、同じ港湾都市として、港の整備、運用状況を視察して参考にするということは当然のことでしょうからそういう観測を否定するものではありません。

 しかし同時に、この羅先市の特別市指定と前後して、国防委員会の決定で設立が決まった国家開発銀行とそれへの投資誘致などを担当する対外経済協力機関、大豊国際投資グループとのかかわりで、もう少し考察、分析を深めてみる必要があるのではないかと、まさに初歩的な「感慨」ですが、感じます。

 この大豊国際投資グループの実質的なキィーマンである朴哲洙氏(中国国籍の朝鮮族といわれる)のプロフィルがもうひとつわからないので何とも言えませんが、このあたりの「目配り」も忘れてはならないのではないかと感じます。
(朴 哲洙氏は、1959年生まれ、中国延辺大学を卒業した後、北京対外経済貿易大学で修士取得とされています。)
 
 さて、大連の中心部にある富麗華大酒店(フラマホテル)に一泊した金正日総書記一行が北京に入ってから、胡錦濤主席をはじめ中国側首脳との会談に臨み、戦略的かつ一層実質的な「駆け引き」がはじまるのだろうと思いますので、きょう以降の「動き」から一層目が離せません。

 これまた「余談」の類ですが、ニュースに登場した朝鮮半島問題の「専門家」の解説を聴いていて、中には「オイオイそんなことでいいの!」と思わざるをえないものもいくつかありました。

 例を挙げると、まず一つは、今回の金正日総書記の訪中は「隠密にやりたいという北朝鮮の意向があって、世界中が上海に目を奪われている最中に、不意をついたように入った・・・」という珍妙な解説?があって驚きました。

 丹東の「中朝友誼橋」周辺、特に橋を目の下に望む中聯ホテルの宿泊客を移動させたり、周辺の警備体制を目に見える形で強化したり、あるいは丹東駅への立ち入りを制限したり、さらには大連の富麗華大酒店にあんな白い幕を張って、どこが「世界中が上海に目を奪われている最中に、不意を突いたように・・・」なのか、とまあこれは「お笑い」のような次元ですが、こんな専門家に解説をしてもらう方が不安になります。

 中聯ホテル周辺の警戒について言えば、映像から推測すると、フジテレビが鴨緑江を渡ってくる特別列車を友誼橋に向かって左の、河岸の「公園」あたりから捉えていたことを考えると、中国の公安はあえてこのあたりは「目こぼし」していたのかとも感じます。

 またTBSは橋の右側あたりで、そこは道路がカーブして友誼橋と並行する「断橋」(朝鮮戦争当時米軍の爆撃で破壊されたものを保存している橋で観光客に公開されている)の入り口につながるところですが、車で移動しながら撮影していたようなので、そちら側は規制が厳しかったのかもしれません。

 あくまでも放映された映像からカメラ位置を推測したかぎりではという限定つきですが、厳しい警戒といいながら、特別列車が渡ってくることを前提に、それなりに取材もさせるように「仕組まれていた」のではないかと感じさせるものではありました。

 もっとも特別列車が渡ってくる映像を撮っていない局もあって、そのあたりの事情は確認できていませんから、あくまでも映像からの推測であることを重ねてお断りしておきます。
 
 もうひとつ、専門家ならばここはもっと深く読むべきだろう!と思った解説は、なぜ今の時期の訪中かという問いに、要旨ですが、「近く韓国の哨戒艦『天安』の沈没事故についての調査結果が出るが、恐らく、北朝鮮の関与があったと証明される可能性が高い。事件の行方によっては韓国は国連安保理会に提起する。制裁という方向にいかないようにするには中国の役割は大きいので、事前に中国と詰めておく必要があったからだ・・・」という解説がなされたのでした。
 
 まさにこの「『天安』沈没事故」こそ、いま、深い分析を求められる重要な「問題」をはらんでいるというべきでしょう。
 もちろん韓国内の「主要メディア」(すべてのメディアではありませんが発行部数と歴史を誇るメディアを中心に)では北朝鮮の仕業であるとする断定的な論調になってきていますが、そういうときこそ朝鮮半島問題の専門家の鼎の軽重が問われるのだと、私は、思います。

 ところで、きのう朝から時系列でニュースを追っているうち、韓国の情報筋が、時間の流れに沿って、いかに早くかつ正確に金正日総書記の行動や旅のルートを把握するものかと痛感しました。

 ことばでは言い難い正確さで北の動きや情報をつかんでいることに、あらためて同じ民族同士であることの「絆」の強さを感じるとともに、水面下に息づく(であろう)南北の「つながり」にいささか「複雑」な感慨も抱きました。

 さて、一行がきょう中に北京入りするのかどうかはわかりませんが、南北関係に視線が及んだのを機会に、金正日総書記一行が北京に入るまでの時間を活用して、少しばかり南北関係の現況を見据えて考えておきたいと思います。

 といっても、これまで書き継いできている一連の問題意識の「流れ」とのかかわりで、最近読んで考えさせられた「論説」について少しふれるという形で述べておきたいと思います。
 私自身の「思い」について言えば、「天安」問題をはじめ韓国の李明博政権の対北政策や韓国内の状況について考えるところが山のようにあって、金正日総書記訪中という、目の離せない「動き」のある現時点では、それらをすべて書き継いでいく(時間的)余裕がありません。

 さてそこで、その「論説」とは、「News Week」誌に掲載された英国のジャーナリスト、エイダン・フォスターカーター氏の「韓国は『北方政策』を復活させよ」(原題は「Losing the North」News Week4月26日号 日本版は4月28日号に掲載)です。

 「一見すると韓同は好調だ。先進諸国が財政赤字と不況に苦しむなか、経済は今年5%成長すると予想されている。輸出額も昨年、イギリスを抜いて世界第9位になった。今年11月にはソウルで20か国・地域(G20)首脳会議が開催される。韓国が世界の強国と認められた証しと言っていい 。」にはじまるこの記事の中で、エイダン・フォスターカーター氏は「韓国政府が今、緊急に取り組まなければならないのは新たな『北方政策』だ」と主張しています。

 「韓国は07年、北朝鮮と造船や採鉱(北朝鮮には豊富な天然資源がある)を含む幅広い分野で共同事業を行うことに合意した。だが数週間後に大統領に就任した李は、すべてを捨ててアメリカの強硬派 と歩調を合わせた。本気で核を諦めなければ、何の見返りも期待で きない。―それが新しいメッセ一 ジだった。」

「北朝鮮との協力関係を終わらせるということは、韓国政府が今も自国の領土だと主張する半島の北半分への影響力を諦め、この土地を中国に譲り渡すということだ。 この幸運に中国はさぞ笑いが止まらないことだろう。中国企業は北朝鮮のインフラや鉱山に対して、韓国からの競争相手がまったくない状態で投資している。韓国の保守派はこれにいら立ち、このままでは北朝鮮は満州(中国東北部)の4番目の省になってしまうと不満を漏らしている。だがその責任は彼ら自身にある。韓国は1兆ドル規模の経済を持つのに、政府内の近視眼的な保守派は北の飢えた同胞にわずかな米を送ることすら批判する。太陽政策に掛かったカネはごくわずか。これで緩やかな再統一が実現できるなら、崩壊した旧東ドイツを抱え込んだ当時の西ドイツよりずっと安上がりだ。」(原文のママ)
 として李明博大統領は、盧泰愚大統領の「北方政策」と盧大統領が参考にした旧西ドイツの「東方外交」に学ぶべきだと述べています。

 続けて、
 「その第1の教訓は、国家とその指導者は短期間で成果を求めてはならないということ。太陽政策の効果は一朝一タには挙がらない。東万外交も、東ドイツを軟化させて崩壊を実現させるまで20年かかった。気に入らない政権に援助するのはしゃくに障る。だがそのおかげで東ドイツは援助頼みの体質に変わり、体制の腐食が進んだ。
 第2の教訓は、イデオロギ一や同義的(ママ、道義的の誤植か)な正しさがすべてではないということ。72年、リチヤード・ニクソン米大統領は、大量虐殺者と見なしていた中国の毛沢東の元を訪問して彼と抱擁した。そして時がたち、中国は変わった。」
 と書いています。

 言うまでもないことですが、ここに書かれていることのすべてに私が同感だということではありません。それを前提にして、しかし、いまの韓国の李明博政権に対してまさに「寸鉄人を刺す」論説だというべきでしょう。

 引用が長くなって恐縮ですが、なによりも論旨を損なわずに、ということを考えて、フォスターカーター氏の論説の最後のパートを引きます。

 「バラク・オバマ米大統領が同じように金正日と抱き合うことはないだろう。昨年の北朝鮮の核や、ミサイル実験は、米政府の友好姿勢に対する無礼な振る舞いだった。4月12、13日にワシントンで開催された核安全保障サミットで、北朝鮮はこれまでになく孤立させられた。だがアメリ力が強硬路線を続ければ、脆弱で危険な政権の暴発を招く危険がある。
 68歳になった金正日の健康状態は不安定で、北朝鮮はデリケートな後継問題に直面している。昨年のデノミネーション(通貨単位の切り下げ)の失敗で、経済の落ち込みも加速してしまった。
 韓国政府が北朝鮮に対する将来的な発言権を確保したいなら、李は我慢して北朝鮮との対話を再開しなければならない。1月にダボスで開かれた世界経済フォ一ラムで、李は金正日と前提条件なしでいつでも会うつもりだと語った。
 障害はあるだろうが、それこそ李がすべきことだ。そうでなければ彼はG20の議長としてではなく、北朝鮮を失った大統領として歴史に名を残すことになるだろう。」

 金正日総書記の訪中を見つめる「韓国の目」がどのようなものであるのか、それもまた朝鮮半島問題の専門家が解析、分析そしてなによりも思考を深めるべき問題としてあるのだと、これはフォスターカーター氏の論説を読んだ、朝鮮半島問題の「素人」の、私の、感慨です。
 
 金正日総書記一行の「動き」に目を凝らしながら、さらに考えてみたいと思います。
(つづく)



posted by 木村知義 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録