ハンギョレ新聞 2010.2.27 東亜日報 2010.2.27
一般紙は当然のことですが、経済新聞もキム・ヨナ選手が一面全面を飾っていました。
毎日経済新聞 2010.2.27 韓国経済新聞 2010.2.27
また、テレビは「国民の希望、キム・ヨナ」あるいは「クィーン・ヨナ、君こそ大韓民国だ!」というテロップを掲げて長時間の特集番組を放送しました。
国民にとってキム・ヨナ選手の金メダルが、いかに多くの人に喜びと感動、そして勇気づけられる「物語」をもたらしたのかを感じながらテレビを見ていました。
その夜は、一方で、李明博政権2年を特集する番組も放送されました。
そこでは李明博大統領は「よくやっている」と評価する人が49パーセントあまりという「世論調査」結果が示され、スタジオで視聴者を交えて識者が討論を重ねていました。
昨年の同じ頃と比べると、一見、李政権の支持率は格段に上がり政策も着実にすすめられているように感じさせるテレビ番組でした。
しかし、夜の繁華街に出てみると、昨年の同じ時期と比べると、にぎわいが回復していることは感じられるのですが、以前はソウル駅周辺の地下道に多くみられたホームレスの姿が、明洞周辺の地下街にも広がってきていることに気づきました。
日本人観光客の買い物でも知られるロッテ百貨店から出てきた地下広場では、夜、ボランティアの若者が温かい飲み物などをホームレスの人たちに配る光景がみられました。
段ボールの囲いをして横になる人はまだましなほうで、敷物もなくそのままコンクリートの上に横たわる姿も多く、ソウルの冬の寒さでは凍死する危険も大きいのではないかと心配になりました。
また、年配者だけではなく、若年層のホームレスが増えていることも気になりました。
深夜の街を歩いてみると、昼間には見えなかった韓国社会のもう一つの姿が見えてきて、日本のメディアなどで伝えられる「韓国経済の活況」はいかにも浅く、単なる一つの側面でしかなく、重要なところを見落としていることに気づかされるのでした。
このような韓国社会の実相を前にすると、キム・ヨナ選手を「国民の希望」と熱く語ることがまったく違った風景として見えて来るのでした。
つまり、多くの人びとの失望や絶望の深さゆえに、いま、何かに希望を見出したいという強い欲求が働いて、こうした言葉が生まれているのだということに気づかなければ、韓国社会の現在(いま)を見間違える恐れなしとはいえないということです。
実は、金浦空港に着いて、昨年と同じ銀行で円を両替した際、一年前より円高になっているはずなのに、受けとるウォンがほぼ20パーセントも少ない(ウォン高)ことに、なるほど韓国経済の「V字回復」だ!と驚いたのでしたが、街で目の当たりにした光景は、そうした、日本のメディアが伝える「V字回復」とは相当かけ離れたものだったというわけです。
加えて、ソウルの街中ですすむ再開発のすさまじさです。
さて、そこでまず、韓国の経済の現状について、一年ぶりにお会いした先達のジャーナリストの話と氏の論考をはじめとるする資料類をもとに「もうひとつの分析」について少しばかり書いておくことにします。
「まったく、日本の田中角栄時代の土建政治そのものですよ!」と吐き捨てるようなことばが出たのは、鐘路タワーといわれる斬新なデザインのビルの前の交差点に立って、再開発区域の囲いに視線を投げた時のことでした。
「政府はカネをばらまき、次から次と、土地と再開発などゼネコンのプロジェクトへ流れる。企業を支援することが雇用に結びつくとしているが、雇用には向かわず土地投機にむかうばかり。庶民の所得は増えず、物価は上がり、政府は失業者を百数十万人としているが実際のところ五百万人以上だろう。李政権は経済を回復させるというのが最大の公約だったが、富者はますます富み、貧者はますます貧しくなるばかりで、庶民の生活は苦しくなる一方だ。まさに格差の拡大を招いているだけだ。その間にも国家の財政は悪化して債務は増え続けるばかり。南北関係はやるつもりがなく、メディアを握りそれによって『世論』を支配し、民主主義はどんどん後退している。情報系統の支配が形を変えて蘇った。以前は中央情報部と保安司だったが、いまは検察と警察を活用する手法に変わっている。それにしてもメディアは政権に有利なことしか伝えなくなってきている。KBSに続いてMBCの社長も李政権の息のかかった人物になった。李政権の最大の支持メディアである朝鮮日報をはじめ各新聞も同じ流れにある。いまこの状況に抗っている京郷新聞、ハンギョレ新聞にしてもどこまで持ちこたえられるかというところにきている・・・」
席に着くと同時に堰を切ったように語りはじめたオールドジャーナリストの言葉には、朴正煕軍事独裁政権の苛烈な言論弾圧に抗して生き抜いてきた人生の重みと、いまだ衰えることのない、ほとばしるようなジャーナリスト魂がこめられていることを感じました。
いただいた資料のなかに、ハンギョレ新聞に掲載された仁荷大学経済学部教授のユン・ジノ氏のコラムがありました。
「世相を読む」というこのコラムでユン教授は、2月25日に就任から2年を迎えた李明博政権の「政策成果」について分析するとともに、今後の方向性について考察しています。
ユン教授は冒頭で、李明博大統領が選挙当時に掲げた「747公約」にふれながら「この2年間の経済実績はとるに足らない(貧弱な)ものだ」とし断じています。
この「747公約」とは、7パーセントの経済成長、一人あたりの国民所得4万ドル、韓国を7大経済強国へというもので、経済大統領を掲げて選挙戦をたたかった李明博氏を青瓦台の主に押し上げる上で大きな効果を発揮したといえるものでした。
「経済成長率は2008年が2.2%、2009年は0.2%で平均1.2%水準にとどまっている。また、2009年末現在、一人あたりの国民所得は一万七千ドル(推定)水準で2005年の水準に後退した。名目GDP規模同様、2008年基準で世界15位と、とるに足らないものだ。株価指数が3000を突破するだろうと豪語したのも水の泡となった。747公約は失墜した。」
「もちろん、公正にいえば、とるに足らない(水準にとどまった)経済実績は、2008年の世界金融危機に主な原因があることは事実だ。政府与党は、むしろ景気回復の速度は他の国よりはるかに速かった点を主張した。しかし、すべてを経済危機のせいとばかり考えてはいられない。富裕層と企業にだけ恩恵が行く富者減税、大規模土木建設工事、主として投資による資源配分の非効率と成長潜在力の減退、社会福祉支出の現象と「職場(雇用創出)政策」の失敗など、いたるところで目につく、政策方向の設定と政策の失敗により、平凡な国民の苦痛が増している事実を無視してはならない。」
このようにユン教授は警鐘を発しています。
さらに続けて「所得分配と貧困指標はこの2年間で一斉に悪化した。所得配分の不均衡を示すジニ系数は、2007年の0.344から2008年には0.348に悪化し、相対的貧困率は、同じく17.5%から18.1パーセントに上昇した。我が国の全世帯の五分の一が相対的貧困状態にあるというわけだ。また失業者数は2008年1月の77万5000人から2010年1月には121万6000人と44万人も増加し、週に18時間未満の就業者、非経済活動人口の中の就業準備者、特別な理由なく休んでいる人など、事実上の失業者を合わせると実際の失業者は400万人をこえると推定される」と、韓国社会の深刻な格差拡大と失業者の増大の実態について語っています。
私たちが日本の経済誌や新聞記事などで接している「韓国経済のV字回復」とはまったく違った、もうひとつの韓国経済と社会の相貌が見えてきます。
「なによりも心配なことは分別のない財政支出により、これまで堅実な黒字を継続させてきた財政支出が2009年には10兆ウォン以上の赤字を出し、国家債務も急増して、2012年には470兆ウォンをこえるだろうという点だ。個人負債も同様に急増して700兆ウォンを突破したという報道もあった。「ペクス」(フリーター)400万人時代、700兆ウォンの個人負債、400兆ウォンの国家債務で、われわれは『747』ではなく『474』時代を生きているわけである。」と、
李明博政権の「747」公約をシニカルに批判し、
「結局現政府の経済政策は未来の資源を先に引き出して、富裕層支援、財閥支援、四大江整備事業(サプチル:シャベルを使って土砂をすくう)などにジャブジャブ使っている計算で、これは未来の世代に大きな負担をかけることになるのだ。2012年末にある大統領選挙では747ではなく474問題を解決するという公約を掲げて出る候補者が当選するかもしれない。しかし、誰が次の大統領になるにせよ、結局474公約は、やはり守られないという“うそっぱち”として終わることになるだろう。」と手厳しく問題を指摘しています。
私は日本で韓国がどう報じられているのか注意を払って見たり読んだりしていますが、ソウルに駐在している日本の記者たちはどうしてもっと深く韓国社会について取材しないのでしょうか・・・という、このオールドジャーナリストの問いかけに、私は答える術を持ちませんでした。
韓国の現在(いま)の「もうひとつの貌」をめぐって、考えさせられながら街を歩き、そして、この大先達というべきオールドのジャーナリストの話に耳を傾けたのでした。
(つづく)