2009年12月23日

「東アジア共同体」へのハードル 〜中国・東北、中朝国境への旅で考えたこと〜 (一応のまとめとして)

(承前) 
核攻撃を含む「先制攻撃」の選択肢を手放さない米国の「脅威」に身を固くして核とミサイルで軍事と体制の維持に全力をあげながら経済的苦境をどうのりこえるのかという命題に立ち向かい「強盛大国への門をひらく」というスローガンを掲げる北朝鮮、端的に言いきればこういう構図になるのでしょう。

 米国の「脅威」についていえば核による先制攻撃にとどまらず、通常兵器の範疇に分類されながら、破壊力では核兵器に勝るとも劣らないといわれるバンカーバスターなどの強力な兵器もあります。

 また北朝鮮に対する大規模戦域計画「作戦計画5027」だけではなく、北朝鮮の核施設に「外科手術的」攻撃をおこなう「作戦計画5026」、北朝鮮を挑発し、消耗させる「作戦計画5030」などに加え、最近、「北朝鮮の体制崩壊に備えた緊急計画『作戦計画5029』の内容で米韓両国が基本合意した」と伝えられるなど、朝鮮半島にかかわる「作戦計画」は6つもあるといわれます。

 メディアは「北の核とミサイルの脅威」については語りますが、北朝鮮側がどのような「脅威」の下にあるのか、その緊張と恐怖感について語ることは、まずありません。

 これは北朝鮮の現体制をよしとするかどうかとは別の次元で、冷静に見据えることができなくてはならないことでしょう。

 そうした視点で94年の「枠組み合意」に至る道筋とそれが崩壊に至った「経緯」について、いまこそ、真摯に見つめ直す必要があると考えます。

 前回示した「FAR EASTERN ECONOMIC REVIEW」のスクープ記事とともに、手許には、ロバート・ガルーチ元米国北朝鮮核問題担当大使(元米国務次官補)が2002年5月28日、東京アメリカンセンターでメディア関係者や研究者を前に話した内容の「メモ」が残っています。

 そこでガルーチ氏は「枠組み合意」について、
「なぜ米国はこの『合意』を受け入れたのかといえば、北朝鮮のプルトニウム抽出計画をやめさせるためであった。ここでわれわれが得た『教訓』は、北朝鮮は外交交渉と同時に核兵器の開発も行うということと、一方で、たとえ違反が見つかっても『合意』を得ることもできるということだ。『枠組み合意』では双方の首都に『連絡事務所』を開設することがうたわれていたが、実現せず、また「合意」にもとづいて発足したKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)による(核開発凍結の見返りである)軽水炉の建設も遅々としてすすまなかった。重要なことは、北朝鮮は、『枠組み合意』によってもたらされるであろうと考えていた外交的、政治的な恩恵、利益を得なかったことだ。」
と語りました。

続けて「いわゆる『ペリープロセス』(当時のペリー米国防長官がまとめた、日、米、韓の協調による北朝鮮との対話と核・ミサイル開発の抑止を柱とする対北朝鮮政策)の時期、韓国の金大中大統領が平壌を訪問して(2000年6月)金正日総書記と歴史的な南北首脳会談をおこなった。2002年10月には、趙明禄・国防委員会第一副委員長がワシントンを訪問、その後、オルブライト国務長官も平壌を訪問した。2000年末には非常に前向きな、肯定的な軌道に乗っていた。北朝鮮が求めていた『最高』のものは、自己の生存の保証をえること、すなわち、『アメリカの敵ではなくなる』ことだった。その後はブッシュ政権の登場となる。金大中大統領がワシントンを訪問してブッシュ大統領と会談し、彼がすすめる『太陽政策』に支持を得ようとしたが、(ブッシュ大統領からは)支持を得られなかった。ブッシュ政権には『枠組み合意』に敵対的な立場をとる人物が多くいて『枠組み合意』の価値に非常に懐疑的だ。2002年の年頭教書で(北朝鮮などを)『悪の枢軸』として名指ししたが、この一般教書演説のあと、核政策の見直しがおこなわれ、北朝鮮はわれわれの戦略核の標的リストに挙げられるようになった。核兵器を追い求める『ならずもの国家』に対処する手段として、米国が先制攻撃や予防的戦闘に訴える必要性を鮮明にしたのだ。」

「『枠組み合意』」に対するさまざまな批判はあるが、われわれがめざしたのは、一にかかって、北朝鮮の核開発を放棄させ、核兵器の保有を阻止するという『戦略目標』」に立ったからである。このことは、金正日体制を支持するものでもなければ、彼らに恩恵を与えようというものでもない。問題は、『核の放棄』を達成するために、軽水炉という『見返り』が必要だったということであり、この(戦略的な見地に立った)意味を理解しておくべきだ・・・」
と熱をこめて語りました。

 すでに米国政府の仕事を退いてジョージタウン大学外交大学院長という立場でしたが、ガルーチ氏の話は問題の核心をきわめて端的に衝くものだったと強く記憶に残っています。

 くどいようですが、いま94年の「枠組み合意」に至る道筋と、それがなぜ崩壊したのかについて真剣に「復習」しておく必要があると思う所以です。

 今週はじめ、仙台で「コリア文庫」を夫妻で主宰する青柳純一氏が上京されて少しばかりの意見交換の時間を持ったのですが、そこで青柳氏から、「世界」の2010年1月号に掲載された坂本義和氏の論文について深く共感するという話がありました。

 その論文で坂本氏は、
「『東アジア共同体』という理念や政策提言は、これまでも数多く述べられてきた。しかし、その大部分は、通例、日韓中を軸とした『東北アジア』の協力組織と、ASEAN(東南アジア諸国連合)に代表される『東南アジア』の地域組織化とを連結して構想するものが多い。ところで、その中で特にとくに日韓中を柱とする『東北アジア』の協調に力点をおく考えは、それ自体としては、きわめて建設的な構想であるが、意識的に、あるいは事実上、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の参入を後回しにすることによって、現実には、しばしば北朝鮮を包囲する体制を築く機能や目的をもつことになりがちである。」として、北朝鮮問題を中心にすえて、これをどのように解決することを通じて21世紀の東アジアを創るのか、という課題を考えてみたいと、論考を展開しています。

 その全体像は坂本氏の論考をお読みいただいくべきなのですが、ここに書いてきた問題意識にふれる部分を少し紹介しておきます。

 坂本氏は、北朝鮮であれ、どの国であれ、核兵器の開発保有には反対の声を挙げなければならないとし、そのうえで、今われわれが全力をあげるべきことは、北朝鮮との戦争の可能性を極小化しゼロにすることであり、北朝鮮が、戦争の可能性はないと信じるような政治状況を国際的につくることである。それが「東北アジア共同体」建設の第一歩であり、まず「不戦共同体」の形成なくして「東北アジア共同体」などありえない、と説いています。

「しかし現実には、この半世紀、北朝鮮は軍事的優位に立つ米国が、その同盟国である韓国と日本に軍事基地を設けて敵対する体制によって『封じ込め』られてきており、この非対称的な劣勢から少しでも脱却して、対北朝鮮攻撃の公算を減らす道として、核武装するに至った。その目的は、米国や日韓の脅威に対して、北朝鮮の『国家の安全保障』と『体制の安全保障』とを、より確実にすることにあると考えられる。」

「したがって北朝鮮の側での戦争への恐怖を和らげ、朝鮮半島での戦争の危険を最小限にまで減らすためには、非対称的な優位に立つ米国と日韓とが、先ず緊張緩和のイニシアティヴをとることが不可欠である。およそ非対称的な対立関係では、弱者は屈従するか、狡猾で不法な手段に訴えるか以外の選択肢はないのであって、関係改善のイニシアティヴは先ず強者がとるのが当然である。」

「現在米国は、『先ず北朝鮮が非核化を実行せよ。そうすれば、休戦協定の平和協定への格上げや経済支援などを積み重ねて、究極的には米朝関係正常化に進む』と公式に主張しているようだが、それは優先順位が逆であって、先ず米国が米朝正常化や平和協定締結を確実に行うことによって、北朝鮮の非核化を容易にし、相互の軍縮を進めるという道をとるべきである。また戦争を想定して年中行事のように行っている、米韓軍事演習は、早急に縮小していくべきである。」

 論旨明晰、まったくその通りだというべきです。
 
 坂本氏はまた、日韓両国は、米国がこのような政策をとるようにはたらきかけるだけでなく、北朝鮮との武力衝突の可能性を少しでも減らすために、共同して緊張緩和と平和共存の努力をすべきだと説いています。
 このことを真剣に行うかどうか、それが「東北アジア共同体」を創る意思があるかどうかを示す、試金石だともしています。

 もはや付け加えるべきことのない、明快な論理というべきで、夏の中朝国境地帯への旅から書き起こしてきた「東アジア共同体へのハードル」とは、第一に、まさしくここにあるというべきだと考えます。

 そして「もうひとつの問題」、北朝鮮はなぜ「崩壊」しないのかということへの「解」の半分は、こうした「包囲された脅威」の厳しい緊張下にある国家であるがゆえの「一体感」がそうさせているのだというところにあることを、私たちは知るべきなのだと思います。

 そして、「解」のもう半分は、貧困や飢えの苦しみだけで国家は崩壊するものではないということへの想像力を持つことができるかどうかにかかっていると思います。

 脅威に対する「一体感」が、飢餓や貧困の苦しみを上回る、統治の力を機能させるという逆説に気づかないと、北朝鮮の「崩壊論」に幻惑されるか、あるいは願望を現実に置き変えるという、度し難い迷路に入り込んでしまうことになります。

 手許に実に興味深い一冊の書物が残っているので、そこから少し引用してみます。

「さらにもっと問題なのは、昨今『崩壊』という言葉だけが一人歩きし『崩壊』が具体的に何を意味するのかという検証がない点である。
『北朝鮮崩壊』とは、金正日政権と北朝鮮の体制がなくなることなのか、食糧難で難民が周辺諸国に逃げ出すことなのか。あるいはクーデターが起きるのか、暴動が起きるのか。これらについての具体的な指摘や検証はほとんど見られない。私は、日本でよく見られるこうした抽象的な議論が嫌いだ。『崩壊』という言葉には一般の人をわかったような気にさせる一種の「魔力」がある。そうした言葉の魔力に私たちが振り回されているような気がしてならないのである。」

 さて、これは一体誰による文章でしょうか?というといかにも不遜な「出題」に響くかもしれませんね。

 これは、当時毎日新聞記者だった重村智計氏と韓国の経済学者、方燦栄氏が共著で出した「北朝鮮崩壊せず」(光文社)の序章「北朝鮮崩壊」の幻想、に記された重村氏の文章です。

 1996年に出版された書物だといわれると、重村氏にもこういう時もあったのかと感慨を深くするのですが、昔の「証文」を大事に取っておくのも悪くはないと、皮肉なことに感じ入るのでした。

 さて、いまさらながら、私たちの北朝鮮へのバイアスのかかった視線をどう真っ当なものにするのか、難しい命題に向き合っていることを痛感します。
 とともに、なんのことはない、ごくごく普通に常識を働かせて、誠実に物事を真正面から見据えてみれば、本質が見えてくるのだということにも気づきます。

 だからこそ難しいのかもしれないと、これは自戒も込めて思うのでした。






posted by 木村知義 at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 時々日録