2010年05月31日

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(13)

 (承前)
 日中韓三国首脳会談に臨む鳩山首相が、政府専用機から幸夫人と手をつなぎながらタラップを降りる姿をニュースで見ながら、「韓流ファン」と伝えられる幸夫人を同行したのは夫妻での外遊はこれが最後という思いからなのだろうかといらぬことを考えたりしました。

 週明けの各紙朝刊は鳩山政権への支持(率)の一層の下落を伝えるとともに、社民党の連立離脱の記事をはじめ紙面のどこかに「退陣」の二文字の活字が見受けられる「危機的状況」になりました。

 とはいうものの、普天間問題と「天安」沈没事件にかかわって「昨今の朝鮮半島情勢」と「脅威と抑止力」論については深く検証されることはなく、各紙とも中国が必ずしも日韓と同じ立場に立たなかったことを取り上げて「日本は中国説得強めよ」あるいは「『北』に高をくくらせるな」といった社説を掲げています。

 朝鮮半島の平和と安定というとき、何をもって平和であり安定だと考えるのか、メディアが、そして私たちが深く問われると思います。

 ところで、鳩山首相はソウルの空軍基地からヘリコプターで大田の国立墓地「顕忠院」に立ち寄って「天安」沈没犠牲者の墓に詣でて済州島に向かいました。

 また首脳会議冒頭に「天安」沈没犠牲者への黙とうを提案するなど際立った「存在感」を示しました。

 ただし「予想以上の支援だが何か理由があるのか」と韓国政府関係者は、「鳩山首相の韓国への強い支持を歓迎しつつ、戸惑いも見せる。」(「朝日」5月31日)ということだったというのですから、鳩山首相の「善意」もそのまま素直に伝わったとはいえないようです。

 首脳会議は、「天安」沈没事件について「3カ国首脳は域内の平和と安定を維持するために協議を続け、適切に対処していく」とした共同報道文を発表し閉幕、中国の温家宝首相はその足で日本を訪問しています。

「域内の平和と安定を維持する」という文言の重みと含意を的確にとらえることが必要だと、いまさらながら痛感します。

 さて、朝鮮半島に緊張緩和の兆しが見えていた、はずの今年年明けから3月までの「動き」をトレースしながら、3月26日の「天安」沈没、そして「北朝鮮の仕業」に至る推移を吟味し、そこから何が見えてくるのかを考えてきました。

 すでにお分かりのように、これらの作業はすべて「公開情報」にもとづいて、それらを読み込み、個別の情報の背後に流れる「つながり」(連関)を解析していくことで背後に隠された事態の「構造」をとらえてみようという試みでした。

 したがって、誰も知らない「極秘情報」を、私が、知ってます!といった性格のものではなく、誰もが見ているもの、誰の眼にも見えている事柄の向こうに何を見るのかという営みにほかなりません。

 そうした立場と方法でメディを読み解き、それを通して世界を、この場合は朝鮮半島をはじめとする北東アジア情勢を、そして東アジアとのかかわりで米国を読み解き、見据えていこうというものです。
 きのうまでの2回のポイントを再度まとめておくと、昨年末のボズワース北朝鮮政策担当特別代表の訪朝後「南北関係」と「六か国協議再開―米朝協議」にむけて「動き」がはじまり、まさに「最終幕の緞帳が上がる」一歩手前まで来ていたということと、そうした「動き」によって朝鮮半島で緊張緩和と冷戦構造の超克にむけの胎動がはじまることへの「逆の巻き戻し」が複雑に絡み合いせめぎ合って軋んでいた、まさにそのぎりぎりのところですべてを「ご破算」にするかのように「天安」沈没という事件が起きたということです。

 その際注意が必要なのは、一方の水面下で動いていた「南北首脳会談」の模索に対して今年2月に訪韓し玄仁澤統一相と会談したキャンベル米国務次官補が「米韓は南北首脳会談と6者協議の開催のいずれもを北朝鮮に促すことで意見が一致した」としながら一方で「すべての面で米韓が必ず調整せねばならないというのが核心だ」と述べて「韓国政府が首脳会談のみを先行させないよう暗に牽制した」ことです。

 この時、韓国統一省は「キャンベル氏が、南北関係発展のための韓国の努力を全面的に支持すると語った」と発表して米国の支持を強調したのでしたが「韓国政府関係者によると、玄統一相らが南北首脳会談に向けた動きについてもキャンベル氏に説明したが首脳会談について直接の支持は表明していない模様」(「朝日」2月4日)ということでした。

 そして、このあと力点は北朝鮮の6カ国協議への復帰を視野に入れた「米朝協議」に移り、六カ国協議の議長国、中国を間に挟みながら米朝両国が激しい駆け引きを繰り広げ、「米国と北朝鮮は3月26日、天安艦事件発生直前、朝米両者会談および(予備)6カ国協議の連続開催に合意し、これにより米国は金桂寛北朝鮮外務省次官の訪米のためのビザ発給準備に入ったが、天安艦事件が起こり取り消された」(韓国・中央日報5月20日)という事態を迎えることになるわけです。

 米国は3月末または4月初め、北朝鮮の金桂寛外務次官にビザを発給することにして準備に入ったということでしたが、その数日後の26日、天安艦事件が起こってプロセスが全面中断に至ったということで、「事件初期には天安艦沈没原因が明らかにされなかっただけに米国は朝米両者会談オプションを完全に捨てないで状況を注視した・・・しかし事件発生2週後、北朝鮮の犯行であると明らかになると、米国は韓国の“天安艦事件・6カ国協議”基調に同意して朝米両者会談方針を下げた」というのでした。
 
 この背後では、アメリカのキャンベル国務次官補のたびたびの韓国、アジア訪問、そして米国の情報機関を束ねる米国家情報局 (DNI) のシルビア・コープランド北朝鮮担当官の極秘訪韓などがあった、というわけでした。

 で、この間、「昨今の朝鮮半島情勢」から、「東アジアの安全保障環境」に不確実性が残っているので、海兵隊を含む「在日米軍の抑止力」を低下させてはならない・・・というロジックで沖縄の普天飛行場の移設問題が従来の「日米合意」に戻る形で「迷走」に「決着」をつけた(実はなにも決着していないことは言うまでもありませんが)というわけです。

 加えて、韓国で「懸案」となっていた、朝鮮半島有事の際の韓国軍の作戦統制(指揮)権についても、2012年4月とした米軍からの移管が、韓国側からの要請という形をとって、いわば「白紙」に戻った、というわけです。

 すべては、「天安」沈没事件が大きなテコとなって「事態」を動かしたというわけです。

 もちろん、こうした考察がそのまま「天安」沈没の原因を定めることにはならないのは確かです。

 しかし、一体「天安」沈没事件とはなんであったのかを考える重要な、しかも無視してはならない要因であることは間違いないと言えます。

 沈没の原因はなんであれ、この事件をフルに活用してまさに北東アジアの安全保障体制を米―韓―日の連携の中でそのもっとも「望ましい状態」に持っていこうとした力が働いたと考えることはそれほど的ハズレではないだろうと言えるでしょう。

 そして、そのもっとも「望ましい状態」とは、この地域に緊張緩和と信頼醸成、そして平和的共存の条件がもたらされないことを意味することは、結果から明らかだと言えます。

 では、誰がそれを望んだ、あるいは今も望んでいるのかが、沈没の真の「原因」を究明するカギとなる、これが今回の「事態」の、私のとらえ方だというわけです。

 物事は常に「理」と「利」が複雑に絡まりあって動いていきます。その「理」と「利」を的確に読み分けていくことが、その実体と本質を明らかにしていくうえで重要な「分水嶺」になると考えます。

 それでは、今回の問題あるいは事態に対する、関係する各国の「利」は何で「理」はどういうものであるのか、これがメディアであれ、私たちであれ、それぞれに問われてくるのだと考えます。

 このことをおろそかにすると、そこにあるのは、ただすべてを「所与の前提」とする横並び、もしくは全体の流れに身を寄せていさえすればなにも問題はないという、荒野のみということになるのでしょう。

 さて、そこで、今回の「調査報告」の発表に対する「疑問」についてです。

 私は、軍事技術や武器について何かを知っているわけではありません。したがって、素人の素朴な疑問に立って考えるということにならざるをえません。

 その際手がかりになるのは、日本で読み、目にするメディアにおいてではなく、韓国国内で今回の「調査報告」がどう受けとめられているのかということになります。

 韓国の知人たちの協力で、韓国国内で今回の「調査報告」に様々な疑問と疑念が広がっていることを知ることができました。

 しかも、それらは私のような「素人」ではなく軍事分野の専門家や研究者、大学教授といった人々からの疑念です。なかには青瓦台(大統領府)で外交安保政策秘書官を務めた経歴の人や外交・安保専門誌の編集長などもいます。

 日本のマスメディアの紙面や空間で、それらが一切顧みられていないことが不思議なくらいです。

 ランダムにならざるをえませんが、いくつか、メモ風に記してみます。

1.20日の「軍民共同調査団」の報告は、4月2日に韓国国会で国防長官がおこなった「北の潜水艦2隻の所在がつかめなくなっているので追跡調査をしたが、(北の)潜水艦基地は遠く離れているので天安沈没との関連性が薄いと考えている。北の潜水艦はアメリカの最新鋭の潜水艦のような長い潜航航続距離をもっていないので天安沈没海域まで潜航してきたとは考えがたい」という趣旨の答弁を正面から覆すものとなっている。北の130トン級の小型潜水艦は(国防長官が言った)航続距離と潜航能力の限界を「克服」して、しかも装着可能な限界をこえる1.7トンの重魚雷を装着して、なおかつ誰にも知られず海中を南下して「天安」を真っ二つに折って、その後悠々と姿を消したことになる。軍事・安保専門家たちは、このような小型の潜水艦が、国防長官が認めた「限界」をこえて作戦に成功したとは納得しがたいとしている。それらの専門家は特に、この規模の小型潜水艦に今回いわれるような重魚雷の装着が可能かどうか、ないと言われてきた「水柱」があるなど、「調査報告」の信ぴょう性に大きな疑問が残るとしている。

2.発表の形式と内容は、それなりに充実していて、質疑応答も誠実に行われた。しかし、決定的な証拠という面では全体的に不十分で説得力に劣ると言わざるをえない。魚雷の推進体に書かれた番号とハングルが決定的な証拠ということになるが、北朝鮮は一般的に(武器の)数字をふるときは「1番」「2番」より「1号」「2号」と表記する。7年前に回収した北の訓練用魚雷でも「4号」と書かれてあった。したがって、今回の魚雷のように「1番」というような表記の他の例が示されれば説得力もあっただろう。また北が「1番」というような文字を書き入れて自分たちの仕業であるあることを証明する「物的証拠」をなぜ残したのか理解できない。さらに、バブルジェットの効果で水柱が100メートル上がり、白いフラッシュの柱として観測されたとしているが、全く説得力がない。水柱を見たのが哨兵ただ一人だけだというのも理解できないし、それほどの水柱が巻き上がるほどの強力な爆発であった場合、死亡者の遺体が「完全無傷」ということはありえない。このような問題に対する補足的な説明がない場合は、国際社会から決定的な証拠としては認められないだろう。

3.130トン級の小型潜水艇がどのように1.7トンの重魚雷を搭載してきたのかが最も納得できない。潜水艦にはそのサイズに応じて、積載して運航できる重量制限というものがある。潜水艦は水中では動力をバッテリーに依るため、サイズは小さくともメカニズムは非常に多岐にわたる。したがってそれらの重量を勘案して最適な攻撃手段を確保することがとてもむずかしい。今回のような小さなものに重魚雷の装着を可能にするのは非現実的だと言わざるをえない。

4.また、「サケ級潜水艇」というのは今回初めて登場したが、ファン・ドンウォン情報本部長が「サメ級」と類似していると答えていた。「サメ級」は330トンから重魚雷が装着可能なのでそのように答えたのだろうが、「サケ級」と近いのは80トン程度のユーゴ級だ。これは物理学の問題なので明白だが、説明が強引だという印象を受けた。

5.水柱がなかったとしていたのだが、途中からは、左舷の横に水がはね跳んだという記述が新たに出てきて、水柱があったということになったが、生存者のメディアとの接触が遮断された状態で、生存者の新たな証言を根拠にしてというのだが、果たして信ぴょう性があるのだろうかという問題もある。

6.先月(4月)25日の2回目の調査結果の発表のときは、水柱がないという問題について、「水平爆発をすると水柱もなかったということになる」と説明したが、今回は水柱があったとして「発破か所」をガスタービン室中央から左舷3メートル、水深6メートル〜9メートルとしたが、バブルの効果(影響)が強力だったことを説明するために、この間隔(距離)としたようだ。しかし、この間隔で爆発した場合船体に火薬と魚雷の残骸が飛び散らなかったということはありえない。痕跡程度ではなく、多量に検出されなければならない。議会の特別委員会で「真相調査」をおこない、この問題を積極的に提起していく必要がある。北朝鮮の魚雷によるということは国家安全保障上重大な事態であるのだから、徹底的に追究し明らかにすべきだ。

7.魚雷の残骸という物的証拠が示されたと思う。魚雷に当たったという可能性が大きくなったことは明らかだが、物的証拠を裏付ける軍事情報がない。潜水艦の侵入と脱出経路について調査団が語ったのは仮定と推測で「半分の説明」にしかなっていない。水柱がないと言っていて、後になってあったと変わったが、キョン・シビョンの「顔に海水がはね跳んだ」という記述を根拠として提示するのは困ったことだ。「天安」が真っ二つに折れるくらいの水柱だったら水が弾け飛ぶ程度ではすまず「水流の洗礼」とでもいうべきものだ。100メートルの「白色閃光」の柱を水柱と判断したが、それが果たして水柱だったのかどうか疑わしい。

8.130トンの潜水艇は初めて聞くものだ。発表前、この問題は最もデリケートな問題になっただろう。小型潜水艦とするのか、新たな潜水艦が発見されたとするのかについて、最後まで苦心しただろう。誤って発表してしまうと「小説」(フィクション)になってしまう。にもかかわらず、サケ(サーモン)級という新しい用語が出た。北の新型潜水艇についてはわからない。また、潜水艦基地を常時監視して識別することはできなかったのだろうか。最初は330トンのサメ級や80トンのユーゴ級という言葉が出ていたのに、サメ級は大きすぎて岸まで来たと説明するのは無理だろう、ユーゴ級はあまりにも小型なので事故海域までの潜航航行能力があるのかという問題が出てくるので、中程度のサケ級があるのだという説明になったようだ。

9.合同調査団の決定的証拠を重視する理由は、シューティング・エビデンス、つまり爆発の痕跡がなかったからだ。残骸とススと燃えた跡がなく、燃料タンクとケーブル被覆がきれいで、弾薬庫にも問題がないという事実から、まさにシューティング・エビデンスが脆弱である。シューティング・エビデンスがないのだから、それゆえ爆発ではないとしなければならないのに「それゆえ、水中非接触爆発」とし、信頼を失ったし、論理的に無理な言葉が出てきてしまった。また、たとえ非接触で(魚雷の)爆発があったとしても、船体を二つに折るほどの膨大な爆発があったのなら、遺体がきれいで、イカナゴの死骸もないという(のは不思議だという)質問への答えも出てこなかった。そのような疑問を解消できないとなって魚雷を登場させたのだ。一週間前までは数ミリの破片が出てきただけだった。調査団が提出した規模の魚雷の残骸が出てきたという話はなかった。

10.合同調査団の発表に伴う「後続(善後)措置」がとられなければならない。この発表に同意はできないが、しかし、国家機関が発表したのだから、それに応じて(こうした事態を防げなかった)国防長官を解任し、警戒指揮官を軍事裁判に付する必要がある。また政策ラインにいる人々は安全保障に責任を負わなければならない。北が魚雷を撃つような危険な状況で事故の数日後、大統領が現場を訪問することを止めない側近たちは責任を負わなければならない。

11.このクラスの潜水艇に重魚雷が装着されることがあるのかが最も大きな問題だ。韓国軍が保有する同クラスの潜水艦にも装着できず、330トン級のサメ級にも取り付けは容易ではない。さらに、密かに浸透したことを証明するには潜水艇が小さくなければならず、「天安」艦が真っ二つに折れるくらい強力な爆発を証明するには重魚雷でなくてはならない。この二つを組み合わせると、潜水艇は小さく魚雷は大きいという、矛盾が生じるのだ。次に、潜水艇を支援する母船も一緒に行動していたというのだが、母船は水上艦だ。その侵入を探知できなかったというのは理解をこえている。母船について把握している情報を公開すべきだ。座礁による事故だと主張する人々は、スクリューが全部曲がった(変形した)ことについて、座礁からの脱出のために前進、後退を繰り返し砂底に押しつぶされたからだと説明する。しかし、魚雷の攻撃を受けた場合はなぜ曲がったのかを説明できない。キール(船の竜骨)が切れて電源が切断されているので、(スクリューは)その後30秒以上回ってはいなかっただろう。水の抵抗を勘案すればそれよりも早く停止してしまっただろう。その停止状態で、海底に沈んでスクリューがすべて曲がってしまったというのは理解しがたい。最後に、7年前に捕獲したという北の訓練用魚雷はなぜ持って出(て示さ)なかったのだろうか。

12.魚雷推進部の腐食状態に比べて「1番」の文字は鮮やかな青色をしており、錆び跡がないのはなぜか。また、刻印されたものではなく、マジックインキで手書きされたもので国連の安保理に付託可能だと言えるのか。これで北の所業だという強力な証拠として提示するには説得力に欠けると考えないのか。直接打撃を受けたガスタービン室の状態が決定的な証拠であるにもかかわらず、引き上げ後の移動中として公開しなかったのはなぜか。航跡記録、連絡先履歴、TOD(裂傷検知装置)、KNTDS(海軍戦術情報システム)などの基礎情報はなぜ公開することが出来ないのか。

 これだけにとどまらず、犠牲者の家族から発せられた「素朴」な疑問やさまざまな「不可解な出来事」、そして「消えた報道」など、挙げれば、まだまだきりがないくらいありますが、これぐらいにしておきます。

 5月23日のブログで「調査報告」の詳細を掲載して「どのような判断、立場に立つにしても、今後、検証を深める際にはこの報告の詳細が「原点」となるわけですから、精読は欠かせないと考えます。」と書きました。

 こうした韓国内で提出されている疑問や疑念と照合しながら「調査報告」を吟味するためにも必要だと考えたのでした。

 日本のメディアの報じたものからひとつだけ取り上げてふれておくと、5月23日の「朝日」朝刊にソウルの牧野愛博記者が「国際軍民合同調査団」の共同団長を務めた尹徳龍・韓国科学技術院名誉教授にインタビューして「伝統漁法を使った漁船を調査に投入し、『決定的証拠』を手に入れた経過」を聞いた記事が掲載されました。

 その中で、尹団長は、最終報告を発表する20日が迫る中「魚雷の可能性が高い」というだけにとどまる結論も想定していたが、転機は発表の5日前の15日に訪れたとして、「通称サンクリ機船漁と呼ばれる伝統漁法の漁船に協力を依頼、特別に強化した網を装着させて現場に投入した。一発逆転に賭けた。」と語る様子が伝えられています。

 3月26日の沈没発生以来の捜索にもかかわらず決定的証拠が出ずに焦る中、「一発逆転」に賭けたところ、発表の5日前に証拠が上がったという、なんとも「絵にかいたような」幸運に恵まれた調査だったことがわかります。

 牧野記者はこの話をどう聴いたのか、どういう問題意識でインタビューしたのか、ぜひ聞いてみたい気がします。

 さて、こうした疑問や疑念が、ほかならぬ韓国内で出されていることは、記憶にとどめておいて意味のないことではないと考えます。

 さあ、これだけの「疑問」を前に、メディアは、そして最大限の言葉を連ねて韓国への支持を表明した鳩山首相は、さらに私たちは、「北朝鮮の仕業」であることを所与の前提として考え、論を組み立てることでいいのでしょうか。

 前提を疑え!というのはジャーナリズムの初歩の初歩だと思うのですが、どうでしょうか。

 前に述べた「理」と「利」のからむ問題を解くカギは、この原点からはじめることで手にすることができるのだと確信します。

 それにしても、朝鮮半島そして北東アジアの冷戦構造の超克、緊張緩和と信頼醸成にむけてあと少しで、貴重な「一歩」を踏み出せたかもしれない、そんな可能性を前にして、それをつぶした人々は、歴史の中できっと厳しく裁かれることになるでしょう。

 それを信じて、北東アジアの緊張緩和そして平和と発展のために、少しばかりの営みを重ねることにします。



posted by 木村知義 at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2010年05月30日

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(12)

(承前)

 20日におこなわれた哨戒艦「天安」沈没問題についての「調査報告書」の発表、そして24日の韓国李明博大統領の「国民向け談話」の発表をはさんで、きのう、きょうの済州島での日中韓三か国首脳会談まで、実に慌ただしく過ぎました。

 アメリカのクリントン国務長官の来日(21日)、北京での米中「戦略・経済対話」(24〜25日)と訪韓(26日)、そして中国の温家宝首相の訪韓(28日に李明博大統領と会談、30日三か国首脳会談終了後日本へ)に先立ってまず六か国協議の中国首席代表、武大偉朝鮮半島問題特別代表がソウルを訪れて魏聖洛朝鮮半島平和交渉本部長と会談(25日、24日にソウル入りして帰国は日中韓首脳会議終了後)、さらに日本では普天間問題のニュースに隠れてしまってほとんど注目されませんでしたが、外務省の斎木アジア大洋州局長と米国務省のキャンベル国務次官補が25日夜にソウル入りし26日に魏聖洛朝鮮半島平和交渉本部長と「会合」(日米韓の局長級協議)など、米・日・韓・中の動きは本当に片時も目の離せないめまぐるしいものでした。

 私が一番知りたい日米韓の「局長級協議」についてはほとんど報じられていないか、皆無なので、何が話し合われたのかわかりませんが、それ以外の「会合」についてはすでに「おおむねのところ」がニュースで伝えられていますので、それらをもとに何を読み取るのかが深く問われるところだと感じます。

 そこで、ここまでに書いてきたことをもとに少しばかりの「整理」をしておかなくてはと思います。

 まず、昨年12月、米国のボズワース北朝鮮政策担当特別代表の訪朝(12月8日〜10日)による実質的な「米朝協議」から年が明けて、2月、3月にかけて「南北関係」、「米朝関係」にある「動き」が出始めていたということを押さえておかなければなりません。

 昨年末の中国の習近平副主席の来日時の「6カ国協議の再開や朝鮮半島の非核化について新しいチャンスを迎えているのではないか。朝鮮半島問題は緊張緩和の兆しが出てきている。」という重要なコメントについてはすでに書いた通りです。

 その2月、3月の「動き」をどう解析するのか、限られた情報しかないなかでなかなか難しいのですが、まず一つ目の問題、「南北関係」についてです。

 1月28日に李明博大統領が訪問先のスイスで英国BBCのインタビューに「北朝鮮の金正日総書記と年内に会わない理由はない」と述べて、今年中にも南北首脳会談開催が可能との見方を示した(「共同」1月29日)ことから、南北首脳会談についてさまざまな観測がとりざたされるようになっていました。

 朝鮮日報が「昨年11月に開城で行った南北首脳会談開催に関する『秘密接触』で、韓国側が会談合意文の冒頭に北朝鮮の『非核化』を明記するよう求めたが北朝鮮側が難色を示し、開催の合意に失敗した」(2月1日)と報じ、韓国の専門家の間では、「今年3、4月ごろにも再開されるとみられる6カ国協議の前後」、あるいは韓国の地方選挙(6月2日)後で1回目の南北首脳会談10周年に当たる「6月15日説」あるいは朝鮮戦争勃発60周年の「6月25日説」などと、南北首脳会談の開催時期についての予測まで飛びかったりしていたというわけです。(「産経」2010.2.1)

 李明博大統領の、あるいは李明博政権のスタンスから本当に南北首脳会談にむけて動いていたのかどうか、判断の難しいところです。

 ある意味ではディスインフォメーションとしてリークされたものだったかもしれないということも否定できません。

 しかし一方では、昨年11月の「秘密接触」の北側の代表が朝鮮労働党統一戦線部の元東淵副部長だと具体名を挙げて報道されたにもかかわらず北側がこれに反論したり言及したりせず「静か」な対応だったことを考えると必ずしも否定できない、もしくは、その可能性は大いにあると考えることもできました。

 また、経済大統領を標榜して政権につきながら新自由主義的政策で格差の広がりをはじめとした社会の矛盾、不満の鬱積で、李明博政権への支持がかならずしも高くないことに加え、6月には、次期大統領の有力候補となるかもしれないソウル市長をはじめ各地の首長選挙を含む統一地方選挙をたたかわなければならないこと、さらには与党ハンナラ党内には朴正熙元大統領の長女朴 槿惠女史を支持する勢力との軋轢などをかかえ、政権維持という面で盤石ではなかったことなどから3回目の南北首脳会談という賭けに出ることは十分に考えられることでした。

 さらに2月8日には、共同がソウル発で「8日付の韓国紙、朝鮮日報は、李明博大統領と北朝鮮の金正日総書記が互いのメッセージを仲介者を通じて伝達し合い、意思疎通を図っていると伝えた。複数の韓国政府当局者の話として伝えた。同紙によると、仲介者は南北双方が信頼できる人物で、中国や日本などから両首脳の言葉を相手方に連絡している。伝達に必要な時間は24時間以下という。」とまさに「南北首脳会談」へという「流れ」をさらにそれらしく予感させる情報を伝えました。

 そんな状況を背景にしながら、2月9日、4日間の訪朝日程を終え帰国する中国共産党の王家瑞・中央対外連絡部長と同じ航空便で、6カ国協議の北朝鮮首席代表、金桂寛外務次官と次席代表の李根外務省米州局長が北京入りします。

 この金桂寛外務次官らの北京入りを伝える共同電で、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が王家瑞中国共産党中連部長と会った席で、
 「朝鮮半島非核化を実現しようとする北朝鮮の意志を重ねて示し、6カ国協議再開を望む関連当事国の真剣な姿勢が非常に重要だと述べた。」
 という文言とともに「北京の外交筋の間では、金次官の訪中を機に中朝が6カ国協議再開と関連した協議を行うとの見方が出ている。また一部では、金次官が北京から米国を訪問する可能性も提起されている。」というくだりがあることに、エッと思ったのでした。

 「金次官が北京から米国を訪問する可能性も」というのです。

 これが一体何を意味するものなのか、前後のニュースや動きを洗い直しながら考えることになりました。

 ここからは一つ目の「南北関係」に加えて、もうひとつの問題、6カ国協議への「復帰」問題、つまり米朝協議が焦点になってきます。

 ところが、結局のところ、金次官は13日、北京国際空港で記者団に対して「後でまたお会いしましょう」というナゾのような言葉を残して帰国してしまうのでした。

 しかし!です、この前日、12日に韓国の聯合通信が「北朝鮮の6カ国協議首席代表、金桂寛外務次官が3月に訪米する見通しで、米朝対話が行われる可能性もある」と報じていたのです。

 このあと、米国務省のクローリー次官補が2月22日の会見で、ボズワース北朝鮮政策担当特別代表とソン・キム6カ国協議担当大使ら米代表団が23日から、北京、ソウル、東京を歴訪すると発表します。

 「最近の中朝間の要人往来を踏まえ、6カ国協議再開に向けて中韓日の各当局者と対応を協議する。」とされました。

 同時に6カ国協議韓国首席代表の魏聖洛外交通商部朝鮮半島平和交渉本部長が、「韓中協議を希望していたところ、ちょうど中国側から招請する連絡があった」として23日から2日間中国を訪問します。

 そして、中国から韓国に入ったボズワース北朝鮮政策担当特別代表は25 日、ソウルで 魏聖洛朝鮮半島平和交渉本部長らと意見交換した結果、「米韓両国は制裁解除を求める北朝鮮に対して譲歩しない方針で一致した。」ということになりました。

 「韓国政府当局者などによれば、北朝鮮は中国との協議で米朝協議を進めたい考えを示したが、6者協議への復帰には制裁解除が必要との主張を変えなかった。中国は北朝鮮の要求には応じず、今週北京で行われた中韓協議でも、韓国側の歩み寄りを求めなかったという。」(「朝日」2月25日)というのです。

 しかし、海をこえた米本国では、26日、クリントン国務長官が 6カ国協議の再開について、「進展に向けた複数の兆しがあることに勇気づけられている」と述べるのです。

 加えて、「国務省高官は記者団に対し、昨年11月末に実施された通貨ウォンのデノミネーション(通貨の呼称単位の変更)などの一連の改革で、北朝鮮経済が『大惨事に見舞われている』と指摘。『北朝鮮は国際的な支援が必要になる見通しで、(協議再開の)好機になる。状況は、北朝鮮が協議復帰を決断する方向に向かっている。』と述べた。また、クローリー次官補は 26 日の会見で、協議再開は『今後数週間か数カ月以内の可能性がある』との見方を示し、関係国間で『北朝鮮が(協議再開に)イエスと言うように促す道筋をどう作るか協議している』と説明した。」(「朝日」2月27日)と伝えられました。
 
 実に頭の中が混乱するようなジグザグな経緯をたどるのでしたが、28日の朝日新聞はソウル発で注目すべきニュースを伝えました。

 【ソウル = 牧野愛博】訪米中の韓国政府高官は27日、北朝鮮の核問題をめぐる6者協議について「最近の情勢をみると、早期に協議が再開される可能性がある。時期で言えば、3月から 4月ごろと言えるのではないか。」と韓国記者団に語った。聯合ニュースなど韓国メディアが伝えた。同高官はまた、北朝鮮が望む米朝協議について「確実に6者協議につながることが必要だ。米国は、北がいつ6者に応じるかという保証を望んでいる。」と説明し、「中国もある程度、了解している」と語った。米朝協議の場所については、北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が訪米する機会になるのか、それとは別に北京で行うのか「まだ決まっていない」と述べた。北朝鮮はこれまで6者協議について、朝鮮戦争を正式に終結させるための平和協定をめぐる協議を優先させるべきだとも主張してきた。この協議の開始時期について、韓国政府は「非核化の進展後」としており、同高官も「(最後に6者協議が開かれた)2008年12月の状態よりも更に進んだ措置が必要だ」との見解を示した。6者協議の再開をめぐっては、クリントン米国務長官も26日に「進展に向けた複数の兆しがあることに勇気づけられている」と述べている。

 前後の脈絡もなく突然出てくる「米朝協議の場所については、北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が訪米する機会になるのか」というくだりには、またもやエッと思わされました。

 前回、韓国の哨戒艦「天安」の沈没をめぐって、発生当初をふりかえると、韓国の一部のメディアには「北朝鮮の関与」という論調で走る傾向がなかったわけではないが、青瓦台と政府、韓国軍当局そして在韓米軍司令部もそれにブレーキをかけて慎重になる、もしくは北朝鮮の関与を否定するという態度をとっていたのが、どこから「反転」していくことになるのかという問題意識で・・・と書きました。

 そして、そのためには、記憶を3月中旬から4月に戻す必要があると書いたのでした。

 その4月の「反転」のポイントについて考えるために、そこに至る経過について、さかのぼって復習してみたのです。

 さて、このあたりでまとめなければなりません。
 ここから見えてくることは何か、どのような「仮説」が成立するのか、です。

 私は、少なくとも実現性がどうだったかはわかりませんが、韓国の李明博大統領のサイドが「南北首脳会談」を模索したことは確かだったのだろうと考えます。

 そして、あるいは・・・というところまで行ったのかもしれません。

 しかし「○○をするならば、××をしてやる」「△△しなければ□□をしてやらない」という、例の李大統領の「グランドバーゲン」方式の思考では北の受け入れるところにはならないことは自明です。

 そこへ、南北の動きを察知した米国が、何を考えているのだと一喝したかどうかはわかりませんが、いまここで「南北首脳会談」などを考えている場合ではないだろう!問題は核問題であり北の「やりたい放題」を封じることではないか!!として、議長国としての沽券もかかる中国と「協働」して北朝鮮の六カ国協議への「復帰」への道筋を優先させるべく「動いた」としても不思議ではないと考えるのです。

 ということは必然的に「米朝協議」がテーブルに上るということです。

 中国が、北へは援助、支援の大幅なてこ入れで、米国に対してはまさに「ステークホルダー」として朝鮮半島問題を制御する論理で、両者をテーブルに着かせる方策、《米朝両者会談→予備6カ国協議→6カ国協議本会談》の「3段階案」を北朝鮮、米国双方に示して事態が動き始めたというのが、まさに「天安」沈没事件が起きる「前夜」の風景だったということではないかと考えるのです。

 そして、前回書いた、4月2日のキャンベル国務次官補の訪韓となります。

 この訪韓については、日本のメディアはほとんど注目しませんでしたし、伝えたところも「ベタ記事」扱いだったことはすでに書きました。

 しかしこのあと、4月28日になって、共同がソウル発で聯合通信を引いて、
 「韓国政府筋は28日、韓国海軍哨戒艦沈没への北朝鮮関与説が強まる中、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議再開に向けた米朝協議実施は当面、難しいとの立場を米国が韓国に伝えてきたと明らかにした。今月初めに訪韓したキャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)が米政府の検討結果として韓国側に説明。米国はこうした立場を中国にも伝え、中国も理解を示した。同筋は、6カ国協議再開まで少なくとも『数カ月はかかる』との見方を示したという。6カ国協議再開問題をめぐっては、韓国の柳明桓外交通商相が20日に、原因究明が協議再開より優先されるとし、北朝鮮関与が判明した場合、協議再開は当分難しいとの考えを示している。」
と伝えました。

 こうして、重要な「転回点」(のひとつ)がここでいう「今月初め」、つまり4月2日のキャンベル国務次官補の韓国訪問にあったことが見えてきたというわけです。

 また、朝鮮日報は4月19日、
 「西海(黄海)で哨戒艦「天安」が沈没したことと関連して、今月初めに米国家情報局 (DNI) のシルビア・コープランド北朝鮮担当官が極秘で来韓していたことが18 日に分かった。」と報じて、
 「コープランド担当官はソウルで韓国の情報機関幹部らと会い、天安沈没を前後した時期の北朝鮮の動きについて情報を交換し、対策を話し合ったという。この席でコープランド担当官は、天安沈没が北朝鮮による仕業である可能性に特に重点を置き、関連する情報を集中的に分析したという。」
「(コープランド担当官は)天安の事故以降、韓国の情報機関と緊密な協力を行うため派遣された。この機会に、北朝鮮に関する韓国と米国の情報共有の仕組みについても改めてチェックしたようだ。コープランド担当官は来韓を前後して、日本や周辺国も訪問している。」
と注目すべき情報を報じました。

 もうひとつ重要な「動き」を拾っておくと、
 
 「韓国政府は、朝鮮半島有事の際の韓国軍の作戦統制(指揮)権について、2012年4月とした米軍からの移管時期を延期するよう、米国側に求めていく方針を固めた。複数の韓国政府関係筋が明らかにした。米軍のトランスフォーメーション(変革)に影響が出るため、公式な要請時期は慎重に検討して決める。12年4月の移管時期は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)前政権時の07年2月に決まったが、李明博(イ・ミョンバク)政権を支持する保守層から『韓米同盟の弱体化を招く』として不満が出ていた。経済不振や金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康問題から北朝鮮情勢が不安定になる中、3月末に韓国哨戒艦が沈没し、安全保障に対する国民の不安が噴出。移管時期の延期はやむを得ないとの判断に至ったという。」(「朝日4月23日」)

そして、普天間移設問題の「迷走」です。

 なによりも、「天安」沈没問題によって「昨今の朝鮮半島情勢」が「脅威の存在と抑止力の必要性」を示していると教えられ、日米安保の「危機」をのりこえることができた??というわけです。

 さて、こうした「舞台」と「構図」のなかにそれぞれの「役者」を配置して、では誰が利益を得て、誰がそれを快く思わないのか、それが問題だ!ということになります。

 私は、このブログでも書いたように、3月にソウルに出かけて大先達のジャーナリストに会う機会を得た際、
 「政権が一部を除いてメディアを完全に掌握し、国民に本当に必要な事を伝えなくなり、政権のあらゆるところに旧勢力が蘇ってきてしまった。情報機関も、金大中政権、盧武鉉政権で民主化、改編、改革されたというが実のところは何も変わっていなかった。政権を自由に批判することもできなくなる、息の詰まるような時代が戻ってきつつある・・・」と苦渋に満ちた低い声で語ったことを、いまさらながら思い起こすのでした。

 このブログの読者のみなさんがお気づきになったかどうかはわかりませんが、24日午前、李大統領が戦争記念館から国民に向けて「談話」を発表したのとまさに時を同じくしてというべきか、その前日、韓国の情報機関、国家情報院とソウル地検・中東地検公安1部が、ソウル地下鉄1〜4号線の危機対応マニュアルなどの内部情報を抜き取って北朝鮮に報告した容疑(国家保安法違反)で、北朝鮮・国家安全保衛部所属の女性工作員(36)と、元ソウルメトロ課長級幹部(52)を拘束したことを明らかにしたというニュースが報じられました。

 久しぶりに聞く「国家保安法違反」でした。そして、こんな身近なところ?!に北朝鮮の国家安全保衛部所属の「スパイ」がいたというわけです。

 久しく忘れていたことですが、以前、韓国に出かけて地下鉄に乗っても、バスに乗っても「間諜、怪しい人物を見つけたら申告するように」という告知が掲げられていたことを思い出しました。

 この「女スパイ事件」がどのようなものなのかわかりませんが、なにか暗い時代の再来を予感させるものがあります。

 さてそこで、もう一つ、今回の沈没が北朝鮮の魚雷による攻撃で引き起こされたという、軍民共同調査の結果の発表について、いま韓国でどのような「疑問」が提出されているのかという問題の整理も必要になってきます。
(つづく)

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2010年05月24日

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(11)

(承前)

 刻々と事態が動いていきます。書くことに十分時間を費やすことができない状況では、書くことが情勢の動きに即したものにならず、忸怩たる思いがあります。

 したがって、きちんとしたところまで書き上げてから掲載しようと考えていたのですが、言い訳がましくなることを承知で、まず、けさ、そして夜になって書いた部分だけWebにアップすることにします。

 普天間飛行場の移設問題で鳩山首相が沖縄を再訪したことについては、きのう冒頭でふれましたが、テレビの中継を見ながらメモしたため鳩山首相の「ことば」の採録がやや不完全なところがありましたので、けさの朝刊掲載の記録をもとに、その部分を再掲しておきます。

 「私はこれまで、ぜひ普天間の代替施設は県外にと考えて、実際にそれも追求して参ったわけでございます。それがなぜ県内なのだ、という皆様方のご懸念、お怒りはもっともなことだとも思っております。これは、ま、昨今の朝鮮半島の情勢からもおわかりだと思いますが、今日の東アジアの安全保障環境にまだ不確実性がかなり残っているという中で、海兵隊を含む、これは在日米軍全体の抑止力を、現時点で低下をさせてはならないということは、これは一国の首相として安全保障上の観点から、やはり、低下をさせてはならないということは申し上げなければならないことでございまして、そのうえで、普天間の飛行場に所属をしております海兵隊のへリの部隊を、沖縄に存在する他の海兵隊部隊から切り離して、国外はもちろん県外に移設すると、海兵隊の持つ機能というものを大幅に損なってしまうという懸念がございまして、従いまして、現在の、現在のでありますが、安全保障の環境のもとで、代替地は県内にどうしてもお願いせざるを得ないという結論を私どもとすれば、結論になったのでございます。」

 きのうも書きましたが検証されるべきは、「昨今の朝鮮半島情勢」から、「東アジアの安全保障環境」に不確実性が残っているので、海兵隊を含む「在日米軍の抑止力」を低下させてはならない・・・というロジックです。

 これを「所与の前提」としていいのかということです。

 そして、鳩山首相沖縄再訪の記事に隠れて扱いは小さいのですが、けさの朝刊で「聞き捨てならない」記事を目にしました。

 それは、「米軍普天間飛行場の移設問題を巡り、米軍キャンプ・シュワブ沿岸部に建設する代替施設について、日米両政府が、自衛隊と米軍による共同使用を検討することで大筋合意していることが23日、分かった。28日にも発表する日米共同声明に盛り込む方向。北沢俊美防衛相が24日に訪米し、25日のゲーツ米国防長官との会談で最終調整する。」というものです。
 
 問題は、ここでも、そのロジックです。

 「自衛隊と共同使用とすることで米軍のプレゼンスを相対的に減らし、沖縄の負担感を薄める狙いがある。さらに日本側は将来、安全保障環境が改善し、沖縄からの海兵隊撤退が可能となる事態を想定し、自衛隊管理としたい意向だ。」というのです。

 別の新聞には「普天間飛行場の移設問題をめぐる日米共同声明に、沖縄県名護市辺野古周辺に設ける代替施設について、米軍と自衛隊の共同使用の検討が盛り込まれることがわかった。政府高官が明らかにした。施設が米軍に占有されると、事故や環境汚染の情報が入りにくくなる。政府は、自衛隊が基地に入ることで、地元の心理的負担を軽減できるとみている。日本側は将来的に施設の管理権を自衛隊に持たせることも求めているが、米側は難色を示している。 」とあります。

 「政府高官」からこのことを聞かされた記者は、こんな理屈をそのまま信じて書いたのでしょうか。

 「政府高官」が「そう言った」ことは事実だからそのまま書いたまでだ!というならジャーナリストは要りません。

 もちろん記者の意見を書きこめなどと幼稚なことを言っているのではありません。

 取材者としての問題意識と責任でさらに取材して書くべき事実やニュアンスというものがあるだろうと思うのです。

 ただ、あっちからこっちに物を運ぶように「言ったこと」を運ぶだけなら記者という存在は不要というべきでしょう。

 問われるのは取材者としての、ジャーナリストとしての問題意識です。

 それにしても、自衛隊との共同使用、共同管理にすれば地元の負担感を薄めることができる、あるいは軽減できるとは、どうものを考えればそうなるのか、書いた記者に説明してもらいたいものです。

 「いや!高官はそう言ったのだから書いたまでだ!」と言い張るのなら、では、「君はここに疑問を持たなかったのか??」、それを「高官」に質さなかったのか?!と問い詰めたくなります。

 否!そこをはっきりさせてもらわないと記者などと名乗るのをやめて「運び屋」とでも称するべきでしょう。

 ましてや、間違っても、ジャーナリストなどを僭称するのはやめてもらわなければと思います。

 けさはまずこのことを押さえておかなければならないと思いました。

 さて、韓国の哨戒艦「天安」の沈没をめぐって、発生当初をふりかえると、韓国の一部のメディアには「北朝鮮の関与」という論調で走る傾向がなかったわけではないが、青瓦台と政府、韓国軍当局そして在韓米軍司令部もそれにブレーキをかけて慎重になる、もしくは北朝鮮の関与を否定するという態度をとっていたのが、どこから「反転」していくことになるのかという問題意識で、聯合通信の報道に依りながら、沈没発生からの初期段階の推移を振り返ってきました。

 いささか煩雑になるのを承知で、聯合通信の記事を引用したのは、そこに、後になって留意する必要の生じる、重要な情報が散らばっていたからと、初期段階では日本のメディアでの扱いはそれほど大きくはなく、子細に吟味するためには韓国内での報道に依る必要があると考えたからです。

 そこで、ではどこが「反転」のポイントとなったと考えるのかです。

 記憶を3月中旬から4月に戻す必要があります。

 4月2日、米国のキャンベル国務次官補がソウルを訪問しました。キャンベル国務次官補のアジアとの往還は実に頻繁で、2月にも訪韓していました。

 実は3月半ばに来日する予定だったのが急きょ中止になりました。3月16日の外務省の会見で岡田外務大臣は記者の質問に対して「キャンベル米国務次官補の訪日が急遽中止になりました。これは訪問先のタイにおける現在の混乱によって日本に来ることができなくなったということで、大変残念に思っております。」と答えていました。

 一方平野官房長官は同じ日の会見で「日程の調整がつかないため、わが国への訪問を中止したということだ」と説明しました。
 
 キャンベル次官補の日本訪問中止と普天間問題の「迷走」との関連をめぐってさまざまな憶測を呼びセンセーショナルに語られたため、その背後でおこなわれた4月初めの韓国訪問はあまり注目されなかったといえます。新聞の扱いもいわゆる「べた記事」扱いでした。

 しかし、です!問題はこの前後に、一体何が起きていたのか、あるいは何が進行していたのかです。

 そこで、もう少し遡って、まず2月の訪韓について伝える記事を見ておきます。

 【ソウル=箱田哲也】訪韓中のキャンベル米国務次官補は4日、玄仁澤(ヒョン・インテク)・統一相と会談後、韓国の聯合ニュースに「米韓は南北首脳会談と6者協議(の開催)のいずれも(北朝鮮に)促すことで意見が一致した」と語った。一方で「すべての面で米韓が必ず調整せねばならないというのが核心だ」とも述べ、韓国政府が首脳会談のみを先行させないよう暗に牽制(けんせい)した。韓国統一省は会談後、「キャンベル氏が、南北関係発展のための韓国の努力を全面的に支持すると語った」と発表し、米国の支持を強調した。韓国政府関係者によると、玄統一相らは南北首脳会談に向けた動きについてもキャンベル氏に説明したが、同氏は首脳会談について直接の支持は表明していない模様だ。そんななか、李明博大統領の信頼が厚い韓国大統領府の金泰孝(キム・テヒョ)・対外戦略秘書官が3日から訪米していることが判明。南北首脳会談の開催に向けた調整ではないかとの観測が広がっている。(「朝日」2月4日)

 そして4月です。まず、日本での報道です。

 【ソウル=牧野愛博】韓国を訪れたキャンベル米国務次官補(アジア・太平洋担当)は2日、ソウルで北朝鮮核問題を巡る6者協議の韓国首席代表を務める魏聖洛(ウィ・ソンラク)朝鮮半島平和交渉本部長らと会談した。キャンベル次官補は会談後、記者団に対して北朝鮮の金正日総書記の訪中を巡り、「北朝鮮が6者協議に早く復帰するよう、中国側に努力を要請した」と語った。韓国政府は金総書記が近く訪中する可能性が高いとみているが、キャンベル次官補は訪中時期について「多くの推測が出ている」と語るにとどめた。(「朝日」4月3日)

 一方韓国の4月2日の聯合通信です。

 【ソウル2日聯合ニュース】訪韓している米国務省のキャンベル次官補(東アジア・太平洋担当)は2日、海軍哨戒艦「天安」沈没事故と北朝鮮の関連性について、「推測はしない。韓国政府が進めている(原因)調査を全面的に信頼している」と述べた。外交通商部で6カ国協議韓国首席代表の魏聖洛(ウィ・ソンラク)朝鮮半島平和交渉本部長と会合した後、記者団に語ったもの。
キャンベル次官補は、すでに4隻の米軍軍艦が現場でサポートを行っており、船体引き揚げをはじめ他の作業でも援助が必要な場合は支援を惜しまないと強調した。キャンベル次官補と魏本部長は会合で、事故原因の究明に伴う想定事項やその影響を確認し、共同対応策を集中的に話し合った。政府高官は、「具体的には言及できないが、内部爆発、外部衝撃、北朝鮮との関連性などさまざまな事故原因について、どう対応していくかを協議した」と伝えた。一方、北朝鮮・金正日(キム・ジョンイル)総書記の訪中と関連し、キャンベル次官補は「現時点では推測だといえる」としながらも、韓国側と協議を行っており、今後も鋭意注視していくと述べた。また、北朝鮮の国際投資誘致努力は国連安全保障理事会の制裁違反では、との質問には、「米国をはじめとする同盟国は、北朝鮮が2005年9月19日の(6カ国協議)共同声明と2007年2月13日の合意で提示した約束を履行するまで、現存する制裁が維持されるよう強く望んでいる」と答えた。キャンベル次官補は同日午後に金星煥(キム・ソンファン)青瓦台(大統領府)外交安保首席秘書官、申ガク秀(シン・ガクス)外交通商部第1次官とも会合し、韓米同盟の懸案や北朝鮮核問題、金総書記の訪中に関する動向など、両国懸案を幅広く話し合った。3日に日本を経由し米国に戻る。

 同じ「米韓会談」についての報道に微妙にニュアンスの違いがあることに気づきます。このことをまず知っておかなければならないと思います。

 その上で、この「米韓会談」が、「天安」沈没問題でも重要な協議の場になったことが見えてきます。

 そして、この背後で同時進行していた重要な「懸案」があったことに目をこらす必要があると思います。

 それは米朝協議に向けて大きく動く可能性を秘めたある「懸案」でした。わたしは小さな「兆候」からそれを注意深く見守っていたのですが、最近の韓国の報道で、結果的には残念な形で「裏付けられる」ことになって、やはりそうだったかという思いを強くしたものでした。

 その「懸案」とは・・・。

 この直近の韓国での報道はまだ日本でキャリーされていなのですが、きわめて重要な記事なので全文引用しておきます。

 以下は韓国「中央日報」5月20日付の記事です。

 米国と北朝鮮は3月26日、天安艦事件発生直前、朝米両者会談および(予備)6カ国協議の連続開催に合意し、これにより米国は金桂寛(キム・ゲグァン)北朝鮮外務省次官の訪米のためのビザ発給準備に入ったが、天安艦事件が起こり取り消されたと外交消息筋が19日伝えた。
消息筋は「6カ国協議復帰を拒否してきた北朝鮮が3月に入り「朝米両者会談が行われればこれは6カ国協議につながる」という意を米国側に明らかにし、米国もこれまで北朝鮮に要求して来た「非核化過程に推動力を与える措置」を(予備)6カ国協議後にしてもいいという立場を見せることにより、朝米が米国で両者会談を持つことに事実上合意した」とこのように伝えた。消息筋は「これによって米国は3月末または4月初め、金桂寛副相にビザを発給することにして準備に入ったが、わずか数日後の26日、天安艦事件が起こってプロセスが全面中断された」と述べた。続いて「事件初期には天安艦沈没原因が明らかにされなかっただけに米国は朝米両者会談オプションを完全に捨てないで状況を注視した」とし「しかし事件発生2週後、北朝鮮の犯行であると明らかになると、米国は韓国の“先天安艦事件・後6カ国協議”基調に同意して朝米両者会談方針を下げた」と述べた。北朝鮮は2月末、北京とニューヨークの朝米チャンネルを通じて金桂寛副相のビザ発給申込書を米国に公式提出したと消息筋は付け加えた。
消息筋は「スティーブン・ボズワース米対北政策特別代表とソン・キム米北核特使は天安艦事件で両者会談および予備6カ国協議プロセスが取り消され、落胆したものの韓国の“先天安艦、後6カ国協議”の方針に対して反対しなかった」と伝えた。また他の外交消息筋も「天安艦事件直前まで中国が朝米両者会談→予備6カ国協議→6カ国本会談の3段階案を提示し、非常に積極的な仲裁をして、6カ国協議再開のための確かなモメンタムが生じたとすべての会談参加国が確信した状態だった」とし「まさにその瞬間、天安艦事件が起こり、会談再開に向けて肯定的に進行された状況が大きくひっくり返った」と述べた。
消息筋は「このような急な反転は朝米対話と6カ国協議再開を望まなかった北朝鮮軍部など北朝鮮内強硬派が外務省など交渉派を押して天安艦事件を起こし、政策の主導権を取ったという推測ができる」と指摘した。消息筋は「天安艦事件で韓米と北朝鮮間の対峙が長期化することが明らかで6カ国協議は今年の下半期にも再開される可能性はほとんどない」と見通した。

 ここで登場する「消息筋」は、今回の「天安」沈没を引き起こしたのは北朝鮮軍部の「強硬派」だったという結論を導き出すために語った(リークした)ということになるわけで、中央日報のスタンスも同様です。

 日本のメディアではまったくといっていいほど伝えられていないのですが、いま韓国社会に広がる「北朝鮮の仕業論」への疑念を封じ込めるために、ここに踏み込んだというニュアンスがうかがえる記事です。

 しかし、この記事から導き出される「結論」はそれだけではないことは賢明な読者ならばおわかりになると思います。

 あるいは、わたしが「残念な形で裏付けられた」と言うのもおわかりいただけると思います。

 ここまで何度か「最終幕の緞帳は上がるのか」と書いてきました。

 その意味では、「3月26日」を挟んで、まさに「緞帳が上がる」まで「あと一歩」というところにさしかかって、息詰まるような重要な「つばぜり合い」が、見えないところで、繰り広げられていたのです。

 こうした文脈の中に「天安」沈没を据えて吟味しないと、その本質を読み解くことができず、当然のことながら、いま目にしている事態の意味も見えてこないと、わたしは考えます。

 つまり普天間問題、北朝鮮の脅威と抑止力、金正日総書記の訪中、そして米朝協議から六か国協議へ、さらには朝鮮半島の戦後の歴史的懸案の解決にむけての大きな胎動へという、大きな「連環」の中に位置付けてそれぞれを見据えなければ、「天安」沈没問題の本質も見えてこないということだろうと考えます。

 それにしても、朝鮮半島の、そして北東アジアの緊張と対立の解消に向けた「歩み」は「天安」によって、またもや足踏みを余儀なくされることになったというべきです。

 10年、いや20年あまりも「時間」が逆戻りしたのではないかとさえ感じます。

 そして、何とも言い難い「暗雲」が、韓国社会を、そして日本を、北東アジアを、覆い始めているのではないか・・・。
 そんな危惧を抱かざるをえません。
(つづく)




 
posted by 木村知義 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(10)

(承前)
 前のコラムを書いた直後、新たなニュースに接しました。
 
 まず、韓国の李明博大統領が24日午前、哨戒艦「天安」沈没事件の調査結果にかかわって国民向け談話を発表することになったということで、ここで李大統領は、「北朝鮮に対する断固とした対応措置」を取る意向を示すとともに「国連安全保障理事会への問題提起など国際共助を通じた対応方向」(聯合通信)についても表明することになるということです。

 また、李大統領の談話発表終了後に外交通商部の柳明桓(ユ・ミョンファン)長官、統一部の玄仁沢(ヒョン・インテク)長官、国防部の金泰栄(キム・テヨン)長官が、合同記者会見を行い、北朝鮮への具体的な対応策を発表する予定だということです。

 一方、このことをBBCニュースが伝えたとして、国連の安全保障理事会理事国ロシアの「ロシアの声」放送がいち早く転電で報じています。(5月23日夜、「ロシアの声」Webによる)

 ロシア外務省のネステレンコ報道官は、韓国で「調査報告」についての発表があった20日、今回の調査がかなり詳細に行われたとしながら、韓国側とは事前交渉があったものの、北の犯行疑惑を確証できるような証拠は示されなかった点を指摘して、韓国から受け取ったものがあくまで「調査結果に関する発表」であり「実際の結果」を受け取り検証するまで結論は出せないとして「彼らは検証が終わったことを確認しているようだが、我々には時間が必要だ」と語っていました。(「ロシアの声」による)
 
 「調査結果」発表後の「動き」が慌ただしくなってきました。

 事態の動向は、このコラムの続きを、「のんびり」と書いていることを許すかどうかわからなくなってきましたが、とにかく続けることにします。

 完璧な「証拠」に裏付けされ、かつ専門家の緻密な検証と原因追及の論理構築に一介の素人が疑問を抱くなどという「不遜」なことが許されるのかどうか、少なくとも大メディアの誰一人、紙面なり番組なりでそんなことを書き、語っていないなか、まるで無謀としか言えない所業というべきかもしれません。

 それだけのことを自覚して、しかし、少し書いておきたいと考えます。
 つまり、もし「それはおかしい!」というなら、ぜひ納得できる答えが欲しいと切望するからです。

 したがって、国際的な専門家が大勢集まって「究明」し論理構築したものに対して、にわか勉強、一知半解の「知識」で挑もうというような大それた気持ちは一切ありません。

 ただ、素朴な疑問に答えてほしいと思うところを述べてみようと考えただけです。

 さて、何から書いていけばいいのか気の遠くなるほどいっぱいあるのですが、それを全部書き連ねるには時間とスペースが足りません。

 また、どういうわけか、このところ背中から肩、腕にかけての痛みに悩まされているため、キィーボードにふれるのが辛く、最低限の事柄にとどめざるをえません。

 そこで、まず、哨戒艦天安沈没「事故」が起きた当時に記憶を戻してみることから始めたいと考えます。

 この「事故」が起きたのは3月26日の夜のことでした。

 思い返してみると、「事故」発生当初は日本のメディアの扱いも決して大きなものではなかったと記憶しています。

 手元に残している日本の新聞よりも韓国での報道をたどるほうが報道のトーンの「変化」がよくわかるので、聯合通信の報じ方を読み返してみます。

 聯合通信の第一報だと思われるものは、2010年3月27日0時0分配信で、
「黄海の白リョン島付近で警備中だった韓国海軍の哨戒艦が26日午後9時45分ごろ原因不明の爆発により沈没していると軍消息筋が伝えた。軍消息筋は、哨戒艦が船体後方から沈没しており、攻撃を受けた可能性が提起されていると明らかにした。哨戒艦の乗組員は104人で、このうち相当数が爆発当時、海に飛び込んでおり、人命被害が懸念されている。」
 というものでした。
 
 その後、「黄海の白リョン島南西沖で警備活動中だった海軍哨戒艦『天安』(1200トン級)が26日午後9時45分ごろ、船体後方に穴が開き、沈没した。合同参謀本部情報作戦処長のイ・ギシク海軍准将は27日、艦艇の船底に原因不明の穴が開き、沈没したと説明した。穴が開いた原因が明らかになっていないため、北朝鮮によるものと断定はできないとし、一刻も早く原因を究明し、適切な措置を取る方針を示した。哨戒艦の沈没地点は白リョン島と大青島の間、北方限界線(NLL)から南方に遠く離れた海上で、27日午前1時現在、艦艇の乗員104人のうち58人が救助された。残り46人の救助活動も続けられている。合同参謀本部は人命救助作業を最優先に行っているため、まだ正確な事故原因は究明できずにいると説明した。一角では、船尾に穴が開いたため、北朝鮮の魚雷艇などによる攻撃の可能性も提起されているが、合同参謀本部は『確認されていない』とし、慎重な反応を示した。また、事故当時、事故海域近隣で作戦中だった別の哨戒艦『束草』のレーダーに正体不明の物体が捉えられ、警告射撃を5分間行った。イ准将は『レーダーに捉えられた物体の形状から鳥の群れと推定されるが、正確な内容の確認を行っている』と述べた。一方、李明博(イ・ミョンバク)大統領が26日午後10時に招集した安保関係長官会議は27日午前1時ごろに終了した。同日の午前中に再び会議を開き、事態の把握に努める予定だ。青瓦台(大統領府)の李東官(イ・ドングァン)弘報(広報)首席秘書官は、北朝鮮との関連の可能性については現時点では予断できないと明らかにした。」(3月27日8時2分配信)

 「在韓米軍は黄海・白リョン島南西沖での海軍哨戒艦『天安』(1200トン級)沈没事故に関連し、北朝鮮の介入の可能性は低いと判断していると伝えられた。軍の事情に詳しい情報筋が27日に明らかにした。事故前後に朝鮮人民軍の特異動向がとらえられていないことを根拠としているという。一方、韓国海軍は、事故海域の水深は24メートルほどだが、暗礁は存在しない地域と判断し、座礁による事故の可能性は大きくないとみている。また、軍一角でも、沈没地点が北方限界線(NLL)から遠く北朝鮮軍艦艇の侵透が制限されており、比較的浅海のため敵艦隊の機動も容易ではないことから、『天安』内部で爆発があった可能性が提起されている。ただ、国防部の金泰栄(キム・テヨン)長官は、この日事故海域に向かう前、記者らに対し『深海を探索してみなければ、事故原因は分からない』と述べ、慎重な姿勢を示した。海軍はこの日午後から、事故原因究明と行方不明者の捜索に、戦時・平時の海難救助作戦と港湾および水路上の障害物除去などの任務を遂行する海軍特殊潜水部隊SSUを投入した。天候も午後から比較的安定しており、18人の要員が特殊潜水装備を着用し水中に入り、爆発した船体部分を詳しく調査、今回の事故が魚雷や機雷など外部衝撃によるものか、内部爆発によるものか、原因把握に当たっている。同時に、行方不明者46人の多くが船内に閉じ込められているものと見て、沈没した哨戒艦の隅々まで捜索し、生存者の救助と船体引き上げなどの作業に入る。ただ、長時間の捜索作業が可能なほど天候が良いわけではなく、軍関係者は、27日中に調査を終えるのは難しいとの見方を示している。」(3月27日15時32分配信)と北朝鮮の関与にかかわっては微妙に「変化」していきました。

 また、米国防総省のスポークスマンも米国時間26日に行われた記者会見で「むやみに結論を急ぐべきではない」と前置きした上で、「現時点では北朝鮮が関与した証拠はない」としました。
 
 当初から「北朝鮮攻撃説」で突っ走った一部のメディアを除いて、聯合通信などのメディアは、沈没発生当初は「北朝鮮軍の魚雷によって沈没した可能性」にふれはしましたが、その後は米国の見方などともあいまって「政府高官関係者は27日、『まだ正確な事故原因は究明されていないが、政府各官庁でこれまでの調査状況を総合すれば、今回の事故は北朝鮮によるものとは見られないというのが、政府の判断』だと明らかにした。」(聯合通信3月27日16時22分配信)などと、報道のトーンが変化したことは思い返しておく必要があります。

 その後行方不明者の捜索が難航し家族の苛立ちも昂じてくる中でネットなどでも政府の危機管理能力に対する辛辣な批判が飛び交うようになっていきます。

 そして、処理されずに残った「機雷」説や「疲労破壊」など、諸説が交錯する中、一部メディアが「天安」の沈没と前後して北朝鮮の「半潜水艇」が周辺海域で稼動していたと報じたことについて、青瓦台(大統領府)が「確認の結果、まったく事実ではない」ときっぱりと否定するとともに、そうした一部のメディアで北朝鮮の魚雷によって「天安」が沈没した可能性も取りざたされていることについて「北朝鮮潜水艇の作戦遂行能力などを考慮すると事実ではない」とし、さらに 国防部も、半潜水艇の出没説について「当時、北朝鮮に特異兆候はなかったと把握された」として、「そのため事故当時も非常事態が下されなかったと説明した」と伝えられました。(聯合通信4月1日9時16分配信)

 在韓米軍もまた、シャープ司令官(韓米連合司令官兼務)が4月6日におこなわれた講演で「米国は事故調査のため最高の専門家チームを派遣するとし、同チームが韓国ともに、事故原因を正確に究明するだろうと期待を示した。また、李明博大統領が強調したように、米軍は精密に分析作業を行うと説明した。
 そのうえで、北朝鮮を連日近くから観察しているが、現時点で特異活動はないとみていると強調した。」(聯合通信4月6日17時32分配信)と、北朝鮮の関与説を否定していました。

 では、どのあたりから「北朝鮮関与説」に「反転」しはじめるのでしょうか。



(つづく)
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2010年05月23日

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(9)


 普天間飛行場の問題で、今月4日に続いてふたたび沖縄に出向いた鳩山首相が仲井真知事らを前にして、名護市辺野古のキャンプシュワブ沿岸部に移設する考えであることを伝える様子をきょう昼前のテレビの中継で見ました。

 「沖縄の負担軽減と危険性の除去を実現するために確実な方法として、普天間基地の県外移設の可能性を真剣に探ってきた。しかし、国内や日米間で協議を重ねた結果、普天間基地の代替地は、名護市辺野古付近にお願いせざるをえない結果となった。普天間基地の返還を実施するために、どうしても代替施設を探さなければならないという現実を踏まえて断腸の思いで下した結論だ」
 と述べるとともに、
 「なぜ県内なのかという皆さんの懸念、怒りはもっともだと思うが、昨今の朝鮮半島の情勢からも東アジアの不確実性がかなり残っており、海兵隊を含む在日米軍全体の抑止力を低下させてはならない。一国の総理大臣として、安全保障上の観点から申し上げなければならない。『できるかぎり県外』ということばを守れなかったことに加え、今回の結論に至る過程の中で、県民に混乱を招いたことに対して、心からおわび申し上げたい」
 と語る鳩山首相の姿が映し出されていました。

 「昨今の朝鮮半島の情勢」からも「海兵隊を含む在日米軍全体の抑止力を低下させてはならない」というのです。

 「昨今の朝鮮半島情勢」が何を意味するのかは言うまでもありませんから、まさに韓国の哨戒艦「天安」の沈没問題が「天佑」のように降って湧いてきた展開となったわけです。

 20日の天安沈没問題についての「調査結果」の発表を受けて
 「私どもとすれば、これは韓国の立場を支持をする。すなわち、もし韓国が安保理に決議を求めるということであれば、ある意味で日本として、先頭を切って走るべきだ」
 「私たちはこの問題で国際的に協力してしっかりと戦っていかなければならない」
 と、異様に感じるほどの際立った高揚感のこもるコメントをした気持ちがわかるような気がします。

 ただし、鳩山首相の不幸は、これほどまでに「北朝鮮の脅威と抑止論」に身を寄せたにもかかわらず、沖縄からの中継を見ながらスタジオでコメントを求められた、前政権時代までは外交アドバイザー的な立場にありながら、政権交代で「遠ざけられ」最近ではまた鳩山首相から「頼りにされている」と巷間の噂のある人物が「(これまで日米同盟の問題にかかわってきた立場からいえば)こんなことは常識だ。これまでの経験者をはずして、半経験者、素人を集めてやろうとしたから(こんなことになったの)だ。」と冷たく突き放されるという、笑えない「喜劇」にあるというべきでしょう。

 それ以上に、この話を受けて、テレビではおなじみの新聞の政治担当編集委員が「鳩山さんの善意と(この日米外交のアドバイザーの)経験が生かされないのは不幸なことだ」と言うのを目の当たりにして、身をよじるようなこのおもねったコメントに、見ているこちらの方が気恥ずかしくなるほどで、日本の大新聞といわれるところに身を置く記者のレベルというものを深刻に考えさせられました。

 さて、その大新聞が、そして放送も含めた大メディアがこぞってしかも一致して伝えた内容に、野にある一介の素浪人が「異議申し立て」するなどという「無謀」なことが果たしてできるのか・・・。

 実のところ、う〜ん、とうなってしまうところですが、ここは勇をふるって書き進むことにしましょう。

 韓国の軍民共同の調査団、しかも米国をはじめ4か国の専門家が参加した国際合同調査団による沈没原因調査報告のポイントやその根拠となった「エビデンス(証拠)」類の映像は繰り返し伝えられていますが、「調査報告」の全容はあまり目にしませんので、煩雑でも、まず採録しておく必要があると考えます。

 どのような判断、立場に立つにしても、今後、検証を深める際にはこの報告の詳細が「原点」となるわけですから、精読は欠かせないと考えます。

 その内容は以下のようなものだと伝えられています。
 (大新聞の記者ならいざ知らず、というと皮肉がキツすぎるかもしれませんが、現時点では原文を入手して精査できる立場にはないので、いまのところ、「伝えられています」と間接話法で語る以外にありません)

1.民軍合同調査団は国内10の専門機関の専門家25人と軍の専門家22人、国会推薦専門委員3人、米国、豪、英国、スウェーデンなど4カ国の専門家24人が参加し、科学捜査、爆発類型分析、船体構造管理、情報分析など4つの分科に分けて調査活動を実施した。

2.今日の発表内容は調査団に参加した国内外の専門家らが科学的、客観的な接近方法を通じた調査活動と検証過程を経て導き出した結果である。

3.現在まで海底から引き揚げた船体の変形形態と事故海域から得た証拠物を調査および分析した結果を見ると、哨戒艦「天安」はガスタービン室の左舷の下段部から感応魚雷の強力な水中爆発によって船体が切断され、沈没したと判断される。

4.沈没原因を魚雷被撃と判断した理由は、船体損傷の部位を精密計測してみたところ、
(1)衝撃波とバブル効果によって、船体の骨格が艦艇の建造当時と比較して上のほうに大きく変形し、外板は急激に折れ、船体には破断した部分があった。
(2)主甲板はガスタービン室内の装備の整備のための大型開口部の周囲を中心に破断され、左舷側が上のほうに大きく変形し、切断されたガスタービン室の隔壁は大きく毀損し、変形した。
(3)艦首と艦尾の船底が下から上のほうに折れたことも水中爆発があったことを立証する。

5.艦艇の内外部の表面を綿密に調査した結果、艦艇が左右に激しく揺れるのを防止する艦安定機に表れた強力な圧力の痕跡、船底部分の水圧およびバブルの痕跡、熱の痕跡がない電線の切断などは水中爆発による強力な衝撃波とバブル効果が艦艇の切断及び沈没の原因だと知らせている。
 生存者とペクリョンド海岸の哨兵の陳述内容を分析した結果、生存者はほとんど同時的な爆発音を1、2回聞き、衝撃で倒れた左舷の兵士の顔に水が飛び散ったという陳述と、ペクリョンド海岸哨兵が2、3秒間、高さ約100メートルの白色の閃光の柱を観測したとの陳述内容などは水中爆発で発生する水の柱の現象と一致した。

6.また、遺体検査の結果、破片傷と火傷の痕跡は発見されず、骨折と熱による傷が観察されるなど衝撃波およびバブル効果の現象と一致した。

7.韓国地質資源研究院が地震波と空中音波を分析した結果、地震波は4カ所で震度1.5規模で感知され、空中音波は11カ所で1.1秒の間隔で2回感知された。地震波と空中音波は同一の爆発原因で、これは水中爆発による衝撃波とバブル効果の現象と一致した。

8.数回に及ぶシミュレーション結果によれば、水深約6〜9メートル、ガスタービン室の中央からおおよそ左舷3メートルの位置で総爆発量200〜300キログラム規模の爆発があったと判断される。

9.ペクリョンド近海の潮流を分析した結果、魚雷を活用した攻撃に制限を受けないと判断した。

10.沈没海域で魚雷だと確証できる決定的な証拠物として魚雷の推進動力部であるスクリューを含めた推進モーターと操縦装置などを回収した。

11.この証拠物は北朝鮮が海外に輸出する目的で配布した魚雷紹介の資料の設計図に明示された大きさと形態が一致し、推進部の後部の内側にある「1番」というハングル表記は我々が確保している北朝鮮の魚雷の表記方法と一致する。このようなすべての証拠から回収した魚雷の部品が北朝鮮で製造されたことを確認した。

12.また、このような結果により、一部で持続的に提起してきた座礁や疲労破壊、衝突、内部爆発とはまったく関連がないことを確認した。

13.結論として、沈没海域で回収した決定的な証拠物と船体の変形、関連した人の陳述、遺体の検査結果、地震波及び空中音波の分析結果、水中爆発のシミュレーション結果、ペンリョンド近海の潮流分析結果、収集した魚雷部品の分析結果に対する国内外専門家の意見を総合すると、
(1)天安は魚雷による水中爆発で発生した衝撃波とバブル効果によって切断沈没した。
(2)爆発位置はガスタービン室の中央から左舷3メートル、水深6〜9メートル程度、武器体系は北朝鮮で製造した高性能爆薬250キログラム規模の魚雷と確認された。

14.5月4日から運用してきた米豪カナダ英など5カ国の多国的連合情報分析タスクフォースによって確認した事実は次の通り。

15.北朝鮮軍はロメオ級潜水艦(1800トン級)約20隻とサンオ級潜水艦(300トン級)約40隻、サーモン級(130トン級)を含めた小型潜水艇約10隻など約70隻を保有しており、今回天安が受けた被害と同一規模の衝撃を与えられる総爆発量200〜300キログラム規模の直走魚雷、音響および航跡誘導魚雷など多様な性能の魚雷を保有している。

16.この事実と事件発生海域の作戦環境などを考慮すると、このような作戦環境の条件で運用する水中武器体系は小型潜水艦艇だと判断される。

17.また黄海の北朝鮮海軍基地で運用していた一部の小型潜水艦艇とこれを支援する母船が天安攻撃の2、3日前、黄海の北朝鮮海軍基地を離脱したとあとに天安攻撃2、3日後、基地に戻ったことが確認された。

18.さらに、ほかの周辺国の潜水艦艇はすべて自国の母基地またはその周辺で活動していたことが確認された。

19.5月15日、爆発地域近隣で漁船が回収した魚雷の部品など、すなわちそれぞれ5つの純回転および逆回転スクリュー、推進モーターと操縦装置は北朝鮮が海外に武器を輸出するためにつくった北朝鮮製武器の紹介冊子に提示されている「CHT―02D」魚雷の設計図面と正確に一致している。この魚雷の後部推進体内部で見つかった「1番」というハングルの表記は我々が確保している別の北朝鮮製魚雷の表記方法とも一致する。ロシア製魚雷や中国製魚雷はそれぞれその国の言語で表記する。

20.北朝鮮製「CHT―02D」魚雷は音響航跡などを使い、直径21インチ、重さ1.7トン、爆発装薬250キログラムに達する重魚雷である。

21.あらゆる関連事実と秘密資料分析に基づき天安は北朝鮮製魚雷による外部水中爆発の結果、沈没したという結論に到達した。

22.また、以上の証拠を総合してみると、この魚雷は北朝鮮の小型潜水艦から発射されたという以外にほかに説明できない。

(項目番号は、便宜的に、筆者による)

 「あらゆる関連事実と秘密資料分析」から哨戒艦天安は「北朝鮮製魚雷による外部水中爆発の結果、沈没したという結論に到達し」「この魚雷は北朝鮮の小型潜水艦から発射されたという以外にほかに説明できない。」ということで、証拠の魚雷の一部部品などとともにこの「精緻」な報告を示されると、私たち「素人」には言うべき何ものもないということになるのでしょう。

 が、しかし!です。

 大新聞、大メディアのジャーナリストは、完膚なきまでに、というぐらいに示されたエビデンス(証拠)に対しても、まずは自分の目で見、足で調べ、自分の頭で考え、検証して伝えていくということが最低限の責務としてあるのではないでしょうか。

 そう考えると、今回の「調査報告」にかかわる発表について伝える各メディアのありようを目の前にすると、いささか心寒いというか、はっきり言えば戦慄を覚えるとさえ言うべき「一様さ」に言葉を失います。

 ジャーナリストにとっては「所与の前提」はあってはならないことであり、それが歴史に責任を持って立ち向かう「報道者」としての最低限にして最大の自覚であり、矜持であるべきではないでしょうか。

 大メディアだけではありません。

 数日前に聴講した朝鮮半島問題の専門家の講演でも「99%北がやったということは間違いない」と、この人物は良心的だからなのでしょうか自信がなかったからなのでしょうか、百パーセントとは言わなかったのですが、語りました。

 また、20日の夜から今日にかけてのテレビ番組に出演した「専門家」たちもこぞって「北の仕業に間違いない」もしくは今回の発表を疑う余地のない前提として「北朝鮮の仕業」とする論調を重ねていました。

 独特の語り口と巷間膾炙したニックネームで人気のある元政治家が「むこうはやけくそになっているんだから、経済的にも締め上げてつぶす方向に持っていった方がいい」と言い放ったのは論外としても、冷静に考えるべきだと説く識者もその理由は、今回の問題は過去の冷戦時代の脅威とは異なって「ならずものの脅威」なのだからと言うのを聴くにつけ、ジャーナリズムのみならず、言論、言説の困難を思わずにはおれませんでした。

 したがって、ここで大メディアやそうした専門家、識者に何かを申し立ててもまさしく「蟷螂の斧」の類かもしれませんし、第一、メディアの記者をはじめ、そうした人たちが何の痛痒も感じないかもしれませんから、いかほどの意味があるかはわかりません。

 しかし、これは捨て置けないと感じるのは私一人だとは思えないのです。

 では、お前は北の仕業と言うことを否定するのか!と言われれば、もちろんそれを否定できるだけのエビデンス(根拠)も持ち合わせていません。

 しかし、では、近いところでひとつだけ例を挙げるとして、パウエル国務長官が国連安保理という場であれほど「完璧」なエビデンスを挙げてイラク開戦に至ったことを思い起こしてみるとき、記者や専門家の人々は、忸怩たる思いはないのでしょうか、と問いたくなるのです。

 そうした責任をいまだに検証することもなく、口を拭って、さも他人事のように、いまになってイラク戦争は間違っていたなどと語って何ら恥じない大メディアの記者たちや専門家、識者は、少しは「おそれ」というものを知るべきだと、私は思うのです。

 さて、そうしたパースペクティブを確認したうえで、今回の「報告」について述べる際、一見矛盾するように響くかもしれませんが、まずは、今回天安が沈没した海域は「何が起きても不思議ではない」緊張の海であることを認識しておかなければならないと思います。

 ここにあまり紙幅を費やすことは避けようと思いますので端折りますが、この海域には「二つの境界線(ライン)」が存在することを忘れてはならないと考えます。

 我々が普段目にするニュースでは、北朝鮮の艦船が「北方限界線」(NLL)をこえて「侵犯」したということがほとんどですが、立場を変えて北朝鮮側から見れば、「西海海上軍事境界線」を「侵犯」しているのは韓国の軍船であり、北にとってみれば自国の「海上境界線」海域内を航行しているだけなのだという論理になるということです。

 つまり、陸地については、1953年7月27日の朝鮮戦争の停戦協定にもとづく「軍事境界線」が存在するわけですが、このとき海上の「境界線」については明記されず、その後韓国はNLLを、北朝鮮は「西海海上軍事境界線」を、それぞれ主張することになり、相互にとってそれぞれ異なる「侵犯」の主張がありうる海域になっているということは忘れてならない重要なポイントです。

 今回の天安沈没という問題が起きて、私は、日頃から尊敬している戦略・軍事の専門家に、率直に言ってどう受けとめているのかと質問し、教示を乞うたことがあります。

 返ってきた答えは実に示唆深いものでした。

 あくまでもその一部だけですが、引用すると以下のような内容でした。
(文中でおわかりと思いますが、この質問と回答は20日におこなわれた「調査報告」の発表のずっと以前のことです。)

 「この場所は陸上のDMZ(非武装地帯)と違って、朝鮮側と米韓側との間に停戦ラインが確定していない交叉地域ではないかと思います。南は北方限界線と称して自国領海とみなしており、米韓軍は演習などで威力誇示を常続的に行っていますし、北も自領とみなしてパトロールを行っているので、ときたま局所的な交戦が勃発しているわけです。つまり、交戦は異常ではなく、むしろ正常であるとも言えるのではないでしょうか。これまでは大型艦を有する南側が優勢を占める戦例が多かったようです。
 示威やパトロールをやめれば、相手側に既成事実を作られてしまうわけですから、不期遭遇戦が生起するのは避けられません。現場の部隊や指揮官としては、上層部からの命令が無ければ、自動的に戦闘行為に突入するのはむしろ当然とも言えるのではないでしょうか。消極退嬰は処罰の対象になり得ます。時としてお互いに『威力偵察』なり『武力偵察』を行うのも当然のことでしょう。だからといって、全面戦争にまで拡大発展するということにはなかなかなり難いことは容易に理解できるのではないのでしょうか。」

 「要はこの両側の主張が食い違う海域で不期遭遇戦が起きても、どちらが正、どちらが邪という話ではないという事が一つ。それと、国際政治上、国際戦略上、どちらが仕掛けたとしてもそれなりの理屈は付くということが一つ。南が証拠不十分のまま(確定的になったとしても)北攻撃論を主張するのは、米日が対北宥和論に傾斜するのを妨げ、北孤立を続行し、北の自壊を待つ。北が攻撃したとすれば、膠着状況下にある対米関係を動かすため、敢えてリスク覚悟で武力示威(挑発ではなく)に出た(この場合、金正日将軍以下の十分な分析判断の下で)という高等統帥(政治的)の存在を推定することも可能ではないかと思います。」

 こうしたことをふまえて、「宣伝戦を互いに戦っている」のだから「為にする議論に一喜一憂することなく」冷静に見ておかなければならないとアドバイスが締めくくられていました。

 いただいた教示のほんの一部の引用ですが、語って余すところがないというべきです。

 ただし、言うまでもありませんが、「何が起きても不思議ではない緊張の海域」だから何が起きてもかまわないと、私が考えているわけではありません。

 乗り組んでいた46人の将兵の命が失われたことは痛ましいことであり、それを「何が起きても不思議では」ないゆえに仕方のないことだなどと考えているのではないことははっきり言っておかなければなりません。
 (救助、捜索作業でも犠牲者が出ているのですが、それが本当に「天安」の沈没現場海域であるのかどうかについて諸説あるので、ここではひとまず「天安」に乗り組んでいた将兵46人という犠牲者の数だけを挙げておきます)

 しかし、この戦略・軍事専門家の指摘にある事柄は、私たちが冷厳な現実として知っておく必要があると思います。

 さて、その上で、しかし!というべき問題があります。

 それは今回の「調査報告」をあたかも至上のというかまったくの「所与の前提」とする報道に問題はないのかという点です。

 これまでの各紙、各メディアあるいははじめにふれた専門家や識者の誰一人として「北朝鮮の潜水艇が発射した魚雷による沈没」という発表になんの疑問や疑念も持たず、書き、語っていることに、私たちは唯々諾々と従っていていいのか?!ということです。

 また、記者たちは、専門家たちは、そして識者たちは、何も疑うところはないのですか?!ということなのです。

 率直に言って、私は今回の「発表」を目にして、というより、この発表に至る、事の推移を見据えるとき、ぬぐいがたい重大な疑念が頭をもたげてくるのです。

 完膚なきまでに、というぐらいに完璧に提示されたエビデンスが「うそ」で塗り固められていたが、それを的確かつ有効に見抜くことができずに「戦争」に突き進んだという経験は、先ほど例に挙げたイラク開戦にとどまらず、枚挙にいとまがないというべきです。

 メディアであれ専門家であれ、識者であれ、このことに対する「おそれ」を忘れるべきではないと考えるのです。

 自己の責務、使命の重さを考えるなら、事に対してすべからく謙虚であるべきだと、わたしは考えます。

 ここまでが、今回の問題を考えていく、私の基本的な視座ということになります。

 そこで、では今回の「発表」への疑念とは具体的にいかなるものかということになります。
(つづく)




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2010年05月09日

金正日総書記訪中、普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(8)

 
 金正日総書記の中国訪問について、きょうまでに、各メディアでおおむねの初歩的な「総括」(まとめ)が報じられています。
 そうした報道をもとに少しばかり整理しておく必要があると感じます。

 その前に、前回、米国務省のクローリー次官補の5日の定例会見でのコメントについて、元のテキストにあたって確認しておかなければならないのではないかと書いた問題についてです。

 以下はその元テキストです。

 まず、金正日総書記訪中問題にかかわるクローリー次官補のコメントです。

Cannot verify Kim Jong-il comments in China/ U.S. shared views with China/ Hope North Korea will meet its commitments and cease provocative behavior
U.S. supports South Korean investigation into sinking of naval vessel/ Will draw conclusions once the investigation is complete .

 続いて、その後の質疑の中からこのテーマにかかわる部分です。

QUESTION: P.J., do you have any comment on the report that Kim Jong-il said in Beijing North Korea is ready to return to Six-Party Talks?

MR. CROWLEY: I cannot verify what Kim Jong-il has said anywhere in China. We obviously are aware he’s there. It’s been reported there will be meetings between senior Chinese officials and North Korean officials tomorrow. We have shared our views with China in anticipation of this meeting. We hope that North Korea will live up to its obligations and meet its commitments. We hope that North Korea will cease its provocative behavior, but then we’ll see what comes out of the meeting tomorrow.

QUESTION: (Inaudible) your understanding was that he was there. Do you know if he has his son with him?

MR. CROWLEY: I – we do not.

QUESTION: I’m sorry, you do not know or you don’t --

MR. CROWLEY: Well, I don’t. I don’t --

QUESTION: You don’t know; not that you don’t believe that he --

MR. CROWLEY: I don’t know.

QUESTION: Thank you. That was --

QUESTION: Does the provocative behavior include anything that happened to a South Korean naval vessel a few weeks ago?

MR. CROWLEY: On that, we continue to support South Korea as it investigates that incident.

QUESTION: If I understand, then you think the response to sinking of Cheonan and the resumption of Six-Party Talks separate as two track; is that right?

MR. CROWLEY: Well, certainly, North Korea’s behavior has affected the pace of talks in the past. We are fully supportive of South Korea’s investigation, and obviously, when that investigation is completed, we will all draw conclusions and implicate – and then we’ll have potential implications. Let’s get to the end of the investigation first.

QUESTION: On Mitchell?

MR. CROWLEY: Hold. A follow-up?

QUESTION: Follow-up. You said on this podium yesterday you hope that North Korea will come back to Six-Party Talks. It means if Kim Jong-il in Beijing right now make decision and express come back to Six-Party Talks, you take part in Six-Party Talks?

MR. CROWLEY: Well, there are a couple of ifs there. Let’s see, but – I mean, we are – there are things that North Korea has to do if this process is going to move forward. And its behavior, living up to its obligations, meeting its commitments that it’s made over a number of years – those are things that North Korea has to do. And let’s see what they’re prepared to do. Meanwhile, we’ll take note of the meeting tomorrow and we’ll continue to work with South Korea on this investigation.


 
 私は、「中国と共有している」というところにもっと質問を重ねて突っ込んでいるのかと思ったのですが、そこはあまり深く触れられていませんので残念です。

 ワシントン時間で5日の日中ですから、クローリー次官補の言葉にもあるように、詳細についてはわからない段階でしょうから、本当は、冒頭発言のこの「U.S. shared views with China」というところについて、一体、何を、どう、中国と共有しているのかを突っ込むべきではなかったかと思います。

 ここが重要なカギだと思いますので、依然としてモヤモヤしたものが残ります。もちろん質問したからといってクリアーに答えるとは思えませんが、ニュアンスというものがわかるのではないかと思うのです。

 重ねてですが、せっかっく何も訊ねてもいないのに、「中国とviewsを共有している」と言っているのですから、金ジョンウンを同行していると思うかなどと聞くよりも、こここそ踏みこんでほしかったと、残念でなりません。

 さて、米国が中国と何を、どう共有しているのかと深くかかわる、「おおむねの総括」をめぐってです。

 各メディアの「まとめ記事」あるいは、テレビ各局の「まとめニュース」を見て、いまさらながら取材者の、あるいは伝える側の問題意識が問われるところだと痛感します。

 一体何が問題の本筋なのか、そこに加えて付随的に見えたことは何なのか、という一番大事な「仕分け」が実にぐらぐらと揺らいでいて、いい加減うんざりしてしまいます。

 何を問題だと認識して、なんのために取材しているのか、伝えているのか、焦点が定まらず、ただあれやこれやと覗き見ているだけという感じをぬぐえません。

 ですから、お笑いの類ですが、一方では、左足を引きずっていたことなどから金正日総書記の「健康不安ぬぐえず」と書くメディアがあるかと思うと、他方では「精力的に・・・」とか「健康回復ぶりをアッピール」と書くものがあったりと、付き合いきれません。
 
 また社説に「中国は北朝鮮を甘やかすな」というものやら「中国は北の勝手を許すな」などというものまで飛び出してきて面喰います。

 新聞の論説委員というのはもう少し良識と品のある人がなるものかと思っていましたが、こうした言説には品位というものが感じられず、読んでいる方が恥ずかしくなります。

 問題はすでに煮詰まっていて、要は「最終幕」の緞帳があがることになるのかどうかだということはすでに書きました。

 ただし、昨年末の中国の習近平副主席訪日の際の「6カ国協議の再開や朝鮮半島の非核化について新しいチャンスを迎えているのではないか。朝鮮半島問題は緊張緩和の兆しが出てきている。日朝関係にも期待感があり、日本としても積極的な対話と協議をしてほしい。」という発言以降、年が明けてからは「脅威と緊張」への「巻き戻し」が起きていること、それゆえに今回の金正日総書記の訪中が重要な意味を帯びているという問題意識であることはすでに書いてきたとおりです。

 とりわけ普天間飛行場の移設問題に象徴される沖縄と米国の世界戦略、そして李明博政権の対北政策、さらにそれらに規定されて日本の朝鮮半島政策や対中国、アジア戦略が無定見ともいえる「揺れ」を繰り返していることで、どんどん袋小路に入っていくという状況を前に、北朝鮮が勝負に出る、あるいは中国が「カード」を切るというところに踏む込むことを意味したのが、金正日総書記の訪中だったというべきでしょう。

 新華社通信の報道によると、9人の中国共産党政治局常務委員全員が総出で最大級のもてなしをして胡錦濤主席みずから金正日総書記の視察にも同行するという配慮を重ねたことがわかります。

 胡錦濤主席、温家宝首相それぞれとの首脳会談の席で、胡錦濤主席から5項目にわたる「提案」があったことは伝えられるとおりでしょうが、この新華社の報道をこえる「踏み込んだ話」についてはまだ明らかではありません。したがって、各メディアが言うように、「六か国協議復帰説得失敗」というのは早計に過ぎるというべきです。

 それよりも、いま六か国協議が再始動をはじめて緊張緩和に舵を切ることは阻止したいという「見えざる意図」が働いて、そのために哨戒艦「天安」の問題などもふくめて、この間のさまざまな「動き」があったと理解する方が自然だと言えます。

 (ここで言う「六か国協議の再始動」というのは六か国協議の前提となる「米朝協議」へという意味を含んでいることはいうまでもありません。)

 ここをメディは深く掘り下げて取材し、分析すべきだと思うのですが、みんな横並びの論調になってしまうのですから、救いがたいというべきです。

 もちろん金正日総書記と胡錦濤主席並びに温家宝首相との首脳会談で、笑顔の下の駆け引きは熾烈をきわめたでしょうから、そう簡単に一件落着とはいかないでしょう。

 しかし、上海万博開幕に合わせた韓国の李明博大統領の訪中と首脳会談、そしておなじく上海万博の開幕式に出向いた北朝鮮の金永南・最高人民会議常任委員長と胡錦濤主席との会談を終えて金正日総書記の訪中へと進んだ「段取り」からみても、周到に準備された今回の訪中ですから、やってみたけれどもダメでした・・・というような「子供の遊び」のようなことであるわけはありません。

 そこで残るのは米中間の駆け引きとせめぎあいということになります。

 その意味で、冒頭に挙げた、米中が何を、どう共有しているのかが重要なカギとなってくるわけです。

 6か国協議に関して金正日総書記が「各国と再開のため有利な条件を作り出したい」と表明したと伝えられていますが、中国が提案する協議予備会合への参加条件としてきた米朝協議などに言及しなかったことについては「協議復帰について、中国に委任する形を取った。綿密な計画に基づくものだ」(韓国国防研究院の白承周(ペクスンジュ)安保戦略研究センター長:「読売」5月8日)という指摘は的を射たものだというべきでしょう。

 このブログで北朝鮮の立ち位置を確認しておくためにと挙げた資料でもたびたび言及されている「9・19声明」(六か国協議で2005年9月19日にだされた共同声明)のレビューも含めて、今後米中がどう動くのか、まさに水面下の「せめぎあい」もふくめて、ささいな「兆し」から敏感にキャッチして解析していく感度が求められるのだろうと思います。

 そうした視点からは今月24,25日に北京で予定されている米中戦略・経済対話が要注目でしょう。

 また、5月3日のブログに項目だけでしたが挙げた中朝間の経済、実務面の協力、連携の「うごき」は、新華社の報道でも
 
 「在双方共同努力下,当前双方各領域友好交流合作都呈現出良好発展・・・成功協議的鴨緑江大橋新建工程将成為朝中友好合作的新象征。・・・」(表示できない簡体字を一部手直し)

 と、中国丹東市と北朝鮮新義州市を結ぶ鴨緑江大橋の新設などにふれているように、六か国協議への「復帰」問題と別のテーマとしてあるのではなく、一体となって事の成否を規定していく重要な位置づけ、要因として、動向に目を凝らしておく必要があると考えます。

 その意味では3日のブログ記事で挙げた、

 ○中国丹東市と北朝鮮新義州市を結ぶ橋の新設
 ○新義州の島を「経済特区」とし、中国企業を誘致
 ○北朝鮮が国境沿いの島などの開発権を中国企業に付与
 ○中国琿春市と北朝鮮羅先市を結ぶ橋の補修・建設や道路整備
 ○北朝鮮が平壌や開城などを外資に開放、中国企業が参入

 などの分野で具体的にどんな動きがはじまるのか、今回の視察先としてわかっている、

 大連:機関車製造工場、牛肉加工販売会社、水産加工工場、空調設備製造工場
 天津:港湾施設、経済技術開発区
 北京:バイオテクノロジー研究所
 などと合わせて、今後の展開の重要なシグナルという意味で要注目でしょう。

 さらに言うならば、今回の訪中の随行メンバーの中に国家開発銀行―朝鮮大豊国際投資集団のプロジェクトで重要な役割を負う、大豊国際投資集団理事長の金養健(朝鮮労働党統一戦線部長)、同集団役員の張成沢(国防委員会委員)が加わっていたことも、単に金正日総書記の側近という意味をこえて示唆するものが大きいといえます。

 一方、外務省の斎木アジア大洋州局長がワシントンに飛び6日、ボズワース朝鮮半島問題担当特別代表、6カ国協議担当のソン・キム特使と会談しましたが、そこで何が話し合われたのかを解析していくことも今後の展開を読む上で見落とすことのできない重要な要素になってくると言えます。

 最終幕の緞帳はどう上がるのか、あるいはそれを「阻止」する力がどう働くのか、一層目の離せないところに来ました。



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2010年05月07日

金正日総書記訪中終え帰国へ


 予想されていたことですが、きょう6日(もう暦がかわりましたので、昨日ですが)は金正日総書記の動向についての情報がガクンと少なくなりました。

 各メディアの報道も「・・・とみられています」「・・・の可能性もあります」「という情報もあります」という文体一色です。

 それらを比較してみると、メディアによって事実関係(の推測)がずいぶん違っていることに気づきます。

 こういうときは、つまり北京に入ってしまえば(釣魚台迎賓館に入ってしまうと)とにかく車の出入りを張るぐらいしかないわけで、動向がわからなくなることは当然のというか予想の範囲なのですから、無理してあやふやなことを報じる必要はないと、私などは、思うのですが、それでは現場では許されない、というか東京のデスクは許してくれないのでしょう。
 
 私は、こうした推測をあれこれ書くより、きょう(6日)は、もっと大事なことに目を向けておく必要があると思いました。

 一つは、アメリカの反響です。
 
 米国務省の広報担当、クローリー次官補が5日の定例記者会見で、「金正日総書記が6日に胡錦濤国家主席と会談するとの情報について『われわれは中国と考え方を共にしており、会談に期待している』」(共同)と述べたというのです。

 ただし、韓国の聯合通信が伝えた、
 「金総書記が中国にいる事実を把握しており、あす中朝高官の会談が開かれるものと承知している。われわれはこの会談を予想し、これに関する立場を中国と共有してきた」
 と伝えたのとは若干言葉のニュアンスが違っていますので、ここは原文での吟味が必要かと思います。
 
 しかし、いずれにせよこのクローリー次官補の発言は重要な含みをはらんでいると思います。

 もっとも、知ってか知らずか、どちらかは判然としませんが、この大事な部分がすっぽり抜け落ちてしまっている記事もあります。
 
 たとえば、「クローリー米国務次官補(広報担当)は5日の記者会見で、北朝鮮の金正日総書記と中国首脳との会談について、『北朝鮮が自身の義務と約束を果たし、挑発行為を停止することを望む』と述べ、金総書記が核放棄に向けた約束の履行などを表明することへの期待感を示した。」(「読売」)といった記事です。

 もう一つの重要なニュースは、今月15、16日の二日間韓国の慶州で日中韓3カ国の外相会議がひらかれることが今日(6日)発表されたことです。

 このタイミングでの日中韓の外相会議です。
 目には見えない熾烈な「火花」が飛んでいます。
 これこそ要注目です。

 また、もうひとつ加えると、韓国の反応が「八つ当たり状態」だと書いたのですが、これに李明博大統領がブレーキをかけたというのです。

 「韓中両国間に外交をめぐる対立はない」という内容の報道資料を韓国外交通商部が、わざわざ発表したということです。
 当然といえば当然のことですが、李大統領としても、これはまずいと考えたのでしょう。

 朝鮮日報は「今月3日、4日の両日、外交通商部のシン・ガクス第1次官と、玄仁沢(ヒョン・インテク)統一部長官が張金森駐韓中国大使と面会して中国の責任ある役割を求めるとともに、中国が金総書記の訪中について事前に通告しなかったことに対し遺憾の意を伝えたのとは、態度が大きく変わった。
 前日まで、駐韓中国大使を呼んで遺憾の意を表明していた同部と統一部が、突然方向転換したのは、大統領府内部の空気の変化と無関係ではないとみられる。」といささか不満げに伝えています。

 さて、きょう7日以降、今回の金正日総書記の中国訪問について、中国、北朝鮮両者の間でどのような発表がなされるのか、注目です。
 



 
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2010年05月06日

金正日総書記、北京へ


 金正日総書記は天津市内を視察した後そのまま車で北京に入りました。

 結局、中国初の高速鉄道には乗らなかったわけですが、不必要なことは一切しないという考え方が見えてきて興味深いものがありました。

 考えてみれば、いま、北朝鮮にとって高速鉄道(新幹線)は差し迫った政策課題としてあるわけではありませんし、そんなことに時間を費やするのは効率的ではないという考えがあったのでしょう。
 
 金正日総書記の実用主義というのでしょうか、実務に役立たないものには無駄な時間を割くことはしないという考え方が垣間見えて実に興味深く感じました。

 天津から北京市街に入って、長安街をフルスピードで走り抜けて釣魚台迎賓館に到着後、間をおかず人民大会堂に向かったということで、胡錦濤主席との首脳会談、あるいは晩餐会に臨んだという報道になっていますが、さらにあす(暦はもう今日ですが)時間をかけた首脳会談がおこなわれるのでしょう。

 内容について、すぐに発表があるわけではありませんが、その後、何が、どう「動く」のか注目です。

 それにしても、列車での長時間の移動、天津市内の視察、そして車での移動と、この3日間の物理的な「動き方」は、普通でも相当疲れるものだろうと思います。その意味でも、足が不自由だなんだとさまざまに取り沙汰されますが、この移動の様子からは健康の回復の度合いがかなりのものだと推し測られます。

 高速鉄道に乗らなかったことといい、列車と車での長時間の移動といい、目を凝らすと、何気ないあれこれからも、見えてくるものがさまざまにあるものだと感じます。

 さて、中朝首脳会談のその後、「事態」はどう動くのか、さらに目を凝らして見つめてみましょう。


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2010年05月05日

金正日総書記訪中、普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(7)


(承前)
 「戦略なき釈明の旅」(「毎日」)というレベルをこえて、ただただ唖然とする、ということばはこういう時のためにあるのかと思う鳩山首相の沖縄訪問でした。
 
 きのう、きょうと、各メディアで伝えられていることですから付け加えるべきことは少ないのですが、けさの新聞6紙のうち「“1周遅れ”気づいた現実」(「産経」)と「海兵隊の抑止力理解が『浅かった』」(「毎日」)という一面の見出しが、スタンスに幾分かの違いこそあれ、事態の本質を象徴的に表していると感じました。

 同時に「首相は在日米軍の役割を明確に説け」(「日経」社説)という論説、主張があらためて前面に出てくるようになったといえます。しかし検証されるべきは「場当たり連発『5月決着』絶望的」(「読売」)という点ではなく、「目算なき理想論 限界」(「東京」)ということをめぐってだろうと思います。

 何度も書いてきていることですが、突き詰めれば、問題は「抑止力」というとき、その前提に想定される「脅威」とは何なのかということでしょう。ここで問題にされる「脅威」とは何を指しているのか、本当に「脅威」を所与の前提とする思考でいいのか、これこそが厳しく問われなければならないのです。

 この間のコラムのテーマ設定を「普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ」としてきている問題意識はここにあるからです。そして金正日総書記の中国訪問がここにかかわって重要なファクターとなっているという認識なのです。

 この連関を、あるいは連環をきちんと認識しなければ起きていることの実体、実相がつかめず、事の本質が見えてこないというべきです。

 ですから、事によっては「次は・・・」という声も出ているといわれる仙石由人国家戦略相の言うような「(普天間問題が)片づかないからと言って政治責任を取らなければならない、そんなせせこましい話ではない」(「朝日」ハノイ発)などというのは言語道断というべきです。
 紙面には載っていませんが、仙石大臣はきのうハノイで「ちょっともつれた糸になっているようですけども。大きいといえば大きい、小さいといえば小さいというか、首相の描く21世紀のアジア、その中における日本のポジションということから考えていけば、この問題はおのずから解決できると思います」などと実にノーテンキなことを言っています。
 「大きいといえば大きい、小さいといえば小さい」とは聞き捨てならないことばだと、私は思うのですが、けさの新聞にはないので、記者たちは大したことだとは思わなかったのでしょう。
 四月の初め隅田川に浮かぶ屋形船で「番記者や官僚に囲まれて喜色満面」で「女性記者にぴったり寄り添ってカラオケで『銀座の恋の物語』をデュエット」(『選択』2010.5)したという仙石大臣。本当にこういう「感覚」の人が「ポスト鳩山」なのでしょうか。お寒いばかりの日本の政治状況です。

 なお、鳩山首相の沖縄訪問の陰に隠れてしまっているのですが、私は、きのうひらかれた普天間基地移設問題を巡る日米の「実務者協議」の重要性にもっと注目すべきだと考えます。
 日本側は外務省の冨田浩司北米局参事官と防衛省の黒江哲郎防衛政策局次長ら、米側からは国務省のドノバン筆頭次官補代理や国防総省のシファー次官補代理らという顔ぶれですが、きのうの5時間にわたる「協議」の内容がどのようなものなのか、メディアはきちんと取材して報じるべきだと思います。

 このメンバーは、4月22日にワシントンで同じ顔ぶれで、日米安保条約改定50年に合わせた「同盟深化に向けた実務者協議」を行っています。日米の「実務者」間ではすでに、「普天間問題」をどう処理するのかについて、ある「決着」をみているのではないか、そんな疑念が頭をもたげます。

 さて、「脅威の実体」が北朝鮮の存在であり中国の軍拡、なかんずく北朝鮮の核であるという認識で日米の防衛当局者の議論が重ねられたことはすでに書きました。であるがゆえにそこをこそ深く検証してみなければならないという問題意識で書き継いできていることも申し述べました。

 したがって、あくまでも最低限の指標を挙げるとしてですが、再々度掲げるならば、
 普天間−ワシントン核サミット−黄ジャンヨプ訪米、来日−金正日総書記訪中問題−天安沈没「事故」−韓国6月地方選挙−中国海軍演習−中井拉致担当相訪韓−金賢姫来日問題−小沢幹事長と検察審査会−上海万博開幕、そしてキャンベル国務次官補来日と日米同盟の今後、さらには東アジア共同体構想・・・
 という「環」の連なりのなかで物事を深く考えてみなければならないという問題意識でいるのです。

 そのなかに位置付けた場合、金正日総書記の訪中が極めて重要な位置を占めることになります。
 「最終幕の緞帳が上がるのかどうか」というもの言いもしました。

 くどいようですが、多くのメディで蔓延し始めている「覗き見主義」で金正日総書記の訪中に注目しているのではありません。でなければ「固唾をのんで注目している」などとは書きません。
 
 もっとも「覗き見主義」にも涙ぐましいところがあって、きのう金正日総書記が大連郊外の経済技術開発区の視察に向かった折、あるテレビ局で、大連駅から開発区を通って金石灘までを結ぶ「快速軌道電車」と思われる電車のなかから、並行して走る一行の車列を撮っている映像が放送されるのを見て、たしかこの電車は20分おきぐらいの間隔だったと記憶していたのですが、よくぞタイミングを合わせたものだと感心するとともに、イヤハヤこりゃ大変だわい・・・と取材カメラマンに同情したものです。

 こんな意表を突くような「スクープ映像」??に出会うこともありますが、論調はといえば押しなべて横並びで、それぞれ別会社、別の記者が取材しているのにどうしてこんなに同じ論調ばかりになるのだろうかと不思議でなりません。

 その最たるものが、韓国の哨戒艦「天安」沈没事故と今回の訪中のタイミングについてのとらえ方です。

 「中国にとっては、北朝鮮の経済破綻を防いで体制を維持することは国益にかなう。韓国海軍の哨戒艦沈没で、北朝鮮関与が明白になり、訪中を受け入れにくくなる前にその実現を急いだ」といったものです。

 この「横並び」はどこから生じているのか、それをぜひ知りたいと思うのは私だけでしょうか。あるいはどこかで、誰かが、こうした「同じような論調」になるようにリードしているのでしょうか・・・。この「横並び」は大いに気になるところです。

 ひとつひとつの「できごと」をまさにひとつ、ひとつではなく「どういう連なりにあるのか」それを的確かつ正確にとらえていく、真のパースペクティブ(遠近法)を欠くと事の実体と本質を見失うことになると、これは繰り返しですが強調しておく必要があると感じます。

 さて、そんななかで、なぜ大連なのかということについても、北朝鮮北東部の都市羅先と大連を港湾というつながりで位置付ける分析がおおむねの論調となっていますが、私は、それは否定できないが「微妙な問題」もはらんでいると書きました。

 北朝鮮は「北東部の羅津港の開発にあたって大連をモデルとするためだったようだ」「専門家によると、北朝鮮は北東の中朝国境近くに港湾開発を計画している。そのために中国の港湾都市・大連との連携を模索しているという。」というのですが、ここでいう「連携」とはどういうものなのか、この「専門家」にぜひ聞いてみたいものだと思います。

 東北三省と大連、そして北朝鮮の羅先、この関係をどう位置づけるのかは日本の北東アジア戦略にとっても重要なファクターとしてあります。これほど単純に言うことが出来る問題ではないことを、まさかこの「専門家」が知らないはずはないと思うのですが。

 あるいは取材者がそれを知らないためにこの「専門家」から体よくあしらわれたということなのでしょうか。

 そんななかで、けさの「朝日」は国際面で「国境の中州開発提案も」「金総書記、中国資本を切望」として、今回の大連視察で「羅先開発の意志を示し、外資を誘う考え」とし、「今年1月、国家開発銀行の設立を決定。外資誘致を担当する朝鮮大豊国際投資グループが100億ドル(約9400億円)規模の誘致計画を立て、主に中国企業を対象に誘致を進めている。」としています。もちろん「中朝首脳が新たな開発協力に合意しても、実際に投資が進むかどうかは不透明」としながらですが、通り一遍の「横並び」記事にうんざりしていたところに、ようやく、なんとか読むべき記事が出てきたという感じです。

 ところで金正日総書記は直接北京へ、ではなく、天津を経由して北京に向かうということです。これを書いている時点(午後2時)では報道されていませんので断定はできませんが、天津から北京までは、北京五輪にあわせて開通した、最高速度350キロで突っ走る高速鉄道に乗ることも考えられます。天津を発車すればジャスト30分で国際空港のような北京南駅に到着します。そこからは釣魚台迎賓館もそれほど遠くはありません。

 一方、金正日総書記の訪中についての各国の反響ですが、韓国のメディアの中には「韓国政府が4日、哨戒艦『天安』の沈没が北朝鮮の仕業である可能性が大きい状況で、李明博大統領の訪中(先月30日−今月1日)直後に金正日総書記を迎え入れた中国政府に対し、懸念と抗議のメッセージを重ねて伝えたことが分かった。」と伝えたのをはじめ、「中国政府が北朝鮮の金正日総書記の訪中3日前に開かれた韓中首脳会談で、李明博大統領に金総書記の日程を知らせなかったことをめぐって、国内で不満の声が出ている・・・」といささか「八つ当たり状態」のものもあります。
 今回の金正日総書記の訪中問題を分析するうえで見落とせない要素だと思います。

 と、ここまで書いてきたところに、「台湾の銀行、債務返済求め北・朝鮮貿易銀行を提訴」というニュースが入ってきました。

 韓国の聯合ニュースが伝えたものですが、詳報を見てみると
 「台湾の兆豊国際商業銀行(MICB)は、2001年に朝鮮貿易銀行が借りた500万ドル(約4億7354万円)相当の元金と利子などの返済を求め、1月14日にニューヨーク州南部連邦地方裁判所に訴訟を提起した。これを受け、裁判所は先月15日に原告のMICBと被告の朝鮮貿易銀行に対し、今月7日までに訴訟状況の要約書と訴訟の進行計画書を提出すること、17日に裁判所に出頭することを命じる文書を発送した。聯合ニュースが4日に入手したMICBの訴状によると、朝鮮貿易銀行は2001年8月25日に総額500万ドルをMICBから借り入れ、2004年9月15日までに、元金と利子を3回に分けニューヨークのMICB口座に返済することを約束した。しかし、朝鮮貿易銀行はこれをまったく返済せず、MICBの督促が相次ぐと、2008年12月に利子10万ドル、翌年1月に利子6万2000ドル、2月に元金10万ドル、4月と5月にそれぞれ元金10万ドルと、合計46万2000ドルを返済した。それ以降は返済をしていないという。これを受け、MICBは残りの元金470万ドル、返済期限日までの利子と延滞利子約178万4300ドルの総額約650万ドルについて、返済を求める訴訟を提起するに至った。 」
 というものです。

「事態」はいよいよ台湾をもまきこんで「同時進行」しているというべきでしょう。
 
 専門家のそしてジャーナリストの真価、存在意義が深く問われます。
(つづく)
 
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2010年05月04日

金正日総書記訪中! 普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(6)

(承前)
  きのうは夕刊がないため、終日、とりわけ夕方から深夜までテレビニュースに注目して過ごすことになりました。
 
 これまでの、金正日総書記訪中時のルートとされてきた瀋陽経由、列車で北京へということではなく、丹東で一度車に乗り換えて大連への高速道路を走るということになりました。

 この高速道路は昨年夏、私も丹東から大連まで車で走り抜けたことがあるので、車列が行く様を思い浮かべながら、朝から昼にかけてのニュースを見続けました。

 ところで、なぜ大連なのか、もうすでにいくつかのメディアで指摘されているように、今年1月4日に特別市にすることが発表されるとともに金正日総書記が訪問して、ふたたびというべきか、注目を集めるようになった北東部の都市、羅先市の開発計画や投資問題との関連が考えられるのでしょうが、それは当然の「想定範囲」として、そこにとどまるのか、もう少し時間をかけて慎重に分析してみなければならないのではないかと感じます。

 羅先市(かつては羅津:ラジン、先鋒:ソンボン)の「開発」問題は、国連開発計画・UNDP主導の豆満江(図們江)流域開発構想に位置付ける形で1991年にいわゆる「経済特区」に指定されながら、実質的には海外からの投資や開発が進まなかったという経緯をたどっています。

 それが昨年、中国サイドで、長春、吉林、図們を一体として開発、振興をめざす「長春・吉林・図們開放先導地域」(長吉図開放先導地域)構想が国家プロジェクトとして正式に批准されたことに連動する形で羅先市の特別市指定に至ったと理解するのが自然だと言えます。

 すると、港湾都市、羅先の開発という問題は大連と通底するものがありながら、一方では、中国の東北三省の「出口」として大連とどう「すみ分ける」のかという微妙な問題もはらんでいると言えるでしょう。

 そうした視野で、さらに深い分析が必要になるのではないかと、これは初歩的な「感慨」ですが、感じます。

 もちろん、同じ港湾都市として、港の整備、運用状況を視察して参考にするということは当然のことでしょうからそういう観測を否定するものではありません。

 しかし同時に、この羅先市の特別市指定と前後して、国防委員会の決定で設立が決まった国家開発銀行とそれへの投資誘致などを担当する対外経済協力機関、大豊国際投資グループとのかかわりで、もう少し考察、分析を深めてみる必要があるのではないかと、まさに初歩的な「感慨」ですが、感じます。

 この大豊国際投資グループの実質的なキィーマンである朴哲洙氏(中国国籍の朝鮮族といわれる)のプロフィルがもうひとつわからないので何とも言えませんが、このあたりの「目配り」も忘れてはならないのではないかと感じます。
(朴 哲洙氏は、1959年生まれ、中国延辺大学を卒業した後、北京対外経済貿易大学で修士取得とされています。)
 
 さて、大連の中心部にある富麗華大酒店(フラマホテル)に一泊した金正日総書記一行が北京に入ってから、胡錦濤主席をはじめ中国側首脳との会談に臨み、戦略的かつ一層実質的な「駆け引き」がはじまるのだろうと思いますので、きょう以降の「動き」から一層目が離せません。

 これまた「余談」の類ですが、ニュースに登場した朝鮮半島問題の「専門家」の解説を聴いていて、中には「オイオイそんなことでいいの!」と思わざるをえないものもいくつかありました。

 例を挙げると、まず一つは、今回の金正日総書記の訪中は「隠密にやりたいという北朝鮮の意向があって、世界中が上海に目を奪われている最中に、不意をついたように入った・・・」という珍妙な解説?があって驚きました。

 丹東の「中朝友誼橋」周辺、特に橋を目の下に望む中聯ホテルの宿泊客を移動させたり、周辺の警備体制を目に見える形で強化したり、あるいは丹東駅への立ち入りを制限したり、さらには大連の富麗華大酒店にあんな白い幕を張って、どこが「世界中が上海に目を奪われている最中に、不意を突いたように・・・」なのか、とまあこれは「お笑い」のような次元ですが、こんな専門家に解説をしてもらう方が不安になります。

 中聯ホテル周辺の警戒について言えば、映像から推測すると、フジテレビが鴨緑江を渡ってくる特別列車を友誼橋に向かって左の、河岸の「公園」あたりから捉えていたことを考えると、中国の公安はあえてこのあたりは「目こぼし」していたのかとも感じます。

 またTBSは橋の右側あたりで、そこは道路がカーブして友誼橋と並行する「断橋」(朝鮮戦争当時米軍の爆撃で破壊されたものを保存している橋で観光客に公開されている)の入り口につながるところですが、車で移動しながら撮影していたようなので、そちら側は規制が厳しかったのかもしれません。

 あくまでも放映された映像からカメラ位置を推測したかぎりではという限定つきですが、厳しい警戒といいながら、特別列車が渡ってくることを前提に、それなりに取材もさせるように「仕組まれていた」のではないかと感じさせるものではありました。

 もっとも特別列車が渡ってくる映像を撮っていない局もあって、そのあたりの事情は確認できていませんから、あくまでも映像からの推測であることを重ねてお断りしておきます。
 
 もうひとつ、専門家ならばここはもっと深く読むべきだろう!と思った解説は、なぜ今の時期の訪中かという問いに、要旨ですが、「近く韓国の哨戒艦『天安』の沈没事故についての調査結果が出るが、恐らく、北朝鮮の関与があったと証明される可能性が高い。事件の行方によっては韓国は国連安保理会に提起する。制裁という方向にいかないようにするには中国の役割は大きいので、事前に中国と詰めておく必要があったからだ・・・」という解説がなされたのでした。
 
 まさにこの「『天安』沈没事故」こそ、いま、深い分析を求められる重要な「問題」をはらんでいるというべきでしょう。
 もちろん韓国内の「主要メディア」(すべてのメディアではありませんが発行部数と歴史を誇るメディアを中心に)では北朝鮮の仕業であるとする断定的な論調になってきていますが、そういうときこそ朝鮮半島問題の専門家の鼎の軽重が問われるのだと、私は、思います。

 ところで、きのう朝から時系列でニュースを追っているうち、韓国の情報筋が、時間の流れに沿って、いかに早くかつ正確に金正日総書記の行動や旅のルートを把握するものかと痛感しました。

 ことばでは言い難い正確さで北の動きや情報をつかんでいることに、あらためて同じ民族同士であることの「絆」の強さを感じるとともに、水面下に息づく(であろう)南北の「つながり」にいささか「複雑」な感慨も抱きました。

 さて、一行がきょう中に北京入りするのかどうかはわかりませんが、南北関係に視線が及んだのを機会に、金正日総書記一行が北京に入るまでの時間を活用して、少しばかり南北関係の現況を見据えて考えておきたいと思います。

 といっても、これまで書き継いできている一連の問題意識の「流れ」とのかかわりで、最近読んで考えさせられた「論説」について少しふれるという形で述べておきたいと思います。
 私自身の「思い」について言えば、「天安」問題をはじめ韓国の李明博政権の対北政策や韓国内の状況について考えるところが山のようにあって、金正日総書記訪中という、目の離せない「動き」のある現時点では、それらをすべて書き継いでいく(時間的)余裕がありません。

 さてそこで、その「論説」とは、「News Week」誌に掲載された英国のジャーナリスト、エイダン・フォスターカーター氏の「韓国は『北方政策』を復活させよ」(原題は「Losing the North」News Week4月26日号 日本版は4月28日号に掲載)です。

 「一見すると韓同は好調だ。先進諸国が財政赤字と不況に苦しむなか、経済は今年5%成長すると予想されている。輸出額も昨年、イギリスを抜いて世界第9位になった。今年11月にはソウルで20か国・地域(G20)首脳会議が開催される。韓国が世界の強国と認められた証しと言っていい 。」にはじまるこの記事の中で、エイダン・フォスターカーター氏は「韓国政府が今、緊急に取り組まなければならないのは新たな『北方政策』だ」と主張しています。

 「韓国は07年、北朝鮮と造船や採鉱(北朝鮮には豊富な天然資源がある)を含む幅広い分野で共同事業を行うことに合意した。だが数週間後に大統領に就任した李は、すべてを捨ててアメリカの強硬派 と歩調を合わせた。本気で核を諦めなければ、何の見返りも期待で きない。―それが新しいメッセ一 ジだった。」

「北朝鮮との協力関係を終わらせるということは、韓国政府が今も自国の領土だと主張する半島の北半分への影響力を諦め、この土地を中国に譲り渡すということだ。 この幸運に中国はさぞ笑いが止まらないことだろう。中国企業は北朝鮮のインフラや鉱山に対して、韓国からの競争相手がまったくない状態で投資している。韓国の保守派はこれにいら立ち、このままでは北朝鮮は満州(中国東北部)の4番目の省になってしまうと不満を漏らしている。だがその責任は彼ら自身にある。韓国は1兆ドル規模の経済を持つのに、政府内の近視眼的な保守派は北の飢えた同胞にわずかな米を送ることすら批判する。太陽政策に掛かったカネはごくわずか。これで緩やかな再統一が実現できるなら、崩壊した旧東ドイツを抱え込んだ当時の西ドイツよりずっと安上がりだ。」(原文のママ)
 として李明博大統領は、盧泰愚大統領の「北方政策」と盧大統領が参考にした旧西ドイツの「東方外交」に学ぶべきだと述べています。

 続けて、
 「その第1の教訓は、国家とその指導者は短期間で成果を求めてはならないということ。太陽政策の効果は一朝一タには挙がらない。東万外交も、東ドイツを軟化させて崩壊を実現させるまで20年かかった。気に入らない政権に援助するのはしゃくに障る。だがそのおかげで東ドイツは援助頼みの体質に変わり、体制の腐食が進んだ。
 第2の教訓は、イデオロギ一や同義的(ママ、道義的の誤植か)な正しさがすべてではないということ。72年、リチヤード・ニクソン米大統領は、大量虐殺者と見なしていた中国の毛沢東の元を訪問して彼と抱擁した。そして時がたち、中国は変わった。」
 と書いています。

 言うまでもないことですが、ここに書かれていることのすべてに私が同感だということではありません。それを前提にして、しかし、いまの韓国の李明博政権に対してまさに「寸鉄人を刺す」論説だというべきでしょう。

 引用が長くなって恐縮ですが、なによりも論旨を損なわずに、ということを考えて、フォスターカーター氏の論説の最後のパートを引きます。

 「バラク・オバマ米大統領が同じように金正日と抱き合うことはないだろう。昨年の北朝鮮の核や、ミサイル実験は、米政府の友好姿勢に対する無礼な振る舞いだった。4月12、13日にワシントンで開催された核安全保障サミットで、北朝鮮はこれまでになく孤立させられた。だがアメリ力が強硬路線を続ければ、脆弱で危険な政権の暴発を招く危険がある。
 68歳になった金正日の健康状態は不安定で、北朝鮮はデリケートな後継問題に直面している。昨年のデノミネーション(通貨単位の切り下げ)の失敗で、経済の落ち込みも加速してしまった。
 韓国政府が北朝鮮に対する将来的な発言権を確保したいなら、李は我慢して北朝鮮との対話を再開しなければならない。1月にダボスで開かれた世界経済フォ一ラムで、李は金正日と前提条件なしでいつでも会うつもりだと語った。
 障害はあるだろうが、それこそ李がすべきことだ。そうでなければ彼はG20の議長としてではなく、北朝鮮を失った大統領として歴史に名を残すことになるだろう。」

 金正日総書記の訪中を見つめる「韓国の目」がどのようなものであるのか、それもまた朝鮮半島問題の専門家が解析、分析そしてなによりも思考を深めるべき問題としてあるのだと、これはフォスターカーター氏の論説を読んだ、朝鮮半島問題の「素人」の、私の、感慨です。
 
 金正日総書記一行の「動き」に目を凝らしながら、さらに考えてみたいと思います。
(つづく)



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2010年05月03日

金正日総書記訪中?! 普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(5)

(承前)
 さきほど、10時15分過ぎ、フジテレビで、金正日総書記が乗っているとみられる列車がけさ6時15分ごろ(日本時間)北朝鮮の新義州と中国の丹東の間の鴨緑江にかかる友誼橋を渡ったと映像つきで伝えられました。
 NHKニュースでは8時台に「北朝鮮と国境を接する中国の丹東に、定期旅客列車とは異なる列車が到着し、外交関係者の間では北朝鮮のキム・ジョンイル総書記が乗った特別列車ではないかという見方が出ています。」と、コメントと過去の資料映像で伝えていました。
 金正日総書記が中国に入ったことはまず間違いないと思われます。昼のニュースではさらに詳しい情報が伝えられるだろうと思います。

 「最終幕」の緞帳があがるかどうか、ただし、「最終幕」にも「第一場」から始まっていくつもの「場」があることだろうが、ということは今朝書きました。

 そこで、きのうに続いて書き継いでいく際に、押さえておく必要があるだろうと思ったいくつかの事項について、金総書記の訪中ということになりましたので、詳細はさてくとして、今現在の「成り行き」を見据える場合の重要なポイントになる、北朝鮮側の「立ち位置」について原資料に当たって見ておくことにします。

 なお、原資料ですから当然のことながら北朝鮮の公式的な言明です。
 ですからこのブログの読者の中には、北朝鮮側の「主張」だけを紹介するのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
 しかし、米国政府が、少なくともオバマ政権発足以降、朝鮮半島問題について包括的かつ公式に表明した文書にはめぐり合っていませんので、ここは比較対照のしようがありませんから、仕方ありません。

 また、それよりなにより、北朝鮮が、いま、どのような主張を持ち、どこに立っているのかを過不足なく知ることは、金正日総書記の訪中を注視するとき、あるいは、その後の「展開」を考える際にも欠かせないと考えます。

 そこで、以下に4つの原資料を転記、掲載します。
 いずれも朝鮮中央通信=平壌―朝鮮通信=東京によるものです。

 まず、1月11日付の朝鮮外務省の声明です。

「朝鮮半島の非核化プロセスが重大な挑戦にぶつかって岐路に立たされている中、年が明けた。
 朝鮮半島の非核化は、東北アジアの平和と安全、世界の非核化の実現に貢献するため共和国政府が終始一貫して堅持してきた政策的目標である。
 共和国政府の誠意ある真しな努力によって1990年代から朝鮮半島の非核化に向けた対話が行われ、その過程に『朝米基本合意文』と9.19共同声明のような重要な双務的および各国間合意が採択された。
 しかし、それらすべての合意は、履行が中途半端になったり、丸ごと覆された。その期間に、朝鮮半島で核の脅威は減少したのではなく、かえって増大し、従って核抑止力まで生じるようになった。
 挫折と失敗を重ねた6者会談の過程は、当事者間の信頼を抜きにしてはいつになっても問題が解決されないことを示している。現在も、6者会談は反共和国制裁という不信の障壁によって隔てられ、開かれていない。
 朝鮮半島の非核化プロセスを再び軌道に乗せるには、核問題の基本当事者である朝米間の信頼醸成に優先的な注目を払わなければならないというのが、われわれの到達した結論である。
 朝米間に信頼を醸成するためには、敵対関係の根源である戦争状態を終息させるための平和協定がまず締結されるべきであろう。
 当事者が互いに銃口を向けている交戦状態からは、いつになっても相手に対する不信をなくすことができないし、非核化はおろか会談自体が順調に推進され得ない。戦争と平和という本質的で根源的な問題を抜きにしたどのような合意も、これまでと同じ挫折と失敗の運命を免れない。
 そもそも平和協定は核問題と関係なく、それ自体の固有の必要性から以前に締結されるべきであった。朝鮮半島に既に恒久平和体制が樹立されていたなら、核問題も生じなかったであろう。
 9.19共同声明にも平和協定を締結することに関する問題が言及されている状況から、その行動順序をこれまでの6者会談が失敗した教訓に照らし、実践的要求に合わせて前倒しにすればいいであろう。
 平和協定が締結されれば、朝米の敵対関係を解消し、朝鮮半島の非核化を速い速度で積極的に推し進めることになるであろう。
 朝鮮民主主義人民共和国外務省は委任により、朝鮮戦争勃発60年になる今年に停戦協定を平和協定に替えるための会談を速やかに始めることを停戦協定の各当事国に丁重に提案する。
 平和協定締結のための会談は、9.19共同声明に明記されている通りに、別途に行われることもでき、その性格と意義から見て現在進行中の朝米会談のように朝鮮半島の非核化のための6者会談の枠内で行われることもできる。
 制裁という差別と不信の障壁が除去されれば、6者会談そのものも直ちに開かれるであろう。
 停戦協定の当事国が朝鮮半島の平和と安全、非核化を心から望むなら、これ以上自国の利益を優先視して時間を滞らせずに、大胆に根源的問題に手を付ける勇断を下すべきであろう。」

 次に、この「声明」を受けた形で1月18日に発表された朝鮮外務省スポークスマンの談話です。

 「われわれの平和協定締結の提案は9.19共同声明を全面的に、完全に履行できる合理的な方途である。
 共同声明が履行されるには、この声明の生命である相互尊重と平等の精神が棄損されてはならず、行動の順序を歪曲することがあってはならない。共同声明には、非核化と関係正常化、エネルギー補償、平和体制樹立の問題が『調和を取って』実現されなければならないと明示されている。非核化が進ちょくしてこそ、平和体制樹立の問題を議論できるという合意事項はなく、専ら『公約対公約』『行動対行動』の原則だけが共同声明の唯一の実践の原則として明示されている。
 われわれは、米国側の事情を考慮して、6者会談で平和協定締結の論議に先立って非核化の論議を優先させる雅量ある努力を6年以上傾けてきた。2008年に国際社会は寧辺核施設の冷却塔が爆破されるシーンを目撃した。米国がわが国に対する敵性国貿易法の適用を中止し、『テロ支援国』リストから削除するほど、非核化プロセスは実質的な進展を遂げていた。
 にもかかわらず、平和協定締結の論議は開始すらされず、結果的に非核化プロセスは逆転してしまった。平和体制の論議に先立って非核化を進める方式は、失敗に終わったのである。信頼なくして非核化を推し進めるというのは、基礎なしに家を建てるのと同じであることを実践の経験が示した。
 われわれは6者会談に反対せず、それを遅延させる何の理由もない。
 参加国の間に信頼がなかったため、平和的衛星の打ち上げまで問題視することが生じた。信頼のある国同士は、衛星の打ち上げを問題視したことが一度もない。衛星の打ち上げを差別的に問題視した甚だしい自主権侵害は、核実験という自衛的対応を生み、それに伴った制裁はまた、6者会談の破たんを招くような不信の悪循環が生じた。
 このような不信の悪循環を断ち、信頼を醸成して非核化をさらに推し進めようとするのが、われわれの平和協定締結の提案の趣旨である。各当事国が平和協定締結のための交渉に臨み、対座するだけでも信頼の出発点はつくられるであろう。
 6者会談が再開されるには、会談を破たんさせた原因がどんな方法であれ解消されなければならない。数十年間の封鎖と制裁に慣れているわれわれに、今回の制裁は特別に事新しいものではない。しかし、われわれが制裁の帽子をかぶったまま6者会談に臨むなら、その会談は9.19共同声明に明示されている平等な会談ではなく、『被告』と『判事』の会談になってしまう。これは、われわれの自尊心が絶対に許さない。自主権を引き続き侵害されながら自主権を侵害する国々と向き合って、まさにその自主権守護のために保有した抑止力について議論するというのは話にならない。
 われわれは、各当事国が経験と教訓に基づいているわれわれの現実的な提案を受け入れるよう説得するための努力を引き続き真摯に傾けていくであろう。」

 相前後しますが、1月16日付「民主朝鮮」紙の「朝米関係の根源的問題に手を付ける時が来た」と題する論説です。

 「既報のように、去る11日、朝鮮民主主義人民共和国外務省は委任により、朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)60年になる今年に朝鮮停戦協定を平和協定に替えるための会談を速やかに始めることを停戦協定の各当事国に丁重に提案した。
 これには、朝鮮半島の非核化を含め朝米関係の改善で提起されるすべての問題を円滑に解決することで、朝鮮半島とひいては世界の平和と安全のための頼もしい保証をもたらそうとするわが共和国政府の政策的立場が反映されている。
 今回、わが共和国政府が朝米間の平和協定の締結に重大な意味を付与することになったのは、朝米関係の全過程の総括に基づいて一つの明白な結論に到達したことに関連する。
 これまで、わが共和国政府が朝鮮半島の核問題を平和的に解決して朝米間の敵対関係を解消し、朝米関係を両国人民の共通の利益に合致するよう発展させるため献身的に努力してきたことは周知の事実である。
 朝鮮半島の非核化問題を見ても、1994年10月21日に発表された「朝米基本合意文」をはじめ1993年6月11日の朝米共同声明、2000年10月12日の朝米共同コミュニケは、わが共和国政府が朝米間の核問題を解決して朝鮮半島で平和と安定を保障し、米国との敵対関係を解消するためどれほど真摯に努力してきたのかを歴史的に実証している。
 しかし、残念なことに朝米間に合意された問題は日の目を見ないし、朝米間の敵対関係は歴史の解決を待つ政治的な未解決の事案として残って国際社会の一様な憂慮をかき立てている。悪化の一途をたどってきた朝米関係は、わが共和国に対する核の脅威の増大を招き、こんにちに至っては核抑止力まで生じさせた。
 事態をこれほどまでに追い込んだ全責任は米国にある。
 米国は、わが共和国の自主権尊重と関係改善の意志を約束しておきながらも、色眼鏡でわが共和国を見たし、ブッシュ政府の出現以降は露骨な対朝鮮敵視政策実現の道に進んだ。米国大統領が自身の政策的立場を公式に表明する席上、わが共和国を『悪の枢軸』であると名指しで暴言を吐き、『核態勢見直し報告』(NPR)でわが国を「『先制攻撃の対象』に含めた事実は、朝鮮に対する米国の敵意がどれほど根深いものであるのかを世界にそのまま実証した。
 米国がわが共和国と絶対に共存せず、あくまで圧殺しようとする敵意を抱いている状況で、朝米関係が解決されないことは誰の目にも明白である。
 今まで朝鮮半島の核問題解決に向けて何度も6者会談が行われてきたが、挫折と失敗を重ねているのも、問題解決の直接的な当事者である米国がわが共和国に対する敵意を解消していないことから生じた必然的な結果であると見るべきであろう。
 信頼なしには、6者会談が数百回開かれたところで得るものは何もないということは火を見るよりも明らかな事実である。
 わが共和国が朝鮮半島の非核化プロセスに再び活力を吹き込むための先決措置として核問題の当事者である朝米間の信頼醸成に優先的な意義を付与した理由がまさしくここにある。朝米間に信頼関係が醸成されてこそ、相互関係問題が順調に解決される。
 朝米間の信頼関係醸成で朝鮮停戦協定を平和協定に替えることよりも効果的で建設的な代案はない。
 現在、朝鮮と米国は軍事境界線を挟んで銃口を向けた交戦状態にある。対話の当事者が互いに刀を持って握手するというのは話にもならないし、たとえ握手したとしてもそれは一つの見せ掛けにすぎない。真に和解し、関係を改善するには、対話の相手が互いに信頼できるよう刀を捨てるべきである。
 朝米が停戦協定を平和協定に替えれば、信頼醸成で根本的な革新が起き、懸案問題をめぐって虚心坦懐に意見を交換して合意点に到達する上でも良いし、朝鮮半島で平和と安定を実現する上でも決定的な突破口が開かれるであろう。
 朝鮮半島の非核化を含め朝米関係問題をめぐって当事者はもとより、関係国は今まであまりにも長い間入り口で堂々巡りを繰り返してきた。わが国に虎穴に入らずんば虎子を得ずということわざがあるが、これは問題解決の入り口で堂々巡りせずに根本問題の解決に肉薄すべきであるということである。
 非現実的な要求で時間を浪費してはならず、またそのような時も過ぎた。今は、誰もが朝鮮半島の平和と安全、非核化のために根源的問題に手を付けることにより、朝米敵対関係の清算で決定的な突破口を開くべき時である。
 朝鮮半島に強固な平和保障体系を樹立することで、朝鮮半島の非核化の実現に有利な条件を整え、地域の平和と安定を成し遂げていこうとするわが共和国政府の真摯な努力は広範な国際社会の支持を得るであろう。」

 さらに、「6者会談再開には朝米信頼醸成が急務」とする1月26日付の「民主朝鮮」紙の論説です。

 「挫折と失敗を繰り返し6年間も行われてきた6者会談は、関係各国と国際社会に深刻な教訓を与えている。
 現在までの6者会談の過程を総括してみれば、関係各国が非核化問題を論議したが、このような方式ではいつまでも問題が解決されないし、たとえ6者会談が再開されるとしても得るものは何もないということを示した。
 朝鮮半島の非核化は商取引ではない。
 全朝鮮半島の非核化を実現するには、問題発生の根源から解消すべきであるというのがわが共和国の原則的な立場である。
 すべての問題には原因と結果があるものである。核問題もそれを生じさせた歴史的な原因が存在する。
 1953年に朝鮮で停戦が実現し、朝鮮停戦協定が締結されたが、米国はわが共和国に対する敵対意思を捨てなかったし、朝鮮に対する軍事的威嚇と侵略企図を片時も中断しなかった。米国によって朝鮮半島の情勢を安定させ、平和を保障するための朝鮮停戦協定の諸条項が有名無実なものとなり、わが共和国がその生存のための決定的な手段を整えなければならない極端な状況まで生じた。
 現実は、信頼が醸成されてこそ非核化問題はもちろん、そのほかの問題も解決されるということを示している。
 朝米間に平和協定を締結し、信頼関係が醸成されれば、朝鮮半島に平和を保障する制度的装置がもたらされて戦争勃発の危険性も除去され、非核化の実現に向けた良い雰囲気がつくられるなど、すべての問題が順調に解決されるであろう。
 関係各国にとって、まず絡まったもつれを解いて提起される問題を一つ一つ順次解決していくことがより実利的であろう。
 6者会談参加国がどんな場合にも犯してはならない絶対禁物がある。6者会談は、主権国家が平等な資格で一堂に会して提起される問題の解決方途を模索する場であるだけに、会談の相手側の自主権をじゅうりんするような行為が絶対に許されてはならない。6者会談が再開されるには、会談を破たんさせた原因がどんな方法であれ、解消されなければならない。われわれが制裁の帽子をかぶったまま6者会談に臨むなら、その会談は9.19共同声明に明示されている平等な会談ではなく、『被告』と『判事』の会談になってしまう。
 6者会談に参加して非核化問題を討議しようと一方的な要求を提起するのは、常識以下の無礼な妄動である。
 何が問題の根源であるのかを見分け、その解決のための雰囲気づくりに努めるべきであろう。」

 重ねてですが、これらは北朝鮮側の主張の原資料です。
 評価や意見はさざまに分かれるかもしれません。
 しかし、北朝鮮が何をどう考えているのか、それを深く知ることからはじめない限り、現在の状況を動かすことはおぼつかないというべきです。
 普段、各メディアがそれぞれのスタンスから一部をピックアップして伝えることはあっても、こうしたオリジナルの形で読む機会はそれほど多くないと思います。

 状況の的確な把握と情勢分析には原資料を読み込むことが、まず第一歩ということになります。
 その意味で、金正日総書記の訪中がその後の事態の展開にどのような意味を持つのかを考える上で、熟読、吟味してみるべき重要かつ有用な資料だと考えます。

 もうひとつ、最近の報道の中から中朝間の経済面の協力、連携事業の「動き」についてメモしておきます。
(「日経」2月26日による)

 ○中国丹東市と北朝鮮新義州市を結ぶ橋の新設
 ○新義州の島を「経済特区」とし、中国企業を誘致
 ○北朝鮮が国境沿いの島などの開発権を中国企業に付与
 ○中国琿春市と北朝鮮羅先市を結ぶ橋の補修・建設や道路整備
 ○北朝鮮が平壌や開城などを外資に開放、中国企業が参入

 金正日総書記の訪中によって中朝間の「実務」的な関係がどうなるのか、これも同時に、「その後」を見る際の重要な指標になることは間違いありません。
 その意味でも、要注目!です。
 (つづく)
 
posted by 木村知義 at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

金正日総書記訪中?! 普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(4)

(承前)
 朝鮮半島をめぐる問題、とりわけ米朝関係を軸として「最終幕」の舞台が始まるのかどうか?!
 しかし、昨年末に到達していた「地点」から逆方向への「巻き戻し」が始まっていることを検証しなければ今起きていることの実体がつかめないという問題意識で書き継いでいるのですが、昨年末の「時点」まで書いたところで、状況に「追いつく」時間的余裕がなくなったのかもしれません。

 きょう未明にかけて共同、時事と新聞全紙が、金正日総書記の中国訪問が近い、もしくは、すでに中朝国境の丹東に入ったというニュースを伝えています。
 またNHKをはじめテレビ、ラジオもあさのニュースで伝えています。
 発端(のひとつ)は、昨日の夕方、韓国の聯合通信が伝えた「北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の中国訪問が間近に迫っているという兆候がとらえられていると、政府高官が2日に伝えた。」(2010/05/02 16:59)という速報だと考えられますが、日本の各メディアのなかには記者が丹東に入って取材し、丹東発で伝えてきているものもありますから、いくつかのソースで金正日総書記訪中がつかめたのかもしれません。

 今回のテーマでの書き出しに

 普天間−ワシントン核サミット−黄ジャンヨプ訪米、来日−金正日総書記訪中問題−天安沈没「事故」−韓国6月地方選挙−中国海軍演習−中井拉致担当相訪韓−金賢姫来日問題−小沢幹事長と検察審査会−上海万博開幕、そしてキャンベル国務次官補来日と日米同盟の今後、さらには東アジア共同体構想・・・。

 と掲げて書き継いでいるのですが、冒頭に書いた「最終幕」の緞帳を上げることが出来るかどうか、その「最終幕」とはどのような意味を持っていて、そのための条件は何であるのかを明らかにしておく必要があると考えたのでした。

 事態がどう動こうとも、このことの重要性は変わらないと確信していますが、もし各メディアがこぞって伝えるように、金正日総書記の訪中が「一両日中」、もしくはすでに中国に入った、ということならば、昨日までに書いてきたことから上海万博開幕まで時間を一挙に飛ばして確認しておかなければならないことになります。

 そうは言っても、昨日引いた、昨年末の習近平中国副主席の「朝鮮半島問題は緊張緩和の兆しが出てきている」「新しいチャンスを迎えている」という重要な発言にみられる「緊張緩和」をよしとしない「逆ネジ」が、普天間問題と密接にからみ合いながら、強力な「巻き戻し」として働き始めたことを検証しておくことの重要性には何ら変わりはないと思います。
 
 その上で、なぜ上海万博の開幕に注目していたのかと言えば、北朝鮮の金永南・最高人民会議常任委員長が万博の開幕式に出向き、中国の胡錦濤主席と会談することになっていたからです。

 「読売」の伝えるところでは、この会談で胡錦濤主席は「中朝両国の友好協力関係を発展させることは我々の一貫する主張だ。重大な国際・地域問題で相互に支持し、意思疎通と協調を強化したい」と述べたとされます。
 「重大な国際・地域問題」が何を指すのかは言うまでもないことでしょう。
 この会談が、もし各メディアの伝えるとおりであればですが、金正日総書記訪中への最終確認のシグナルになったことは想像に難くないというべきでしょう。

 中国がどのような「解」を提示したのか、北朝鮮側はそれに対してどう「応じる」のか、事態は「最終幕」の緞帳を上げることになるのかどうか(もちろん「最終幕」に入ってもその「第一場」であるわけでいくつかの「場」を重ねることになるのですが)注目すべき「せめぎあい」がこれから繰り広げられることになるでしょう。
 
 「最終幕」というとき、今年が朝鮮戦争から60年という重要な節目の年であることを忘れることはできません。
 朝鮮半島に平和を呼び戻すことが出来るのかどうか、それが試される重要な時を迎えています。
 
 米国は「最終幕」の緞帳を上げることに踏み切るのかどうか、すべては中国がどのような「解」を示すのかにかかります。
 その意味で、金正日総書記の訪中問題を固唾をのんで見つめているのです。

 けさは、まず、きのうからきょう未明の「速報」にかかわって、最小限のポイントだけを押さえて書いておくことにします。

 なお、ちょうどこの連休時期、日本のジャーナリストのグループが平壌を訪問しています。もちろん正式の取材団としての訪朝ではありませんが、出かける前、メンバーのお一人と「重要な時期の訪朝ですね・・・」と言葉を交わしました。
 現地での「様子」も注目です。
 (つづく)



 
 
posted by 木村知義 at 07:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

2010年05月02日

画像の補正が終わりました

 乱れていた画像の補正が終わりました。
 掲載するときの画像ファイルの番号に重複があり、3月7日の記事の中の画像と入れ替わるという不具合が起きていました。
 
 「普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(3)」をアップしたあと午後から夜にかけてお読みいただいた方のなかには金ジョンウン氏にかかわる画像が入れ替わってしまった状態でご覧いただいたケースがあったと思います。
 アップした後の確認が遅れてしまい大変失礼しました。
 
posted by 木村知義 at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

おわびです!

きょう午後掲載した記事の中で金ジョンウン氏関連の画像をアップしたのですが、その後、どういうわけかファイルが入れ替わってしまいました。ファイルの手直しをする間、きょうのブログ全体を削除します。しばしお待ちください。
posted by 木村知義 at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録

普天間、朝鮮半島、中国そしてアジアへ(3)

(承前)
 いやはやというべきか、どのメディアで、一体何度報じられたのか、それをチェックするだけでも大層な手間になるのでそんな余裕はないのですが、直近のものだけを振り返っても、4月末の金正日総書記中国訪問の可能性を「朝日」が伝えたのは4月18日のことでした。
 その後、23日には共同通信とそれを引く形で東京新聞、24日には「毎日」と各紙があいついで金総書記の訪中の可能性について報じました。それらの記事の中には「先遣隊」が北京に入ったと伝えるものもありました。

 もっともその先遣隊が4月初めに北京入りと伝えていたのに後には下旬(20日過ぎ)に北京入りというわけで、こりゃ一体どうなっているんだろうかと読むほうが混乱したのですが、子細にチェックしてみると「先遣隊」は一度帰国してふたたび北京へと推測させる記事もあって、ホウそういうことですかと妙なところに感心して、いやはやそれにしてもスクープのつじつまを合わせるのは大変なんだなーと取材記者に「同情」したりもしました。

 何が「いやはや」なのかといえば、少し冷静に考えると、金正日総書記の4月末訪中という可能性は極めて低いか、ありえないということがすぐわかるはずだからです。

 これは「後証文」で言っているのではなく、これまでも何度か北朝鮮報道について書いてきたことを読みかえしていただければ、決して結果を見てからものを言っているのではないことをお分かりいただけると思います。

 そこで、笑ってはいけないのですが、とうとう金正日総書記の訪中問題は仕切り直しだ!という最終的な??結論を下す記事が4月29日に北京発共同で伝えられました。

「中国と北朝鮮の間で検討されていた4月末から5月初めにかけての金正日総書記の中国訪問が当面延期され、調整は仕切り直しされることが29日分かった。中朝関係に詳しい複数の消息筋が明らかにした。延期理由は不明だが、韓国の哨戒艦沈没をめぐる原因究明で北朝鮮の関与説が韓国内で強まり、核問題をめぐる6カ国協議再開や米朝協議の見通しに不透明さが増してきた情勢も考慮された可能性がある。」

 「当面延期」だというわけですから、きっともう少しすれば?金正日総書記訪中ということになるのかもしれません。しかしそれより重要なのは記事の後半ではないかと思うのです。

 これこそ取材しなければならない問題の本質であり気安く「延期の理由は不明だが」などと書いて事もなしということでは許されないのではないかと、私は思うのです。

 とはいいながら「韓国の哨戒艦沈没をめぐる原因究明で北朝鮮の関与説が韓国内で強まり、核問題をめぐる6カ国協議再開や米朝協議の見通しに不透明さが増してきた情勢も考慮された可能性がある。」という重要なくだりが書き込まれてあります。

 さて、ここでちょっと脱線ですが、この間の北朝鮮にかかわるスクープでもっと笑えないものは金ジョンウン氏の「近影」というものでしょう。

 4月20日の「毎日」の一面を飾った「衝撃」の写真なので覚えていらっしゃる方も多いのではないかと思います。もしかするとこの写真だけでも当日の駅売りの「毎日」の売れ行きは群を抜いたのではないかなどと「下賤」な推測をしたものでした。「正銀氏初の近影」という6段抜きの見出しに「金正日総書記に寄り添い製鉄所視察」の横見出しで大きな写真が掲載されて大いに関心をそそられたのでした。記事のリードはこうでした。

「北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記(68)の最有力後継候補で三男の正銀(ジョンウン)氏(26)の写真を、朝鮮中央通信や朝鮮労働党機関紙・労働新聞など国営報道機関が3月初めに報じていたことが分かった。北朝鮮指導部に近い関係者や韓国情報機関の関係者が毎日新聞に証言した。北朝鮮の公式メディアが正銀氏の姿を伝えるのは初めてで、正銀氏への権力移行作業が本格化している様子が浮き彫りになった。」

 この写真を見たとき、私は単純というか馬鹿というか、いやこりゃすごいスクープだと思ったのでした。しかし記事の書き出しの部分で「北朝鮮指導部に近い関係者や韓国情報機関の関係者が毎日新聞に証言した。」とあるのと写真のクレジットに朝鮮通信とあるのでなんともいえない違和感が生じました。で、記事を子細に読んでみると、これは3月5日の労働新聞に載った写真であり、平壌の「ある衣類関連企業」で出されたという「指示」を根拠にして組み立てられた記事であることがわかりました。記事の重要なくだりです。

「『今日の労働新聞をしっかり見るように』
 3月5日、平壌のある衣類関連企業で、こんな指示が出された。職員の一人が上司に『何が載っているのか』と尋ねると、上司は『金大将(正銀氏の愛称)のお姿がたくさん掲載されている』と答えたという。
 指導部に近い関係者によると、この指示は朝鮮労働党の各機関を通して、幅広く伝えられ、『「3月5日の新聞」』を探し求める人が相次いだ』という。それまでベールに包まれてきた正銀氏の姿がお披露目された形だ。この報道以後、正銀氏の写真は掲載されていない。
 その日の労働新聞は、金総書記が咸鏡北道(ハムギョンプクド)の金策(キムチェク)製鉄連合企業所を現地指導したという記事を大量の写真とともに報じた。朝鮮中央通信が掲載前日に配信した写真には、ペンを持ちながらメモ帳を広げる正銀氏の姿が写っている。紺色のスーツとみられる服に赤のネクタイ、黒っぽいコート姿。正銀氏はほとんどのカットで金総書記の隣に立ち、現地の案内人の説明を一緒に聞いているように見える。」

 まるで平壌の現場で見てきたかのようにビビッドに書かれていて、もしこの記事の通りであればこの記者の取材力、ソースはスゴイもんだと・・・、しかしここまで読んで、半信半疑に、というよりこの記事は相当危ういなと思いはじめたのでした。

 このスクープについての書き出しに「笑えない」と、実に失礼なことを書いたのは、このスクープが紙面を飾って数時間後、韓国政府の関係者から「別人」だ、つまりこの写真の人物はジョンウン氏ではないという見解が示されたからです。

 韓国の聯合通信はご丁寧にも「毎日」でジョンウン氏だとされた人物はこの製鉄所の技師である可能性が高いとしてその人物の写真を配信したのでした。

 こんなことを書いていても読者にとっては何のことやら…という具合で消化不良のような心地悪さを残してしまうでしょうから、いささかの「掟破り」を覚悟の上で写真を並べて示してみます。ただし、両者の、つまり「毎日」、聯合通信の写真をそのままクリップするのはいかにも許されないので少し加工して一部分だけをここに「引用」します。
いろいろなブログ全盛の今、著作権への配慮などまったくお構いなしに写真などが流用、掲載されていますが本当はしてはならないこと、許されないことで、私のブログではこういうことは一切避けてきています。ですから本来はこの写真の提示は「掟破り」です。しかしこの記述だけでは何が何やらさっぱりわからんという不満だけが膨らむのではないかと思い、写真の一部を加工して提示することにしたものです。その点をご理解いただきたいと思います。

   

金総書記の左、ジョンウン氏とされる人物と聯合通信が伝えた製鉄所の技師

 もうひとつ余談ですが、「毎日」は、以前、これまた独自のスクープとして、金正日総書記の三男のジョンウン氏の漢字表記が「正雲」ではなく「正銀」だとし報じて以来この漢字表記を使ってきているのですが、朝鮮問題の取材に長く携わっている知人に聞いてみると「『きんさん、ぎんさん』じゃあるまいし、朝鮮で金正銀などと『きん』(金)、『ぎん』(銀)をとりまぜた名前を付けるものだろうか・・・」というのです。したがってここでは「ジョンウン」と発音を示すカタカナ表記を使っています。

 さて、「毎日」の写真が「世紀の大スクープ」か「大誤報」か、いまのところ確認のしようがありませんのでそこは確たるものではないのですが、いずれにしても、ことほど左様に、日本での北朝鮮報道は危ういものだということは確かでしょう。

 もう一つ、付け加えておくと4月30日の「朝日」朝刊がソウル発で「ノドン発射兆候 北朝鮮、来月中にも」と伝え、ソウル発の!!ニュースが韓国の「東亜日報」に転電されて韓国でも報じられたのですが、同じ韓国の聯合通信はすかさずという感じで
「政府当局者は30日、北朝鮮が中距離弾頭ミサイル『ノドン』の発射を準備している兆候はないと明らかにした。北朝鮮懸案に詳しいこの当局者は、北朝鮮が近く『ノドン』を発射する動きがあると日本のメディアが報じたことに対し、『「ノドン」レベルのミサイル発射を準備するとなると、動きが目立つが、政府当局はそのような動きはないと把握している』と述べた。」
と、「朝日」の報道を真っ向から否定する内容を伝えています。

 一体どうなっているのか、いい加減にしてくれよ!といいたくなりますが、北朝鮮をめぐる取材者は本当にしっかりと、かつ厳しく自分の足下を見直してみる必要があるのではないでしょうか。

 前に北朝鮮にかかわる報道、とりわけスクープがなぜガセになるのか、それぞれの記者の取材の努力は認めつつも、厳しく検証する必要があるのではないかと書きました。取材した記者こそが一番検証できるはずだとも。それは取材の方法やソースについての検証を言っているだけではありません。
 
 本論の金正日総書記の訪中問題に戻りましょう。

 冷静に考えて見れば、メディアで繰り返し伝えられた4月末までの金正日総書記の訪中というのは危うい、あるいはありえないのではないかと疑うのが論理的であり朝鮮半島問題をテーマにする者であれば常識的なところだと、私は、考えていました。

 失笑を買うことを承知であえて言えば、金正日総書記の訪中は、物見遊山で中国に出かけるというものではありません。そんなことは言わずもがなです。しかし訪中予測記事を見ていると、そのことへの認識と問題意識がどの程度のものかが疑わしくなるものでした。

 すでに書いてきていることですが、金正日総書記の訪中問題を、固唾をのんで見つめていたと言ったのは、今回の金正日総書記の訪中というのは、北朝鮮の核問題、とりわけ六か国協議の行き詰まりという状況をどう打破するのかに最終的な「解」を見出すものとならなければ実現しないものであるということ、したがって訪中問題の予測をするということは、その「解」が出る状況にあるのかどうかの「見極め」に深くかかわるということです。

 これまでの報道でも伝えられていることですから詳らかに振り返ることはしませんが、ここで、昨年12月の米国のボズワース北朝鮮担当特別代表の訪朝に記憶を戻す必要があります。

 後にオバマ大統領の親書を携えていたことが明らかになりましたから、大統領特使ともいうべきボズワース氏の訪朝で何がどう話し合われたのか、その詳細は依然として詳らかにされていませんが、おおむねのところは推測できるものとなっています。

 そして、このボズワース特別代表の訪朝と相前後して訪日した中国の習近平副主席の動きについては天皇との会見問題ばかりが注目されてあまり関心が払われなかったのですが、社民党の福島党首との会見で重要な発言をしたと、私は感じました。

 習近平副主席は福島党首に対して
「6カ国協議の再開や朝鮮半島の非核化について新しいチャンスを迎えているのではないか。朝鮮半島問題は緊張緩和の兆しが出てきている。日朝関係にも期待感があり、日本としても積極的な対話と協議をしてほしい。」
と述べたのでした。

 「朝鮮半島問題は緊張緩和の兆しが出てきている」「新しいチャンスを迎えている」というのです。

 これは習副主席の訪日直前のボズワース特別代表の訪朝を下敷きに、さらにさかのぼればボズワース特別代表の訪朝に先立つ10月の温家宝首相の訪朝という一連の「事態」を下敷きしていることは想像に難くないというべきでしょう。

 では金正日総書記が10月に訪朝した温家宝首相に対して述べたのはどういうことだったのでしょうか。
 
 記憶を呼び戻す必要があります。

「米朝関係が敵対関係から平和的関係へと移行することを条件に6カ国協議を含む多国間協議を行いたい」 と言ったのでした。

 そして紆余曲折があり、ボズワース特別代表の訪朝が発表され、それも当初の計画を2泊3日の日程に延ばして行われたのでした。
 
 習近平副主席の「緊張緩和の兆し」「新しいチャンス」という重要なキィーワードに注目してその後の事態の推移を見つめることになったがゆえに、私は、金正日総書記の4月末までの訪中はないという結論に至ったのでした。

 その論理的な構造が重要になってきます。
 4月8日のコラムで書いたことと円環のように繋がってくるのです。
(つづく)



posted by 木村知義 at 15:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 時々日録